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テニス Go Soeda 予選突破 [2006年12月31日(日) ]
プロのATPテニスの1年のスタートはAustralia のAdelaide 市で行われるハードコートチャンピョンシップ(最近大会の名前が変わって Adelaide International とか?)で 始まります。
このトーナメントを皮切りに オーストラリア オープンの前哨戦が3つほど開催されます。
私は偶然にAdelaide 市に在住していますので、毎年 このATPトーナメントを見に行きます。

ここ5年ほどは、予選ばかり見ています。 日ごろテレビで見飽きている選手を金を払って遠いスタンドからから見る気がしないからです。
予選で、”なかなかいけるんちゃうか この選手は”てな話をしながら見ています。 女房も私もテニスのハイロウト(シロウトとクロウトの中間)でっから、選手発掘の目は よう肥えてまして、”ええんちゃうか、こいつは”という選手は、たいてい この試合のあと 100位以内に入り、すごいやつは 1年のうちにランキング50位ぐらいになります。 さらに、すごいヤツは2年内に トップ20に入ったりしています。
フランスのガスケ(19位) スエーデンのヨアキム ヨハンソン(一時10位ぐらいになったはず)も 皆 このAdelaide の大会で予選を戦ってた選手です。

このAdelaideのテニスはドサ回りの田舎芝居の舞台のように観客とプレイヤーが一体で、コーチや、選手どうしが観客の隣で応援しています。 ビランデルやブラジルの世界NO1だった????(名前を度忘れ。最近 ボケてきて名前をすぐ忘れますねん)なんかも 、女房の隣にいたりして 話も気軽にします。

日本の松岡も何度かきました。 サラッピンのシャツとパンツと靴を履いて、 裕福なオボッチャンという感じでした。 女房が松岡君と呼んで、一緒に写真をとってました。 Adelaide では 有名選手の周りにも誰も集まりませんので、選手もいつもと違って寂しいのか、呼びとめたり話かけたりすると、愛想よく 相手してくれます。
世界のトップ20の選手もトイレで顔をあわしたりして、調子はどうでっか?とか、見てるから頑張れよ!と声をかける クサイ田舎のテニス大会です。
警備ゼロ、演者(プレイヤー)も観客も同じトイレ、同じ喫茶室、レストランという環境です。

今年は Go Soedaが来ていました。 申し訳けありませんが Who Soeda?でした。 Soedaを知らなかったのです。 Soeda君 ごめんね! コーチ一人とSoedaで来ていたようです。 コーチの話では日本NO1とのことで、 気持ちを引き締め、女房とワテで炎天下で、応援しました。
オラ ー! 日の丸鉢巻 突撃や!

予選は120位外の選手が16名でています。4名の本戦出場枠を争います。Soedaは 現在 世界ランキング188位で、16人中 上から8番です。
予選でランキングの一番高いのは122位です。 またコーチの話ではSoeda は オーストラリアオープンにも出るとのことです。

予選一回戦のSoedaの相手は、チェコの若くてデカイやつでです。 コートのサイドライン4mぐらいのところに椅子を置いて私は見ていますので、ラケットが折れるような音 ガッキイーンという音がします。 彼は試合開始すぐの最初のサーブでガットを切りました。
”コラ! オレにボール当てるな! 傷害罪で訴えるぞ!”

このキチガイみたいなヤツに比べるとSoedaのサーブは、スピンをかけた昔のエドバーグのサーブのようなものを多用し、ボールの切れ味はありますが 殺人サーブという感じはしません。
Soedaは、ストロークは非常に安定していて、また フットワークも良く、最初はサービスブレイクされ、 どうなるかいなと思いましたが、結局 7-5、6-1で勝ちました。

2日目の予選2回戦は、135位の南アフリカの選手で、Soedaと良く似たタイプでストロークもまとまっています。 サーブはSoeda より強烈です。 しかしSoedaは 6-1で簡単に第一セットをとり、第2セットの出だし3ゲームも調子が良く あっさり勝つかいなと思っていると、
Soedaも気が緩んだのか、もめだしました。結局、第2セットはタイブレークをなんと7-1で取られてしまい、まったく行方が分からなくなりました。

用意した ”おにぎり”(Soedaがおにぎりを食うのとちがいまっせ! Soedaは 水とバナナを一口、二口だけです。 私がコート際4mで大口をあけて食うのです。

しかし、おにぎりを食う間もないほどの、タイトロープ上の戦いになりました。 Soeda が先にサービスブレイクされ、おにぎり食わずに 帰ることになるかいなと 思いました。
ところが、どっこい 相手も勝ちを意識したのか、力が入りすぎたのか、 ファーストサーブのトスが少し前過ぎて、ネットの真ん中あたりにあたりました。
(プロですから 大体はネットのテープ近辺でなければいけません)。
ワテも素人やおまへんから、南アフリカの選手のトスが緊張のために狂いよったと思い、ダブルのちゃうかと思っていると きっちりダブルフォルトですわ。 セカンドサーブもネットの真ん中あたりにひっかかってますねん。 オレも解説者になれると、このときは思いました。
こらSoeda 行かんかい!
Soeda がしっかりと このゲームをサービスブレイクしました。
なかなか 日本の選手も根性あるやないか!

Soeda 5-4で、相手のサーブです。 南アフリカの選手は ネットに積極的に出てきます。 Soedaのストロークが安定していますので、前で勝負という作戦です。 緊張しているときは、神経戦のストローク合戦より前に出て一瞬のボレーで決めるほうが、緊張している暇がないから エエという作戦です。

このゲームでは、Soeda は ストレートのパッシングを決めてカモン!の拳骨を握り締め、次のマッチポイントでも クロスに矢のようなパッシングショットを決め 長時間の試合にケリをつけました。
やっと おにぎりを落ち着いて食うことができました。


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テニス:高校時代 - 合宿 [2006年12月23日(土) ]
Dan Dreamer(昭和21年生まれ)です。
前回の”テニス:高校時代ー幼馴染み”のつづきです。 今回はテニスの合宿の思い出です。男女合同合宿です。
あのころは米穀通帳が存在した時代で、 テニスの合宿に行くのに、テニスの道具やユニフォーム以外に、米2,3升から毛布、まくら、生活道具一式を リュックや 頭陀袋に詰め込み、伊丹から神戸までヒーヒーいいながら たどり着きます。 今から思うと、まるで夜逃げですな。
合宿では、朝1.5、昼2、夜2合のメシを食わせられます。 水を一滴も飲まずに練習して、2合の山盛りどんぶりを見ると 体の弱いやつはすでに半泣きです。 胃の丈夫なやつ以外は メシなんかのどを通りません。
しかし 純真なもんですなアー。 先輩が食え! 残すな!というと 泣きながら、”ハイ!先輩 食います! おいしいです。”
昔の運動部は多分にマゾ的な性格を作りあげると思います。 ”ムチで しばいてください。 もっとオー!”

私の高校は、男女人数比が2:1で 女性は希少価値です。 バンカラの校風の割りに矛盾してまっけど、フォークダンスなんかも ようさせられました。 女の子は”モテモテ出ずっぱり”、野郎は2回に1回は ”お茶をひいて休み”です。
さらに、異常に大事にされておりまして ”大奥丸秘物語のお姫様”のようなもんです。 つらいこと、しんどいこと、きたいないことは すべて野郎どもがします。
学校のマラソン大会や雪中耐寒マラソンも女子は走りません。 沿道で”ガンバッテー”というだけです。 雪中耐寒マラソンなんぞは、雪のすべりどめのために靴に荒縄を巻いて走ります。 日露戦争の兵隊さんか! オラー!エエ加減にせんかい! しまいに 怒るぞー!

このような環境とバンカラの校風の中では、異性に異常に興味を抱きます。 ( はよテニスの話せんかい! すんませんです。)

合宿中は銭湯にいきます。 当然、 女子部員が銭湯に行くころを狙って我々もいきます。 番台から覗いたりして 、素っ裸で、てんやわんやの大騒ぎです。 夢中になり覗きすぎて、番台越しに女子部員の子としっかり目が合ってしまうやつまででてきます。、そいつは それ以降 男女一緒の合宿の食事の時は ズーと下を向いて 顔を上げません。(ここらへんが 昔の野郎はバンカラ張っているわりにアカンタレです)

野郎は教室の中で、ハンモックで寝ますが女の子の宿舎は設備の整ったきれいなとこです。 パジャマなんぞ着て 優雅に寝てます(ということですネン)。 クソー!なんでこんなに差別すんねや! ”パジャマか下着か知らんけど 見に行くで オラー” てなぐあいで、わざわざ 真っ暗な夜道を懐中電灯片手に 覗きにいきます。 ほのかに窓に 影が映るだけで ”オ!オー下着やー”と感激したりして、喚声を上げてると、”コラー! お前ら!”という声が聞こえ 砲丸投げの女の先生にムンズと捕まえられて 、どつかれた上に、油をこってり しぼりとられました。
女子のテニス部員にも ばれてしまって、 覗きにいったアホな我々は、またまた 食事時は 下ばっかり向いてましたです。

男兄弟の中で育って、バンカラ校風、希少価値の女生徒、女性は大事にせなあかん、”ハツ!ハツーお姫様、女神様”という環境では、鼻血ブーブーの 運動部のアホどもは、ゆがんだ性格になりますなアー! ハイ! 今でもゆがんだ性格が直りません。 ”おひーさま。 おつかえしますです。”

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幼馴染み 高校時代とテニス [2006年12月17日(日) ]
テニスとは長ーイ付き合いで 、 中学、高校は軟式テニスでした。 あのころは、日本中が貧乏でしたから、”硬式テニスはあったんかいな”というぐらいでした。 現在は オーストラリアに住んで、やりたいときにタダでテニスができる環境にいます。
ときどき 私のテニスに関する思い出やら、現在のことを ラブ・オールサークルに書かせてもらいます。(この記事はラブオールというテニスサークルに記載したものです)

**** テニス:高校時代の思い出 - 幼馴染****
第1回は、高校時代のテニスです。ようけありますので 高校時代だけでも3部作程度になるやろと思います。

神戸の高校に、伊丹の中学から越境入学しまして、 すぐにテニス部に入りました。 この神戸の高校は 硬式テニス部をはじめとして、登山部てなもんから弓道部、はては乗馬部まであって、クラブ活動好き、遊び好きには 言うことの無い高校でした。 その上、イベントだらけで、勉強してる暇が無いという学校です。

硬式テニス部なんて、あるとは知らん田舎モンですから、中学の延長ですぐに軟式テニス部に入りました。 後で分かったのですが、硬式テニス部のヤツラは、なんかこー ”お坊ちゃん”ちゅう感じで ”どついたろか ! オラー!”という気持ちを軟庭部のガラの悪い連中は抱いていました。
(注)
この高校は、当時まだバンカラの風俗がプンプンでして、私の帽子なんぞ、ボロボロ、 ツララが下がってます。 これが 良かったんですなアー。帽子を革靴で踏みつけ、ボロボロにしてました。 当然、男子生徒は丸坊主です。 ハイ ! 先輩! 命令に従いますです。

コートが軟式、硬式あわせて10面ほどあったと思います。 硬式の女の子がミニのスコートをはいて、軟式の隣のコートに来るとガラの悪い軟式の我々は、練習もせずにスタンド(この学校のコートには観客用のスタンドがあったのです)から日がな 一日 涎をたらして エエなーと眺めてました。
実に、当時の硬式の女の子は、お嬢さんという雰囲気で憧れました。
しかし バンカラですから、そないな気配は見せられないところが つらいところでした。 女の子が気にするのを悪い連中の我々が さらにじっと見つめるという図式ですな!

ところが この話に落ちがあります。
硬式テニスの女の子の一人にどこかで見たようなこ(娘)がいますねん。
ほんでもって、なぜか頭の中に稲妻がひらめき、”ア! 幼稚園の学芸会の時、一緒に 狸とうさぎで踊った SIさんやんか!”、 ” しかし あの人も 伊丹やのに、こんな神戸の学校に来ているとは不思議やなア?....”
ボロボロに練習疲れして、電車に乗って神戸から伊丹に帰るとき偶然、SIさんと同じ伊丹行きの電車の乗り換え駅で会いました。 SIさんもすでに 私を認識していたのがすぐにわかりましたです。 ハイ。 不思議なもんですなアー。 お互いに感じてたんですな!(そんなエエもんか ! アホ!)
しかし こちとら バンカラを張る軟庭の”アホ男”でっから、一度だけ挨拶して、以降 一度も 幼馴染のSIさんとは話もようしませんでした。
今から 思っても残念やったなー。SIさんは幼稚園のころ かわゆくて、私と仲がよかったんですわ。 SIさん ごめんな! 高校1年の春から夏でした。

Posted at 15:53 | この記事のURL
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活き活き団塊づくりプロジェクト [2006年12月16日(土) ]
このプログは、サークル ”もう一花咲かせよう会”でも掲載しています。
このサークルは 生まれたてでヨチヨチ歩きです。

サークルの目的は ”死ぬまでにもう一花、ふた花咲かせる”ことを目的にし、具体的な支援、協業を求める場です。
新しいシニアの友人、同志を この歳になってから募集するお見合いの場です。
だんだん昔の友達もチリジリバラバラ、心情も変わっていきます。 再度、友達のリニューアルです。

(もう一花咲かせよう会詳細)
ここをクリックすると もう一花さかせよう会の設立趣旨を見ることができます。

****** 以下は 私が一花さかせるための協業募集記事です*****

(自己紹介)
私はコンピュータ屋です。
こいつは ”どんなやっちゃ”と思われる方は、プロファイルではなく、 私の経歴の方を見てください。

(協業募集の背景)
私は、昭和21年生まれで団塊世代のトップバッターのさらに前座を勤める役割を担っています。
団塊世代は、定年退職したら ”何をするのか?” 、”どのような第2の人生を送るのか?” が 私の現在の最大の関心事です。

人それぞれ 価値観が異なりますから 一概に言えませんが、偏見と独断に満ち満ちた私の考えの中から生まれた ”団塊世代の活き活き生活”は、次のような 要件で構成されています。
(要件1) 時間にせかされてやることが毎日適度にある。
朝起きて、”今日は何をしょうかいな?”てな生活は、私には耐えられません。 あの人との約束事の処理、この人への連絡...... ”なかなか自由時間が無いわいな” ぐらいが 気持ちの張りと ともに目が輝き、ブファーと鼻息あらく 背広を着て外出ということになります。
(要件2) 責任がある
たいした事ではないと思っていることには、やる気がでません。当然のことです。 人への面子、お金のこと、仕事の責任とかの重要事項を抱えているとことで、 頭の中で ”ああやろか? こうやって交渉しょうか”と作戦を必死に考えることになり、 脳味噌が活発に動きます。ボケ対策にもなります。
** 早くも閑話休題**
学会で座長を務めるエライ教授がボケてたという笑い話があります。 学会で 発表ばかり 受身で聞いていたため、 ボケてきたとのことです。 自分で汗だして考えんとあきません。 アツ!、先生のことと違います。 怒らんといてください。
(要件3) かっこが良い
これは ワテ(急に大阪弁になります)だけかもしれまへんが、人にも胸張って言えるような ことを毎日している。 肩書きもカッコええやんかと思われたい。
あの人は”ようやるなアー”と感心してもらいますとと ますます頑張りたいという気持ちがでてきます。 (根っから 単純なのです)
(要件4) お金が儲かる
女房に ”あんたは定年になっても まだ よう稼ぐなアー 感心するわ。 あんたと一緒やと食いはぐれが無いわ”といわれたい。
(要件5) 女房から愛されたい
”定年退職しても、あんたは活き活きしてるなアー。 それに元気モリモリ、鼻息ブーブーやし。 井戸端会議では 精悍やと評判がええし、 わてはあんたと結婚できて幸せや”と女房からいわれたい。
定年したら粗大ゴミや、カスや、ボケや、サラリーマンだけの会社人間、能無し男と言われて 熟年離婚の憂き目に会いたくない。

以上のような要件が満たされると 団塊世代が定年になっても”活き活き生活になる" のではないかという定義です。


(話変わって、アメリカでの流行)
アメリカには ブッシュを代表とする( ブッシュファンの方には平にご容赦)猪突猛進、唯我独尊、西部開拓ダー!のようなムードがあり、独創的なことで日本の流行の先鞭をつけることが多々あります。
アメリカの団塊世代で流行の兆しがあるものがHOHOです。
” HOHOとは聞き慣れん言葉やんか?(神戸の方言?)何者や!” ヨーヨーの間違いちゃうか?” という方が 多く おられると思います。
アメリカの団塊世代では 自分の家の中に His Office、Her Office(頭文字でHOHO)を作り夫婦が” もたれあう関係では無く”、それぞれが自主独立、やりたいことを独自にやる生活様式が流行ってきているとのことです。
**またまた 閑話休題**
日本でよく使用される”SOHO”という言葉は ”明るい、楽しい”というイメージより ”毎日ヒーヒー”、発音でも ” ソーオ.......(Soho)!嫌ねエー、コマッタワー” のイメージです。 ( SOHOさん スンマヘン)
HOHOは日本語の語感からも エライさんが感心して ホーホーという相槌や 藤沢周平のご隠居が笑うホッホッに近い語感で 明るい感じがしまへんか?
( ”そんなことはどうでも エエこっちゃ。 はよ 結論を言わんかい”という人は もう少し 我慢して ください。)

(協業提案のさわり)
このHOHOと団塊世代の活き活き生活を結びつけたビジネスをしょうじゃありませんかという提案です。
なんかムードとして分かるような気がするけど
* 何を具体的にするのや? はっきりせんかい!
* HOHO関連ビジネスで オレに、私に なんかうれしなることがあんのか?
* 金が必要になってくるのとちゃうか?
* 失敗したらどうなるのや? 責任とってくれるのか?
* 退職金、はたくようなことは絶対しませんで!
というような ことが 皆様方から続々でてくる疑問、否定的意見だと思います。
このような ご意見に対して、次回のプログでお答えするつもりです。

(協業: HOHO関連ビジネスプロジェクト *目的の明確化* )
まずは何をさておいても、この HOHO関連ビジネスを実現することで ”何がうれしくなるか”を明確化して、ブッシュのように”民主主義をイラクに樹立するのだアー”の感じの錦の御旗を立てねば、協業プロジェクトを推進することはできません。
錦の御旗は 私が既述した”活き活き団塊の5つの要件” を実現することです。
(要件1) 時間にせかされてやることが適度に毎日ある。
(要件2) 責任がある
(要件3) かっこが良い
(要件4) お金が儲かる
(要件5)女房から愛される

(ここまでの復習: キーワードを頭に沁み込ませてください)
キーワード1. HOHO
キーワード2. 活き活き団塊5つの要件


ここまでが 第1部 ”私の提案のさわり” です。

さて 上記の内容で、
1. 目的の設定が完全に俺の主義に反する。”アホ” な考えや。
2. ”大阪弁や京都弁や関西の言葉を使ってからに、関西のやつは不真面目で、 浮薄で、どうも 信用ならん”
という方は 第2部は読みとばしてください。 私にとっては 残念至極、後ろ髪ひかれ組なのですが.....。

(次回 以降の予告)
今回の陳述で、プロジェクトの目的が設定できました。
目的を達成するために、どのような戦略をとるかを次回で議論することになります。
現実に横たわる 多種多様な制約条件下で 実行可能な戦略論を述べることになります。




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