飛行機の中では 心臓の動悸と同じ周期で痛みが伝わってきた。 2時間半の我慢の後で飛行機が スワンナプール空港へ着陸態勢に入った。 両手を椅子の肘かけにかけて 体重が腰にかからないように、腰を少し浮かせる状態で着陸にそなえた。すぐに車輪が滑走路に着いた衝撃がドゥンと突き上げてきた。通常なら安堵する瞬間だが 頭の芯まで痛みが響いた。 機はゆっくりと走ってターミナルにむかった。機内のアテンダントが来て、全員乗客が降りてから車椅子でおりますと言いにきた。3人男の人が来て 狭い通路を抱えられて車椅子に移り、飛行機から外へ出た。飛行場の職員専用通路を通って 入管審査を受けた。荷物は入管審査中に職員が持ってきた。 そのまま職員通路を通って
空港の診療所へ連れて行かれた。診療所で医者が来るまで1時間ほど待たされた。 タイの国民性はゆっくりして決してあわてないと聞いていたが、このときは 不安と痛みで 早くしてくれよ!と内心怒りを感じていた。
やっと やてきた若い女性の医者は 痛い腰部をみて 足の動きをチェックしただけで、骨折しているから 救急車で病院へ運ぶとと言っただけですぐにいなくなった。 診療所の部屋で一人ベッドに横たわり救急車の来るのをじっと待っていた。時計を見ると20時頃になっていた。確か18時に空港着だったので
2時間も診療所で待たされていた。 救急車が来たので ストレッチャーでタクシー乗り場近くまで行った。空港の近くの病院へ運ばれ すぐに検査室へ入った。 診察の前に 病院の職員にパスポートを提示し、支払方法を聞かれた。まだタイバーツに両替してないのでクレジットカードを見せたら、有効か調べに事務所へ戻っていった。またひとり取り残されてじっと待つだけだった。やがて帰ってきて それからズボンもパンツも脱がされ 毛布をかけられた。
医者が2人来て 患部を手で押さえた後、レントゲン検査をすると言って戻って行った。また診察室の隅にひとり残され、遠くにいるタイ人看護師の話し声を
ベッドの上で天井を見ながら聞いていた。 細い痩せた若い男の看護師が来て ベッドを押し始めた。廊下を曲がりエレベータで上に向かった。 レントゲン室で撮影して帰るまでその若い看護師はずっと無言だった。 また隅で待たされていると 年長の医者がひとりで来た。レントゲン写真を見ながら、骨折している箇所を手術するのに二通りの方法があり、ひとつは骨を鋲で繋ぎ日本に帰ってもう一度手術しなおす法、あとは骨折部箇所を取り除き人口骨を入れる方法であり これだと日本で再手術はないと。
考えるまでもなく 手術しなければならないなら一度で済ましたい。医者に人工骨頭置換手術を依頼した。
空港の診療所へ連れて行かれた。診療所で医者が来るまで1時間ほど待たされた。 タイの国民性はゆっくりして決してあわてないと聞いていたが、このときは 不安と痛みで 早くしてくれよ!と内心怒りを感じていた。
やっと やてきた若い女性の医者は 痛い腰部をみて 足の動きをチェックしただけで、骨折しているから 救急車で病院へ運ぶとと言っただけですぐにいなくなった。 診療所の部屋で一人ベッドに横たわり救急車の来るのをじっと待っていた。時計を見ると20時頃になっていた。確か18時に空港着だったので
2時間も診療所で待たされていた。 救急車が来たので ストレッチャーでタクシー乗り場近くまで行った。空港の近くの病院へ運ばれ すぐに検査室へ入った。 診察の前に 病院の職員にパスポートを提示し、支払方法を聞かれた。まだタイバーツに両替してないのでクレジットカードを見せたら、有効か調べに事務所へ戻っていった。またひとり取り残されてじっと待つだけだった。やがて帰ってきて それからズボンもパンツも脱がされ 毛布をかけられた。
医者が2人来て 患部を手で押さえた後、レントゲン検査をすると言って戻って行った。また診察室の隅にひとり残され、遠くにいるタイ人看護師の話し声を
ベッドの上で天井を見ながら聞いていた。 細い痩せた若い男の看護師が来て ベッドを押し始めた。廊下を曲がりエレベータで上に向かった。 レントゲン室で撮影して帰るまでその若い看護師はずっと無言だった。 また隅で待たされていると 年長の医者がひとりで来た。レントゲン写真を見ながら、骨折している箇所を手術するのに二通りの方法があり、ひとつは骨を鋲で繋ぎ日本に帰ってもう一度手術しなおす法、あとは骨折部箇所を取り除き人口骨を入れる方法であり これだと日本で再手術はないと。
考えるまでもなく 手術しなければならないなら一度で済ましたい。医者に人工骨頭置換手術を依頼した。
香港空港事故の後 バンコクへ
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at 15:25
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