外国旅行中事故にあい バンコクで大腿骨人工骨頭置換手術を受ける

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香港空港 事故の日  [2008年06月24日(火) ]
2008年 3月7日 友人5人と香港空港へ乗り換えのため着陸した。 5人と一緒に乗り換えゲートへ向かい歩いていた。 その時 突然左側から強い衝撃を感じた。 カートがぶつかってきた。瞬間映画のスローモーションシーンの如く 無音の中で体がゆっくりと右方向へ飛ぶのがわかった。右足には
誰かの旅行鞄があり、それが柔道の足技のように 私の脚の動きを止め、支店となり体が水平に浮いた。そのまま落下した。上半身は無意識に半回転して両手で頭をかばっていた。 不自然な体をひねった形で右腰部を先にして、下に落ちた。一瞬の時間がゆっくりと長く感じた。 
友達の声が 遠くから聞こえたが すぐに強い痛みと共に貧血状態になった。
しばらく動けなく、もちろん立ち上がることもできなかった。友人が空港職員を呼びに行った。私は、過去骨折の経験もなく ただ強い打撲だと思っていた。空港職員は車椅子を持ってきて 私をゲート近くの待合場所に連れて行った。そのうちに 腰部は痺れて痛みを感じなくなり 膝から下は全く異常なく
車椅子に座ったまま足首を動かすことができた。空港職員は 医者の診察を勧めてくれたが 次のフライト時間がなく、貧血状態も治っていたので 飛行機に乗りたいと頼んだ。友人もいたので、職員は機内まで車椅子で運んでくれた。ただし バンコクで必ず医者に行くように念を押された。
香港空港を飛行機が 離陸のための滑走路を走り始めたとき、車輪の路面から伝わるゴトゴトした衝撃が 腰の痛みとなって 頭まで突き抜けた。次に上昇するにしたがい、機内の気圧が下がった。上昇するにつれ、腰部に痛みが膨らんできた。 顔には脂汗が流れ 痛みに耐える2時間半が始まった。機内では飲み物も食事も一切とることができずに ただただ痛みを耐えるフライトだった。

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バンコクへ  [2008年06月27日(金) ]
飛行機の中では 心臓の動悸と同じ周期で痛みが伝わってきた。 2時間半の我慢の後で飛行機が スワンナプール空港へ着陸態勢に入った。 両手を椅子の肘かけにかけて 体重が腰にかからないように、腰を少し浮かせる状態で着陸にそなえた。すぐに車輪が滑走路に着いた衝撃がドゥンと突き上げてきた。通常なら安堵する瞬間だが 頭の芯まで痛みが響いた。 機はゆっくりと走ってターミナルにむかった。機内のアテンダントが来て、全員乗客が降りてから車椅子でおりますと言いにきた。3人男の人が来て 狭い通路を抱えられて車椅子に移り、飛行機から外へ出た。飛行場の職員専用通路を通って 入管審査を受けた。荷物は入管審査中に職員が持ってきた。  そのまま職員通路を通って
空港の診療所へ連れて行かれた。診療所で医者が来るまで1時間ほど待たされた。 タイの国民性はゆっくりして決してあわてないと聞いていたが、このときは 不安と痛みで 早くしてくれよ!と内心怒りを感じていた。
やっと やてきた若い女性の医者は 痛い腰部をみて 足の動きをチェックしただけで、骨折しているから 救急車で病院へ運ぶとと言っただけですぐにいなくなった。 診療所の部屋で一人ベッドに横たわり救急車の来るのをじっと待っていた。時計を見ると20時頃になっていた。確か18時に空港着だったので
2時間も診療所で待たされていた。 救急車が来たので ストレッチャーでタクシー乗り場近くまで行った。空港の近くの病院へ運ばれ すぐに検査室へ入った。 診察の前に 病院の職員にパスポートを提示し、支払方法を聞かれた。まだタイバーツに両替してないのでクレジットカードを見せたら、有効か調べに事務所へ戻っていった。またひとり取り残されてじっと待つだけだった。やがて帰ってきて それからズボンもパンツも脱がされ 毛布をかけられた。 
医者が2人来て 患部を手で押さえた後、レントゲン検査をすると言って戻って行った。また診察室の隅にひとり残され、遠くにいるタイ人看護師の話し声を
ベッドの上で天井を見ながら聞いていた。 細い痩せた若い男の看護師が来て ベッドを押し始めた。廊下を曲がりエレベータで上に向かった。 レントゲン室で撮影して帰るまでその若い看護師はずっと無言だった。 また隅で待たされていると 年長の医者がひとりで来た。レントゲン写真を見ながら、骨折している箇所を手術するのに二通りの方法があり、ひとつは骨を鋲で繋ぎ日本に帰ってもう一度手術しなおす法、あとは骨折部箇所を取り除き人口骨を入れる方法であり これだと日本で再手術はないと。
考えるまでもなく 手術しなければならないなら一度で済ましたい。医者に人工骨頭置換手術を依頼した。
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サミティベート病院へ  [2008年06月30日(月) ]
股関節人工骨頭置換手術を受けることに決めると、バンコク スクインビットのサナティベート病院へ移ることになった。 すぐに移動かと思ったら、医療費の請求を受けた。ストレッチャーに乗ったまま請求書を見ると、5,295バーツであった。 空港で両替もしてなく、クレジット払いを頼むとまた職員が 奥へ行ってしばらく帰ってこない。年上の職員と2人で戻ってくると、クレジットカードをみて、JCBカードを見てまた奥の事務所へ戻ってしまった。また待たされていると 戻ってきてJCBでOKだと....  すべてにあわてず、ゆっくりとマイペースで仕事が流れる。痛みに耐えている患者を前に、自分たちのペースを崩すことなく進んでいく。  これがアジア時間だろうか。

再び救急車に乗って サナティベート病院へ向かって運ばれて行った。腕時計を見ると 23時を回っていた。路面状態が悪く 相変わらず車輪からの振動が腰に響いた。同乗している救急隊のタイ人は、ボケっと車外を見ている。痛いと言っても水が飲みたいといっても 英語は全く通じない。諦めて車が病院へ到着するの待つだけだった。半時間ほどして 新しい大きな病院へ到着した。遅い時間にも関わらず 通路には人々が歩いていた。 エレベータに乗せられて 検査室へ運ばれた。 そこでまたレントゲン検査を受けた。仕事運びは まったく同じ。ゆっくりとあわてず 職員同士話をしながらX線検査室へ運んでくれた。 衣服を全部脱がされて前が全部開いた検査着に着替えさせられた。X線検査だけでも1時間以上かかった。 しばらくして医者がやってきて 手術の説明が始まった。 人工骨頭はチタンにしてよいか。手術は、全身麻酔か部分麻酔がよいか。日本人か誰か知人の立ち会い人はいるか。また入院する部屋の室料は 一日6,500バーツだがよいか。支払はクレジットカードか。
または旅行傷害保険か。 痛みに耐えているのに一向にあわてる気配はない。痛み止めの薬もでない。最後に何枚かの書類にサインして病室へ移った。
かなり広い部屋だった。 旅行鞄と着替えた衣類を男の看護師が運んでくれた。事故にあってから12時間が経過していた。 もう日付も変わって3月8日になっていた。右腰がズキズキ痛み 心細くなっていると 看護師が2人と検査室にいた医師が来た。 医者は サイズ合ったチタン製骨頭をバンコクの業者に手配したので、明日か明後日には届き手術をする予定であり手術時間は2〜3時間と説明してくれた。 医者が帰ると看護師は、痛み止めの薬をくれて、左右の腕に点滴用の管のついた針を挿し、テープで固定した。 二人で何事かタイ語で話しながら作業は ゆっくり行われた。薬のせいか そのまま眠りにはいった。 

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3月8日 手術の日  [2008年07月20日(日) ]
朝 6時前に起こされて内科医の診察を受ける。現在高血圧の薬を服用していることを言い、診察を受ける。痛み止めの薬をもらいその場で飲んだ。外科医が入れ替わりにやって来て 18時から手術を始めるといい すぐに帰ってしまった。右腰は全く感覚がなく腰部全体に痛みが続いた。食欲は全くない。タイ風のお粥が運ばれてきたが食べる気がしない。最も一人では 食べることができなかった。 点滴のせいかおしっこがしたくなった。動けない。我慢できなくなってきて、ナースコールボタンを押した。英語は通じない。手を使ってのジェスチャーで分かってもらった。すぐに引き返し尿瓶をもってきた。若い背のすらっとしたナースで、事務的にベッドカバーをまくり尿瓶をあてがってくれた。今まで使用したことがなく、まして若いナースで尿瓶を持ったままベッドの横に立って待っている。あせるほど出てこない。目を閉じて力むが出ない。腰の痛みと下腹部の痛みで汗がでる。正常な左足を少し開いて出やすくしようとしたら瓶が動いてしまった。するとゴム手袋をはめた手で瓶を持ち もう一方の手で少し押してくれた。瞬間出始めたが 長く長く止まるかと思うと又出た。尿瓶に7分目ほど出てやっとすっきりした。恥ずかしかったがナースは全く事務的に処理してくれたので気持は救われた。尿瓶の初体験であった。
手術までに3回尿瓶を取ってくれたが、やはり恥ずかしい気持は残った。
午後5時 ナースが4人来て体を拭いたり病院着をかえてくれた。外科医が来て
手術の説明が始まった。それは半分ほどしか理解できなかった。手術は2時間ほどの予定で 部分麻酔で行う。また 骨頭はチタンでサイズの合ったものが見つかった。また自分は日本の病院で勉強をして名古屋大学病院をよく知っている。など話して帰って行った。すぐストレッチャーに移されて手術室へ運ばれた。知人は誰もいない。ナースが横にいてはくれるが歩きながら看護師とタイ語で話してる。考えることを止めた。エレベータで下の階へ向かった。手術室へ入った。手術台に移されたとき 急に心細くなった。寒い。外科医が何か話しかけてきたが分からない。背中に注射されて何人かの医者が話しかけてきたが、次第に意識がなくなってきた。
雲の中を浮きながら流されているとき遠くからゴリゴリと音が聞こえてきた。誰かが右腰の内部を引っ張ったり押したりする。話し声も聞こえる。でも痛みの感覚は全くない。手も動かない。でもすぐにまた眠り込んでしまった。
目が覚めると 集中治療室にいた。寒い。両手には点滴用管が繋がれ、何種類かの薬瓶がスタンドからぶら下がっていた。2時間ほどいて部屋に戻された。外科医が来て 手術は3時間かかったが成功した。明日また診察に来ると言って帰った。午前1時になっていた。尿は管でベッドの横の袋につながっていた。ナースの薬を飲むとまた眠り込んだ。 

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3月9日手術翌日  [2008年07月30日(水) ]
朝6時頃ナースに起こされて、血圧、体温、脈拍を測定される。両手と頭は動くが 腹から下は全く動かない。足の指がかすかに動いた。点滴の薬瓶を替えながら、ナースが笑顔で話しかけてくれるのだがタイ語が分からない。たぶん痛くないですかと聞いているようだが わからない。笑顔のまま首を縦に振って帰って行った。すぐに外科医が来て私に手術は成功したから心配ないとカルテを見ながら言った。私は今日東京から息子が来るから、詳細は息子に説明して欲しいと頼んだ。息子はバンコクのチュラロンコン大学に来ていたからタイ語は大丈夫だと説明した。 
朝食は一口も食べられなかった。この病院は、1日にペットボトル6本を用意してくれて冷蔵庫にいつも補充してくれた。ベッドサイドには1本置いてくれ残り1/3位になると必ず新しいボトルを用意してくれた。これは大変助かった。9時頃 長男が病室にきた。心配していたようだがベッドにいる私を見て安心したようだ。命には別条なく元気そうに見えたと言った。そのまま医者の所へ行き 説明を聞いてきた。私が受けた説明とほぼ同じで安心した。
長男の説明を聞いているうちに 緊張が緩んだのと薬のためすぐに眠ってしまった。
長男は、夜11時頃ホテルへ戻って行った。傷口が少しづつ痛み始めた。一日中何も食べることなく 水だけ飲んでいた。空腹感はない。

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3月10日手術後  [2008年08月15日(金) ]
夜間痛みで眠れない。ずーと上を向いたまま寝ており、手術箇所の上に背中と腰が痛い。痛み止めの薬を飲むとしばらくはウトウトするのだが、痛みで目が覚めてしまう。午後2時頃から急に手術個所が痛み始めた。ナースコールボタンを押して呼んだ。ナースに痛みを伝えるのだが 痛みの程度が伝わらない。
4時に医者が回診に来る予定だが とても痛くて我慢できない。ナースは定時でないと痛み止めの薬は出せないし 医者の許可が必要だという。ナースはタイ語しか話せなくて、知っている英単語を「タイム」「ノー」とか「ドクター」「イエス」「ノー」と言って一生懸命説明してくれる。でも痛みはしだいに強まり我慢できない状態になってきた。汗が出、上半身を右に左によじっても痛みは少しも変わらない。そこへ息子がやってきて 私の状態を見てすぐ医者を呼びに行ってくれた。しかし医者は来ない。4時近くになってやっと医者が来た。医者は来るなり 痛む患部を診ることなく 息子とタイ語で話し始めた。タイの大学の話とか仕事の話らしいのだが、痛みは最高に達し、腰部全体まで広がっていた。息子に痛いから早く治療するように医者に伝えろと怒りながら言った。医者は 慌てる様子なく、私の体を右側を上に横たえ、ガーゼをはがした。そして手術個所に入っている血抜きパイプを見て、体内に入っている針はそのままにしてパイプだけを取り換えた。すぐに血液がパイプの中を流れ出てきた。それにつれて痛みがスウッと薄らいできた。ウソみたいに痛みがなくなった。医者は このパイプからの出血が止まったら心配はない。だが今回みたいに止まったのか詰まったのか見極めるからもう2,3日注意すると説明して帰って行った。痛みが無くなったが 疲労感で体がぐったりした。
タイの諺に「医者が走ったら 死ぬ時だ」と云うのがある。まさに今回は実感した。ゆっくりとした時間、慌てない、せかさない性格など病室からタイ人の人柄を体験した。
この日の深夜便で息子は東京へ戻っ言った。ずいぶん世話になった。息子が小さい頃 脱腸で入院し病室で看病した時を思い出し、逆の立場にいる自分をみて時間の流れと逞しくなった子供に複雑な気持ちになった。静かな深夜の病室で窓を通して見える星を見ながら 初めて孤独感と不安感を感じた。眠れない

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入院生活-1  [2008年08月22日(金) ]
手術から4日。 昨日 血抜きパイプが詰まって痛かった手術個所を回診に来た医者が診て、まだ少し奥で出血しているから止まるまでこのままの状態で様子待ちになった。 背中と腰が痛い。上半身は起き上がることができるが、30分位が限度で 曲がっている腰が痛くなる。
朝6時2人のナースが来て 血圧、体温をチェックして点滴を看る。
7時頃 内科医が回診  
8時朝食。  9時 外科医の回診  
10時 2人のナースが来て体を拭いてくれる。これは午後4時ごろと一日2回してくれる。2人が手際よく、シーツは朝だけ替え病室着は夕方も代えてくれる。
体を拭いてくれる時、全身を丁寧に拭いてくれるのだが、驚いたことに良い方の左足を開いて 局所まで普通に拭いてくれる。これは退院するまで恥ずかしかった。そのあと 体にオイルを塗って、パウダー振り、手の平でこすり上げてくれる。実にさっぱりとして気持ち良い。入院中一度もシャワーを浴びなかったが、この一日2度の体拭きで気持ちよく過ごせた。またシーツも毎日交換してくれるので、快適であった。
その後部屋の掃除に2人やってくる。午前中は、トイレ、シャワールーム、ごみ箱、テーブルなどニコニコしながら綺麗にしてくれる。
午後の掃除は 床、冷蔵庫の補充、ごみ箱、コップなどの食器を洗ってくれる。黙って仕事をすることなく 必ず世間話をしながら作業をしている。時々タイ語の日本を表すイープンという言葉が聞こえてくる。きっと一人だけで入院している日本人が珍しいのだろう。
昼に ナースが検温・血圧にまた二人でやってくる。午後はゆっくりと昼寝をする。病院全体が 静かになる。
午後の掃除がすむと夕食まで何もない。 夜8時に検温、血圧をはかり終了。
深夜ナースが見回りに来るが、点滴などのチェックとペットボトルの水を枕元に置いてステーションに帰る。 サワディーカーッ!  

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入院生活-2  [2008年08月26日(火) ]
3月12日 朝5時30分 手術から5日目。 まだ眠っているところ ドクターとナースがやってきて、手術個所から血抜きパイプを取り外した。言葉がうまく伝わらないから、いつも急な処置に驚く。ナースがタイ語で話しかけるのだが多分その時に 説明していたと思う。だが 開き直ったというか慣れたというか
もう「まな板の上の鯉」状態であきらめていた。 
今まで全く動けなかったため、腰に床ずれができて痛くなった。ベッドを柔らかいタイプに変えてくれるように頼む。英単語をゆっくり並べて話すとなんとかわかってくれた。30分程かかって理解してくれたがドクターの許可が必要らしい。時間は たっぷりあるからあわてない。
尿瓶は自分でできるようにはなったが、トイレに捨てることはできないその都度ナースコールを押す。一日6回〜7回頼むのだが いつも其の度ニコニコして
処理してくれる。仕事とはいえ笑顔を欠かした時がなかった。退屈な為いつも尿瓶の量を観察した。朝は470から500ml。 昼はほとんど決まって400mlで
あった。どのくらいまで貯まるか我慢した。水を多めに飲み、天井と窓から見える青い空と時計を交互に眺めていた。次第に尿意を感じたが我慢。意識をそらして他のことを考えるようにした。その時 体を拭きに二人のナースが入ってきた。かなり限界点まできていた。部屋着を脱がされた。上半身から順に濡れたタオルで拭き始め、もう一人が体を支えてくれる。胸から腹へとタオルが進み、下腹部を拭き始めたときはもう極限状態になってしまった。 尿瓶を指差し英単語をゆっくり言うと笑顔でうなずいて、とってくれた。汗が出始めた。丸裸状態でベッドの両側にナースが立って待っている。全然動こうとしない。タオルを片手に持ち笑顔で済ますのを待ている。お国柄かもしれないが、辛い。こんな裸状態のうえ若い二人のナースに見られながら小便は出ない。苦悶している私を見て、ナースはやさしくタイ語で話しかけてくる。ええいままよと 目をつむって力んだ。一度出始めた尿は止まらない。体はエレベーターで降下しているように虚脱感を感じていた。やっと止まるとナースがトイレに流してくれた。恥ずかしかったがナースは全く同じペースでお互いに世間話をしながら 吹き続けてくれた。局部を拭いてくれる時、思わずナースをチラッと盗み見みした。目が合ってしまった。最悪!! 余計恥ずかしかった。
時間がいつもより長く感じた。 それからは我慢せずに平均400mlでナースコールを押した。 

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