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悠久の歴史[2008年07月05日(土) ]
いよいよ明日から洞爺湖8サミットが開かれますね。
 このサミットは34回目になるのですが、第1回のフランスのランブイエサミットの時はG6だったそうですね。

 私はG7と記憶していたのですが、カナダの参加は第二回目からとのこと。

 それはともかく、G7のメンバーといえば、経済規模(GDP)の順にアメリカ、日本、西ドイツ イギリス フランス イタリア そしてカナダになるのですが、30年余り経った現在ではどうでしょうか。


 アメリカと日本の間に中国が、ドイツとイギリスとの間にはインドが、フランスとイタリアの間にはロシアが割り込み? そしてブラジルがカナダを通り越し堂々の10位。

 中国、インド、ロシアそしてブラジル、世界経済の潮流にそって言えば4か国の総称BRICsの台頭ということになりますね。

 周知のごとくロシアは社会主義国家の看板をはずすべく激動の歴史を歩んだのですが旧ソ連の大きな遺産がありますから十分に納得できるとして、中国やインドの大飛躍なんて30年前はおろか、10年以上前にはこのような躍進を誰が予想したのでしょうか。

 まさに眠れる獅子が目を覚まし、巨象がのっしのっしと歩き始めたといえそうですね。

 ある経済学者の試算によると、今世紀中ごろには人口ともども経済力でインドが中国やアメリカを抜いて世界トップになり、インドの世紀になるとのことですが、その内容の当否はともかくとして、もしそうなれば、経済発展の一大阻害因子とも言われてきたカースト制度が厳然と残っているかの国が遥か数千年を経て再び世界史の表舞台に躍り出ることを意味することになるのですね。

 一歩足を踏み入れれば貧困層が溢れているのが現状なのでしょうが、現在のインド経済の大発展の原動力は1つには従来のカーストとは無縁なIT関連の起業家たちの寄与によるものだそうですね。

 カースト制度を含めインドの歴史についての私の知識はまったく表層的なものでしかありませんが、遥かインダス文明以来、なが〜い低迷期??を経験し、再び経済的にも政治的にも世界に影響力を及ぼすであろうことは疑いのないことなのでしょうね。

 社会の最下部構造である経済構造の大変化により上部に位置する精神的構造であるカースト制度にどのような変化が生じ変貌していくのか、その昔経済史を学んだ者の端くれとして興味は尽きません。

 しかし1人インドのみでなく、他の地域についても 500年、1000年単位のスパンで事象の変化を読み取り、その変動要因やそれらがどのように互いに影響しあって、社会が変貌していくのか、その様子を理解することがまさに歴史を学ぶ醍醐味だと実感する今日このごろであります。
 
 年単位では微々たる動きであるにもかかわらず、何百年単位となると地震という大きなエネルギーを生じさせるプレート(岩盤)の動き同様、その上で生の営みを行っている私たちも歴史というプレート上にあることを痛感するのはやはり年の功というのでしょうか。

 この盆休みに学生時代に買ったまま、積読になっているアーノルド・トインビーの「歴史の研究」でも読んでみようかな・・・・・・
 
 洞爺湖サミットから悠久の歴史に思いを馳せた一時でした。

Posted by とっちゃんぼうや at 23:37 | この記事のURL
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コメント


歴史は閨房(夜)つくられる

 <終りの格言?はとっちゃんぼうやさまの格言ですか? >
    
    男と交際しない女は少しずつ色あせる  
   
    女と交際しない男は少しずつばかになる
 
  ですね。あはは〜 私も投稿を終了して「あれっ?」と思ったんですよ。
 他の人たちが読むと私のオリジナルと受け取ってしまうのでは・・・・と。
 さすが“文の人“ 見事に指摘されましたね〜
 いやいや、これはまったくの受け売りです。
 いま流行の「品格本」の一冊からパクッたものです。
 
 私はこのような格言を「吐(ける)く」ほどの”その道”の経験者でも探求者でもありませんから
 
 ただ、一人の人間として、男女の生き方に興味はありますから、ときどきこの手の本を書店で立ち読みしますね。

 言葉の上で、「女は灰になるまで」は知っていましたが、それじゃ男は何て言うの?って、かる〜い疑問をもってましたところ、書店でたまたま目に入った本に「男は息が絶えるまで」と回答があったので何かの縁、面白いと思って買ってきたんです。
 
 そしてその本に上のような格言があったのです。
 でもそれは著者のオリジナルでもないようで、作者名はありませんでしたが“知る人ぞ知る格言”みたいですね。

 本当に貴女が言われるように、<完全に歴史から離れたお話ですが(笑)>になってしまいましたね〜。 

 でも、折角延々とここまで「男女論」に至ったのですから“歴史に関することならなんでも”を標榜する「時の舟旅」として何かみなさんに納得してもらうような形で締めくくりたいものですね。

 そうそう、「歴史は閨房(夜)作られる」はどうでしょう 
 
 篤姫もエリザベートも“表に口を挟んで”ともに姑の逆鱗にふれたようですね。
 
 それでも口を挟む! いや、実情は「挟まざるを得ない」ところにまで政情がきていたのでしょうね。
 いま、思うに、女性が政治史に名前を残す ということはある意味「不幸な時代」を意味したといえるのではないでしょうか。

 彼女たちの”口出し”が夫の意思決定にどれだけ影響を及ぼしたのか知りえませんが、ともかく「歴史は閨房(夜)作られる」

 どうです、色っぽくていいじゃないですか〜
 
 と、私の自画自賛にもかかわらず、「時の舟旅」の管理者として「しょうむない“おち”やわ〜」と苦笑している静さんの顔が目に浮かぶよう〜

  まあ、ともかく、下手でも一応「歴史」という字が入り、おちがつき、少しは面目を保った??ところで、お開きにさせていただきます。

 静さん、どうも長いおつきあい、ありがとうございました〜
Posted by:とっちゃんぼうや  at 2008年07月13日(日) 13:22

また×? こんばんわ〜^^

終りの格言?はとっちゃんぼうやさまの格言ですか?

男女どちらにとっても 交際(恋?かな)は 咲こうとする花に似ているかもしれませんね。
咲かせようとする心があればいくつであっても色あせない
けれど、咲かせようとする気持ちをなくすと 途端に色も香りも失くしてしまう・・・

何か そんなことを連想しました。

完全に歴史から離れたお話ですが(笑)

>単性であった時代〜
生命誕生の不思議を感じます。
アダムとイヴの前に何があったのかって??

ではあまり夜ふかししないうちに 眠ることに致します。おやすみなさい。
ありがとうございます。

Posted by:  at 2008年07月13日(日) 01:01

A 不滅の記録に挑みます!

 話は大きくそれましたが、男女の性があるからこそ 芸術が生まれるのでしょうね。
 男女の性がなく単性の世界を想像しますと、いままでの芸術はすべて色あせたものとしてふっとんでいくんじゃないでしょうか。
 
 これは詩人静さんにはまさに釈迦に説法かも。
 あっ、そうそう、これ幸いにいつかは「詩人静」の“恋の詩”もお願いしたいものですね。
 ついでに「私人静」の“恋の詩”も?

 えっ、前者はすぐにでも、でも後者は・・・・
 あっ、いえ、全部とは言いません、さわりだけでも結構ですから〜 私でさえ即席にできるんですから〜

 「海には真珠 空には星、されどわが胸には恋、・・・・おおロミオ、
私のロミオ 貴方はどうして とっちゃんぼうやなの・・・・」

 なあ〜んちゃって、すぐにワルノリするんだから、このおっさんは〜
 
 イタリアルネサンスの初期の巨人ダンテなんかは永遠の女性「ベアトリーチェ」が深く関与しているのは有名で、砕いて言えば「ベアトリーチェに天国で出会ってもはずかしくないような人生を・・・・」で自分を律したとか。
 さすが超優等生ですね〜
 
 日本の浅草オペラの代表格田谷力三の「恋はやさし〜野辺の花・・・」の熱唱と並んで「ベアトリねーちゃん」というのもあるそうですね〜 
 一度聴いてみたいと思い続けてきたのですが・・・・
 
 そうだ わがベアトリーチェ、シシ(エリザベートの愛称)に会いにいこう。

 きっと愛しい“もとかの”は私に

 私の お墓の 前で 泣かないでくださ〜い 

  とソプラノ?(残念だけど肉声は聞いたことはないんですが、当たり前! 身長172cmで61年の生涯をウエスト50cmで通したそうだから、低音のアルトとは考えられませんからね)と、歌ってくれるかも〜
 
なあ〜んて、せっかく中ごろまで二枚目気取りで書いてきたのですが、終わりに近付くにつれて綻び始めたところでストップ。 

 ボロが丸見えになる前に、よし、ここいらで竜頭蛇尾を打ち消すべく かっこよく自戒の念をこめて?、筆じゃないマウスを置かせてもらうことにします。
 ご精(静)読ありがとうございました〜

  男と交際しない女は少しずつ色あせる  
   
   女と交際しない男は少しずつばかになる
Posted by:とっちゃんぼうや  at 2008年07月12日(土) 15:00

@  「また」の何乗かな(笑) ありがとうございます おおきに サンキュー 〜ダンケ シェーン
 
 また一部と二部に分けさせてもらいます。

 ほんとうにG8サミットから篤姫経由でワーグナーVSリスト 経由で男性論女性論にまできましたね〜 

 いままでのブログもこのあたりで「ふ〜お疲れ様〜」ということになるのでしょうが、もう少しつけ加えれば、もしも篤姫の旦那が早くから継嗣に恵まれていたら、また病弱?でなかったら、幕府の滅亡はもう少し先になったのじゃ、と。 

 こう考えると、歴史イコール戦争の観点から、確かに実際の表舞台の戦闘は男の世界ですが、改めて「クレオパトラの鼻が・・・・」じゃないけど水面下では女性が大いに関与しているのを再認識できますね〜 
  超卑近に言えば「事件のうらに女あり」は時空を超えて歴史の真実なのでしょうね。

 ワーグナーやリストなどの芸術家の世界を持ち出すまでもなく、ある面で歴史も個人のものを超拡大したものとの観点も生まれますね〜

 あ〜そうそう、これも一応歴史になるんでしょうが、地球ができて46億年。
 単性の生命が海中で誕生したのは30数億年前。その後いつ雌雄に別れたのか その年代はほぼ特定できるそうですが、なぜ両性になったのかは諸説ある中で、いまだ確説はないそうですね。

 ある生物学の本で読んだのですが、その中で、男の幼稚園児がラジオ質問コーナーで「どうして男の子と女の子がいるの?」って質問したそうです。それに対して大人の回答者は幼稚園児に向かって「・・・染色体XとYというものがあって・・・・」と何回か繰り返すのみで時間が経ち、坊やも理解できぬまま(当たり前)終わろうとした矢先、アシスタントのおねえさんが、「たかしくん、幼稚園のお遊び、男の子とするのと、女の子とするのとどちらが楽しいかな〜?」に対して「女の子と遊ぶとき」と答えたそうで、それを後押しる格好で「だから男の子と女の子がいるんだよね〜」「ふう〜ん」で終わったそうです。

 その話しを読んで、機転のきいたおねえさんにもパチパチですが、私にとっては、ごく当たり前と思っていた両性の存在に改めて生命の不思議と感動とを感じさせられた瞬間でした〜 

  続く (時の舟旅 で今後破られないであろう連続記録を目指します!)
Posted by:とっちゃんぼうや  at 2008年07月12日(土) 14:47

何だか 書き入れて申し訳ないような気持ちにさえなってきましたが。。(笑)

サミットのお話から いつのまにか音楽家のお話へと移っていきましたが、こうしてみると 音楽の話だけでも それぞれの歴史が語られていきそうですね。
私は 曲は色々聞いても そういった私生活って あまりよく知らないんです。
おぼろげに こんな感じという印象だけは どこかに持ってはいるのですが。それも自分の興味のある音楽家だけ。

とにかく 昨夜まで ワーグナーとリストに何らかの接点があることなど 考えてもいませんでした。
絶縁〜の話を読んだ時も イメージからですが、”理ストと 悪ーグナー、それは合わないよね” と思ったほど。勿論 経緯から考えると それは当然のことだったのでしょうけれどね。
でも リストもプレイボーイとなると 凛ストかな?・・^^

また 私も同じように コージマの行動、気持ちに関心がわきました。
好事魔多し・・なんて冗談ではすまされませんね。
こんなこと書いて別に今日、酔っているわけではありませんが(笑)

まとめると 篤姫の話ではないですが、権力、政治の世界においても、芸術の世界においても女性とのつながりを無視して考えていたら 本当の姿は見えてこない、ということでしょうか。

こちらこそ また沢山教えて頂き、ありがとうございました。
Posted by:  at 2008年07月12日(土) 01:22

A

 う〜ん、これは音符もろくすっぽ読めない、ましてやピアノなんか弾いたことのないただの音楽好きの私見ですが、ショパンをリストと較べるのはショパンには失礼だと思いますね、もちろん作曲家として。

 リストは所詮ピアニスト。誰も真似することができない指のテクニックはすごかったのでしょうね。

 まさに「ピアノの魔術師」たる所以だと思います。
 でも彼の作品は私に言わせると、名ピアニストが余興で作曲したものばかり。
 技巧ばかり先走って「音楽の情」というものが感じられませんね。

 「愛の夢」は私も嫌いではありませんし、リストの作品の中では好きな部類に入ると思いますが、やはり片々たる美だと思いますね。

 最近話題のフジコ・ヘミングはリストを得意としていますが、フジコ節で弾くとちょっとばかり面白いかな?
 
 普通名曲と言えば演奏者が多少まずくても、曲自体ががっしりしているからそれなりに聴けるものですが、下手くそなピアニストにかかれば、リストなんてもう最悪 

 ともかく以上が私のリスト観なのですがいかがでしょうか。

 それにしてもショパンはいいですね。
 リストの「ピアノの魔術師」に対してまさに「ピアノの詩人」ですね。

 中学生のとき音楽の時間に両方を習いましたが、「どうちがうんだろう?」と子供心にも不可解でしたが、そこは年の功、二者の違いをはっきり捉えることができますね。

 若いときはもうワーグナーの滔滔とした音の大河に酔いしれ、単調な?薄味の?ピアノ曲など敬遠してた感がありますが、ショパンはやはりロマン派の秀峰だと実感しますね。

 仰せの夜想曲いいですね〜 そして私はバラードと前奏曲も好きです。 
 
 ショパンといえばジョルジュサンドとの交渉が有名ですね。
 肺の病気がなければ、彼女からのエキスでワーグナーに並ぶロマン派のみならず音楽史の巨峰になったでしょうに。
 
 こう考えてみると、芸術家と女性 の絡みも興味は尽きませんね。
 
 長くなりました。またこれに懲りずにおつきあいください。
 ありがとうございました。
 
Posted by:とっちゃんぼうや  at 2008年07月11日(金) 01:32

@ 久しぶりの夜更かしです。

 静さん、またまたのまたのコメントありがとうございます。

 いや、別に遠慮していただかなくても結構ですよ。ただ今のような貴女のコメントに対してのコメントなんて造作もないことですし、迷惑なんて全然思っていませんからね。

 ほとんど私の知っていることですし、逆に楽しんで書かせてもらってるような感覚ですよ。
 お相手してもらうのに感謝しなければなりませんね。
 例の「話し言葉のストーリー」こそ、一見優しそうですが、政治的、経済的そして社会的状況の側面を観察して、それを集約そして要約し、1つのストーリーにするとなると相当なエネルギーと時間が必要とされ、とても即興的に仕上げることはできません。

 それに対してこの程度のコメントなんて、アドリブ効かせた掛け合い漫才みたいなものですからね。
 もちろん、貴女の質問や文章の内容が可笑しいとか浅薄だとかいう意味じゃないのは言うまでもないですけどね。

 さて、リストとワーグナーの絡みから始めましょうか。
 もう大凡のことはご存知のことと思いますが、リストは当時名だたるピアニストで音楽史上“三本指に入る”ほどのプレイボーイであったのは有名ですし、音楽ファンなら誰でも知っているはずです。

 ワーグナーの後妻のコージマはリストの次女と言っても私生児ですが、彼女は当時の「ヨーロッパの最高指揮者の妻」の地位を棄ててワーグナーのもとに走ったのですから、第三者的にはドラマチックこのうえないのですが、当事者として父親のリストが怒るのも親の情として当然すぎるほど当然のことだったでしょうね。

 わけてもその悪口を箇条書きにするだけで一冊の本ができるとまで言われていた御仁ですからね、当時のワーグナーは。

 むしろ、私の関心は、人一倍思慮分別のあったであろう女性コージマがなぜ夫を棄て、それも超評判の悪いワーグナーに走ったかにありますね。

 これについてあの世で私が彼女に出会ったら訊いてみたい気もしますね。
 幸い今現在片言のドイツ語はできますから、いまから少しずつ勉強すればどうにか会話になると思いますから。
 ほんまかいな。

 それはともかく後にワーグナーはメルヘン王子ルートヴィヒ2世との邂逅も含めて、音楽史上のみならず芸術史上、富・地位・名声どれをとっても桁外れな成功を収めたのですが、今度は「作曲家リスト」に話を移しましょう。
           続く
Posted by:とっちゃんぼうや  at 2008年07月11日(金) 01:19

こんばんわ。
>際限なき歴史物語はこのくらいにして〜に またおじゃまして申し訳ありません。

エリザベートのこと 書いて下さって 今頃思い出しました。メルヘン王子が唯一心を許したといわれる女性だったのですね。
すっかり忘れていました。映画は見ていませんので 訪ねていくシーンも知りません。でもいつか観てみたいと思っています。

それより、このことで調べていて 今頃気づいたことが他にありました。

私はピアノ曲では 子供の頃から(また始まった!)ショパンが好きでした。特に「夜想曲」。
親戚に ピアノが抜群に上手いお姉さんがいて 私が家に遊びに行くと よくショパンを弾いていたため 彼の曲の殆どを 私は彼女が弾く側で覚えました。

ところが 後に、この「夜想曲」を抜くか、と思うほど惹かれたピアノ曲に出会いました。
それが リストの「愛の夢」。
初めて聞いた時から 惹きこまれるような感覚に捉われたんです。
こういう感覚 クラッシック好きなとっちゃんぼうやさまなら 多分おわかりと思いますが。^^


で、気づいたことって 他でもない ワーグナーの奥さんになった女性って そのリストの次女だったのですね。
彼と一緒になったことを激怒し、その後絶縁したとか。

メルヘン王子を調べていて とんでもないことに出会いました。
とっちゃんぼうやさまは 多分ご存じなのでしょうね。
人間関係って 特別興味を持ってみないと なかなかわかりません。

またまたありがとうございました。

延々と続いてはいけないので これは 読んで下さるだけで結構です。^^
Posted by:  at 2008年07月10日(木) 19:48

静さん、またまたのコメントありがとうございます。

私の愛しい“もとかの”が1837年生まれと書いて、投稿した途端に気づいてすぐに調べたのですが、何とNHKの大河ドラマのヒロイン「篤姫」がその前年に生まれたのですね。

なんと言う奇遇。そして何という類似性! 
 篤姫はドラマにあるごとく外様大名島津家のそれも分家生まれ、本来ならば徳川宗家に嫁すことは120%あり得なかったんですよね。

 一方のエリザベートはオーストリア皇帝とわが姉との見合いの席に同席したことで若き皇帝にみそめられ大きく運命が変わってしまいましたね。
 
 こんなところにも歴史物語の微妙な面白さがうかがえますね。
 
 どちらも嫁いだときの世相は国家体制の大変革の足音が少しずつ大きくなってくるときですよね。
 それ以降、その嫁ぎ先の家はともに 歴史の大きな波に飲み込まれていきますね。
 篤姫は徳川宗家の没落を自分の目で見て、一方エリザベートは没落を見る寸前にテロに遭い死にますね。

 ただ、異なる点はいくつかあるのでしょうが、篤姫には子がいなく、江戸城明け渡し前には城から外出することなく家の存続に心を砕く日々であったそうですが、エリザベートは長男の非業の死に涙したとはいえは子宝に恵まれ、奔放な性格から堅苦しい宮廷生活には馴染めずに公的・私的にあちこち外出していますね。

 あのイタリア映画の鬼才ヴィスコンティの映画「ルートヴィヒ 神々の黄昏」では、私のプロフィール写真のノイシュバンシュタイン城に「はにかみ王子」じゃなくメルヘン王子ルートヴィヒを訪ねるシーンがあるのですが、静さん、ご存知でしょうか。

 それはともかく、エリザベートは彼が密かに自分を思慕していた、いや思慕していることを知ってか、自分の妹を紹介し、婚約に至らせますが、結局はルートヴィヒのドタキャン。

 以来二人の仲に亀裂が入り・・・・
 はっはっは、際限なき歴史物語はこれくらいにして篤姫からまた話が繋がりましたね。

 お陰でまた知識が増えました。
 ありがとうございました。
Posted by:とっちゃんぼうや  at 2008年07月10日(木) 17:00

こんばんわ。
昨夜と今夜に分けて(もう日付が変わってしまいましたが)ゆっくり読ませて頂きました。
中世から近代へと移り変わっていく時代は こうして見てみると まさに激動の時代ですね。
”もとかの”、思わず、え?と思ってしまいました〜
こんな雰囲気でのお話なら 皆 暗くなく?親しみが持てることだろうと思います。

でも お仕事、そして健康が第一、ブログは楽しいですが、はまり込むと つい夜ふかし、(笑)してしまいます。
お時間ができましたとき また色んなお話聞かせてくださいね。
楽しみにしています。
たくさん 聞かせていただきありがとうございます。
Posted by:  at 2008年07月10日(木) 00:15

A  もう別れてから30年ほど経つでしょうか、風の噂によるともう亡く  なったとのこと。

   いま存命ならば50代半ばのはず。その訃報を耳にしたとき恥ずかしながら私も涙しましたよ・・・・わたしのエリザベート・・・・
   なあ〜んちゃって、はっはっは、幻です、まぼろし。
   そう、オーストリア=ハンガリー帝国の皇妃エリザベートなのです。
  
   彼女の波乱にとんだ人生については宝塚などの公演からご存知の方も多いことと思いますが、生まれたのは1837年(わが国ではあの子沢山の将軍第11代将軍家斉が亡くなった年)ですから、ご存命ならば173歳。

  誕生した当時ヨーロッパではイギリスが産業革命の全盛期を迎え、世界各地に植民地獲得競争の先陣を切り、フランス革命を終えたフランスが帝政と共和制を繰り返しながら植民地獲得にイギリスを追いかける。

 イギリスから独立したアメリカ合衆国も着々と実力をつけ太平洋に進出、二十年足らずでペリーがやってくるのは日本史では誰でも知っている有名な出来事ですよね。
 これを読まれている方たちも「ああ」と頷いておられることと思います。 
 世界はイギリスをトップランナーとする帝国主義の時代へ そのような中、後にエリザベートが嫁ぐハプスブルク家の大オーストリア帝国やフランスの二大国に挟まれて小さな王国や公国そしていくつかの都市国家に分かれていたイタリアやドイツが統一に目覚めていく 

 こういう構図ですね。

 このころから7、80年後の第一次大戦の導火線がすでにひかれていますね。

 わが敬愛すべく(名うてのワーグネリアンという意味で)エリザベートの従弟ルートヴィヒ2世もエリザベートの8年後に生をうけその王国は、ビスマルク主導のプロシャの統一の野望に飲み込まれていきますね。 

 これらの人物を取り上げて、彼もしくは彼女の視点から話し言葉で書いて見たいと思っているのですが、前にも申しましたように当分は仕事でお預けになりそうです。

 大した内容でもないのに勿体ぶるようで気が引けますがご容赦ください。

 「時の舟旅」への3回分の投稿と思って長々と書かせていただきましたが、今後の投稿はしばらくおやすみということでご了承ください。

 もちろん、静さんはじめ他の方々の投稿にコメントさせてもらうことは言うまでもありません。

 もうすぐ梅雨が明けようとしており、いよいよ本格的な夏に向かいますが
皆様、体調に気をつけられ、お元気に夏を乗り越えてください。


 
 

Posted by:とっちゃんぼうや  at 2008年07月08日(火) 23:23

@ 静さん、またまたコメントありがとうございました。長くなりますので  また@とAに分けさせてもらいます。今後数ヶ月は仕事で投稿できない  と思いますのでその分だと思ってお付き合いください。

  流石静さん、文学にも明るいですね。そうですね、私も昔々へルマン・ ヘッセをいくつか読みました。
  ドイツ文学の最高峰といえば文句なしにゲーテなのでしょうが、ヘッセも大きな存在ですね。
 デーミアンと並びUnter den Rad「車輪の下」も代表作ですね。
 
 Unter den Rad から Unter den Linden「菩提樹の下」がわが脳裏をよぎりました! かつての東西分裂の象徴ともなったブランデンブルク門のあの大通りがこの名前で、かつてはヒトラーの行進が頻繁に行われたそうですが、日本ならさしずめ「柳の下」所謂東京銀座通りになるのでしょうか。

 オープンカーに乗り挙手の礼の民衆の歓呼に応える得意満面のヒトラーがワーグナーを口ずさんで自己陶酔、ヒトラー個人としては内心まさに男の本懐ここに極まれり だったことでしょうね。

 もちろん一般ドイツ国民には大迷惑このうえなきことだったのでしょうが。
 ヒトラーが受け入れられた大きな理由の一つに第一次世界大戦後の前代未聞のインフレが上げられますね。
 日本も戦後ものすごいインフレを経験したのですが、ドイツのそれは比較にならないほどすごいものだったそうです。
 諸悪の根源はこのインフレにあったと言えるらしいのですが、これに追い討ちをかけたのがあのニューヨーク発の大恐慌であることは有名な出来事になりますね。
 それはまたの機会にして、なにせドイツは第二次世界大戦のみならず、第一次世界大戦を引き起こした「張本人」なのですから、これらの原因をつきつめていえば20世紀が内包していた民族問題を含めた政治的・社会的そして経済的なもろもろの矛盾を理解できると思うのですが、その伏線はすでに18、9世紀から敷かれていることは周知の事実ですね。

 以前に「話し言葉で近代ヨーロッパ情勢を書くつもり」と書いたことがありましたが、いずれ書いてみようかと思っていますが、これから数ヶ月間仕事の関係でできそうもありません。
 
 しかし時々仕事を置いてでも書きたい衝動に駆られるときもあります。
 いいそびれましたが、私のドイツびいきのもう1つの大きな理由は私の  「もとかの」がドイツ人だったことも影響しています。

 自分で言うのもなんですが、とびっきりの美人だったのです
Posted by:とっちゃんぼうや  at 2008年07月08日(火) 23:03

こんばんわ。
また遅くに申し訳ないです。

読ませて頂いていて、やはり同じ思いを持っていらっしゃる方が多いのだと痛感しました。
私も 以前 子供の頃に聞かされた話を 書こうとしていたこともありましたが、ためらい過ぎてあっさりやめてしまいました。
また そういう機会があれば 気分も変わるかもしれませんが。

戦争の話から少し離れて Aで書かれているような文化の話をし始めたら ドイツにはほんとうに素晴らしい音楽家、作家等がいて とっちゃんぼうやさまのような気持ちになるのはわかる気がします。

音楽家の話ではありませんが、私も昔 読んで意外に好きと思ったドイツの作家にへッセがいます。
たまたま彼の本を手に取り、読もうとした時、一番早く読めそうだったために読んでみた「デーミアン」に 引きずり込まれた思い出があります。
”こんな作家だったんだ”と それまで読みもせずに勝手に抱いていたイメージと違っていた為の衝撃が その時多少でもありました。

彼の生きた時代も 近代なんですね。
この時代を知ることで学ぶことは物凄くたくさんあると思います。

そして、
終わりに書かれた”各時代にそれぞれイメージ色〜”
面白そうです。

何でもないことのようですが こうしてお話すること自体、少しでも この時代のことを思うきっかけになっているのだと思います。
ありがとうございます。
Posted by:  at 2008年07月08日(火) 01:35

A

 それに加えて私の場合、もう1つ理由があるのです。
 私の趣味の1つはクラシック音楽ですが、バッハ、ベートーヴェン、ワーグナーの生んだドイツ、そして大学時代に専攻したドイツ経済史ですっかりドイツびいきになったまではよかったのですが、われわれ日本人が沖縄戦やサイパンでの戦いの録画を観ているのと同じくらいに、戦争映画でドイツ兵がバタバタと連合軍にやられていく様が私をして暗澹たる気持ちにするのです。

 倒れていく兵士があたかも親族や親しい知人とみなしている自分に気づいて何度も苦笑を余儀なくされました。
 
 極端な話、ヒトラーもある意味天皇陛下に重なるときもあるんですよ(笑)
 天皇陛下ばんざ〜い ハイル・ヒトラー
 と、言っても私は右翼でもなんでもないんですけどね。
 
 連合軍とドイツ軍との戦いの画面で、そのような感情移入で観る日本人は極めて少ないと思いますが、私はその極めて少ない部類にはいるのでしょうね。
  と、いうことで、「2つのわが祖国」が破滅に至る20世紀、そしてそこに誘う18、9世紀は私にとって「超いや〜な予感がする世紀」ということになります。
 
 卑近に言えば、贔屓のプロ野球チームの敗戦が分かってしまっている録画を見せ付けられているようなものでしょうか。

 しかし、私たちや私たちを取り巻く世界情勢の現在を観るためには、
18、9世紀は絶対に看過できない世紀とも言えましょうね。

 これから私は“趣味”としてこれらの世紀を観ていこうと思っていますが、仕事が忙しいこともあって思うように進まないのが現状です。
 
 ともかく、私たちが生まれ育った昭和、あと50年ほど経てば、日本を世界第二位の経済大国におしあげた高度経済成長のばら色の時代になるのでしょうか。

 これを機に日本史の各時代にそれぞれイメージ色をつけてみるのも一興ですね。

 静かに読んでくれた静さん、ながくなってごめんなさい。
Posted by:とっちゃんぼうや  at 2008年07月07日(月) 15:18

@
 ながいコメントで1回で入りきれないので2回に亘りますので、ご容赦ください。

 静さん、回答ありがとうございます。数学のテストと異なり、正解がない問ですから点数はつけられませんが、花丸で〜す。

 と、言いますのも、予想どおり、期待どおりの回答だったからです。
 実は私もそうなんです。日本史に限ると、幕末から「戦争の世紀20世紀」への「準備段階の時代」明治に入りますね。

 文明開化や鹿鳴館そして自由民権運動はふっとんで「るい世」とは裏腹にどうしても言論統制を含めた日清・日露のくら〜い戦争イメージになりますね。

 確かに人類が誕生していらい、戦争はつきもので、戦闘員、非戦闘員を問わず残酷な大量殺戮が世界中で起こりましたよね。
 現在も進行形で行われていますが。

 人類の歴史は戦争の歴史とも言えるのでしょうが、その時代のイメージを考えるにあたって戦争がキーワードになるのでしょうね。

 その戦争も、私が思うに、絵と写真の違いといえるのではないでしょうか。
 神代の昔から関が原の戦いは歴史の教科書のグラビアの絵の世界。
 映画やテレビでの映像にもなりますが、主人公に感情移入することはあっても、ドラマが終われば残虐なシーンもほぼ同時に脳裏から消え去りますね。

 しかし、教科書のグラビアの写真ではどうでしょうか。
 われわれの近い先祖が体験した時代、曾祖父母 祖父母、父母たちが現実に生きた時代に入りますね。

 私の曾祖父は日清に、祖父は日露に駆り出されました。二人とも無事生還したのですが、戦死した仲間の話しも子どものころ聞かされました。

 そして小中高大学時代の友人の中には太平洋戦争で父親を亡くした友人がかなりいましたね。 先年亡くなった叔母も夫を沖縄戦で失いました。
 そして毎年今頃になると、昭和回顧録の一環として今度の戦争の戦闘場面がテレビで流されますね。

 戦後生まれの私たちにも「昭和の戦争」は歴史ではなく「銃後の体験」として頭の中に残っているのを否応なく思い知らされますね。
 これは静さんとまったく同じです。
                        続く
Posted by:とっちゃんぼうや  at 2008年07月07日(月) 15:01

こんばんわ。
>近代は〜
とは範囲を広く捉えすぎているかもしれませんが、書かれている後者のほう、雰囲気、ムードが〜の方です。
ですので 日本だけでなく、世界全般にわたって、ですね。
文化史等はどの時代でも興味があるのですが。
そう尋ねて頂いて初めて その理由というのを考えてみましたが、どう考えても それは 先の戦争に至るまでの歴史の流れを勉強していく時に感じる 気持ちの辛さからです。
正直、そのあたりは 勉強していく途中で落ち込んでいく自分がいるんです。

戦争がどうのこうのなんて言っていたら、今までの歴史みんなそうじゃないの?と言われそうですが、あの戦争ほど、巧みな言葉で 国民みんなが駆り出された感のある戦争はないですよね。
その”感”が当たっているのかどうなのかはその時生きていたわけではない私の言うことではありませんが。
本来はどの時代の歴史も静観して見るべきなのでしょうけれど、まだその時代を生き、辛い記憶、傷を持った人たちがいる状況で この部分は ほんとに 苦手です。

先のブログの源平合戦のように、自分が仕える主君のため、世の中を変えるために武将たちが意を決して立ち上がる、というような戦いなら 少しでも 戦う人たちの”主体性”を感じるのですが、先の戦争のことはいくら聞いてもやりきれません。

勿論それがすべてというわけではないですけれどね。
でも こうして考える良い機会を与えて頂きました。
ありがとうございます。

Posted by:  at 2008年07月07日(月) 00:40

静さん、いつもコメントありがとうございます。

<歴史の中でも近代は苦手なんです。・・・・>

 近代とは 日本の? それとも世界の?
 貴女の苦手な原因はなんでしょうか? 
 
 知識がない? それとも時代の雰囲気というかムードが好きじゃない
 とか、いくつかありますよね。
 いやいや、案外学生時代のテスト結果や、受験のときの苦い思い出が原因だったりして〜

 それはともかく、一口に歴史好きと言っても、各人好きなあるいは得意なジャンル(時代や地域)がありますからね。
 それに政治史 経済史 文化史 などもありますからね。
 もちろん貴女にもおありと思いますが、その理由を知りたいですね。
 ご返事は負担にならない程度で結構ですから。
  
Posted by:とっちゃんぼうや  at 2008年07月06日(日) 16:54

こんばんわ。
遅い時間になってしまいました。

歴史の中でも近代は苦手なんです。今につながる大切なところなのに・・・
書いてくださったおかげで サミットの歴史を今頃知りました。
ありがとうございます。
インドの飛躍的発展?は IT関連ですごい技術者を育てているのだとか、それくらいは聞いていましたが・・
もう、カレーじゃないのですね。(笑)
「歴史の研究」は 読んだことがありませんが、
興味がわきました。
Posted by:  at 2008年07月06日(日) 01:26