プロフィール
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[お知らせ]

萩原克己氏が
レギュラー出演している
スカパー!の音楽番組、
好評放送中!!

4月5日よりスタートしたch.309 日テレG+(ジータス)の新番組 「ハギ♪シホ 音楽夜話」(毎週土曜日夜22時50分〜23時20分)で、 ギャル社長シホちゃんとMCを担当しています。ぜひご覧ください!

忙しいとは【2008年05月14日(水) 】

心を失うという意味と教わったことがある。

一昨日、酔っ払って携帯電話をラーメン屋に忘れ、家に帰りかみさんに滅茶苦茶怒られた。それもそうである。3月4日に酔っ払って帰る途中で置き引きに遭い、財布を取られたばかりであった。ポジティブに考えて、オヤジ狩りでなくて幸いと思うようにした。

それから1週間、保険書、免許書、印鑑カード、クレジットカード、銀行カード、全ての再発行の手続きを取った。警察に行き被害届けを出したが、「まず出てこないでしょうね…」。その時に腹立たしさがピークに達した。

酔っ払った振りをして、バッグの中にマムシとか007によく出てくるタランチュラでも入れて、置き引きをやっつけたい妄想が駆け巡った。しかし、オッチョコチョイの俺のことだから、噛まれるのは俺が最初だろうな。

一昨日は日曜日である。元・ずうとるびの今村君のライブに招待されたので、昼の1時からライブを堪能、4時に別件の打ち合わせというよりノミーティングを入れ、渋谷の台湾居酒屋で7時まで飲み、三軒茶屋に繰り出した。

2件目までは、ある程度記憶があるが、そこからはない。どうやって家に帰ったかも思い出せない。ただある現実は、「携帯がない」という事実である。




一緒にいたウチの会社の若い衆に、翌日の朝11時に公衆電話から電話をした。どうやら最後にラーメンを食べたいと、俺は酔っ払っているにもかかわらずわめいたそうだ。

しょうがないから3人で日高屋というラーメン屋に入ったらしい。全く記憶にない。

急いで教えてもらった日高屋に向かう。日高屋に着き、
「お客さん一人ですか?カウンターにどうぞ」
「昨日、携帯をここに忘れたと思うのですが」
店員が怪訝そうな顔をして、奥から俺の携帯を持ってきた。よかった、あった。

事務所に帰り、若い衆に、
「昨夜のラーメン屋での記憶がないけど、何にもなかったよな?」
「いいえ、トイレで萩さん寝てしまい、店員から俺たちに何とかしてくれといわれ、担いで連れて来て席に座らせたんですよ」
「嘘だろう。それでか、今日の店員が睨みつけながら携帯を寄こしたのは」

心の中でザンゲの気持ちが渦を巻いている。
しかし、そんな気持ちも一瞬である。

昨夜も懲りずにラーメン屋から飲みが始まり、居酒屋、あげくは赤坂のクラブに直行。さすがに、携帯はしっかりと握り締めている。

この馬鹿さ加減は、一生直りそうもない。今日は酒を抜くぞと決めたのに、さっきの電話で6時に都立大の居酒屋に駆け付ける。

明日は名古屋でエレックレコードのアーティスト、absorbがワンマンライブを行う。もちろん行く。そして打ち上げは必ずある。名古屋の仲間と、多分朝までドンちゃん騒ぎになるだろう。

もう誰も俺のことは心配してくれないだろうな…。
「私、馬鹿よね、お馬鹿さんよね…後ろ指後ろ指さされても」

何でこんな歌詞が出てくるのだろう。


萩原氏が綴る70年代フォーク&ロックの真実。「エレックレコードの時代II」(CD付き単行本)は、「熟割」にて絶賛発売中!
若き日の拓郎、泉谷、古井戸の姿がそこにあった。35年前の萩原氏も登場する「エレックレコードの時代」(CD付き単行本)も、「熟割」にて好評発売中!

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連休ボケ【2008年05月07日(水) 】

連休ボケ

久しぶりに休みが取れたが、あっという間に過ぎてしまった。

テレビでは、海外へ出掛けるシーンから帰国するシーンまでを見た。じっと家にいる毎日だったが、休んだ気がしないのである。どういうわけか、連休の昼飯だけはしっかりと記憶にある。

初日は、おふくろのところにカーネーションを持って出向き、たらふくおふくろの料理を堪能、おふくろの料理は、魚や肉、そしてサラダ、お膳に、十種類以上の料理が並ぶ。スペアーリブから古漬けまで、何でもござれである。ビールを3本ぐらい飲んで、テレビでゴルフ観戦をしているうちに、ついうとうとし結果が分からず、夜のスポーツニュースで結果を知る。

2日目は、つくし野にあるびっくり寿司。名物おじさんがいて、つい行ってみたくなる。もちろん、ビールに始まり冷酒に移る。今の時期の魚は、光りものも白身も旨い。特に、生のトリ貝は、この時期にしか食べられないのでは?

次の日は、この順番ならいつもなら蕎麦屋だが、この日はどうしてもタンメンが食べたくなり、かみさんに頭を下げ(酒を飲むので運転はしない)、町田のタンメンが有名な店に向かった。

ここの店主のこだわりが良い。ラーメンでは丸麺を使い、タンメンでは平麺を使うのである。もちろん、スープとの絡みは平麺が圧倒的に旨い。そしてビールとの相性抜群の餃子とシュウマイも頼む。常々、ビールには餃子よりシュウマイの方が合うのではないかと思っている。結局、大ビン2本いってしまう。

そうなると、翌日はイタリアンがリインカーネーション(輪廻)のように廻る。

4日目は東林間のヒッコリーというピザ屋に行った。最初はビールでアツアツのピザ、そして魚介のサラダ、ポテトのグラタン、ソーセージの盛り合わせ。こうなるとワインに行きたい。デキャンタで赤を貰おう。なくなったらデキャンタの白を頼む。ゴルフの打ちっ放しに行き4箱打った後なので、さすがに酔う。

連日昼夜の酒は欠かさない連休が終わり、体重を量ると2キロ太っていた。幸せな連休であった。今日の昼飯は食べ損なった蕎麦屋に行った。大ざるにかまぼこ、そしてビールを少々。これで完璧である。

そういえば昨夜、近所のヨーカドーで、イカと小さなハタハタ、そして春キャベツに豚肉を買った。酔いにまかせて料理をしたくなったの。材料のチョイスは、何という素晴らしさであろうか、春の食材風ではないか。

しかし、ふと気がつくと、手間が掛かる材料を買ってしまった。5センチ程のハタハタを開いて塩をふる。数量30匹ぐらいである。そして、黒光りしていたするめイカ。これを皮を剥ぎ、刺身と炒め、そして塩辛を作る。

実は塩辛というものは、酒飲みなら一過言ある。

俺なりの塩辛は、まずイカのワタだけで塩辛を作る。そして新鮮なイカを割いて、その上にワタの塩辛をかける。「やめられないとまらない」ぐらい美味しい。何のことはないイカ刺しを、ワタ醤油で食べてるようなものなのだ。

厳密に言うと、これは塩辛ではないのかも知れない。イカの中ではヤリイカが好きなのだが、ワタが少ししか取れないし、生臭ささは、するめイカよりきつい。そこで編み出したのが、この方法である。ヤリイカに、するめイカのワタで作った塩辛が抜群である。

そんなことはどうでもよいが、塩をふったハタハタから臭みが浮き上がってきたら、流水で洗い、ペーパータオルで水分を取る。イカは、短冊に切ったものにゲソとエンペラーを入れ、醤油と鷹のツメをサラダ油で軽く炒める。油の量は少なめにする。

決して料理と言えるほどのものではない。ハタハタは小麦粉をつけて揚げる。骨まで食べられるように、低温で長めに揚げる。揚がったら、油を切り塩をふる。後は、豚肉にオイスターソースと豆板醤やコチジャンに絡めて、ごま油とサラダオイルでさらっと炒める。この出来上がりの三品で焼酎を飲む。

何だか料理や食事の話になると取りとめがなくなるので、今回はこれで終わりにします。




P.S. 先週の金曜日に八王子にライブを見に行った。駅を降りライブハウスに向かう途中で、雨が急に降ってきた。取りあえず雨宿りをと、まだ開いていないスナックの前で小降りになるのを待った。そのスナックの名前(写真)が、なぜか自分をガックリさせたのです。どうか遠い親戚ではありませんように。


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久しぶりのフレンチ【2008年04月30日(水) 】

中央林間にあるフレンチレストラン、ラ・パレットに出向く。長女から電話があり、たまプラーザで食事をしないかと連絡が入り、新調した白いスーツを着てみた。

その姿をかみさんが見て、「何よ、あたしとつり合わないじゃない」と言われ、かみさんもぶつぶつ言いながらもう一度着替え、いざ出陣という時になって長女から電話があり、食事会は中止になった。

俺もかみさんも、出走前の競馬馬のようにヒヒ〜ン状態である。しょうがないから、格好に合うフレンチを選択。結局、近所のフレンチレストラン「ラ・パレットに行こう」と決まった。

ラ・パレットに着き、席に案内される。
「お飲み物は何にいたしましょうか」
「ワインのメニューをください」
「かしこまりました」

こう見えても、ワイン好きである。
最初にボルドーの2004年の赤をもらう。ウエイターが最初にボトルを見せに来る。
「よろしゅうございますか」
軽く会釈をする。

もう勝負は始まっている。
「お料理の方はお決まりでしょうか、コースとアラカルトとございますが」
「アラカルトで行きます。まず海の幸のサラダとイベリコの生ハム、それとチーズの盛り合わせ、今日のお勧めの魚は何ですか」
「黒鯛でございます」
「では、黒鯛のソテーと牛タンの赤ワイン煮込みをください」
「かしこまりました」

何といい気分なのか・・・。ワインが登場、小さな皿にコルクが置かれる。コルクを取り香りを確かめる。ツーンと酸味が鼻を抜ける。ワイングラスに少量のワインが注がれる。

まず香りを楽しみ、次にライトに照らす。まだ若いワインなので、濃い紫色である。ゆっくりとグラスを回し、両手で香りと味を確かめるように口に含む。口の中で舌を全て使い味わう。

ゆっくりとした仕草で、かみさんのグラスに手を向ける。かみさんのグラスに注がれ、自分のグラスにワインが注がれる。
「カベルネだね。メルローも入っているみたいだけど」
「はい、カベルネソービニオンとメルローでございます」


勝った。シラーズとか言われたらどうしようかと思った。長女がフランスに行った時に、ポムロールワインをおみやげに買ってきてくれと頼んだ。確か3万円ぐらい渡した。その時に買ってきたハーフボトルのワインに、未だに手を付けられないでいる。

こっちで買ったら5万円ぐらいのしろものである。しかし常温で置いているので、きっと味は最悪だろうと思う。なんて貧乏性なのか・・・。

料理の中では、黒鯛がめちゃめちゃ旨かった。皮目のパリパリ感が、家庭料理ではできない味である。

一本ボトルが空いた。「ボジョレー祭り」と書かれたメニューを見て、ロゼをデキャンタで頼む。久しぶりの贅沢である。飲み屋で3万払うのは贅沢と思わないのに、フレンチの5千円のワインを頼むのに、つい力んでしまうのは俺だけだろうか。まして六本木のクラブ活動では、一人5万は取られる。馬鹿馬鹿しいので、クラブ活動はしない。

考えてみると、食事の方が安いと思う。どんな一流のレストランでも、ランチタイムは5千円未満である。昼飯を食べながら仕事の話をすると、結構決まる確立が高い。夜タイムは酔わないようにするので、気疲れをする。

今日も帰ってきてから、やっぱり焼酎のお湯割りを呑む。イカげそとかつおの酒盗をつまむ。やはり日本人はこうでなきゃ、てな言い訳を肴に、今夜も長い夜になりそうである。


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JCBホールにて〜Smoky Medicine(スモーキーメディスン)〜【2008年04月24日(木) 】

4月20日、そそくさと後楽園に向かう。久しぶり顔が赤くなるぐらい興奮している。

Char、金子マリ、鳴瀬喜博、藤井章司、佐藤準。1974年当時、このメンバーと青春を共にした。あれから34年間、どれだけの人と出会い、どれだけの人と別れてきたのだろうか。そんな思いでスモーキーを見ていた。

エレックのスタジオから始まったドラマは、白日夢の如く脳裏を駆け巡る。3000人の会場は満杯である。どうして?レコードも出さないグループが、何故こんなにも人を呼べるのだろうか。

始まった。マリの日本語の曲から始まった。最初は客も彼らもどう乗ったら良いのかためらいがあったが、ジェフベックグループのナンバーぐらいから、客もスモーキーもヒートしていった。

確実に50代と分かる人種たちが、拳を振り上げ我を忘れる。きっとライブとはこれをいうのであろう。アンコールに次ぐアンコールは、このまま時間が止まればよいと、ホール中の人々が思ったのだろう。

帰りに、普段は義理で行く楽屋も率先して向かう。メンバーの中で最初に佐藤準と出会う。
「ジュン良かったよ・・・」
「リハ時間が少なくてさ」

たわいない話をしているうちに、ショウジやナルチョも寄って来てくれた。マリが俺を見つけ、
「克己さん、あたし本貰ってない、貰ってない、貰ってない」、
子供のようにわざとふてくされて見せる。 「ごめんごめん直ぐ送るよ」
てな話しをしていると、Charが出てきた。

「どうだった34年ぶりのスモーキー」
「う〜ん、シーラカンス見ているみたいだったよ」
「ところでエレック本読んだよ。おもしろいじゃん、そんな才能あるなんて知らなかったよ」
「まあな。遅咲きの早死ににならないよう気をつけるよ」
「絶対死なないよ、あんたは」

笑い続けた楽屋であった。帰り、代理店のメンバーと後輩4人で居酒屋に立ち寄る。不思議と20代の代理店の女性が、スモーキーを素晴らしいと評価している。

多分、27〜8年違うマリを、可愛いし格好いいと言う。ステージで殆ど煙草を離さない、まるでジャニスを見ているような感触に、彼女は新しい発見をしたのだろう。なごりおしいが、終電の時間は刻々と迫る。

電車の中で彼らといっしょにステージに立った時を思い出す。

俺が23歳ぐらいだろう。もしあのままミュージシャンとして生きたなら、どんな人生だったのか。老いさらばえて、誰にも相手にされない口うるさいドラマーなのか。それとも、あれからもっと腕を上げて世界的なプレーヤーになっていたかも。

そんなことはまずないな。己のことは己が一番よく知っているし、久しぶりに帰ったら、ジャズでも聞いて見たくなった。心地よい春の酔いの中で…。


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加納秀人、伊藤薫という男たち【2008年04月16日(水) 】

先週の土曜日にCS番組『ハギ♪シホ音楽夜話』の4本取りが行われた。

70年代初期に外道という日本初のパンクバンドがいた。「この外道・・・」と警察に言われてから命名したという。暴走族のアイドルである。西の村八分、東の外道と、関西関東からアウトローなバンドが誕生した。その外道のギター&ボーカルの加納秀人がスタジオでゲスト出演してくれた。



秀人との関係は1993年からである。礼儀正しく家族を愛している真面目なアーティストにしか見えない。言葉の外道とは大違いである。長年会っていなかったが、昔同様、真面目さと礼儀正しさは変わっていない。

午後のゲストは、あの「Love is Over」でヒットを飛ばした伊藤薫である。1972年に出会い、1977年に水越けいこの作品作りで薫を作家に起用してから、彼と二人三脚の音楽人生を5年間ぐらい歩んだだろうか、薫は俺と同じアレルギー体質で喘息を持っていた。

四季の変わり目の体調の狂いからくる喘息は、持っている者にしか分からない苦しさがある。二人とも真面目で真摯な生き方は同じだが、生きた道は山と海ぐらい違いがあった。

音楽の道は、まるで蟻の巣のように複雑怪奇である。兄弟が楽器を弾いていたとか、近所の兄ちゃんが聞かしてくれたレコードとか、間違えて楽器屋に入ってしまったとか、この道に入ったきっかけは、人それぞれ千差万別のようだ。素直に自分と音楽の関係を見つめると答えは出ない。

音楽を好きだという人は、音楽をやらない方が幸せだと思う。スポーツとか音楽で身を立てようとしたら、好きだけではすまないことが分かる。売れなければアーティストも会社も共倒れになるからだ。

では売れるとは、いろいろな現象が重なり合い、人工的かつ自然的な現実を受け止めることである。生まれて初めてのヒットに対する感性は20代ででき上がると思う。30代では濁りが出る。40代では偶然性が高い。ヒットはアベレージが大事である。

松田聖子は好きと嫌いがはっきり出る。50メートル先のテレビでも、彼女の顔や態度で喜怒哀楽が察知できる。吉田拓郎、泉谷しげる、沢尻エリカ、沢田研二、ビートたけし、なぜだか感情の振り幅が大きい人ほど売れるような気がする。しかし家族や友達にこんなタイプがいたら、多分疲れてしまうのではないだろうか。

マネージャーで敏腕といわれるタイプは、マゾではないかと思う時がある。いうなれば、子供を相手にしているようなものだから、相手の毒を全て吸ってあげるぐらいの気持ちがなければ、できない仕事である。もしかしたらインドのマハトマ・ガンディーのような、非暴力不服従を精神にできる人間が、マネージャーに向いているのではないか。

加納秀人、伊藤薫に我がままを感じないのは、もうその時代を超えて、アーティストより人を大切にしているように感じるからだ。そしてその彼らの意識が、今の俺に心地よく受け止められる。

それは老いたとは思えないし、鈍ったとも感じない。ただ、互いに幸せでいることが、人生最大の目的であると悟ったからではないだろうか。


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春の嵐【2008年04月11日(金) 】

ぽかぽか陽気もあれば道に壊れたビニール傘が散乱する日もある。

この頃の天気模様は何だか自分の人生のように感じる。
3月末に行った海軍道路の桜も嵐のような風に吹き飛ばされてしまった。
花の命は短しと言うが人生も似ているかもしれない、
良いことは短く辛いことのほうが長い。

昔トラック島に行ったことがあった。ミクロネシア連邦の赤道直下の島である。
昼間は暑いので出歩く人は少ない夜になると人々は動き出す。
子供たちも夜海岸で蟹や貝を取っている。

グアムからプロペラ機で行くのだが
空港には豚やニワトリが放し飼いになっている。
飛行機が着く寸前に係員が豚とニワトリを横のほうまで追いやっている。
なんとまあほのぼのとした光景だが
今考えると、飛行機が豚と衝突したら
えらいことになっていたのではないかと思う。

食べ物には不自由しない島である。
庭には豚とニワトリを放し飼いにして、
バナナやパイナップル適当な野菜がかってに育つ。

腹が減ったら適当に料理をして食べる。
四方が海なので釣りも簡単に出来る。
そんなノー天気な生活は疑うことを知らない人間を作る。
今の都会ではこんな考え方でいたら即死する。

最近彼らのことをよく思い出す。
きっと少しセンチになっているのだろうか、
仕事をするときは敵味方がはっきりするのは当たり前だが
この生活に疲れを感じる時があるが、
それは年のせいなのかそれとも気弱になっているのか・・・
毎週お袋のところに顔を出しているのだがお袋は花が大好きである。

部屋の中にいくつもの花が咲いているベランダは、花の鉢だらけである。
数年前いっしょに行った沖縄で、
5センチほどの花の茎をティシュに包んで持ち帰った。

その小さな茎が、今は大きな鉢に入りきれない程の大きさになり
綺麗な花を咲かせている。
お袋の自慢の一つである。


お袋はあの時のトラック島の人々に似ているのではないかと思う。
近所のおばさん達のオアシス的立場になっている。
行くといつもお菓子やら果物がある近所の人が持ってきてくれるらしい。

こんなに近くにあの時のトラック島があったとは嬉しい限りである。


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海軍道路の桜道【2008年04月05日(土) 】

我が家から15分も走ると瀬谷から16号に抜ける、桜で有名な海軍道路が走っている。

毎年米軍が主催して1万人ぐらいの桜祭りのイベントが開かれる。
昨年は寒さがひどく桜の蕾しかなく一輪たりとて咲いていなかったが、今年は暖冬のせいか3月29日の土曜日は満開の桜を楽しむことができた。


1時に中央林間の駅にお袋を迎えに行った、いざ海軍道路と張り切って出発する。
裏道を通ったにもかかわらず道路はごった返していた、駐車場に入れられたのは2時を回ってしまった。

先に2人を下ろしてパーキングに回すのだが50メートルおきに米兵が丁寧に案内をしてくれる。
昭和20年8月15日から10年間ぐらいでは考えられない対応である。
それも片言の日本語で「こちらです、だいじょうぶです」丁寧にサポートしてくれている。

ようやく車を止めて家内の携帯にかけて居所を聞き、食事にありついた。帰りは家内が運転してくれるので、気兼ねなく売りに来た黒人兵からバドワイザーを3本買った。

家内が「去年ここのスペアリブおいしかったよね」と言い2本の大きなスペアリブを買ってきた。
黒コショウの利いたリブに持ってきた醤油をかけて、バドでからっぽの胃袋に流し込む。
まるで大藪春彦の本に出てきそうな台詞である。

和太鼓や東海大のチアダンス部などがひっきりなしにパフォーマンスを披露している。
少し寒くなったときにトリを務めたのが黒人女性ボーカルを中心としたロックバンドであった。

2年前に白人の女性ボーカルのバンドを見て上手かったのは覚えていたが、今回のバンドは群を抜いて上手い。
ナンバーも1960年代から70年代のロックを軽々歌いこなす、びっくりしたのは吉田美和の「どうしてこんなに」を流暢な日本語で歌いだしたのである。

吉田美和の歌唱は日本人離れしているのは分かるが、黒人の喉の凄さにはただ溜息がでるばかりである。
横のお袋を見るとリズムを取って乗っているではないか、流石にロックバンドを幼き頃から育てたお袋と思い感謝が蘇る。

肌寒くなりお袋の身体を気遣い桜道を後にした。
来年も再来年も元気なお袋とこの桜を見たいと一途に思う。



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墓参り【2008年03月26日(水) 】

先週の土曜日にお袋と家内の三人で三ツ沢にある萩原家の墓参りをした。
春分の日の翌々日と言うこともあり墓参ラッシュであった。

15分ぐらいでお参りをして三人で野島の寿司屋に向かった。
島寿司と言う名前だが地元では結構有名な店である。

家内が運転を代わってくれるのでビールから始まり冷酒に移る。
地のものは流石に美味い。
今日取れた鯛の刺身は類をみない旨さである。

食べ終わり海沿いを腹ごなしに散歩をした。
その日は日差しも強く半袖でも平気な気温であった。

海沿いの公園に腰をかけて夏島を久しぶりに見る。

伊藤博文が作った大日本国憲法はまたの名を夏島憲法と呼ぶ。
何のことは無い金沢八景の妾の家で書いたから夏島憲法と名づけたらしいがどうせなら妾の名前でも付けてやれば良かったと思うが、英雄色を好むとは太古の昔からの伝統芸なのだろう。

水面には何と言う鳥か分からないが小さな波に漂っている。
「いいな俺もあんなふうに漂ってみたいな」

この海は小学校の夏休み中毎日のように来た。
高校時代は夜中にバンド仲間と酒を野島で酌み交わした。
勿論今のように埋め立てられる前の話である。

お袋はアサリ取りが大好きである。
血を受け継いだのか俺もアサリ取りとなると無心で取り続ける。
五月になると野島は潮干狩りで海岸は家族連れで賑わう。

運河の近くには釣り船屋がひしめいている、三時を過ぎた頃に釣り船が戻って来た。
釣り士達が笑顔で船から下りてくる。
きっと大漁だったのだろう。

帰り道、お袋が一軒の釣り船屋のお上さんと話をしはじめた。
生海苔とワカメを買っているのだ。
どういうわけかチラッと見ただけで海苔とワカメを探し当てる。
それも滅茶苦茶に安い。
今日取れたワカメが重さで3キロぐらい、生海苔が1キロぐらいの重さであるが両方で千円である。

帰りにお袋が殆どのワカメと生海苔を土産に持たせてくれた。
帰ってからワカメを茎と葉っぱに分解して茎は醤油とだしに酒を入れてほんの一本鷹の爪で煮る。
これは酒のつまみにうってつけである。

残りの葉の部分は今日食べる分を残して熱いお湯にくぐらせる色が群青色から真緑に変わる。
そして水気を切れば出来上がりである。

残りは試してみたいことがあった。
釣り船のお上さんがワカメのしゃぶしゃぶはおいしいと言っていたのを小耳に挟んだ。

早速、豚肉ときのこと生ワカメを用意して食してみた。
初めてのワカメのしゃぶしゃぶは予想以上に旨い。
たれはポン酢をつけたが梅肉を合えたものでもいけると思う。

また一つ旨いものを発見した。
春の訪れは海の幸を食せば感無量で味わえる。



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ハギ♪シホの音楽夜話【2008年03月19日(水) 】

泉谷しげると共にステージに上がった。
舞台の袖から見る会場は3千人ぐらいに思える。
スタッフに位置について下さいと言われドラムのやまだいに上がる。
幕がスローモーションで上がっていく。
観客の声が脳天からつま先に抜けた。
ドラムソロから始まるオープニングはベードラを踏み込んだときがスタートとなった。
「俺は今から空中を泳ぐイルカになる」とわけの分からない妄想の世界に入って行く。
35年も前の出来事であった。

ハーイ5秒前、「やっと皆さんにお会いすることが出来ました。ハギこと萩原克己です。」「藤田志穂ことシホです」
初めてのディスクジョッキー。
読売新聞社の中にあるG+のスタジオから始まった。

リハーサルで自分の書いた原稿が時間をかなりオーバーしてしまった事を知る。
頭の中でどこをカットするかを決めるが慣れない自分のもどかしさで自信が消えていった。

休憩でトイレに行き鏡に向かって頬にビンタを入れる。
「お前、何やってんだよお前の持ち味は獣になることだろ」
肝が徐々に下りてきた。
「すいません、頭のしゃべり5分ですね。カンペで三分前から出してください。」
徐々に俺らしくなって行く。
しかし、自分として出来は小学校クラスである。
「クソ、ブースで笑ってんだろうな」

途中でゲスト出演の加奈崎芳太郎が入ったと連絡が入る。
一時間後にゲストとのトークシーンの撮りに入る。
「かなやんありがとな」
「ふざけんなよお仕事お仕事」
俺に気を使い緊張の糸を切らずに会話をくれる。

4月5日22時50分からのオンエアーである。



27歳から31歳頃まで毎日のようにTBSのパックインミュージックに顔を出していた。
夜9時から夜中の3時までである。
その後、朝まで制作会社のディレクターや他社の宣伝マンと麻雀を打った。

深夜放送から育った人々は多い。
今のTV業界の重鎮の位置を占めている。
パックインミュージックの本番が始まり、DJが
「今日、天気が良いのでワーゲンのカブリオレで中央高速を飛ばして来ました」
するとディレクターが
「バカヤロー高速を飛ばすなんて矢沢永吉しか似合わないんだ、お前は嘘でもいいからここまでチャリンコできたぐらいのこと言えないのか」

そのディレクターとは無二の親友だったがある時から消えた。
収録中にそいつのことを思い出しあいつが俺に駄目出しをくれる想像をした。
あいつは俺のことをかっちゃんと呼ぶ。
「かっちゃん、駄目だよ相手の心の中で破裂するしゃべりじゃなきゃ、ベトナム戦争がお題だったらかっちゃんのベトナム戦争だろ、本に書いてあるようなこと自慢げに知識を出したところで視聴者にはもろばれだぞ」
心の中の友は俺を助けてくれている。
「分かった背伸びしたってしょうがないもんな、俺の番組だ自由にしゃべる嫌だったら見るなてな感じだろ友よ」
「そうそうそれがかっちゃんだよじゃーまたなじゃましたな」
心の中から消えていった。

最後に加奈崎芳太郎の歌撮りが終わり惜しみなく拍手を送る。
「お疲れさまでした」
スタジオに大勢の人々が入って来る。
全身の力が抜けていった。

その後久しぶりでかなやんと飲んだ。
美味さと苦さが交じり合った酒の味は妙にやさしく包んでくれた。



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恐怖のエスカレーター【2008年03月12日(水) 】

三日前に半蔵門線の渋谷駅で上りのエスカレーターに乗った。
途中、真ん中まで行くと急にとてつもない音量で金属音が30秒ぐらいなった。
いったい何があったのだとエスカレーターに乗った乗客は不安な顔である。

ようやくトップまでくるとエスカレーターの真ん中がえぐりとられていた。
よく怪獣が金属をむしりとる、あんな絵である。


1時間ほどで用を足して駅に戻ると10人の警備員と技術者がエスカレーターを五段ぐらい分解して直している最中であった。
警備員の一人に「事故現場にいたのですが何が原因だったのですか?」
すると警備員はめんどそうに何か間に詰まったみたいだなと言った。
しかし、事故直後5秒のときには挟まった様子などなかったと思う。

その時思ったことは列車事故やエスカレーター事故など公共の事故はこんな感じで起こるのだと感じた。
あの事故で誰か怪我をしていたら東京メトロの対応は変わっていたと思うが、怪我人が出ないとあっさり何も無かったように片付けてしまう。

そう言えば十年前ぐらいの話だがテレビを見ていたらテレビが爆発したことがあった。
某メーカーのものだがその時そのメーカーにテレビが爆発したと言ったら30分後には技術者が来てあっという間にブラウン管を取替え帰って行った。
勿論お金もとらないし爆発したブラウン管とか証拠になるものは全て持っていってしまった。

今なら直ぐに消費者センターとかに連絡を取るのだがその時は被害者感覚はなく馬鹿正直に直れば良いやと思ったのだろう。
そこで学習した。

後に乾燥機のドアノブが壊れゴムバンドで乾燥機を縛って使っていた。
電気屋にドアノブの交換を頼むと電気屋が言うにはドアを全取替えしないと駄目だと答えが返ってきた。
いくらだと聞くと二万円ぐらいですとシャーシャーと抜かしやがった。
頭にきたのでメーカーに電話をして大体乾燥機のドアノブなんて普通の扱いで壊れるものかと切り込み、家には猫が三匹いるがもし猫が乾燥機に飛び込み死んだらお前どうするのだと滅茶苦茶な言いがかりをつけた。

すると向こうの対応が変わりやはり30分後に技術者が来てドアを一枚取替えに来た。
お金は出張費の2千円だけで済んだ。
アメリカでは賠償責任の重さは高いが日本はまだまだ遅れている。

日本人の習性としてトラブルに巻き込まれるのが嫌だという感覚が見過ごしてしまう生き方を選んでしまうと思う。
今の世の中は世知辛いと思うことが多いが自分の正義感と野次馬根性がミックスした性格はたまにあだになることも多い。

春がもうそこまで来ている。
いい事が一杯ありますようにと最近はせつに願う。



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