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萩原克己氏が
レギュラー出演している
スカパー!の音楽番組、
好評放送中!!

4月5日よりスタートしたch.309 日テレG+(ジータス)の新番組 「ハギ♪シホ 音楽夜話」(毎週土曜日夜22時50分〜23時20分)で、 ギャル社長シホちゃんとMCを担当しています。ぜひご覧ください!

武田鉄矢「母に捧げるバラード」からのスタート 【2007年08月01日(水) 】

エレックレコードは、アルバムのイメージが強かった為にシングルヒットを出す力が欠けていた。
そのために広告塔的なシンボルが持てず、アルバムのセールスは勢いにも翳りが見えていた。

この曲は、エレックレコードから1973年に発売された「母に捧げるバラード」海援隊の1973年の大ヒット曲である。
これを機にエレックはシングルヒットを意識するようになった。

あれから34年、武田鉄矢は日本の押しも押されもしない名優になった。
彼を見ていると、人生のターニングポイントをしっかり掴んできた男だと思う。

「母に捧げるバラード」以降、何年かヒット曲に恵まれなかった。
1977年「あんた大将」まで海援隊は冬の時代を迎えた。
武田は、キャバレーを回り皿洗いのバイトまでしたと言う。

同じく1977年に「幸福の黄色いハンカチ」で日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞した。
1979年TBSテレビ「3年B組金八先生」主演。
主題歌「贈る言葉」は海援隊の代表曲になった。

キャバレー時代に現プロダクション「武田商店」の社長は、自分とエレックで同じ釜の飯を食った仲間である。
彼は、武田鉄矢に「お前はスターだ!」と辛い時期に言い続けたことを聞いたことがある。

山田洋二監督と高倉健の目の前に立ちしがみついてでも取ろうとした役、花田欽也。
この役から彼は、一人のフォークシンガーとしてではなく役者の道も彼の一部となった。

今日、7月31日「裾野会」武田鉄矢に集う1997年から開催され続けているゴルフコンペに参加した。

目の前に居る武田鉄矢は、アルバムの中で僕がドラムをたたいた「母に捧げるバラード」の武田鉄矢はではない。
けして悪い意味ではない。

若く、エレックレコードで売れなければ駄目になる、自分を戒め全てを未来に賭けるが空回りする時間は辛い。
あの時の彼は壊れそうな自身と隣り合わせだったと思う。

朝、彼と軽く挨拶をする。
笑顔は役柄と変わらない。
気を使えなかったあの時代から、気遣いが体に染み込んだ人柄には成功が彼を作ったことを伺える。

自分のゴルフの成績は、ここ何年かで最低のスコアーだった。
名のある女優やオリンピックの金メダルリストと、華々しい参加者の中で久しぶりに力が入ってしまった。
まだ俺は若い、そう言い聞かせた。

帰り道、千葉の東総有料道路を通る。
無人料金所にアメリカ映画のようなコイン箱が設置されている。
まるで賽銭箱のようだ。

200円を投げた。
チャリン・・・明日も晴れるといいな。


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コメント


キャッ〜今回はブログの内容も熱いけど、コメントも熱いです〜有難うございます。
>深い池の中で立ち泳ぎをしながら笑っ>ているようなものです。
知人の空間デザイナーもそういうことを行っておられました。
その時は白鳥が例えでしたが・・・
話し変わって・・・自己紹介のブログの笑顔の写真も、いい笑顔!!男前っ!!武田氏とのツーショットは、スリムボディでダンディですが少し雰囲気が違いますが、少しお痩せになりました?
Posted by:ミルフィーユ  at 2007年08月03日(金) 20:03

ミルフィーユ様
けして華やかではありません。武田鉄也が言っていましたが「ここにいる人々は明日の分からぬ水商売です」その通りです。うわべとは違い深い池の中で立ち泳ぎをしながら笑っているようなものです。
まぁ、スコアーは、ナイショです。

まんなみ様
僕は苦労なんて来なければ一番幸せだと思います。
しかしもし苦労が来たら逃げずに受け止めれば良いと
思っています。
いま、松井秀喜著書「不動心」を読んでいるのですが
手を骨折して恐怖や焦りを克服していく姿勢に心を打たれました。
人に夢を与える職業は、自分が敵なんでしょうね!
まだまだ自分にはそこまでの悟りは出来ません。
スコアーでうじうじしてるぐらいですから。

エロス宮澤様
阿久悠先生が亡くなったのは僕にとってもショックな出来事です。
ペッパー警部でピンクレディはブレイクしました。
あの曲は冒頭でペとパとブの爆発音で全ての作詞の常識を変えました。
詞が空を飛ぶ、まさに翔ぶ作詞家でした。
ご冥福を祈らせて頂きます。
Posted by:エレックレコード社長・萩原克己  at 2007年08月02日(木) 15:45

さすがに顔が広く、お忙しい中、エネルギッシュ!
萩原さんの人生経験や現在の活動に改めて
敬服いたします。
昨日、阿久悠さんが亡くなられました。昭和の偉人達がどんどん星になって行きますね。「歌は世代を超えて行き続ける・・・」
今後のご活躍に期待しております。
Posted by:エロス宮澤  at 2007年08月02日(木) 09:56

「母に捧げるバラード」のドラムは、萩原様がたたいていらしたのですね

>武田は、キャバレーを回り皿洗いのバイトまでしたと言う。
娘一号はそんなハングリー精神はないような??(冷汗)

運もありますが・・・
やる気があるかないか!?でも、成功率が違ってくるのでしょうね〜
芸能界も芸術の道も厳しいですよね(^_^;;)

「まだ俺は若い!」と思われるのは、元気の源だと思います。
次のゴルフ頑張って下さいね
Posted by:まんなみ  at 2007年08月02日(木) 00:36

楽しく華やかなネタ〜
芸能界の香りがプ〜ンと漂って参りました。
>まだ俺は若い、そう言い聞かせた。

戸籍年齢はさておき、心の若さは思いのままに・・・・見た目年齢は個人差大きいですよね〜さて・・・そのスコアーは?
なんて意地悪書きません〜
エロス宮澤氏、暑さでバテちゃったんでしょうか?おーーい〜
Posted by:ミルフィーユ  at 2007年08月01日(水) 22:49





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