餃子VSシウマイ 【2008年01月24日(木) 】
昨夜、仲間と餃子談義をした。
ビールには餃子が合うと言うことから羽餃子、手羽先餃子と話は発展していった。
よく行く中華屋は昼時には満杯である。
肉野菜炒め定食やラーメン、タンメン焼きそば、チャーハンそして餃子もよく出るのだが、チャーハンと餃子とかタンメンと餃子とかどちらかと言えばサブメニュー的な存在である。
なぜならば餃子定食を頼む客は殆どいない。
昨夜も北海道出身のデザイナーの彼も、餃子で飯を食べる習性は無いと言う。
餃子の歴史は古く、紀元前6世紀春秋時代にはもう餃子が存在していた。
日本には満州を通じて入って来たそうだ。
餃子のライバルはシウマイだと思う。
シウマイと呼んでもシューマイと呼んでもどちらも良いそうだ。
シウマイのイメージは弁当のオカズが定着している。
崎陽軒が作ったシウマイ弁当の影響だろう。
1920年に崎陽軒の野並茂吉社長がシウマイを大々的に売り出したのである。
崎陽軒のシウマイは言わずとしれた横浜の名物であるが、元々は南京街のつきだしで使われていた。
野並さんはシウマイをこれはいけると踏んで開発に開発を重ね冷めてもおいしいシウマイを作り上げた。
シウマイはご飯のオカズにも酒の共にも合う。

なぜシウマイは餃子にこんなにもリードされてしまったのだろう。
シウマイだったら昼食べてもニンニク臭はないしどの中華屋でもシウマイを置けば良いと思うのだが、なぜシウマイをひいきするのかと言えば餃子に嫌な思い出がある。
若き頃、新宿の中華屋での出来事であった。
その中華屋は二階立てで我々のバンドはその中華屋は安いし旨いのでちょくちょく利用していた。
我々のマネージャーと称する者がギャラを持ち逃げしたのである。
我々は金も無く一杯のラーメンを食べるのが精一杯であった。
演奏帰りにその中華屋に寄った。
二階でメンバーの一人がラーメン一杯では腹が満ち足りず隣の席で残した餃子を手で食いだしたのである。
もちろん二階には我々しか居なかったが思わず「みっともないから止めろ」と言うと「お前、何気取ってんだ」と言い返された、悲しかった。
あの時以来、餃子をどこか心の中で避けてきたのかもしれない。
生まれが横浜のせいか横浜駅東口にあった崎陽軒を思い出す。
今ではオシャレなレストランだがあの頃は古びたビルの中で営業していた。
幼き頃、嫌いな親父と食べた塩味の五目ラーメンとシウマイの味は未だに忘れてはいない。
帰りにお土産として買ったシウマイの中にあるひょうちゃん、ひょうちゃんは小さな醤油入れである。
小さな陶器に書かれたひょうきんな顔は思わず和んでしまう。
母親はそのひょうちゃんをとっておいてお弁当に醤油入れとして再利用していた。
こんな話を書いていたらシウマイでも買ってたまには家で一杯行きたくなった。
その頃、食い意地の張った三匹の猫たちは神通力を出し合い「ダンさん、シウマイもいいですけど出来やしたらチャシューなんてのも酒のお供に合うと思いやすが、そのきれっぱしで結構ですから少しおすそ分けをして頂ければ我々三匹玄関までお出迎えに参りますが、それ祈れニャン」
※萩原氏が執筆した「エレックレコードの時代II」(CD付き単行本)、2007年12月22日より発売開始!
※およそ35年前の萩原氏も登場する「エレックレコードの時代」(CD付き単行本)も熟割にて絶賛発売中!
ビールには餃子が合うと言うことから羽餃子、手羽先餃子と話は発展していった。
よく行く中華屋は昼時には満杯である。
肉野菜炒め定食やラーメン、タンメン焼きそば、チャーハンそして餃子もよく出るのだが、チャーハンと餃子とかタンメンと餃子とかどちらかと言えばサブメニュー的な存在である。
なぜならば餃子定食を頼む客は殆どいない。
昨夜も北海道出身のデザイナーの彼も、餃子で飯を食べる習性は無いと言う。
餃子の歴史は古く、紀元前6世紀春秋時代にはもう餃子が存在していた。
日本には満州を通じて入って来たそうだ。
餃子のライバルはシウマイだと思う。
シウマイと呼んでもシューマイと呼んでもどちらも良いそうだ。
シウマイのイメージは弁当のオカズが定着している。
崎陽軒が作ったシウマイ弁当の影響だろう。
1920年に崎陽軒の野並茂吉社長がシウマイを大々的に売り出したのである。
崎陽軒のシウマイは言わずとしれた横浜の名物であるが、元々は南京街のつきだしで使われていた。
野並さんはシウマイをこれはいけると踏んで開発に開発を重ね冷めてもおいしいシウマイを作り上げた。
シウマイはご飯のオカズにも酒の共にも合う。

なぜシウマイは餃子にこんなにもリードされてしまったのだろう。
シウマイだったら昼食べてもニンニク臭はないしどの中華屋でもシウマイを置けば良いと思うのだが、なぜシウマイをひいきするのかと言えば餃子に嫌な思い出がある。
若き頃、新宿の中華屋での出来事であった。
その中華屋は二階立てで我々のバンドはその中華屋は安いし旨いのでちょくちょく利用していた。
我々のマネージャーと称する者がギャラを持ち逃げしたのである。
我々は金も無く一杯のラーメンを食べるのが精一杯であった。
演奏帰りにその中華屋に寄った。
二階でメンバーの一人がラーメン一杯では腹が満ち足りず隣の席で残した餃子を手で食いだしたのである。
もちろん二階には我々しか居なかったが思わず「みっともないから止めろ」と言うと「お前、何気取ってんだ」と言い返された、悲しかった。
あの時以来、餃子をどこか心の中で避けてきたのかもしれない。
生まれが横浜のせいか横浜駅東口にあった崎陽軒を思い出す。
今ではオシャレなレストランだがあの頃は古びたビルの中で営業していた。
幼き頃、嫌いな親父と食べた塩味の五目ラーメンとシウマイの味は未だに忘れてはいない。
帰りにお土産として買ったシウマイの中にあるひょうちゃん、ひょうちゃんは小さな醤油入れである。
小さな陶器に書かれたひょうきんな顔は思わず和んでしまう。
母親はそのひょうちゃんをとっておいてお弁当に醤油入れとして再利用していた。
こんな話を書いていたらシウマイでも買ってたまには家で一杯行きたくなった。
その頃、食い意地の張った三匹の猫たちは神通力を出し合い「ダンさん、シウマイもいいですけど出来やしたらチャシューなんてのも酒のお供に合うと思いやすが、そのきれっぱしで結構ですから少しおすそ分けをして頂ければ我々三匹玄関までお出迎えに参りますが、それ祈れニャン」
※萩原氏が執筆した「エレックレコードの時代II」(CD付き単行本)、2007年12月22日より発売開始!
※およそ35年前の萩原氏も登場する「エレックレコードの時代」(CD付き単行本)も熟割にて絶賛発売中!
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http://salon.stage007.com/elecrecords/tb_ping/47
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Posted by:エレックレコード社長・萩原克己 at 2008年01月27日(日) 18:26
今回は、餃子とシュウマイ。またまた雑学知識を頂き
ありがとうございます。私は幼少の頃より崎陽軒の
シュウマイに慣れ親しんで、シュウマイ弁当の大ファンです。海鮮シュウマイも中華街で食べたことがあり
おいしかったです。肉まんなどコンビ二で売っているのにシュウマイは?やっぱ日陰の存在なのでしょうか?
ありがとうございます。私は幼少の頃より崎陽軒の
シュウマイに慣れ親しんで、シュウマイ弁当の大ファンです。海鮮シュウマイも中華街で食べたことがあり
おいしかったです。肉まんなどコンビ二で売っているのにシュウマイは?やっぱ日陰の存在なのでしょうか?
Posted by:エロス宮澤 at 2008年01月25日(金) 09:53


そうですね、シウマイは餃子ほどポピュラーではないですね。崎陽軒の崎陽は長崎の事らしいですよ。崎陽軒の社長は長崎から横浜に来たんですね、そういえば長崎も港町だし海外との交流で栄えた街ですしきっと中国から長崎そして横浜中華街とのコラボレーションによりパーフェクトなシウマイが完成されたと思います。