お葬式で何十年ぶりに会う人がいた。
愛子ばあちゃん(母の母97歳)の弟。愛子ばあちゃんの実家のあとつぎ。
母から初めて、この日、聞かされた。
愛子ばあちゃんは、その家の長女。
そこは、松崎宿といって、江戸時代あたりから、街道の道筋にあたる場所だ。
おうちを茶屋風に作り、食事を旅人に与える食堂だったそうだ。
もしかして、愛子ばあちゃんは、看板娘?
その愛子ばあちゃんは、想い人がいたらしい。
愛子ばあちゃんがまだ少し記憶が残ってる頃、わたしゃ、好きじゃったばってん、親に言われたけん、しかたなし、ここにきたとたい。と、話してた、なつかしそうに。
その人は、今どうなっただろうか。愛子ばあちゃんの記憶もなくなった今、謎につつまれている。
そして、親の決めた今のじいちゃん(20年ほど前に没)とお見合いをさせられて、この家に嫁いだのだそうだ。
お葬式に来られたおじいさんは、愛子ばあちゃんの一番下の弟さん。83歳になる。
お通夜には、北の国からみたいな防寒服に身を包んだ人だったんで、間違って、入ってきたそこらへんのおっさんかと思った。
よおく見ると、愛子ばあちゃんに似ている。
心なしか、話し振りもそっくり。
ただ、異様にどす黒い顔色が気にかかる。腎臓を患っていて、透析に通われているそうだ。愛子ばあちゃんくらいには長生きしてほしいものだが。
ここのおうちには、子供の頃、しょっちゅう遊びにいってた。
じいちゃんの子供で、私と生年月日がまるで一緒の女の子がいた。
一世代とんでるけど、同い年。
たくさん遊んだ。一緒に川で泳いだり。やぶのなかの探検などなど。
聞いたら、今は福岡にすんでるとのこと。
どこかで会ったら、わかるかな。。いや、40年もたってしまってたら、無理か。。
いやはや、時の流れは進むけど、一緒に過ごした記憶は、時を超える。
愛子ばあちゃん(母の母97歳)の弟。愛子ばあちゃんの実家のあとつぎ。
母から初めて、この日、聞かされた。
愛子ばあちゃんは、その家の長女。
そこは、松崎宿といって、江戸時代あたりから、街道の道筋にあたる場所だ。
おうちを茶屋風に作り、食事を旅人に与える食堂だったそうだ。
もしかして、愛子ばあちゃんは、看板娘?
その愛子ばあちゃんは、想い人がいたらしい。
愛子ばあちゃんがまだ少し記憶が残ってる頃、わたしゃ、好きじゃったばってん、親に言われたけん、しかたなし、ここにきたとたい。と、話してた、なつかしそうに。
その人は、今どうなっただろうか。愛子ばあちゃんの記憶もなくなった今、謎につつまれている。
そして、親の決めた今のじいちゃん(20年ほど前に没)とお見合いをさせられて、この家に嫁いだのだそうだ。
お葬式に来られたおじいさんは、愛子ばあちゃんの一番下の弟さん。83歳になる。
お通夜には、北の国からみたいな防寒服に身を包んだ人だったんで、間違って、入ってきたそこらへんのおっさんかと思った。
よおく見ると、愛子ばあちゃんに似ている。
心なしか、話し振りもそっくり。
ただ、異様にどす黒い顔色が気にかかる。腎臓を患っていて、透析に通われているそうだ。愛子ばあちゃんくらいには長生きしてほしいものだが。
ここのおうちには、子供の頃、しょっちゅう遊びにいってた。
じいちゃんの子供で、私と生年月日がまるで一緒の女の子がいた。
一世代とんでるけど、同い年。
たくさん遊んだ。一緒に川で泳いだり。やぶのなかの探検などなど。
聞いたら、今は福岡にすんでるとのこと。
どこかで会ったら、わかるかな。。いや、40年もたってしまってたら、無理か。。
いやはや、時の流れは進むけど、一緒に過ごした記憶は、時を超える。
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at 16:52
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亡くなった叔母さん、今頃どうしているかしら。。。
叔父さんのうしろにぴったりはりついて、耳のそばにひそひそ、あれせえ、これせえと、言ってるのかもね♪
ほんとに、死者には気の毒ですが、みんなを再度結びつける、そして、より強固な絆を確認させてくださいます。それにしても、一族とは考えてませんでしたが、まとめあげると、すごいドラマなんですね。どのおうちにもそれぞれのドラマがエンドレスで繰り広げられてるとは思いますが♪
豪さん
思い出は尊いです。惚けてる愛子ぱあちゃんは、どんどん、思い出が失われていって、最近は、言葉自体を発することが少なくなってきてるみたいで、ということは、表情もなくなってくるということで、、。人のいろんな生き様を目の当たりにしますときょうという日がいかに尊いかが実感できます♪
ミルフィーユさん
へえー、よく36年ぶりの方まお顔がわかりましたねー♪
どこかにしるしでもあったのかしらん♪
でも変ですけど、血のつながりがあると、どんな人でもふわーっとしたあたたかい交流ができるものですよね。
和ちゃん
どなたとも奇縁と申しましょうか。こういう場でも、なにかの縁を受けて、自分も感化されてということがあると思います。
ご自分のことに私の駄文を読まれて、思いを馳せられたら、幸いでございます♪