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C「今後の田舎暮らし(夢と計画)」 [2007年08月12日(日) ]
 私の田舎暮らしはリタイヤ後の生活を楽しく有意義にしたいことが目的なので、人に迷惑を掛けなければ体裁など考えずに自分流で自由にいきたい。お金で買えるモノではなく、極力何でも「自給」を楽しむ。

収入は年金だけなので、今までの浪費型の暮らしからの脱却が必要だが、お金の替わりに暇が出来るので何とかなるだろう。(甘いかな?)
 船引での定住度を上げることが必要だが、先ずやることは陶芸の窯と囲炉裏付き作陶小屋を自作すること。
 陶芸の仲間や、地元のオバチャンも期待しているのでそのうち何とかしたい。次は周辺の環境・景観維持だが3年前と比べると目立って休耕田畑が増え、蔦がはびこっている。山道も笹が生い茂り、チョット散歩とは行かなっている。
 地元の人に何とかしましょうよと言ったら「誰がやるの?」と、皆の助けを借りて野菜作りをしてる半人前の私の顔を見て、笑ったが・・・何とかしたい。それと我が家の周囲を流れる小川の水質維持だ。水源と途中で流れ込む水のルートを先ず探る。生活排水、田圃からの水などが主体だが、ヤマメが棲む環境を維持するための働きかけをしていきたい。
 景観の方はなかなか難しいが、古民家の点在する原風景を維持するためにはどうしたらいいか?田舎暮らしへの価値観が上がっていくことが必要だ。そのための情報発信を自分なりにしていきたい。
 船引と周辺の良いモノ探しもしたい。通い出してから、あまり周辺を歩いていないのでよく分かっていないが先日友人に紹介されて「やわらぎの湯」という三春にある温泉を見てきた。癌に効く有名なラジウム温泉とのこと
本当に効くかは分からないが、桜しか知られてないと思っていたところに意外なモノが・・・・。テレビ番組の「ダッシュ村」も近くにあるとか?他にも良いモノがあるに違いない・・良いモノ探しは楽しいし、知り合いも多く出来るだろう。
これだけでも十分楽しい田舎暮らしと思うが、欲張りなので、渓流釣り、山歩きと温泉、写真、淡彩画なども楽しみたい。全国の田舎をキャンピングカーで放浪の旅もしたい。これで何時死んでも惜しくはないが、ピンピンしてたらどうしよう?
周り(特に家内)から、仕事を辞めると暇が出来すぎて遊ぶ気力が無くなるよと言われている。そうかも知れないので都会と田舎の交流を促進するようなボランティア活動なども考えたい。団塊世代の田舎暮らし、低学年児童の山村留学、若い人の半農半X的ライフスタイルなど、これからの日本にとって重要なテーマがたくさんある。
 地球温暖化や、中国、インド、アフリカの経済発展がもたらす、食料、エネルギー問題は切実だ。
都会の競争・拝金主義的生活から、本当の心の満足を求める傾向が強くなるだろう。
 じっくり楽しみながら、自分のペースで、考え実行していきたい。

Posted at 18:34 | 田舎暮らし | この記事のURL
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B「船引での田舎暮らし」 [2007年08月12日(日) ]
 船引での生活はなんと言っても、美味い水と空気です。
真夏の炎天下での農作業でも、木陰に入れば涼しく冷たい水を飲みながら緑輝く景色を見ていると、子供の頃の感覚が蘇り体中の細胞が生き生きしてくる感じです。 農作業が終わって、農機具を洗う蛇口からがぶ飲みする井戸水の旨さは格別で、疲れも吹き飛びます。

我が家の敷地に沿って、山女のすむ小川が流れており、古い丸木橋が架かっております。川向こうの畑(実は田圃だった)に行くのに必須の橋で、風景に溶け込んだ風情のある橋ですが、老朽化が激しく一部は壊れ、近所のおばちゃんが転んだとかで、早く架け替える必要があるのですが、丸木橋とはいえ橋の架け替えなぞやったことが無く、とりあえず、古電柱を探したのですが、東北電力に聞いても保存されているものは無いとの返事で、そのうち何とかしようと考えておりました。
 我が家は近所の家々から見下ろされている位置にあるため、たまに行ってもすぐに声をかけてくれ、野菜や漬物、お饅頭、つきたての餅等々、すべて自家製の味自慢を沢山いただきます。自分で作るのが好きな家内も大いに感心して作り方など熱心に聴いています。都会の生活ではなかなか味わえない、お金では買えない価値があります私も都会の話はしませんが、地元の皆さんは都会には住めない、ここが一番いいと異口同音に言います。 
 念願だった小川の丸木橋の架け替えが実現しました。近所の方から木製の古電柱を譲っていただき(船引から葛尾に行く途中の道端にも結構多くの古電柱が積んでありましたが・・)、区長さんがクレーン車で古い橋を撤去、3本の電柱を8mの川幅に架けてくれました。その晩は日頃お世話になっている皆さんと夕食をご一緒し、野菜作りの話、環境問題、靖国問題からアジア外交まで幅広い話に花が咲きました。

 農家の方はお年寄りまで実によく働き、いろいろな仕事をこなしていくのを見てると都会の人よりやることの多さ、考えることの多さなど体に良い刺激が多いと思います。私や家内も農家の人には及びませんが、船引に来ると雑草刈り、苗植え、納屋の掃除、農機具の整備、景色の写真を撮りなど、体が自然に動きます
 10月からの2ヶ月は、我が家も収穫の秋です。
 澄み切った空気を通して景色がいっそう輝いて見える季節に、都会では絶対に味わえない感動に幸せな気分になります。
 最近、団塊の世代だけでなく、田舎生活を始める若者が多くなっているようです。年金など無いわけですから生活の糧を得るには大変な苦労と不安が伴うと思いますが、それでも田舎生活(農・漁・山に)を望むのは何故?
  都会の競争社会、拝金主義に虚しさを感じたからか、いずれにしても高齢、過疎の田舎に若者が戻ってくることは頼もしいことです。競争社会を生き抜いた団塊世代と、新しい感性を持つ次世代を築く若者と、田舎生活の知恵を持った地元の人たちが連合することで地域がより活性化し、都会の人も望む新しいライフスタイルが見えてくるような気がします。

Posted at 11:43 | 田舎暮らし | この記事のURL
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A「通いの田舎暮らし」 [2007年08月12日(日) ]
将来の定住を目標に、横浜・船引の2重生活・・・といっても、船引は多くて年間約20回、50日程度の滞在ですから住んでいるとはいえません。地元の人から見れば不安定な、よくわからない侵入者との印象だと思います。
それでも(勝手な推察ですが)快く受け入れてくれて、地区の会費も半額,道端の草刈などの労役も免除してくれてます。
しかし、私一人で行くより家内が一緒のほうが会話が密になるのは、侵入者に一抹の不安を感じている事からかもしれません。
今年の4月は3回船引に通いましたが、桜見物にかまけて農作業は最後のゴールデンウイークだけ危うく馬鈴薯(キタアカリ)を植える時期を逃すところでした。  
北の里山では4月になるとそれまでの沈黙から一気に季節が動き出し、日々景色が変わっていきます。
その楽しみ,躍動感は得がたいものですが,通いの農作業では1回タイミングが狂うと、その年は望みの収穫を逃すことになる厳しさもあります。
6月ともなると雑草の勢いもすごく、刈るタイミングを失うと大変なことになります。
夏に向かう季節は横浜より1ヶ月遅く、花や旬の野菜も2回あじあう事が出来ますが、秋から冬に向かう時は1ヶ月くらい速くなり、収穫時期を見定めるのが重要となります。
横浜の自宅から、距離にして約320km、首都高速,常磐道か東北道を経て磐越道の船引三春ICで高速を降りそこから地道を約20kmで目的地到着。時間にして順調で3時間半から4時間かかり、交通費も馬鹿になりません。
 最近は、金曜日の夜帰宅後10時頃に家を出て深夜2時に到着、土曜日はフルに働き、日曜日は朝からゆっくりして近所の人と話したりして、昼食後出発、夕方帰宅のパターンが定着して、時間的遠さは感じなくなってきました。
 土曜日の朝、眠い眼をこすりながら外に出ると、せせらぎの音と鳥のさえずりが迎えてくれ、来たという実感とヤルゾー!の元気が沸いてきます。
 また、遠いほど普段の生活から離れ,リフレッシュ効果大で、訪れた友人・家族もそう感じて普段と違う会話が弾みます。
 友人たちのリラックス感覚は、私と一緒に山小屋に来た感じで、船引での滞在時間に大きな差が無いところにもあるのでしょう。
 立派な別荘だと遠慮もあるでしょうが、山小屋なら我が家のような気安さがあり、近所の人たちとも親しくなってきています。

Posted at 09:18 | 田舎暮らし | この記事のURL
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@「福島県中通り船引町」 [2007年07月26日(木) ]
 福島県中通りでも、福島市、郡山など東北新幹線に沿った地域は知られていますが,その東側に位置する船引や都路がある中山間地区は関東に長く住んだ私でも知りませんでした。
 この地区は硬い岩盤で構成され,火山が無いため,いわゆる温泉は無いのですが,効能豊かな鉱泉が多いところです。
 山は高くても1,000メートル前後と,比較的低い山が多く,なだらかな丘陵の麓には古民家が多く残っており,全体としてやさしく心和む景観(原風景)が多く見られます。
 我家のある地区は「三春の滝桜」に代表されるように桜の名所で,「桜の季節」は多くのお客さんが来ますが観光的な匂いのするものは,これだけ?のようです。  私は生まれも育ちも東京、葛飾区ですが,子供の頃から夏休みの大半を西伊豆の海辺で過ごしたせいか都会の雑踏が肌に合わず,就職は和歌山に,そこで生まれた4人の子供達は海,山,川で遊んで育ちました。
 転勤で東京に戻りましたが,歳とともに田舎暮らしが恋しくなり、定年までには見つけようと7〜8年前から会津の古民家を皮切りに福島,長野(北信)を訪ね歩き,2004年1月に今の家にめぐり合いました。
 リタイア後の生活拠点として都会より田舎の方が楽しみが多く,終の棲家というより男の隠れ家的願望立派な家より景観に溶け込んだ小屋でいいと考えました。
 自宅(横浜)からの移動距離は,定住するとなれば問題ないと考えましたが,この点は甘かったようです。
 景観は期待通り,近所の皆さんの人柄,家も遊びの拠点としては充分で満足しています。
 写真だけ見て気に入らず,1年間来なかった家内も今ではほとんど同行,友人を連れてきたり
 近所のおばちゃん達とも仲良くなっており,すでに男の隠れ家ではなくなっています。

Posted at 15:09 | 田舎暮らし | この記事のURL
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