東京のSUNRISE【2010年07月28日(水) 】
ぼっと上がった太陽はまるで線香花火の落ちるときのようです。
あの太陽が30分後にはギラギラと燃え盛る。
でも、地球はあなたのおかげで生きています、害虫も、人間も。
二度と天動説など唱えません。
だから、突然の雨、ゲリラ豪雨をせめて、レノンが愛した永遠なるアイドルにあやかり、ゲバラ雨ぐらいにしてください。

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猛暑日の夜 【2010年07月27日(火) 】
冷房が効いている部屋はだいたい25度から26度だろう。
暑さは人それぞれの感覚だが、昔のクーラーもない生活を思い出すと、
日本人の意識のなかから、我慢の意識が消えてしまったのではないだろうか。
昔は暑ければ暑いほどうれしい夏休みを過ごしたような気がする。
大人になり暑さが苦痛になった。
今の子供達は暑さを楽しめるのだろうか。
日本の夏を思い出す。

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馬鹿と利口【2010年06月24日(木) 】
「馬鹿」の語源について、嘘か誠か面白い文献を発見した。紀元前210年中国の秦の時代。二代目皇帝、胡亥(こがい)の話である。始皇帝の側近で権力者の趙高の押しで胡亥は皇帝になれたそうだ、胡亥に趙高は馬をプレゼントしたのだが送られてきたものは鹿だったらしい、皇帝がこれは鹿ではないかと側近に言うと、趙高を恐れた者達が「いいえ。これは鹿ではなく馬でございます」と提言したらしい。ここから言語が出来たとはかなりあやしいが「馬鹿」の語源として酒の与太り話としては面白い。
生まれが横浜なので若い時から「馬鹿」は日常茶飯事使ってきた。比較で言うと「馬鹿」は普通語である。上級になると優しいところで、死んじまえ、消えちまえ、クズ。まだまだあるがここいらへんの言語にはまだ少し愛情を感じる、言い方の中に怒りを感じるからである。もしも「馬鹿」の最大級があるとすれば、言い方は怒りの感情を捨てて、あくまでもクールに「馬鹿」の同意語を話し会いの核にすることである。個人的な話し合いなら、<消えてくれないか><もう忘れたいんだよ>。仕事的なら、<向いてないのかな>。屈辱的にもって行くなら、<少し足りないじゃないか>。これは脳みそをさしているが、あくまでも差別としての意図はない。
なぜ、今回は「馬鹿」にこだわったか・・・。音楽業界も経済の悪化の渦に巻き込まれるのは必須である。派遣切り、契約社員切りが終わりここから正社員切りが始まる。エレックでは26歳で制作宣伝部長職についていた。仕事は売上を伸ばすことと人切りである。夜中、ひとりでリストラ名簿の草案を作った・・・3時を過ぎてリストラの対象とする社員をまとめた。給与、勤務態度、実績、過去の賞罰など自分なりの判断をした。午後に社長と経理部長と進める会議用のレポートである。朝9時に出社。草案の原稿を鍵のかけた引き出しに入れたが鍵はドライバーでこじ開けられ草案は盗まれていた。その夜から<萩原をぶっとばす会>が発足したという話しを聞いた。エレックは会社としての構造に大きな問題があった。しかし売り上げは上げた、リストラの準備の最中でもあった。損益を弾いても倒産には至らないと確信していたが、やはり過去の超過債務とどこに切ったかあやふやな手形の束。やはり倒産は逃れられなかった。
メジャーレコード会社でこだわりをもって契約社員として勤務。その後に行ったメジャーレコード会社の社員に落胆した。25年程前にそこで聞いた格言が「死んでも離すな主任の席」。組合員の格言的フレーズ。主任は組合員であり、基本的には組合に守られ残業代もつくが課長は職制であり組合員から外れ残業代も付かない。そのため、入社から退社まで主任を貫く社員が多くいた。取締役に意見を求められれば、おざなりかとんちんかんな答えを返す。
そう言う方々とたまに飲みに行くと一軒目ではお調子者の馬鹿を演じているが、二軒目から酔いも回り本音を言い出す。「俺さ会社嫌いなんだよ、今、蓼科にペンションの土地買ったんだ、家内と相談して。外資系はシビアだから来年再来年で売り上げが下がれば早期退職を募るよな。良い条件だったらすぐにのって第二の人生歩むよ」「職制の話しは無かったんですか?」「何度もあったよ。地方の営業所に飛ばされた時は、東京弁を崩さず話し、なあなあに成らないようにしていたよ。飲み会と営業所コンペに出ない。残業はよほどのことがなければやらない。そうすると、まず一年間で東京に戻される。地方の営業所は横の情報が早いから、俺を欲しいなんて営業所はない・・・」「なんで俺にそんな本音話すんです?・・・それと、そんな人生で、楽しいですか?」「君は契約社員だ・・・。今は社内売り上げNo.1の実力だが、社員名簿上は〔契約社員、アルバイト、その他)〕に属する・・・。俺と真反対の生き方に興味を持ったのかな・・・」
その時、自分の心はアーティストよりだったので彼の気持ちを理解しようと思わなかった。やがて、早期退職希望者の募集があり、彼は45歳にして60歳までの退職金と50歳までの半額の給与、厚生年金をゲットし退職した。年賀状のやり取りで、夫婦での山女釣りや山菜つみの写真を幸せに向かう生き様の違いを見せつけられた。三十代前半の話しである。一昨日国立競技場の周りを歩いていると顔に似た木を見つけた。その表情が何となく28年前を思い出させてくれたのかもしれない。
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at 18:58
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ネコ談議【2010年05月31日(月) 】
−ルーシー姉さんの従姉妹はたしか沖縄に貰われたんですよね?−そうなのよ、あの娘ネコテレパシー強いから週一ぐらいでネコテレ来るわよ。
−嘘っぽい話ですけど、ルーシー姉さんは「今から1時間で萩原家全員帰って来るわよとか、当たる予想言いますもんね」。
−チャィムもレオもお坊ちゃま扱いで育ったから、外の世界を知らないまま勘が鈍っちゃったのよ。
−そんなもんですかね、テレパシーってのは。
−そうそう沖縄でなんかもめてんですか?

−そうなのよ。今までは沖縄の夜はジェット機の爆音で安眠出来ないって、しょっちゅう従姉妹からネコテレが来てたんだけど、これからは静かになるからうれしいって連絡があったの。でも、何だかダメになっちゃたらしいのよ。
−何でですか?
−あんたらみたいなお坊ちゃまができもしないことを沖縄に言って、結局あとはシ〜ラナイって逃げちゃったらしいの。
−そいつは誰なんですか?
−なんだかウソツキ鳩らしいわよ。
−チャィム、なんですかその鳩、食べちゃおうぜ。−兄さん、鳩って美味しいですか?
−そうだな。何か食べたら食あたりしそうな鳩みたいだしな。
−あんたらやっばり脳天気ネコね。みんなで従姉妹に元気でいてねってネコテレ送ろ!
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at 14:23
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ふっと・・・【2010年05月21日(金) 】
翌日着る洋服は前日パジャマに着替える前に決めている。長袖のトップスに半袖ポロシャツを重ね着してグレーのパーカーを上に羽織る用意をした。けさ七時半に窓の外を見ると真夏日の気候、急いで長袖トップスを止めた。

10時のアポイントを終え、池尻大橋から事務所に向かう。途中に池尻稲荷神社が池尻の交差点沿いに建立している。池尻神社の歴史は古いらしい。350年前にこの辺は池尻村と池沢村の産土神(うぶすながみ)として信仰された。
久しぶりに参拝をしたのだが、二拝二拍手一拝が直ぐ出てこない。最初に二拍手から始まり、心の中でスミマセン、「今のはリハ」と言うことでともう一度やらして頂いた。

これから梅雨がきて夏が始まる。季節の移り変わりは生活の中で感じる。洋服や食べ物、そして芽吹いた木々から新緑に移り変わる。事務所の窓から見える空は心の洗濯になりそうな水色です。
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at 16:28
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連休ですね【2010年05月06日(木) 】
窓から見る空が綺麗でようやく春が来た。60歳になって初めての春はちょっと切ない気持ちになる。昼は暖かくても夜は寒くなる。若い頃はVANのチェックの半そでシャツにLEEのジーンズをはき、フクゾーのトレーナーを肩越しにはおり本町をねり歩いた。朝目覚めて初めに口にしたものは、今年お初の苺であった。春の果物といえば苺が定番ではないだろうか。

午後に行きつけのジムに行く。ジムにインドアのゴルフレンジがあって、そこでバーチャルゴルフが体験できる。スクリーンに打ち込むのだが、やってみるとなかなかおもしろい。ドライバーをめちゃぶりしてかなり飛ばしたと思っても、出てくる数字が情けない。ふにゃふにゃヤードしか飛んでいない。
一時期ゴルフにはまり、週に3回行っていた時期もあった。オフィシャルハンディで12を取ったときは自分を天才と思い、5下ハンディも夢ではないと週5回の練習場通い。寝てもさめてもゴルフ漬けの毎日を過ごしたが、その分仕事が遠くに行き、家族からも仕事仲間からも冷ややかな目をされていたことも気がつかないほどアホな時代を過ごした。
今では年間2〜3回コースに出れば良いほうである。ゴルフが上手いおじさんから、ビールと柿の種で飲みながらテレビで遼くんを応援するおじさんになってしまった。

夜、イタリアンを食べたくなり近所の鮮魚市場でノドグロと大アサリや香草を仕入れ、アクアパッサァとイタリアンオムレツを作り、娘たちに好評であった。連休はチョコチョコ仕事が入っていてどこか遠くに旅することは出来ないのだが、近所の川沿いの公園でも散歩でもしようかな。
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at 12:41
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料理編二章 鶏の次は、ハンバーグ【2010年04月28日(水) 】
長女は8時帰宅、長女は食べたい食材には妥協がない。嫌いな野菜はピーマン、炒めものに少量入れても、帰って来て「料理にピーマン入れたでしょう」。玄関のドアを開けた瞬間に言われるぐらい自分の食べたいものにこだわる。
次女はティムバートンの作品に興味があるらしく「BIGFISH」を絶賛。「アリスインワンダーランド」に期待度が高かったらしいが、帰ってから映画の感想を言わないのはちょっと自分が想像した作品でなかったのか。
映画監督とワインは似ている。ワイン好きは、好きなシャトーからの葡萄をドメーヌがどう仕上げるかが生きがいである。毎年の葡萄のできを気にしているのは、ドメーヌだけではなく、ワイン好きも関心を持っている。
最高の四季を迎えた年のワインを知るには葡萄作りにはつらい年もある。その時のワインを飲んでこそ良いテロワールから仕上がる。日照期間が短く、気温が上がらず、糖度が低い時でも、毎年おなじ努力をしているドメーヌ達はワインの出来を自然に委ねるしかない。
映画作りや音楽作り、アスリート達、アーティストと言われる人種は同じ道を歩む。努力は当たり前。先日野村監督がスカウトマンに「努力なしで早く走れる奴、最も遠くに飛ばせる奴、どんな球でも打つ奴を探して来い」と言っていたTVを見た。努力でイチローや松井にはなれない。
自分を知る、それがその人間の生きる価値ではないだろうか。順風満帆なんて死語になったのかもしれない、おっと、話をハンバーグに戻そう。
材料は合挽肉800グラム、おろしニンニク、ナツメグ、全卵二個、黒胡椒、顆粒コンソメ。まずは新玉ねぎ一個をみじん切り、あめいろになるまでオリーブオイルでソテーして、余熱を切る。合挽肉におろしニンニクとナツメグ、コンソメそして全卵二個を加え余熱のとれた玉ねぎを加え練り込む。800グラムを四個に分け、小判型にBIGハンバーグにする。
帰ってきた娘達に合わせて焼きはじめる。フライパンであらかじめ焼き目をつけたらオーブン、コンベックで8分180度で焼く。この8分でほうれん草とパンチェッタ、ホワイトマッシュルームをオリーブオイルとバターで炒め、黒胡椒と微量のコンソメで味を整える。
しかし次女が帰宅したときは付け合わせのほうれん草とパンチェッタのソテーはなくなってしまったので、新ジャガ芋とパンチェッタとホワイトマッシュルーム、パセリで付け合わせを作った。何となく幸せな料理を作った気がする。
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at 19:16
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久しぶりの料理【2010年04月23日(金) 】

鶏モモ肉を2キロ位使うのだが、1枚の鶏肉を4等分してニンニク、コンソメ、黒コショウ、白ワインに2時間位漬けておく。ジャガイモを薄くスライスしてオーブン用の鉄板にオリーブオイルをひき一面に並べる。
黒コショウとコンソメをふんだんにかけて、その上に先程の鶏肉を並べ、ローリエを少し隠し味程度に入れる。180度の温度で40分焼き上げるが、皮をパリッと、しかも中をジューシーにするにはコツがある。
2~3回アロゼをする。鉄板を傾けて鶏から出た油を皮にかけるのだが、2キロの鶏肉を出して素早くアロゼをするのは力仕事である。しかし焼き上がった時の充実感はたまらないものがある。

酒屋で珍しい芋焼酎「魔界への誘い」を見つけた。まるでヘビメタのようなタイトルの焼酎だが、これがまた旨い酒である。半分を娘たちに残し、イザ出陣と言う感じで友人宅に行った。
終電で家に着くと「遅いぞ…こんな時間までどこに行ってたんだ」と言う雰囲気で我が家の猫どもがガンを飛ばしてくる。しょうがないから家でも一杯飲み始め、猫どものご機嫌を取ることにした。
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at 16:54
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22日木曜日【2010年04月22日(木) 】

話は変わるが、シミズオクトで3月26日に講演を行った。講演タイトルは「アナログからデジタルへ」。紀元前4000年前のメソポタミア文明時代にユーフラテス上流から見つかった金銀を散りばめた楽器や、エジプト文明紀元前3000年前のナイル川付近で見つかったオーケストラのレリーフから、配信までの流れであるが、最後に私見であるが時代は違和感が形成すると言いきり終演にした。
プレスリー、ビートルズ、ローリングストーンズなどは時代の違和感を代表していたはずである。日本でも大なり小なり違和感のあるアーティストが成功を収めている。サザンオールスターズが出てきた時、スニーカーにタキシード姿を大人たちはこぞって馬鹿にした。
テーゼそしてアンチテーゼ、第三としてジンテーゼが支配し、ジンテーゼがテーゼとなり、アンチテーゼが表れ、ジンテーゼが支配する、の繰り返しに過ぎない。
簡単に言うと、Aくんがテーゼとしてランチはハンバーガーを食べに行こうと言うと、Bくんがライスじゃなくちゃいやだと言い出す。これがアンチテーゼ。するとCくんが、ではライスバーガーで行きましょうと言う。これがジンテーゼになる。
例えにかなり無理があるが、ヘーゲルの弁証法を自分勝手に解釈した(アホですみません)。現在はテーゼとアンチテーゼが乱れているが、違和感とはジンテーゼではないかと思うのだが…それにしても今日は寒い。
こんな話を考えていたらハンバーガーが食べたくなった。近所にアメリカン風レストランZESTがある。そこのバーガーは絶品である。
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お花見に行きました。【2010年04月12日(月) 】
日曜日に座間の海軍通りに家族と母親とでお花見に出かけたのですが、その日はまるで冬のような気温。ダウンや毛布を持参して完全防寒の用意をして行きましたが、それでも凍るような花見になってしまいました。

奈良時代は梅の花見が主流で、平安時代から桜に変わったようです。三寒四温とは言え、まだまだ寒い日々が続いています。我が家ではコタツとヒーターの前を猫たちが奪い合っています。早く本当の春が来ますように願っています。
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at 13:12
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