その後、
周囲の人たちの そうした視線、噂話に耐えられず、という以前に そのことがあまりに尋常でない、ショッキングな出来事だったために、しばらくして その娘さんも、また時が経ち、残された夫も姿を消し、一家は そのまま消息を絶ったといいます。
おばあさんの話には まだ続きがありました。
そのことがあって、長い時が過ぎ、もう誰もその家族のことを口にしなくなっていた頃のことです。
Kの住人のある人が 関東の方に旅行に行き、その途中で 新宿の街を歩いていた時のこと。
向こうから 身なりも表情も見るからに疲れた感じの女性が近づいてきました。
その女性とすれ違った瞬間に ”どこかで見たことがある” と思ったそうです。
でも・・・
”こんな所に 知り合いなどいるはずがない。 まして そんな様子の女性と・・・”
そう思い、そのまま通り過ぎ、その場を大分行き過ぎた後になって初めて その女性が あの乗馬をしていた娘さんだったことに気付いたのだそうです。
けれど、振り返って もう一度戻るにも 雑踏の中、もう 彼女の姿は探し出せませんでした。
ただひとつ、心に残ったのは、その彼女の変わりよう。
すぐに気付かないのは当然と思える程、別人のようで、昔 乗馬をしていた頃の明るかった様子など、見る影もない姿だったということでした。
この最後の 新宿の話は、聞かなければよかったと思うほど、私の胸に刺さりました。
当時 私は中学二年、子供といっても 彼女の心の痛み、その後の人生がどれほど辛く、空虚なものだったか、それは彼女の気持ちのほんの僅かだろうけれど、想像できました。
よく世間に 親しかった友人に、或いは身近な人に恋人を奪われてしまったという話は聞きます。
それは勿論 とても深い傷を心に残すだろうけれど、その傷を癒すために見方を変えてしまえば、”所詮 皆他人なのだ”と割り切ることもできます。
けれども、誰にとっても特別な存在であるはずの”母親”と 同じように大切だったはずの恋人と こんな結果になってしまった彼女の心の傷は どんなに時が経とうとぬぐい去ることなどできない、おそらく どんな慰めの言葉も届かない深い傷を負った人生だったろうと想像します。
しかし、また転じて この母親と青年のことを考えてみればどうなのでしょう。
周囲の人たちの そうした視線、噂話に耐えられず、という以前に そのことがあまりに尋常でない、ショッキングな出来事だったために、しばらくして その娘さんも、また時が経ち、残された夫も姿を消し、一家は そのまま消息を絶ったといいます。
おばあさんの話には まだ続きがありました。
そのことがあって、長い時が過ぎ、もう誰もその家族のことを口にしなくなっていた頃のことです。
Kの住人のある人が 関東の方に旅行に行き、その途中で 新宿の街を歩いていた時のこと。
向こうから 身なりも表情も見るからに疲れた感じの女性が近づいてきました。
その女性とすれ違った瞬間に ”どこかで見たことがある” と思ったそうです。
でも・・・
”こんな所に 知り合いなどいるはずがない。 まして そんな様子の女性と・・・”
そう思い、そのまま通り過ぎ、その場を大分行き過ぎた後になって初めて その女性が あの乗馬をしていた娘さんだったことに気付いたのだそうです。
けれど、振り返って もう一度戻るにも 雑踏の中、もう 彼女の姿は探し出せませんでした。
ただひとつ、心に残ったのは、その彼女の変わりよう。
すぐに気付かないのは当然と思える程、別人のようで、昔 乗馬をしていた頃の明るかった様子など、見る影もない姿だったということでした。
この最後の 新宿の話は、聞かなければよかったと思うほど、私の胸に刺さりました。
当時 私は中学二年、子供といっても 彼女の心の痛み、その後の人生がどれほど辛く、空虚なものだったか、それは彼女の気持ちのほんの僅かだろうけれど、想像できました。
よく世間に 親しかった友人に、或いは身近な人に恋人を奪われてしまったという話は聞きます。
それは勿論 とても深い傷を心に残すだろうけれど、その傷を癒すために見方を変えてしまえば、”所詮 皆他人なのだ”と割り切ることもできます。
けれども、誰にとっても特別な存在であるはずの”母親”と 同じように大切だったはずの恋人と こんな結果になってしまった彼女の心の傷は どんなに時が経とうとぬぐい去ることなどできない、おそらく どんな慰めの言葉も届かない深い傷を負った人生だったろうと想像します。
しかし、また転じて この母親と青年のことを考えてみればどうなのでしょう。

またありがとうございます。
書いてくださったこと、とてもうれしかった!
>神でない私たち人間の心はもうちょっと複雑怪奇であることをみんなが知ってしまいました
まさに それなんです
このとき、おばあさんの話の中に感じたこと。
彼女は その複雑怪奇な人の心、どうしようもない人の行動を 頭でなく、
心で ”理解”していたのだろうと思います。
そうだからこそ 子供にでも話す気持ちになれたのでしょう。
それを どうお伝えしていいのか、迷っていますが・・
付き合って下さってほんとうにありがとう
たくさんのコメント 私こそ勉強させて頂いています。
おわりのときは わかるように”完”にしますね