いざ、リバー富士カントリークラブへ 【2007年06月06日(水) 】
5月30日水曜日、天気予報では100%雨であったが、静岡県富士川付近では
午前中は富士山がはっきり見えるほどの快晴であった。
先々週の札幌でのゴルフから数日のうちにまたゴルフに行くなんて
ここ数年考えられなかった。
昔は、といっても約17年ぐらい前にこのクラブでオフィシャルハンディ12を取った。
その頃は自分で言うのはおこがましいが85以上を叩くと気分が悪くなった。
それが今では100叩かなければいいや、と考える、ゴルファーになってしまった。
ゴルフをメンタルなスポーツと言う人が多いが、俺はそうは思わない。
スコットランドで1457年にゴルフ禁止令が発令された。
兵隊がゴルフばかりやって働かなくなってしまったそうだ。
元々は羊飼いが曲がった棒で羊の糞や小石をモグラの穴に
どちらが早く入れられるかという単純なゲームだったらしいが、
それが紳士のスポーツとなりマナーを重んじなくてはいけない物になってしまった。
しかし、糞をモグラの穴に入れることから始まったゴルフを
どうしてもメンタルとは思えない。
今回のメンバーは一人欠席したために、3人で回る事になった。
江戸屋レコード社長石田洋一、天才ギターリストCharこと竹中尚人である。
腕はCharが群を抜いて上手い。
昔はハーフで2個ぐらいハンディをあげていたのに
今じゃハーフ3個もらっても敵わない。
Charと俺の関係は古い。俺が23〜24歳の時に恵比寿の
ヤマハ音楽振興会に出入りしている頃からの付き合いである。
隣の練習室でクソ生意気なギター小僧がいた。
またこれがメチャクチャに上手い、当時スモーキーメディスンというグループの
ギターリストであった、ジェフベックグループを完コピする上手さである。
そこから付き合いが始まりエレックに引きずり込み、
あおい輝彦やまりちゃんズなどのレコーディングに参加してもらった。
後に彼はソロになりブレイクしていくのだが、
エレック当時におもしろいエピソードがある。
確か、あおい輝彦のステージのバックをCharと一緒にやったとき、
リハーサルが終わりCharのギターを隠してしまったことがあった。
「克己さん俺のギター知りませんか」
「知るわけね〜だろ管理が悪いんだよ、管理が!」
本番5分前にCharのギターを出してきて、
「あそこにあるのはお前のギターじゃねえか、お前ちゃんと探したのか」
その時のCharは半べそになっていた、てな感じで結構いじめた。
その話を未だにCharは俺にしつこく言うのである。
NSPの天野滋が2005年7月1日に療養中の病院にて脳内出血で死去した。
大腸ガンで闘病中でありながらも、精力的に全国ツアーや諸活動を続けていた。
Charのデビュー曲ネイビーブルーは天野滋の作品である。
俺もNSPの「汗」とか色々ドラムでレコーディングに参加していたので
天野滋を送る会に出席した。
約250人で埋め尽くされた会場には中島みゆきや細坪基佳、
大石吾郎他、大勢のアーティストが集っていた。
Charがステージに呼ばれた。
天野滋の愛用していたギターギブソンハミングバードを手にした。
「誰かこのギターの弦取り替えた?
そうだろうな、誰もこの弦切れるまで取りかえられないよな、
俺のデビューアルバムで天野君は詞のフレーズで“民家”と入れた、
俺はロックミュージシャンとして“民家”はないだろうと言ったが、
今はこの“民家”と言うフレーズが大好きです、
歌います“空模様のかげんが〜悪くなる前に〜”」
Charのデビューアルバムの中から天野滋の作品が歌われた。
年に一度ぐらいしか会わなかったが、エレックを少し手伝って欲しくて
連絡をした、気持ちよく俺のホームコースに来てくれた。
50歳を過ぎたロッカーはまだまだいける。
ドライバーをギターに見立て引く真似をしながら
「俺のドライバーはフェンダーだぜ」とちゃめる。
いっしょに回っていると昔に返ってしまい、
何だかもう一度ドラムに手を出したくなってしまう。
ラウンドを回りクラブハウスに戻りコーヒーを一杯飲んで、
各自が東京に向かった。
※およそ35年前の萩原本人も登場する単行本「エレックレコードの時代」。
熟割にて絶賛発売中!
≫詳しくはこちら
午前中は富士山がはっきり見えるほどの快晴であった。
先々週の札幌でのゴルフから数日のうちにまたゴルフに行くなんて
ここ数年考えられなかった。
昔は、といっても約17年ぐらい前にこのクラブでオフィシャルハンディ12を取った。
その頃は自分で言うのはおこがましいが85以上を叩くと気分が悪くなった。
それが今では100叩かなければいいや、と考える、ゴルファーになってしまった。
ゴルフをメンタルなスポーツと言う人が多いが、俺はそうは思わない。
スコットランドで1457年にゴルフ禁止令が発令された。
兵隊がゴルフばかりやって働かなくなってしまったそうだ。
元々は羊飼いが曲がった棒で羊の糞や小石をモグラの穴に
どちらが早く入れられるかという単純なゲームだったらしいが、
それが紳士のスポーツとなりマナーを重んじなくてはいけない物になってしまった。
しかし、糞をモグラの穴に入れることから始まったゴルフを
どうしてもメンタルとは思えない。
今回のメンバーは一人欠席したために、3人で回る事になった。
江戸屋レコード社長石田洋一、天才ギターリストCharこと竹中尚人である。
腕はCharが群を抜いて上手い。
昔はハーフで2個ぐらいハンディをあげていたのに
今じゃハーフ3個もらっても敵わない。
Charと俺の関係は古い。俺が23〜24歳の時に恵比寿の
ヤマハ音楽振興会に出入りしている頃からの付き合いである。
隣の練習室でクソ生意気なギター小僧がいた。
またこれがメチャクチャに上手い、当時スモーキーメディスンというグループの
ギターリストであった、ジェフベックグループを完コピする上手さである。
そこから付き合いが始まりエレックに引きずり込み、
あおい輝彦やまりちゃんズなどのレコーディングに参加してもらった。
後に彼はソロになりブレイクしていくのだが、
エレック当時におもしろいエピソードがある。
確か、あおい輝彦のステージのバックをCharと一緒にやったとき、
リハーサルが終わりCharのギターを隠してしまったことがあった。
「克己さん俺のギター知りませんか」
「知るわけね〜だろ管理が悪いんだよ、管理が!」
本番5分前にCharのギターを出してきて、
「あそこにあるのはお前のギターじゃねえか、お前ちゃんと探したのか」
その時のCharは半べそになっていた、てな感じで結構いじめた。
その話を未だにCharは俺にしつこく言うのである。
NSPの天野滋が2005年7月1日に療養中の病院にて脳内出血で死去した。
大腸ガンで闘病中でありながらも、精力的に全国ツアーや諸活動を続けていた。
Charのデビュー曲ネイビーブルーは天野滋の作品である。
俺もNSPの「汗」とか色々ドラムでレコーディングに参加していたので
天野滋を送る会に出席した。
約250人で埋め尽くされた会場には中島みゆきや細坪基佳、
大石吾郎他、大勢のアーティストが集っていた。
Charがステージに呼ばれた。
天野滋の愛用していたギターギブソンハミングバードを手にした。
「誰かこのギターの弦取り替えた?
そうだろうな、誰もこの弦切れるまで取りかえられないよな、
俺のデビューアルバムで天野君は詞のフレーズで“民家”と入れた、
俺はロックミュージシャンとして“民家”はないだろうと言ったが、
今はこの“民家”と言うフレーズが大好きです、
歌います“空模様のかげんが〜悪くなる前に〜”」
Charのデビューアルバムの中から天野滋の作品が歌われた。
年に一度ぐらいしか会わなかったが、エレックを少し手伝って欲しくて
連絡をした、気持ちよく俺のホームコースに来てくれた。
50歳を過ぎたロッカーはまだまだいける。
ドライバーをギターに見立て引く真似をしながら
「俺のドライバーはフェンダーだぜ」とちゃめる。
いっしょに回っていると昔に返ってしまい、
何だかもう一度ドラムに手を出したくなってしまう。
ラウンドを回りクラブハウスに戻りコーヒーを一杯飲んで、
各自が東京に向かった。
※およそ35年前の萩原本人も登場する単行本「エレックレコードの時代」。
熟割にて絶賛発売中!
≫詳しくはこちら
Posted
at 13:47
| この記事のURL
コメント(2)
| トラックバック(0)

