コラム「あすへの話題」から
五百旗頭 真氏の記事を一部抜粋引用
”東京はじめ主要都市がほぼ廃墟となった昭和20年の日本。
‥‥誰も「復興の光明」など展望しようもない当時であった。
「あの当時から戦後日本の復興を信じていました」という人に
出会った。アメリカ人のジョージ・アリヨシ元ハワイ州知事である。
小さなエピソードから、そう確信したと氏は語る。
昭和20年暮、占領軍の若い将校であった氏は、有楽町
近くの街角で、靴みがきをしてもらった。寒風の中、小柄な
少年が一生懸命心をこめてみがいてくれた。いい子だ。氏は
進駐軍の食堂で白いパンを二つに割り、バターとジャムをたっぷり
塗り込んで、少年にプレゼントした。恐縮しながら、少年は
そのまま袋に収めてしまった。「どうして食べないの」と訊ねると、
「家に妹がいるんです」。年齢を聞くと「三才で、まり子といいます」。
少年は7才だという。
アリヨシ氏は感銘を覚えた。吹きすさぶ寒風の中、着の身着のまま
空腹の少年が、手にしたご馳走を自分で食べず、妹に与えようとする。
靴みがきをして妹を育てようとする7才の少年か。世界のどこの子供が
こんな風にできるだろうか。
富士山が良く見える焼け野原の東京。モノとしての日本は消失した。
しかし日本人の精神は滅んでいないのではないか。片隅の少年が
あんなに立派に振舞えるのだ。日本はこれで終わらない。必ず蘇る。
そう確信したというのである。”
この方も生きていれば、もう70才になろうか。
戦後に生まれ、戦後教育を受けた人々で日本が覆いつくされ
はじめている。
物質文明に洗われ、バブル期を経て拝金主義に染まった社会。
日本を立て直せる精神を受け継いでいる人々がどのくらいいるのか?
と、嘆いてみてもはじまらないが‥。内省‥。
マイBLOG
五百旗頭 真氏の記事を一部抜粋引用
”東京はじめ主要都市がほぼ廃墟となった昭和20年の日本。
‥‥誰も「復興の光明」など展望しようもない当時であった。
「あの当時から戦後日本の復興を信じていました」という人に
出会った。アメリカ人のジョージ・アリヨシ元ハワイ州知事である。
小さなエピソードから、そう確信したと氏は語る。
昭和20年暮、占領軍の若い将校であった氏は、有楽町
近くの街角で、靴みがきをしてもらった。寒風の中、小柄な
少年が一生懸命心をこめてみがいてくれた。いい子だ。氏は
進駐軍の食堂で白いパンを二つに割り、バターとジャムをたっぷり
塗り込んで、少年にプレゼントした。恐縮しながら、少年は
そのまま袋に収めてしまった。「どうして食べないの」と訊ねると、
「家に妹がいるんです」。年齢を聞くと「三才で、まり子といいます」。
少年は7才だという。
アリヨシ氏は感銘を覚えた。吹きすさぶ寒風の中、着の身着のまま
空腹の少年が、手にしたご馳走を自分で食べず、妹に与えようとする。
靴みがきをして妹を育てようとする7才の少年か。世界のどこの子供が
こんな風にできるだろうか。
富士山が良く見える焼け野原の東京。モノとしての日本は消失した。
しかし日本人の精神は滅んでいないのではないか。片隅の少年が
あんなに立派に振舞えるのだ。日本はこれで終わらない。必ず蘇る。
そう確信したというのである。”
この方も生きていれば、もう70才になろうか。
戦後に生まれ、戦後教育を受けた人々で日本が覆いつくされ
はじめている。
物質文明に洗われ、バブル期を経て拝金主義に染まった社会。
日本を立て直せる精神を受け継いでいる人々がどのくらいいるのか?
と、嘆いてみてもはじまらないが‥。内省‥。
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at 17:30
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コメント(1)
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自分の頃と違って大人に媚びていない、というより
大人だ。
一部しか見ていないのかも知れませんが凄い
言葉使い、感性、先読みなど、どれもが進歩しています。