ありふれた日常こそ、大切なものがある。毎日の出来事こそ、大事なものがある。心の持ち方こそに年齢による変化が出てくるものだと。

プロフィール
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なつかしい人 [2008年02月03日(日) ]
お葬式で何十年ぶりに会う人がいた。
愛子ばあちゃん(母の母97歳)の弟。愛子ばあちゃんの実家のあとつぎ。
母から初めて、この日、聞かされた。
愛子ばあちゃんは、その家の長女。
そこは、松崎宿といって、江戸時代あたりから、街道の道筋にあたる場所だ。
おうちを茶屋風に作り、食事を旅人に与える食堂だったそうだ。
もしかして、愛子ばあちゃんは、看板娘?
その愛子ばあちゃんは、想い人がいたらしい。
愛子ばあちゃんがまだ少し記憶が残ってる頃、わたしゃ、好きじゃったばってん、親に言われたけん、しかたなし、ここにきたとたい。と、話してた、なつかしそうに。
その人は、今どうなっただろうか。愛子ばあちゃんの記憶もなくなった今、謎につつまれている。
そして、親の決めた今のじいちゃん(20年ほど前に没)とお見合いをさせられて、この家に嫁いだのだそうだ。
お葬式に来られたおじいさんは、愛子ばあちゃんの一番下の弟さん。83歳になる。
お通夜には、北の国からみたいな防寒服に身を包んだ人だったんで、間違って、入ってきたそこらへんのおっさんかと思った。
よおく見ると、愛子ばあちゃんに似ている。
心なしか、話し振りもそっくり。
ただ、異様にどす黒い顔色が気にかかる。腎臓を患っていて、透析に通われているそうだ。愛子ばあちゃんくらいには長生きしてほしいものだが。

ここのおうちには、子供の頃、しょっちゅう遊びにいってた。
じいちゃんの子供で、私と生年月日がまるで一緒の女の子がいた。
一世代とんでるけど、同い年。
たくさん遊んだ。一緒に川で泳いだり。やぶのなかの探検などなど。
聞いたら、今は福岡にすんでるとのこと。
どこかで会ったら、わかるかな。。いや、40年もたってしまってたら、無理か。。
いやはや、時の流れは進むけど、一緒に過ごした記憶は、時を超える。

Posted at 16:52 | いなかの事情 | この記事のURL
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コメント


kenrobさん
亡くなった叔母さん、今頃どうしているかしら。。。
叔父さんのうしろにぴったりはりついて、耳のそばにひそひそ、あれせえ、これせえと、言ってるのかもね♪
ほんとに、死者には気の毒ですが、みんなを再度結びつける、そして、より強固な絆を確認させてくださいます。それにしても、一族とは考えてませんでしたが、まとめあげると、すごいドラマなんですね。どのおうちにもそれぞれのドラマがエンドレスで繰り広げられてるとは思いますが♪

豪さん
思い出は尊いです。惚けてる愛子ぱあちゃんは、どんどん、思い出が失われていって、最近は、言葉自体を発することが少なくなってきてるみたいで、ということは、表情もなくなってくるということで、、。人のいろんな生き様を目の当たりにしますときょうという日がいかに尊いかが実感できます♪

ミルフィーユさん
へえー、よく36年ぶりの方まお顔がわかりましたねー♪
どこかにしるしでもあったのかしらん♪
でも変ですけど、血のつながりがあると、どんな人でもふわーっとしたあたたかい交流ができるものですよね。

和ちゃん
どなたとも奇縁と申しましょうか。こういう場でも、なにかの縁を受けて、自分も感化されてということがあると思います。
ご自分のことに私の駄文を読まれて、思いを馳せられたら、幸いでございます♪


Posted by:なつ  at 2008年02月04日(月) 10:03

ナズナさん
従姉妹さん、年下でしたの♪ひぇー!です。
向こう様がナズナさんのことをわかったということは、ナズナさん、お変わりになってないと言うことですよね♪
お葬式の不謹慎な楽しみは、滅多に会わない方との交流でしょうか♪

Asukaさん
んんんん、気になりますよね。愛子ばあちゃんの想い人。
その話をした時も愛子ばあちゃんは、まだらぼけになってた時ですから、こちらからの質問は、受け付けない一方的なしゃべりだったんです。それ自体も奇跡のようなことですから。なんだか、こうやって考えると、たくさん年月を重ねた人のお話は、それ事態が宝物のような気がしてます。

お葬式は、ほんとに、タイムマシンがあちらこちらに出現した様な感じです。
それも、この年代になりますと、半世紀分ですから。驚きも倍増です。
それもこれも叔母さんのおかげです♪

しおりちゃん
私たち世代からは同じように極端に減ってます。
父母の時代上は、とにかく多いです。
父母たちが絶えてしまったら、あまり親戚という言葉自体が死語になりそうなくらい寂しいのではないかしらん。
お葬式も密葬くらいでまにあいそうですし・・・。
Posted by:なつ  at 2008年02月04日(月) 10:03

50歳で定時制高校を卒業されたという頑張りやの叔母さん、ひょっとして「なつかしい人」を読みながら、「なつがなぁ〜、こんなこと考えちょったとか」って微笑んでいられるかも知れませんね。
逝った人を弔う、悲しいことですが、一方でその人から呼び寄せられ、消えかけた一族の絆を取り戻し、お互いに助け合って生きていってくれ、と教えられているようにも思えます。「こて絵」「梅ばあちゃん」は将にそうでしょう。
Posted by:Kenrob  at 2008年02月04日(月) 09:14

想い出を大切に出来る人は心優しい人・・・
そんな思いを強くしています。
Posted by:  at 2008年02月03日(日) 23:03

今日は爽やかな落ちだ・・・「時をかける少女」なつちゃん(ちゃん付けでごめんばい?)何だかそう呼びたくなりました。あまり遊んだ記憶はない遠縁の女性ですが、
中学のときに同じ学校になりました。クラスが別でしたが、先日、母の50日祭(神道なの)に帰省し、飛騨牛のレストランに入りましたら、名札でふと・・・(養子?)
思わず「私の顔知りませんか?」と伝えましたら、思い出してくれました。36年ぶりですが、中学生ですからわかったのかも?
明日は何かな?通い帳にハンコ下さい。
Posted by:ミルフィーユ  at 2008年02月03日(日) 23:02

なんか話の中に引き込まれそうですね
なつかしい九州弁だから
いえいえ人柄なんでしょうね
私も一緒に昔に戻りそうです
Posted by:和ちゃん  at 2008年02月03日(日) 22:34

10年位前ですが、伯父が亡くなったとき、通夜に行きました。
お茶を運んでもらって、近所の方と思って丁寧に挨拶しました。
もう大分年配だと思いました。
ところが先方から、「姉ちゃんすみません」と挨拶されて、呆然、!
まじまじみれば十二歳も下の従妹です。
同じ従妹でも齢の近い従姉妹は付き合いがあるのでわかるが、年齢が離れていると、日常の付き合いもないし、その小母さんぶりにあっけ取られた私ですが、良く私がわかって、「姉ちゃん」が出たと思います。
お葬式は悲しみもありますが、普通逢わない親戚の人が出会って、思い出話になりますね。

Posted by:ナズナ  at 2008年02月03日(日) 22:06

愛子ばあちゃんの想い人ってどんな人だったのでしょう。
その人を思い出されている愛子ばあちゃんの気持ちは娘時代に
戻っていたのでしょうね。
記憶が戻る時があるのなら聞いてみたいですよね。

お通夜やお葬式で親戚の人たちと会い、懐かしい顔、顔、顔、、、、
故人を偲びながらもお互い子供時代の話にも花が咲き、
○○ちゃんなどと今の年齢を忘れて一気に子供時代に戻ります。
みんな、みんな、昔が懐かしい歳になりました。
こんな時しか会えないのは寂しいですね。

Posted by:Asuka  at 2008年02月03日(日) 20:28

なつ家は係累がとても多いでしょう?大体が九州にお住まいなのかしら?
それぞれが個性的で面白みがありそうで。確かに現代は、親戚と言っても葬儀の時しか会わなくなっているけど、勿体ないくらいね。
現代は係累も減ってしまって、うちの子供二人には、いとこがたった二人よ。兄の子と妹の子。夫は一人っ子だから。
Posted by:しおり  at 2008年02月03日(日) 20:02

ちびまるさん
その子とは、おばと姪になるんでしょうね。
今頃、気づきましたです。当時は、ただ親戚の子と遊んだという感覚でしたから。
昔の人は、兄弟が多いから、わけわからなくなります。
なんだか、あまりの人間関係の複雑さに、これ、書きながらめまいがしてます。
まあ、でも、そちらにも同じ生年月日の方がいらしたのですか♪
どんなでしょか。中年になったらというのは。
だいぶ、雰囲気かわるのでしょうね♪
Posted by:なつ  at 2008年02月03日(日) 19:14

らっこさん
違うおじさんと話してたら、戦争中、小学生だったとかで、まったく勉強できずに、畑で芋作ってたとかなんとか、ふんふんとあいづちうつと、次から次に話は飛躍肥大して、もう、勘弁して・・でも、おもしろかった・・みたいな感じでした。昭和の時代は戦争ありの文明は発達するわ、怒濤の時代ですから、みんな生き字引を地でいっておられるかたばかりで。
もったいないから、標本にして、とっときたいです

メーのおばちゃん
当時の悲劇の最たるものは、人と結婚するのではなく、家と結婚する、まさにその通りです。その悲劇がいしずえになって、今、私たちがあると言っても過言ではありませんものね。じいちゃんばあちゃんに手をあわせておかなくちゃ♪

そちらも、だんだんと、人が欠け始めていますか。
これからでしょうね。そして、自分たちの番になり。。
お年の方には、労を惜しまず、たくさん、会っておかなくては。。間に合わん。

かおさん
実証すみでしたね。そうですか。たしかに、こどもの顔からいきなり、中年では、かぶさらないですよね。いろんなパーツが。
でも、かえって、あまりの違いに面白さ百倍かも♪

花遊便さん
フラッシュバック。。。いい意味だといいのですが。
こわくてだったら。。。わたしきれいとふりむくことに。。
むふふ。
Posted by:なつ  at 2008年02月03日(日) 19:07

愛子ばあちゃんの想い人、知りたかったね〜〜
親戚のお葬式があると、昔懐かしい顔ぶれに、何十年ぶりに出会いますね。
年月は過ぎても、皆、面影が残っていますから、空白は直ぐに埋るでしょう。
昔は、いとこ達が集まるとよく遊びました。私にも全く同じ日に産まれた従姉妹がいるのよ。なつさんは、叔母さんと姪の関係になるの?
Posted by:ちびまる  at 2008年02月03日(日) 19:01

登場する方がご高齢ばかりで、やはり田舎ですね。
親類のじいちゃん、ばあちゃんの話を聞いていると昭和30年代の話
だと思って「うん、うん」と半分聞き流しているといつの間にか戦後・
戦前か大正時代のこと?もちゃんぽんに交錯していて、「相槌求めら
れてもなー・・・」と内心思う時も、ままあります。
Posted by:らっこ  at 2008年02月03日(日) 18:51

「想い人」何だかいい響きですね。
昔は個人の意思や権利なんて二の次で親の決めた相手と結婚、人と結婚するというより、家と結婚するみたいだったのでしょうね。

亡き母の実家に行くと、まるで昨日のことのように野山や川で遊んだことを思い出しますが、伯父も伯母も、そして、一緒に遊んだ従弟も一人欠け二人欠け、時の流れを思い知ります。
Posted by:メーのおばちゃん  at 2008年02月03日(日) 18:03

>どこで会ったら、わかるかな。わかるかな。

そうですね。以前書いたのですがいとこ50人以上いますので(何人生きてるか、実は数えられない。)会っても分からないいとこが多いのです。

おじさん、おばさんは年相応に分かると思うのですが・・・・
Posted by:かおりょうこ  at 2008年02月03日(日) 17:44

ウン。分かる。
幼い時の思い出って結構鮮明に覚えていたりするよね。
会えばきっと分かると思うよ。
時のいたずらで姿形は変形していてもどこかに面影を見出しフラッシュバックすると思う。
Posted by:花遊便  at 2008年02月03日(日) 17:05