私は、ちょっと変わっているほうだとは思うけれど、
自分の生き方。死に方も自己責任でいきたいですね。
(そう思いながら、なかなか自分の思うようには、行かないのが常ですね。
死に方のほうも、自分の思うようには、逝かないものでしょうね。)
助言は、聞く耳は持っていたいと思いますが、
決定権は、自分でしょう。
歳のせいでしょうか益々頑固になってゆくようですね。
以下尊厳死協会のホームページです。
http://www.songenshi-kyokai.com/
「尊厳死の宣言書(全文)
(リビング・ウイル・Living Will)
私は、私の傷病が不治であり、且つ死が迫っている場合に備えて、私の家族、縁者ならびに私の医療に携わっている方々に次の要望を宣言致します。
この宣言書は、私の精神が健全な状態にある時に書いたものであります。
従って、私の精神が健全な状態にある時に私自身が破棄するか、又は撤回する旨の文書を作成しない限り有効であります。
@私の傷病が、現代の医学では不治の状態であり、既に死期が迫って
いると診断された場合には徒に死期を引き延ばすための延命措置は
一切おことわりいたします。
A但しこの場合、私の苦痛を和らげる処置は最大限に実施して下さい。
そのため、たとえば麻薬などの副作用で死ぬ時期が早まったとして
も、一向にかまいません。
B私が数ケ月以上に渉って、いわゆる植物状態に陥った時は、一切
の生命維持装置を取りやめて下さい。
以上、私による要望を忠実に果たしてくださった方々に深く感謝申し上げるとともに、
その方々が私の要望に従って下さった行為一切の責任は
私自身にあることを附記いたします。
平成 年 月 日
フリガナ
氏 名 (印) 年 月 日 生
住 所 、
安楽死とは違います
安楽死は、助かる見込みがないのに、耐え難い苦痛から逃れることもできない患者の自発的要請にこたえて、医師が積極的な医療行為で患者を早く死なせることです。
高齢化社会に入り、「生と死」について、語り合う機会が多くなりました。元気なうちに、いざという時に備えて、自分の「死に方」について考えてみませんか?
尊厳死について関心を持つきっかけになります。 」
私が 初めて宣言書を書いて、一人娘に見せた時
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at 14:34
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