想像力と才能にあふれたエンターティナー空海が築いた密教の世界は、立体的に仏像を配置することにより、壮大な宇宙空間を演出しました。
819年〜824年頃にかけて、空海は、高野山金剛峰寺の講堂に金剛界曼荼羅の中の七尊を造立しました。しかし、これは昭和の初めに焼失して現在は写真でしか見ることができません。
空海は高野山の次に、東寺講堂の21尊像を企画しました。これは、空海没後の839年、開眼供養が行われました。
仁王経(仁王護国般若蜜多経)と金剛頂経に基づく、空海独自のこれらの仏像は、全体に壮大な気宇と、力強い動感に満ち、密教美術の本領を発揮しています。
特に五大明王像や四天王立像は、後の運慶らに影響を与えました。(辻惟雄著 日本の美術より抜粋)
東寺講堂内諸仏;とにかく仏像たちの大きさにびっくり。21尊像それぞれに個性あるお顔と全体の動作が印象的です。
東寺立体曼荼羅所蔵配置図

四天王;左から、多聞天(北)増長天(南)、持国天(東)、広目天(西)
*( )内はそれぞれの守備位置。
(修学旅行生気分でポストカードをたくさん買ってきました♪)
先週、京都を訪れる機会がありまして、東寺に行きました。
五重塔の内部を公開してました。建物の中心にある心柱を見上げますと、暗闇の中にどっしりとした存在感で、永遠に上昇しているような感覚に見舞われました。
心柱の4面にそれぞれ、如来と菩薩がそれぞれ安置されていました。柱や天井の色彩は剥落していましたが、その賢覧豪華な曼荼羅図は、色褪せても想像するだけで身震いするほど瀟洒でした。
さて、木彫り貞観仏のもう1つの特徴は、観音像にあります。
「西院曼荼羅」に共通するような、インド密教に由来する豊満な官能性があります。
代表的なのが、これ!
観心寺の「如意輪観音坐像」です。
いや〜〜、これはすごいですよね。9世紀半ばの作品です。この物憂げな表情としぐさは、人間的でもありますが、高貴な女性をイメージしたのでしょうね、品位を感じます。
6つの法力を6本の手で示しています。
この観音像と同じく、柔和な表情を浮かべてるのが、法華寺の「十一面観音立像」です。
光明皇后のお顔をモデルにしたと言われています。
しかし、まなざしは鋭いです。この像のポーズは、歩行中に停まったその瞬間をあらわしたものです。この動作は、観音の神変(奇跡)をあらわす「風動表現」であり、「気」に通じるものだそうです。
空海や最澄が唐より持ち帰った密教は、仏教を体系化し、仏像により、法力を具体的な形で表現しました。
その後、藤原氏による華やかな王朝文化にふさわしく、仏像は貴族的な優しい雰囲気へと変化していきました。
その代表的な仏像が「平等院鳳凰堂の阿弥陀如来像(定朝作)」です。密教的な仏界の中で最も広い浄土を持ち、衆生の殆どを受け入れておられるのが、西にお住まいの阿弥陀如来です。
このお話は、いずれまた機会がありましたら、書かせていただきます。
わたしの拙いブログを読んでいただき、しかもご丁寧なコメントをありがとうございましたm(__)m。
819年〜824年頃にかけて、空海は、高野山金剛峰寺の講堂に金剛界曼荼羅の中の七尊を造立しました。しかし、これは昭和の初めに焼失して現在は写真でしか見ることができません。
空海は高野山の次に、東寺講堂の21尊像を企画しました。これは、空海没後の839年、開眼供養が行われました。
仁王経(仁王護国般若蜜多経)と金剛頂経に基づく、空海独自のこれらの仏像は、全体に壮大な気宇と、力強い動感に満ち、密教美術の本領を発揮しています。
特に五大明王像や四天王立像は、後の運慶らに影響を与えました。(辻惟雄著 日本の美術より抜粋)
東寺講堂内諸仏;とにかく仏像たちの大きさにびっくり。21尊像それぞれに個性あるお顔と全体の動作が印象的です。東寺立体曼荼羅所蔵配置図

四天王;左から、多聞天(北)増長天(南)、持国天(東)、広目天(西)
*( )内はそれぞれの守備位置。
(修学旅行生気分でポストカードをたくさん買ってきました♪)
先週、京都を訪れる機会がありまして、東寺に行きました。
五重塔の内部を公開してました。建物の中心にある心柱を見上げますと、暗闇の中にどっしりとした存在感で、永遠に上昇しているような感覚に見舞われました。
心柱の4面にそれぞれ、如来と菩薩がそれぞれ安置されていました。柱や天井の色彩は剥落していましたが、その賢覧豪華な曼荼羅図は、色褪せても想像するだけで身震いするほど瀟洒でした。
さて、木彫り貞観仏のもう1つの特徴は、観音像にあります。
「西院曼荼羅」に共通するような、インド密教に由来する豊満な官能性があります。
代表的なのが、これ!
観心寺の「如意輪観音坐像」です。
いや〜〜、これはすごいですよね。9世紀半ばの作品です。この物憂げな表情としぐさは、人間的でもありますが、高貴な女性をイメージしたのでしょうね、品位を感じます。
6つの法力を6本の手で示しています。
この観音像と同じく、柔和な表情を浮かべてるのが、法華寺の「十一面観音立像」です。
光明皇后のお顔をモデルにしたと言われています。
しかし、まなざしは鋭いです。この像のポーズは、歩行中に停まったその瞬間をあらわしたものです。この動作は、観音の神変(奇跡)をあらわす「風動表現」であり、「気」に通じるものだそうです。
空海や最澄が唐より持ち帰った密教は、仏教を体系化し、仏像により、法力を具体的な形で表現しました。
その後、藤原氏による華やかな王朝文化にふさわしく、仏像は貴族的な優しい雰囲気へと変化していきました。
その代表的な仏像が「平等院鳳凰堂の阿弥陀如来像(定朝作)」です。密教的な仏界の中で最も広い浄土を持ち、衆生の殆どを受け入れておられるのが、西にお住まいの阿弥陀如来です。
このお話は、いずれまた機会がありましたら、書かせていただきます。
わたしの拙いブログを読んでいただき、しかもご丁寧なコメントをありがとうございましたm(__)m。
Posted
by blanc
at 21:28
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コメント(4)
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余りにも異国的過ぎて! 
静さま
こんばんは〜
観音像の中でも、法華寺の十一面観音立像はとりわけエロティックですから、色々な言い伝えがあるのでしょうね。貞観時代の観音像は女体がモデルですから、妖しい美しさに惑わされそうです
日本人が描く外国人は「日本人になりがち」という説、なるほど、そう言われればそうですね(笑)
明治時代にパリに留学した画家たちの人物像を見ますと、パリの女性をモデルにした絵ても「日本人?」って思ったことが何度もあります。
写実的に描いているつもりでも、ルーツみたいな要素は自然ににじみ出てくるのかも知れませんね。でも、それはまた味があり、画家の個性として、なかなかいいものです。だから、とっちゃんぼうやさまの日本人のように見える音楽家も、素直な感性が表れてとても素敵な絵だと思いますが。
次回も期待していただいてありがとうございます(*^_^*)
頑張って勉強してきます