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雪が降る【2010年02月08日(月) 】

東京の空から冬の便りが届いた。如月とは絹を更に着ると言うことから命名されたと聞く。
都会でダイヤモンドダストが見られたらと思うが、氷点下10度以下でなければ見られないのは残念至極。日本の行く末の汚さを覆い隠さんばかりの大雪が今年は降るのではないだろうか。

相撲協会の自堕落な結末。朝青龍を追い込むのは良いが、若貴兄弟の醜聞、時津風部屋のリンチ事件、大麻事件などなど、朝青龍を追い込む前にお前らが襟を正せと相撲協会に言いたい。国技を語る前に倫理をやり直せという気持ちが強い。

楽しくない日本、世界で人気のない日本、国民をだましている日本、誰が、いつこの国を糺してくれるのだろう。「小沢さんトカゲのしっぽ切りは通用しませんよ」てなことってどうなんでしょうか。節分が終わり風が変わると信じているが、新聞を読むたびにJAL、トヨタと日本を代表する企業が背水の陣に追い込まれているのはなぜか。

先日、普天間の基地移転の話を友人と語ったが、自分の意見は基地を北方領土に持って行くのがベストと言ったら笑われた。北朝鮮にも近く、ロシアとの共同になるし一挙両得と思うが、しょせん浮世離れの語りと酒でごまかす。日本が黒船になるのはいつのことやら…。

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先輩の葬儀【2010年01月26日(火) 】

先週、桐ケ谷斎場にて先輩の通夜に参列した。
昭和21年生まれと記憶している。63歳での他界は残念であった。斎場を友人と出て中目黒の焼鳥屋で軽く一杯やろうとタクシーで向かった。

ユニバーサルレコードがポリドールと呼ばれていた頃、池尻大橋に六階建のビルを構えていた。ビルは目黒川沿いにあり、春の桜のシーズンには絶景をかもしだしていた。この焼鳥屋に来るとそんな春の情景を思い出す。

先輩とは1992年頃に出会い1995年まで職場をともにした。最初の二年間ぐらいは、はたから見てもけして仲の良い関係ではなかったが、後にいっしょに飲む間柄になった。今考えてみると自分が子供だったと後悔する。上目線でものを言われると直ぐに反抗したくなる気質はエレックで培ったハングリー精神と勘違いしたお調子者である。

エレックを出てから社員になることを辞めた。契約社員のほうが自分にあっていると思ったからだ。固定給プラス歩合(印税)、固定給は米、歩合はおかずという考え方である。社員になればリスクはなくなるが、自分を殺さなければならなくなると思ったのである。アーティストは愛せても会社を愛すことが出来ない性格だからかもしれない。

ポリドール時代にはこの焼鳥屋によく出入りしていた。日本で二番目に旨いと書かれた看板がある店である。

友人と先輩の話を肴に鳥鍋を食し、焼酎を4〜5杯飲んでそこで友人と別れた。帰り道が池尻大橋駅なので、そこから歩いて10分ぐらいである。まだ10時を少し回ったぐらいなので一人で池尻大橋近辺のいきつけの飲み屋に寄った。めったにない黒装束姿にマスターが「誰か亡くなったのですか?」。「うん、先輩がね」。

一人カウンターで飲んでいるとマスターが麦酒を小さなコップに入れてくれてキャンドルを灯してくれた。「お友達の分です」。涙腺が緩んだ、わけもなくポリドール時代を思い出す。

昨日、桜ケ丘にあるスタジオに行った。裏通りを歩くともう梅が咲いているのを見つけた。三月には先輩と三年半いた目黒川沿いのポリドールも跡形もなく消えたが、桜だけは今年も咲くことでしょう。先輩、ご冥福をお祈りします。

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今年はどんな年かな!【2010年01月14日(木) 】

噂によると六白金星は今年良いらしいが、去年買ったジャンボ宝くじは見事に外れた。まぁ〜去年買ったのだから仕方がないと自分に言い聞かせたが、もしかしたら三億円!と夢見ていたのにとため息が出る。同じようなため息をもらした人は日本国中たくさんいるだろうな…。

さっきYahooニュースにJALがストップ安で7円まで下がったと載っていたが、あの日本航空がこうなるんだと、時代が暗黒の海に突入して行くのを感じる。音楽業界も5,500億円を売り上げた時代があったが、昨年は2,000億円を割り込んだ。今年は自分の勘だと1,000億円以下になるのではと危惧する。

何が悪いのか。政府か国民かそれとも世界がおかしくなって来ているのか…。今日本を強くするには何が必要なのだろう? 

交通手段を24時間にすることを昔考えたことがある。犯罪率は高くなるが、そんなことを言ってる時期ではないのではないだろうかと思う。日本国中を不夜城の如くすれば、ある意味GDPは上がるのでは、それと発展途上国の子供が食糧難や病気で死んで行くならいっそ子供たちを日本に移住させ、25年後に日本の技術を持たせて帰国させるのは一つの選択肢ではないだろうか。その間に団塊の世代は消えていくのだから、少子化をグローバルに考えても良いのではと思う。

日本の次に中国や韓国が少子化のつけが回って来るのだが、日本の行く末を見て参考モデルにしようと考えているのだろう。中国の富裕層は日本の食材を買っている。日本の商品の安全性は世界でも認められている。

今は日産エルグランドに乗っている。その前はBMWやレンジローバーに乗っていたが、すぐにどっか壊れてメンテナンスでは随分金を使わされた。国産にかえて故障の恐怖からは解放された。日本人のマメさが成し得た技術の賜物だろう。10年前なら売り手が買い手に渡した時に商売は成立したのだが、今の時代では売り手は売った後でも、買い手が困っていないか、またリピーターとして来てくれるのかまでがビジネスになった。

音楽産業も1889年にエミール・ベルリーナが円盤式の蓄音機を発明してから121年間しか経っていない。フランス人の女性ジャンヌ・カルメンさんは122歳の長寿記録を持っている。音楽産業の121年間はこうして考えるとまだ幼児期時代に過ぎないのでは考える。1996年頃に初めて携帯電話を買った。誰もが携帯電話なんて手塚治虫が描くおとぎの国の話だと思っていたが現実となっていった、インターネットも同じである。文明は日々変わっていく。しかし人の心は文明では変えられないのではないだろうか、自分自身いつまでもアナログ派でいたいと思う。

書き終えて、中盤に書いた発展途上国の子供を日本に連れてきて支援活動することも一つの施策では、と書いたがあくまでも世界の子供の安全や健康を考えた上での文章であることをご理解頂きたい。19世紀南北戦争以前の奴隷社会を意味するものではない。

PS.次女が成人になった。親バカなのか近所のスーパーで友達とプリクラを撮っているとメールを貰い、ひと目見たさにスーパーまで行って来ました。

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明けましておめでとうございます。【2010年01月05日(火) 】

旧年中はブログの進展が遅く、皆様方にいいかげんな男と見られましたことを深くお詫び申し上げます。昨年12月に還暦を迎えたことをブログに掲載いたしましたが、60代になり初めての正月です。実は今、12月31日PM6時です、一人寂しく事務所にてブログを書いています。

今夜は「彩冷える」のカウントダウンライブに行きます。「彩冷える」の出番はジャスト12時だそうです。その前に「なんでも鑑定団」を昨年退社致しました光森プロデューサーから連絡があり、今日どこかで会いませんかとお誘いの電話がありました。9時頃に会い、ちょこっと一杯引っかけて、いざ会場の「C.C.lemonホール」にかけつけます。

そう言えば2010年は寅年ですね。僕は17日遅く生まれていたら、寅年生まれだったんですよね。この17日間は僕の人生において大きな違いを作りました。例えば、1949年生まれと1950年では何かが違うような気がするし、昭和20年から24年までが団塊の世代と位置付けられているし、結構この17日間は時代の節目ではないのかと考えてしまいます。

ネコとトラは同じ種族です。我が家のネコは幸せ者(ネコ)です。人間様よりヒーターの前を分捕り、コタツでは中が熱すぎるので周りのコタツ布団を陣取ります。




そう言えば4〜5日前の話ですが、いつも冷蔵庫の上を好みのアジトにしている我が家のおてんば娘ルーシーが、最近太ってきたために、冷蔵庫の上に上がる途中、1メートルぐらいの高さからものの見事に滑って落っこちたのです。そうしたらバツが悪いらしくソファーの後ろに逃げ込んでしまいました。

2010年が皆様にとって明るい年でありますように心から祈っています。本年も宜しくお願い致します。

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還暦をむかえました【2009年12月21日(月) 】

12月15日に60歳になりました。近所のレストランZESTにて3社合同忘年会&還暦パーティーを致しました。

当日は100人を超す招待者で楽しいパーティーができ、友人に感謝しているしだいです。昔、60歳なんてすぐに来ると大人がよく言っていましたが、還暦を迎えてみると、本当に光陰矢の如しだと感じます。

唄の市が終わりほっとしたかったのですが、12月9日に獨協大学法学部の学生に著作権と著作隣接権について講演することを引き受けていたので、心はそわそわした状態で、唄の市が終わっても頭の中は支離滅裂でした。
講演も無事済み、15日の忘年会は音楽のあるパーティーにしたかったのでステージを作り、PA&照明を入れて、ちょっと豪華な演出を致しました。

24歳までドラマーとして生きた時代があります、その当時のメンバーが駆けつけてくれました。彼らはまだまだ現役です。20人ぐらいがステージに上がりましたが、自分は歌を忘れたカナリヤですので、みんなの演奏を楽しく聞いていたところ、旧知の友、生田敬太郎くんが克己くんいっしょにステージやろうと言ってくれたので、36年ぶりにスティックを手にしました。

が、やはり36年のブランクは永かった、何をやったのか今は思い出せないぐらい目茶苦茶なステージをやってしまいました。60歳になって好きなことをもっとやろうと決めていたので、この恥を活かしもう一度ドラムを始めようかと思っています。もし演奏するようなことがあればブログで紹介させて下さい。

Posted at 15:49 | この記事のURL
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エレック唄の市2009【2009年12月14日(月) 】

久しぶりにブログを書いています。
正直ここ一カ月忙しすぎてブログを書く暇がなかった、と言うより書く心境になれなかったのが本心です。


泉谷しげる、加奈崎芳太郎、生田敬太郎、佐藤公彦(ケメ)、Char、浦沢直樹、和久井光司バンド、中西康晴、そして我がエレックの新人ザ・アウトロウズが出演するエレック唄の市2009が行われた。

往年のメンバーと和久井、浦沢とCharそして名ピアニスト中西、大阪色まるだしのザ・アウトロウズ。実に35年ぶりの唄の市である。

企画自体は8月から始まったのだが、コンサートがこれほどエネルギーを使うとはつゆ知らず、終わって約2週間経った今、ようやく自分が戻って来ている。



コンサートの内容は、12月20日(日)22時、21日(月)16時、26日(土)11時、1月2日(土)11時、4日(月)16時の5回、CS放送日テレG+にて放映されます。よかったら見てください。

60歳を超えた爺さんどもがなぜにこんなにパワフルなのか、信じられなくなります。まだまだ書きたいことは募っているが今日はこのぐらいにしておきましょう。

Posted at 21:06 | この記事のURL
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仲間と【2009年10月29日(木) 】

昨日、半年ぶりにゴルフに行ってきた。昔からの仲間との交流会のようなものである。年齢も昭和24年生まれで今年還暦を迎えた者ともうすぐ迎える自分と若手一名でのプレーとなった。

昼食時に加藤和彦さんの死去した話題が出た、健康談議で軽くビールを飲み、会話をしていると、友人の一人が若干うつ病にかかっていると言いだした。

実は自分もその傾向があることを告げた。激務と経済的な不均等は心をむしばむ。その他にも身内の不幸や仲間の裏切り、健康上の不安…。生きていると重い軽いは別として経験をするうつ病。どう対処すればよいのだろうかと思案して、朝起きてジムに行き、1時間半汗をかくことを5年前から決めた。

肉体が辛くなるほどに体を酷使すると、その間は心が楽になる気がする。8年前に嫌なことがあり2年半ぐらいか心を病んだことがある、朝起きると心拍数が上がり不整脈を起こす。何をするのもおっくうで冷や汗を絶えずかいている状態が続いた。

自殺が最近多発しているがうつ病が原因になることは多々あるのではないか。世の中の不景気風は新型インフルエンザのようにまん延してきている。老いれば挫折など青臭いものはさらばと思っていたが、老いの中にも挫折はあることを知った。希望の先細りは誰のせいなのかと政府を睨んだところでハトに水鉄砲のようだ(深い)。

TVを見ていると老後の蓄えを狙っている猫とアヒルがいる。♪不幸ネコだっせ、悪態をつくのはこのぐらいにする。

腹が立つ、いらいらする、泣きたくなる、空虚を感じる。それでも生きる、何のために、死にたくないから。こんなことって若き日に考えただろうか。詩を書きたくなった、30分しかない田園都市線の中で、書いた詩です。

泣いて生まれてくる命
まだ、まだ星でいたいのか
空に舞う鳥よ、デイゴの丘で待っていると
月がおしえてくれた
愛しい人の星が生まれたと
雲よ夜空をかくしておくれ
雨ようそだと言っておくれ
淡い風に旅立った愛しいひとは元気だと

デイゴの花に生まれたい
愛しいひとよ鳥になれ
私の種を宿っておくれ
だれもいないデイゴの島で
花になって花になって

ひとは笑いを知ったとき
愛しいひとに会えたとき


Posted at 17:01 | この記事のURL
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六本木ヒルズにて【2009年10月13日(火) 】

なぜか六本木ヒルズには興味がなかった。あんな処は田舎者の行くところで、わざわざ足を延ばして行くこともあるまいと思っていたが、ひょんな事からヒルズに行くことになってしまった。

彩冷えがゲームアクションと言う映画に出演して、舞台挨拶がヒルズにあるシアターにて行われるらしく、弟分のMクルーの代表森崇君に誘われたのである。



ここ数カ月彩冷えのメンバーの顔も見ていないので、表敬訪問も兼ねて、いざ六本木ヒルズに向かう。日曜日の午後ともなると人の海と化しているヒルズは我が身の置き場のないシチュエーションである。

何とかシアターに着き、楽屋へと案内され、メンバーに会う。23本のツアー中であり、残りは後わずかと言うことで、メンバーの顔にも安堵の兆しが見受けられる。バンドはやっかいなもので5人編成ならその5人の誰が欠けても演奏は不可能になる。若者に自己管理とやかましく言う親爺がいるが、自分は言う資格がないことを重々承知している。

映画が始まった。タランティーノのフロムダークティルドーンを思い出させるような映画である。ようするにゾンビ怪奇映画とコメディーが合わさった内容である。しかしこのシアターは日本一豪華ではないだろうか、ジョニー・デップも舞台挨拶をしたシアターと言うことで一躍有名になった。

映画も終わり楽屋に挨拶に出向いたが、彩冷えとファンの握手会に時間がかかるようなのでお先に失礼させて頂いた。来る時には感じなかったが、表に出ると街の変化にとまどうばかりである。

誰が予想しただろうか、高層ビルが遊び場になることを。自分の六本木はバブルで散ったが、今なおも進化を感じさせられる。進化が良いことだけとは思わぬが、旧態依然とした体質より良い。後10年たったらこの街はどうなっているのだろうか。街だけではなく日本が、と言ったほうが正しいのかも知れない。

Posted at 10:51 | この記事のURL
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久しぶりにネコタマカフェ【2009年09月29日(火) 】

ちょいと気になる看板娘ネコが店前で手まねきをしているのでついつい入ってしまった。自由奔放とはこんな感じなのかなと思えるほど店の中を凛として歩き回り、高見の見物でもするように指定席に陣取る。


最近ちょいと心配ごとが多い。
実は「エレック唄の市」を計画している。泉谷しげる、加奈崎芳太郎、生田敬太郎、佐藤公彦、Char、中西康晴等で35年ぶりの企画である。

これだけのメンバーが集まることは未だかってないことである。11月28日九段会館の予定であるが、出演者が高齢であるために心配事は山ほどある。しかし、エレックレコードを再び立ち上げたときからの夢であった「エレック唄の市」。

若き日に九段会館、杉野講堂、日比谷野音に詰め掛けた若者も還暦世代となっている。あの頃は自由と平等を掲げ、大人を忌み嫌い生きていた。その先にあったものは何だったのだろうか、蜃気楼か白日夢かもしれない。

これまで度々、エレックレコードとは、と質問され、「偶然と運、そして追い風とささやかな情熱」と答えてきた。

元の鞘は無いことは重々承知だが、過去を払拭するか慈しむかは己の身が知ることだろう。俺にしてみれば短文だが、今は躁鬱の世界にいるようだ。

それは所謂地獄の躁鬱とは違い、若き日に描いた妄想から始まる躁鬱なのかもしれない。

Posted at 19:56 | この記事のURL
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諏訪への旅【2009年09月08日(火) 】

8月29日、岡谷市にあるカノラホールで加奈崎芳太郎のリサイタルが行われた。エレック唄の市の相談もあり、お袋とかみさんとで二泊三日の旅行を計画、諏訪湖畔のホテルを予約した。

当日は車を使い中央高速の諏訪で降りたが、土日と言うこともあり、予想通り道路は込んでいた。事前にかみさんにホテルの予約を頼んだが、月末の観光地は込んでいた。ホテルも満杯でようやくホームページで予約出来たが、一泊ずつ違うホテルに泊まることになってしまった。

加奈崎芳太郎のリサイタルを親子で見るのは初めてである。流石にエレックナンバーワンの歌唱と言われていた通り、素晴らしい歌声に観客は酔いしれている。

コンサートが終わり、ロビーにてサイン会が行われた。長蛇の列が片付く。最後のサインが終わりカナヤン(加奈崎芳太郎)とようやく会話が出来た。「克己、二次会来れるだろう」「お袋といっしょなんで明日カナヤンの空いた時間で会いたいな」。

「お袋さんに挨拶させてくれよ」と言われカナヤンをお袋に紹介した。いつもの毒舌カナヤンが嘘のように紳士な態度でお袋と会話をしている。元々シャイのかたまりなのだからこのカナヤンが本物だろうと心の中でクスッとしてしまった。

翌日、諏訪大社に寄り参拝しておみくじとお守りを買った。神社にかけられているしめ縄の大きさにびっくりした。しめ縄にはおもしろい逸話がある。しめ縄は本来麻で作るものであるが、麻と言えば大麻と関係がある。日本の神社には多くの祭りごとがあって、奉納祭、収穫祭、他、しめ縄を燃やすのも行事の一つらしい。



百姓が不作や飢饉で生きる活力がなくなった時にしめ縄を燃やすと、辛いことが忘れられると言う伝説がある。それは大麻がしめ縄に入っていたのでは、と推察する。こんな事を書いているとまた誰かに怒られるのでこの辺で話を変える。

諏訪湖半の先に岡谷があり、水門付近にウナギ屋がたくさんあると言う。昼飯は迷わずウナギ屋に直行し、鰻重の特上を注文。待つこと10分、素早く出てきた。どうしてこんなに早く出てくるのか、正直言って二度焼きの疑問を持った。

それと東京の老舗と比べるとたれが甘すぎる。聞くとことによると諏訪近辺は甘辛の煮付けでも砂糖を他の地域より多く使う風習があるらしい。少し不満な気持ちを持ちながらウナギ屋を出た。

北澤美術館に行ってみた。基本的には観光ガイドに載っているような所なので時間つぶしぐらいにしか考えていなかったが、エミール・ガレの作品を見て、ガラスとはこんなにも美しく表現できるのかとガレの世界に吸い寄せられてしまった。

カナヤンと三時半にホテルのロビーで待ち合わせたので、三時にホテルにチェックインした。再会したカナヤンに、昨日のリサイタルは素晴らしかったと感想を述べると照れくさそうに「ありがとう」と言う。カナヤンの顔は大仕事が終わったときの笑顔である。

一時間ぐらいしたときにカナヤンの奥さんがお土産を届けてくれた。ここでも照れが出た。「これはお前にやるんじゃなくて、お袋さんにやるんだからな」。そんな会話で次に会うのは東京だなと言い握手で別れた。

なんとなく湖畔を散歩したくなりかみさんと三十分ぐらい歩いたら鴨が湖から出てきていた。鴨も散歩の時間なのだろうか。夜は花火大会が毎日20分行われると言うので温泉につかり食事をして部屋に帰った。ベランダで目の前で打ち上がる花火を見ていると、夏の終わりを湖畔の風が教えてくれた。

Posted at 21:43 | この記事のURL
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