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日本人だねー!貞観最高![2008年01月30日(水) ]
平安時代を美術史的に分けますと、3つになります。

前期ー貞観美術(平安遷都〜遣唐使廃止 794〜894)

中期ー藤原美術(〜白河院による院政開始 〜1086)

後期ー院政美術(〜源頼朝が征夷大将軍に任じられる 〜1192)


この三つの時代区分のなかで、魅力的な仏像が多いのが貞観時代です。
800年初頭、空海と最澄が唐から持ち帰った密教により、仏教の奥儀が日本にも入ってきました。
それまでの仏教の世界は、海の上に蓮華があり、その四方に東西南北が島の形で存在し、(人は南の島に住んでいる)蓮華の中央から空高く須弥山が広がり、一番高いところに仏陀が鎮座しているという、縦に延びた世界でした。(蓮華蔵世界観)

ところが密教の世界は球体で、東西南北と天地にそれぞれ仏が位置し、球体の中にいるわれわれを見守り、仏さまそれぞれの法力を発揮しながら功徳を施してくださるのです。
(超簡単すぎる説明ですみません)

その球体の世界を、二次元で表現したのが「両界曼荼羅図」です。これですと、仏の世界が系統的に表現されていて、誰がみても一目瞭然で分かりやすいです。しかも仏像と違って、持ち運びにも便利ですよね。人々は、この図を見て、如来とか、四天王とか、菩薩とかの意味や、姿などを改めて認識できたのです。それまでは、日本人は仏の姿かたちの示す意味が分からなかったのですから。

'''両界曼荼羅(manda=本質、円輪をla=得る)図'''

'''胎像界と金剛界'''前者は、物質的な生成の原理を説く感性的、女性的な理の表現で、後者は、精神的な存在の理法を説く理性的、男性的な智の表現です。

しかし、密教の発祥地であるインドでは、修行が終わると曼荼羅図を焼却したために残っていません。インドから密教が伝わった中国では、唐武帝の仏教弾圧により衰退し、結局最後に伝わった日本で栄えることになりました。

さて、貞観時代の仏像は、天平時代までとどのように変わったでしょうか。
代表的な仏像「薬師如来立像}神護寺(京都)

広い胸幅、堂々たる量感、大きな丸顔の見張った眼が印象的です。動きを孕んだ力強い衣文の刻み、仏像全体から発する呪術めいた気分、やはりこの仏像にも秘められた言い伝えがあるのです。
聖武天皇の娘である称徳天皇の寵愛を受けた道鏡の野望を阻止しようとする和気清麻呂の思いが、この仏像に込められているのです。女帝の死により、失脚した道鏡を永遠に埋没せしめたのは、ほかならぬこの仏像の力なのです。

貞観仏の特徴は、「木彫り」です。天平時代までの造形を踏襲しながらも、乾漆像や塑像に変わり、木造物が増えました。それも素木(しらき)のままの美しさを生かす無彩色像です。
何故、木が流行したのでしょうか。その理由は、良質の木材が豊富にあったことです。しかし、勿論、理由はそれだけではありません。
「木から仏像を彫り出す」という行為は、日本人の古くからの信仰に関係があります。
つまり、日本には仏の前に「神」がいたからです。「木」は「気」です。木は霊木であり、神はその中に宿っているのです。木に仏を彫るということは、木に宿っていた精霊が、彫刻することにより仏像として化現したと解釈されました。
これが、日本特有の「神仏習合」の証です。

「神と仏を合体させる」これは、西洋では考えられませんね。
だって、西洋では宗教の違いは戦争になりますもの。キリスト教の中でも、カトリックとプロテスタントに分かれて戦うぐらいですから。
日本人は、宗教に関しては鷹揚なのかもしれませんね。良くいえば頭が柔軟でなんでも受け入れやすく、悪くいえば節操もポリシーもない、ということでしょうか。

でも、こうして仏像の歴史を表面だけさら〜とおさらいしているだけでも、仏教の精神世界にちょっと触れたように感じるのは、調子が良過ぎますかしら(*^_^*
そりゃあ、宗教観までは到達できませんが、仏像は、美術的立場から観てもオーラをビシビシ感じますよ。それも呪縛のような強烈な個性です。特に生木に彫刻した仏さまの荒々しいお姿は、霊威そのものです。


貞観時代の仏像のもうひとつの魅力は、観音像にあります。
これは、次回のお楽しみ(^_-)-☆




Posted by blanc at 01:18 | この記事のURL
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コメント


とっちゃんぼうやさま
こんばんは〜お仕事ご苦労さまです。仕事は忙しいのが花なんでしょうかしらん。わたしも生活かかってますからね、忙しいのはあきらめてます。でも、疲れすぎて感動できなくなるのは嫌ですので、ここで、覚えたてのことを書かせていただいています。
とっちゃんぼうやさまには、早速のコメントありがとうございます
宗教観云々がなくて良かったですぅ〜(^_-)-☆
清涼寺の「生釈迦」は、釈迦38才のときの姿を模したお姿です。さすが、涼しいお顔ですよね。エキゾチックなのはあたりまえですが、やはり、この時代は極楽浄土の世界ですから、耽美という印象です。
わたしも今年は、京都で意識的に仏像拝観しますよ〜〜
清涼寺知らなかったので、虎の巻で調べました(笑)ひとつ知識が増えました。重ねて感謝いたしますm(__)m
Posted by:blanc  at 2008年02月03日(日) 00:36

この半月仕事が忙しくようやく一段落。
「時の舟旅」にもちょっとご無沙汰でしたが、予想に反して? Blanc さんの投稿を見つけ、急遽書き込みさせてもらいました。

先日からの疲れがどっと出てあまり堅苦しいことを書く気にもなれませんし、いわんや難しい宗教観は避けます(早い話、私には理解できないという意味合いです)が、この薬師如来には一度お目にかかりたいと長年思い続けてきたのです。

と、申しますのも、もう大分前のことになりますが、紅葉の季節、神護寺の門まで行ったのですが、拝観時間に間に合わず、この薬師如来立像に御目文字叶わなかったのです。
貴女の投稿のお陰で、「今年また是非お目にかかりたい人」が1人増えました〜

それはそうと、この仏様を拝見して、瞬間的に清涼寺の釈迦如来増が脳裏に浮かびました。
印象的な衣文の刻みが原因で。

あの清涼寺の仏像は当時中国に学んでいた奈良東大寺の僧凋然上人が持ち帰ったものだそうですが、木彫りといい、衣文の刻みといい、
日本と中国という空間的な差異はありますが、ともにほぼ同じ時期。

 私と違い、美術の目をもっておられる貴女から、何かご感想でもお聞かせ
くだされば幸いです。
Posted by:とっちゃんぼうや  at 2008年02月02日(土) 01:27

静さま
こんばんは〜
こんなに早くご訪問&コメントをいただいて恐縮ですm(__)m
いつもながら、静さまの穏やかでやさしい言葉に胸キュンのわたしです
さすが、イメージが豊かでいらっしゃるわ。ここでガリレオが出てくるとは思いませんでした。確かにガリレオの時代は宇宙は(宗教的にも)球体で、最初は人が真ん中に、そして地動説へと科学的に解明されました。自然科学と宗教は今でも表裏一体のところがありますよね。
このお話、とても参考になりました。ありがとうございます
わたしも、貞観時代を調べて「木」と「神」の関係を知りました。これは、わたしも感動したところなんですよ。だから、静さまにも取り上げていただいてすごくうれしいです(*^_^*)
次回は、官能的な観音菩薩を取り上げてみようと思います。きっとご存知だとは思いますが、読んでいただけるだけで幸せです。


Posted by:blanc  at 2008年02月01日(金) 00:41

こんばんは。
今日は夕方から ゆっくり少しずつ読ませて頂いていました。
平安時代を3期に分けて〜は驚きでした。
そんなに印象がちがっているのですね。

また「両界曼荼羅図」のことも詳しく教えて頂いてありがとうございます。
そういう世界が描かれているのですね。
仏さまが 真ん中にいらっしゃるか、私たち人が中にいて仏さまが周りから守って下さっているのか、の違いは、全然違う話をして申し訳ないですが、ガリレオ〜の世界の 天動説、地動説云々をイメージし、とても興味深かったです。

で、一番惹かれたお話は ”木彫りの仏像”のお話!
今まで そんなこと、まるで気づきませんでした。
ほんとにそうですね。

”神様”のことも大切にしてきた日本人ですが、なんとなく それ以前に 日本人の ”自然を愛する心”も感じます。(そうあってほしいという私の願望なのかもしれませんが)
愛する、というより畏敬の念を持つ、と言ったほうがぴったりかな。
昔から 日本人は 山や川、木や花にも、精霊が宿っているかのように信仰していましたよね。
だから その大切な木で仏さまを彫ったのですね。
このお話を読ませて頂きながら、そういう 日本人の素直な心を思い浮かべました。

次回も楽しみにしています。
Posted by:  at 2008年01月30日(水) 23:53