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ありふれた日常こそ、大切なものがある。毎日の出来事こそ、大事なものがある。心の持ち方こそに年齢による変化が出てくるものだと。

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自殺 [2008年03月01日(土) ]
もちろん、自殺はいけないことである。
本人もまわりもいいことはひとつもない。

思い起こせば、若かりし頃、甘い夢想に恋いこがれたとき、常に自殺願望は常にあった。
自分の存在感の希薄さ。
未来への希望など見出せないむなしさ。
数え上げればきりがないほど、たくさんの理由を探し出しては満足してた。

時は、過ぎ、目の前の忙しさにまぎれ、死ぬの生きるの考えることだにしなくなった。

ある日、突然、親しくしてただいたご近所の奥様が自殺なさった。
少し前にキャッキャッと笑いながら陽気におしゃべりできる気さくで、明るいおしゃべり好きな人だった。
にわかに信じられなかった。
一番したの女の子は、小学一年生。
男の子ばかり3人つづき、待望の女の子をさずかり、元気いっぱい、行動力抜群の彼女に。。

たしかに、少し春先に気鬱の症状があって、言動がおかしいことがあったとは聞いていた。
それにしても、一緒に暮らしてた旦那様の自虐はいかばかりか、はかりしれないものがある。

あれから、もう、10年もたってしまった。彼女の年齢は、とっくに過ぎ、当時の女の子もお母さん似の明るく素直に育ち、今春、看護士さんデビューする。
この子をみるたびに彼女のちょっとした表情のなんと似てることか、今はいない彼女を見つけては、と、なんともいえない気持ちになる。

私なぞ、おこがましくも、こうやって生きながらえてはいる。

自殺はいけないことである。
たしかに、いけないことである。
みんなが悲しい。
みんなが苦しむ。
誰かが、自分のせいだと思い込む。
そこで、生を無理やり終わらせなくても、いつか、間違いなく死ぬのである。
死神は、ぴったり、背中にはりついて、いつでも、表に顔をだそうと待ち構えている。
心配しなくても、あせらなくても、生きてる限りいつかは死ぬのである。
いっとき、我慢していれば、死ぬのである。

生きていることは、我慢大会。
我慢して我慢して。
しかし、なにもしなくても、心臓を動くをやめれば、脳にとどめをさせば、確実に死はやってくる。
だから、なにもしなくていいのである。
なにもしなくても、なにも考えなくて、ただ、漫然と生きていればいいのであるのである。

私は、自殺は、いけないと思っている。
わけではない。
自殺を選ぶ自由は、唯一残された人類の合法的殺人である。
理屈でわりきれないことはわかっている。
彼女の死に様をみて。
とった方法はきついとは思う。
生きることに疲れて。生きることにあいて、無になることを望んだはてならば。
許されることではないか。
生きてる側からすれば、たくさんの観念でああでもないこうでもないといえる。
または、言いたい。
死者は、なにも言わない。言えない。言えないとこに言いたいことがある。

ああ、だけど、無性にしゃべりたくなる。
彼女に、あなたの娘のあなたの話し方がそっくりなこと、人なつこい性格がとても、よいことなどなど・・・・♪
いつまでも、心に残るのは、私があなたをかけがえのない人と思っているからと。

Posted at 13:11 | 雑感 | この記事のURL
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