ありふれた日常こそ、大切なものがある。毎日の出来事こそ、大事なものがある。心の持ち方こそに年齢による変化が出てくるものだと。

生へのアンコール(石川恭三) [2008年05月13日(火) ]
著者は、臨床医のお医者さんです。
ガンの患者さんや、ご自分の生死をさまよった経験談など、17編お話がはいってます。
単なるがんばる人の話ではありません。
病気に負けずにたたかったという悲惨な話とも違います。
どの方の心底にあるのは、生きたいという強い気持ちです。
そして、その生きていたいという患者さんをささえるという仕事。
それがお医者さんです。
昨今、体だけをみるという、体から病気をおしはかるということが当たり前の病院の姿勢でありますが、実は、そんなことでは、病気はなおりません。
病気というのは、そのかたの気持ちも左右するのです。
たしかに気持ちだけが全部というような無謀なことは言いません。
がんばって、病気とたたかい、いろんな薬を用いというのも、それも当然のお医者さんのあり方ではあります。が、どうでしょう。
やはり、そのなかで大きいのは、どんな考え方をしているか、どんな気持ちで病気とむかいあっているかがあるのではないでしょうか。
著者が例にだしてたノーマンカズンズの笑いの効用という本は、相当前に読んで、感化されたものですが、ここでも、立派に参考にされてました。まさしく、笑顔というのは、健康の源であるのかもしれません。

本の中の内容のひとつです。
栗田さんは、主訴が二つ以上あるという心身症的疾患である可能性がありました。
本人の気の済むまで話を聞き、次に先生が言ったことは、この症状をとるためには、長く、たぶん、10年くらいかかるかもしれないと。
そして、それについては、守っていただきたいことがひとつあると。
人と顔をあわせるときは、満面の笑みを作っていただきたいということです。
どんなに憂鬱でもどんなに身体が痛んでも、人前では無理して笑顔を作るということです。診察室にも満面の笑みを浮かべてはいってきてくださいと。これが栗田さんにたいする大切な処方箋です。と。
とにかく、検査をしながら、栗田さんの様子を見ながらと、半年と暦がめくられるたびに、表情も明るくなっていきました。
栗田さんは、胸の痛みは前と比べれば軽くなりました、でも胃がちょっと苦しくて、といいます。
このとき、先生は、「栗田さんは、胸の痛みはないのですが、胃のあたりが妙に重苦しく本当にいやになります。と、私に話しましたが、これは、どうも、後ろ向きの症状の捉え方ですね。そこを『胃のあたりが苦しいですが、おかげさまで、胸の痛みはありませんので、本当に助かってます』と、表現できたら、前向きの捉え方をして、病気のなおり方がはやいですよ」と。
こんなお医者さんは、私もみたことがないですが、体と心を切り離して考えること自体がおかしいのかもしれないと思います。わりあい、精神面のこういった治療を受けたほうが、よくなる人も多いのかもしれません。
そういう感じで、たくさんの症例が出てきますが、どれをとっても、身につまされるお話です。

最後のがんと向かい合うという、直腸がんのお医者さんの話も強烈でした。
5年生存率50パーセントといわれた外科医の神田さんなのです。
このかたは、見事でした。
自分の寿命をきちんと、おしはかって、一年計画というものを考えられました。
どういうことかというと、一年後にこの世を去るという前提を元に優先順位をつけて、これとこれと、これを先にするというふうに計画をねるというものです。
だらだらと生きてると、すぐできることは、ついつい後回しになって、いつでもできるからいいやと思ってしまいがちですが、それが後悔のもとになるんです。
なるほどなあと、人生のしめにかかってくるお年頃になったらなら、こういうことも、がんと向き合ってなくとも、考える目安になると思いました。

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美女の教科書(齋藤薫) [2008年05月08日(木) ]
完璧に見かけに限った指南書である。
ターゲットは、30代か?
しかし、書かれていることは、案外、的を得ていると思われる。
私たち世代にも。

のっけから、黄金比率がでてきて、おおっ♪最初から理屈攻めとは素晴らしい。
と思ってたら、結局、間違いのない美人の定義は、個性がなく、つまらないという。
こないだテレビで左右の狂いのないなんとかという美人さんが出てたが、確かにそう言われればそうなんだろ。テレビのスイッチをきったら、なんにも残ってない。まだ、お笑いの森三中だとかのほうが強烈。残像がある。

納得したのは、美人にもれなくついてくる、自信というもの。自信ない弱気な美人というのは、見たことがないし。
勉強になったのは、メイクのキモは、適量をカンでつかまえること。色合わせが反射的にできること。ぼかしがうまいこと。というのは、マニュアルをみても、だめ。センスとバランス感覚が必要。とある。今まで生きてきて、散々ファッション雑誌を見続けてきたというのに、ちっとも、うまくならないのは、我がのセンスのなさだったのか・・・。

最後にきれいになる特効薬は、恋。とあるが。
恋は、感受性を高め、涙もろくさせる。女性ホルモンもふえ、お肌がしっとりする。し、自分自身も服装に気を配り、化粧にもこる。恋愛は、いつもときめいていなくては、いけない。幸せ太りで、相手にときめきゼロにしてしまってはいけない。いつまでも、どきどきできるような恋は、必然努力がいる。
これは、万人納得ではなかろうか。誰しも、心の中だけでもいい人がいるならば、だらしない格好や、ふのぬけたような表情にはならないはずだから。。ね。きっと。

わりに、おざなりにしがちだが、ものすごく印象をかえるのに髪型がある。
男性も髪に悩まされてる人が多いと思うが、メイクが完璧でも、第一印象のほとんどは、髪で決まるといってもいい。
これは、ちょっと、目から鱗かもしれない。
髪型をなんとかすれば、なんとかなるなんて、すばらしい。
これだけで、世の中明るくなること間違いない。
しわやらしみやらと格闘する暇があったら、せっせと、自分に似合う髪型を研究努力すれば、うつくしくなれるなんて、魔法みたいじゃないか♪

髪型にがんはる人は、それなりに評価をえられる。って。でも、それなりに・・♪
そいえば、たしかに、江戸時代のあの髪型は、ヒジョウに手がかかってる・・・♪

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たすけ鍼(山本一力) [2008年05月04日(日) ]
病気になったら、みんな、お医者さんにいって、病気をなおしてもらおうとする。
それは、その通り。
でも、その人のその時の体の状態が治療を受け入れることのできる体かどうかの判断はどうだろう?
それを診きるというのは。
それが真実お医者さんの姿ではないだろうか。

といっても、別に学術的でも、理論的でもない、ただのお江戸を舞台にした小説である。マイナーな鍼治療が単なる病気をなおすためではなく、そのための気力をなおしていく。

鍼ひとつで、的確に病をなおすのは、神業のようだ。
事実ありえないと思うのだけれども、胸のすくような解決が、ひどく小気味よい。

こんなお医者さんがいたら、惚れるだろうなあと。
思ってたら、この小説のなかでも、その腕と真摯な態度に惚れる大金持ちの商人があらわれる。しかし、鍼治療をもうけの手段にするならば、と一度はことわられる。
最後まで、気持ちよく物事が進んでいく物語である。

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黒い傷のある部屋(新井満) [2008年05月01日(木) ]
たまにはおしゃれな読み物でもいかがですか。
そんなキャッチフレーズが似合う。
絵画が出てくるものって、なんだかおしゃれ。
ビュフェという画家は、知らなかった。
だが、実在する。
派手やかな絵ではないけれど、この物語にはマッチする。
新井満は、ヴェクサシオンでも、窓のある風景がでてきた。
視覚に残る物語だった。
色彩のある物語というのは、絵でも想起することができる不思議さがある。

さて、この黒い傷のある部屋は、ありきたりではあるが、不倫を伴う恋愛ものである。男性側の気持ちは、想像でしか補えないが、女性側の気持ちは、ある程度、わかる。
柊さんはカメラマン。石ころやものだけを撮る写真家。
そこに、曜子さんというモデルが現れて、自分をとってほしいという。
紆余曲折はあるが、人間を撮るということは、形を撮ることではなく、上辺だけという意味ではなく、魂を撮るということだ。
女性という概念からすれば、究極、潜在的には、男性を誘うという形に仕上がるし、意識しなくても、そういう表情になってしまいがちだ。
そこから先の現れてない内部を暴きだすというのは、少なくとも、カメラマンとモデルという認識からはずれるかもしれないが。その先に真実の姿が現れるかもしれない。
そういう過程から、表面は、簡単にとりつくろえるけれども、真実、自分をさらけだすということは、とても難しいものだと。
そして、人と人との関係において、恋愛にしろ、友情にしろ、親子の愛情にしろ、理解しあえる関係が築けるというのは、ほんとに難しい。

と、つらつら、いろんなことを思いながら、読んだ。
あと、ビュフェという画家は最後、自殺するのだが。
その自殺は、ピニール袋をかぶっての窒息死。
柊さんも、なぞってみた。
黒いビニール袋では、外が見えない。透明なビニール袋で、南フランスの青空を見ながら、外にでて、アトリエに歩く。もう一歩というところで、意識が混濁。倒れる。自分の死は自分で決める。ではなかったかと、画家の心境をなぞる。
試してみる柊さんも柊さんだけど、死に様も生き様と同様に大事なことには違いないという気もした。

Posted at 15:02 | 本バカ | この記事のURL
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任侠学園(今野敏) [2008年04月27日(日) ]
文句なくおもしろいっ!
学校への風刺が効いていて、なおかつ、救うのが、ヤクザさんという設定の逆転の発想がたまらない。
ここまで、今のおかしな人たちが描けてるとは、ほんと、こんな人間、小説のなかだよねと仰るあなたもあなたも、ぜひ、見てみて。

時代は、めぐって、もしかして、任侠が高い評価を受けて、道徳ものにもとりいれられるかもしれん。と、思わせるような・・・(ありえないか)。
世間から恐れられる強面さんが、実は、かなり、人としては誠実であったという。
ヤクザさんが一等いいってわけじゃなくて、その精神が今失いつつあるものを保持しているという、まことに、おかしくもあり、楽しくもあり、そうだね。背中のかゆいところに後、一センチで届きそうなのに、届かないというような、はがゆいような爽快感というか。

ただただ、ここにでてくるばか母親だけは、今の給食費払わん主義、保育料払うもんか、という親に通じている。
教育の諸悪の根源は、どこにあるのかというと、高い確率で親ということになりゃせんだろか。生徒は、その切実な環境にあるスケープゴートとも言える。

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中年前夜(甘糟りり子) [2008年04月25日(金) ]
しようよ。
三回目は、無理だよ。
にやりと笑ったあなたは、すけべさん。
そんな話ばかり出てくるわけではないですが、苦手な人は、心に準備がいる。
中年前夜というタイトルが示す通り、40代ちょい前くらいの年代の女性たちの生き様の物語である。
ふつうに結婚して絵に描いたような立場に甘んじているに関わらず、惑いを感じている主婦。ばりばりのキャリアウーマンで、男に負けないくらいの仕事をこなし、自ら、女を捨ててきた女性。結婚離婚を繰り返し、気がついたら、愛人の座におさまってる整形外科に勤める女性。それぞれがそれぞれの立場の自分にない相手に羨望を感じたり、優越感を感じたりする。
誰の心にも、まわりにたいするねたみやそねみがあると思う。
自分の環境では決して手に入らないものが欲しくてたまらなくなる。
それとどうつきあうか。
泣いたり、笑ったり、あきらめたり。
不器用にへたくそにわがままに。
回り道に回り道を重ねて、結局たどりついたところは。

童話に幸せの青い鳥というチルチルミチルのお話があったけれど。
大人ではあっても、やってることは、あんまり変わってない。
ような気がする。

Posted at 16:04 | 本バカ | この記事のURL
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示談交渉人裏ファイル(柳原三佳、浦野直行) [2008年04月21日(月) ]
いわずと知れた交通事故の交渉人の話です。
人間がすることだから、完璧に公平に行われているとまでは、思ってませんでした。
が、ここまで、相手によって、交渉する人によって、違うとは思ってみみなかったのです。

うちも何度か、交通事故経験があります。
その時によくわからなかったのは、自賠責との関係です。
通院するのに、3ヶ月したら、打ち切りになって、あとは、自己負担だとか言われて、よく意味が飲み込めず、保険屋のいいなりでした。
そのことの意味がこの本を読むとよくわかります。
保険会社も損をしないように、上手に自賠責の範囲内でおさまるようにするんです。そして、逆に言えば、自分とこが損をしなければ、その部分をうまく使って、もうける?というか、客に還元してしまうだとか。

裏のからくりなんて、知らなければ、一生知らないまんま、終わるのでしょうけれども、もし、万が一、そういう憂き目にあったとき、やっぱり、たよりになるのは、あの時、読んだアレは、この場合、なんとか、駆け込めばどうにかなるという頭の片隅においておける知識。
ないより、あったがいいでしょう。

滅多にないことですけど、驚きのパターンもあります。
自分が追突して加害者なのに、逆に口止め料をもらったというケースなど、不幸中の大大大幸いです。というのは、相手さんが、有名人だった場合ですね。推察だけで、すぐわかると思いますが。

それと、悲惨なのは、加害者になって、相手が亡くなった場合。
責められる。当たり前。
有り金全部、はきださせられる。当たり前。
時と場合によっては家族で路頭に迷う。
究極の悲惨は、一家心中。
とにかく、交通事故は、被害者も加害者も地獄です。

というわけで、結果、ほんとは怖い、交通事故。
まじで、避けられるものなら、避けたいという気分になります。

少し、運転があまくなってる私には、喝をいれる意味でも、読んでよかったです。

Posted at 16:49 | 本バカ | この記事のURL
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彼方(永嶋恵美) [2008年04月18日(金) ]
同性愛なんて、関係ないやと、思ってた主婦晴菜は、友達の潜入取材につきあわされたビアンバーで、奈槻と知り合う。
そんなつもりは、全くないのに。
なんで。
好きになってしまうの?
って、わかる気もする。
はるか昔に女子高生だった頃、ときめきに似た恋心を同性に抱いたこともある。
絶対異性じゃなきゃだめだって、別に相手が馬や羊じゃない限り、人間なら、好きになってもいいでしょに。

てなわけで、単なる同性愛の話かと思ったら、全くそんなことはない。
なんと、恋人である奈槻が殺されてしまう。(物語が終わっちゃうじゃないのさ)
それも、南の島で。
わけわからない展開のなかで、晴菜の過去があらわになる。
こどものとき、誘拐されて、その間の記憶をなくしているのだ。

愛欲かと思えば、謎。
夫婦の危機かと思えば、殺人。

余韻にひたる暇もなく、ストーリーは展開していき、クライマックス。
あんただったのか!犯人は!

うっすら、予測はついてたものの・・・・。
お膳立てに酔って、気分よく読んでしまった。

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ノンちゃん雲にのる(石井桃子) [2008年04月13日(日) ]
石井桃子さんが101歳で亡くなった。
長生きにあやかって、また、読んでみた。
なんとなく読んだような記憶があったのだが、読み進めてみると、全く覚えがない。
第一、ノンちゃんが赤痢だったなんて、全然知らなかった。
それで、東京から氷川様のある田舎にうつりすんだノンちゃんは、小学2年生になると、東京に帰れるとはりきっていた。
ところが、おかあさんは、お兄ちゃんをつれて、東京に行ってしまった。
ノンちゃんは大泣きに泣いて、森をぬけ、ひょうたん池までやってきてしまった。
池のきわの木によじのぼってみると・・・。

お空をとんで、落っこちそうになったところを、おじいさんに助けられ、雲にのることができた。
おじいさんは、ノンちゃんのお話が面白いと、ノンちゃんのおとうさんのこと、おかあさんのこと、お兄ちゃんのことと、次々たずねる。

おとうさんは、「シュギ」というものをもっていて、いくら、ノンちゃんが成績をオール甲とってきても、ほめない。当たり前の顔をしている。
それから、ノンちゃんは、ちっとも、悪い子でない。
成績もいいし、おかあさんの言うこともきくとても良い子だ。
4月から級長もやる。
「なんてもできるの、一番!」

そんなノンちゃんにおじいさんは、言う。
「そういう子はよくよく気をつけんと、しくじるぞ!」
ノンちゃんはびっくり。
「人にはひれふす心がないとえらくはなれんのじゃよ。勉強ができるのをはなに、かけるのは大ばかだ。」
謙遜というのは、自分はまだまだ偉くないと思う心だと。
これではならないと頭を下げるたびに、ずんずんとえらくなる。
それにひきかえ、おれはえらい、たいしたもんだとおもうたびに小さくちぢまる。
ノンちゃんは大きくうなづいた。

こんな感じで、意地悪なお兄ちゃんの話やら、おじいさんのハナ子さんの話やら、でてきて、読み応えたっぷり。
(お兄ちゃんの話は、男の子を育てた身には、すかっとするくらい的を得た話で、特に女の子しか育てたことのない方には指南書になりそうな♪)
普段は、意識の底におしやられてる当たり前のことがこんなにわかりやすく書かれているとは。
やはり、名作に違いない。

まだ、うそつきの意味がわからない小学生あたりに読み聞かせするには、よい本だなと思う。

私も木登りでもして、雲にのってみたいな。
おじいさんに会ったら、いろいろとお話聞いてもらって♪
って、うちんちのじいちゃんの顔が浮かんで、だめだ、こりゃ!

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彼に言えなかった哀しみ(笹倉明) [2008年04月11日(金) ]

表紙の足の裏にぞくぞくっとした。
こんなことが本を読むきっかけになるなんて。
人には言えん。
内容は、そこまで、色っぽくもない、パチンコ業界とそれに絡む殺人事件。
殺伐としたものだ。
が、刑事がコミカルでおもろい。
昨今、本の中での殺人事件は、ふつうの殺され方では驚かん。
これも、ほんとのことなら、残虐すぎると思うかもしれんけど。
最近の現実のニュースからすれば、そうでもなく思えるから、それのほうがこわい。

パチンコは、興味がないから、パチンコうちの気持ちがわからない。
けれども、裏ロムとかいう業界用語や、パチンコのあれやこれやが出てくるのは、興味深い。まさにパチンコにはまりまくってる人は、そうだそうだとうなづきまくるのかもしれない。
物語は、パチンコ店店長の内縁の妻が殺されることから始まる。
それと同時にパチンコ裏業界の男がひとり殺される。
妻を突然殺された男は、途方にくれる。
犯人憎さに、彼女の身辺を探り出した。
出てくる謎。
彼女の異父兄との相続の謎。
彼女は、過去、なんとパチンコの裏家業に染まっていた!

なぜ、彼女は殺されたのか。
その犯人との相克。
物語は、悲劇をともない進む。

物事は、悪い方にころがりだすと、悪いほうに歯車が狂いだす。
あの時、声をかけていたら、あの時、ああだったら・・という、差は悲劇が起きてからは遅すぎる。

けれども、この世の悲劇は、あまりにつらすぎる。
悲劇を通り抜けた人間が、決して強くなれるとは限らないから。

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