ハングリー精神 【2007年07月17日(火) 】
「好物は何ですか」と聞かれたら「豚シャブ」と叫ぶ。
何でこんなに豚シャブが好きになったのかは、記憶はさだかでない。
しかし、あの油がちょこっとついた豚肉を濃い目のポン酢で食べた瞬間に、記憶がなくなるほど恍惚に浸る。
なぜ、こんなことを書いているかというと、今は金曜日の夜八時に一人寂しく原稿を書いている。
休みが連なっているので今日中に原稿を書くことにしたのだが、ここは事務所である。
ようやく煎餅二枚とクッキー一個を発見したが、それを食べたら余計、食欲に火がついてしまった。
頭の中でたらこと鰻や冷やしトマトが、かけっこをしている。
空腹はけっこう限度にきているが、この後サッカーを見るために事務所を離れられない。
一人でピザと言う手もあるが、ビールがつき物である。
今ビールを飲んだら、原稿を忘れそうになる。
22歳頃の話だが、合歓の郷の音楽院に居た時の話である。
二年間の合宿生活の中で、インスタントラーメンのおもしろい食べ方を発見した。
ようするにラーメンは食べたいのだが、後片付けがめんどうだ。
後片付けをしない方法があるだろうか、としばし考えた。
その方法を自分であみ出した。今から伝授します。
まず、箸とスプーンを持って洗面所に行く。
洗面所のお湯を出しっぱなしにする。
ある程度、お湯が熱くなってきたら麺を入れて麺を柔らかくする。
限度の熱さになったら洗面台の排水の蓋を止める。
注意事項は排水溝に麺を箸とスプーンで落とさない事が肝心である。
適度にお湯をためその中に麺とスープを合わして、それを箸とスプーンで食べる。
最後までスープは飲めないが、食べ終わった後そのまま流せば良い。
洗い物の手間も要らない。その後に顔も洗えるし、歯も磨ける。
実に合理的かと思ったが、この方法で夜中食べていたら院生の女生徒にかわいそうと言われこの食べ方は止めた。
自分で料理を作るのも趣味の一つにしている。
得意料理は、イタリアンとかナンチャッテフレンチである。
鶏の丸焼きは年三回ぐらい作る。
前日にしこみ、鶏の腹の中の細かい血合いのようなものを綺麗に取り、白ワインとニンニクや塩で全体に味付けをして半日冷蔵庫で寝かし、ガーリックライスの詰め物をする。
オーブンに入れ約2時間半付きっきりで火の調整をする。
ジャガイモと人参を鶏の下に敷くのだが、40分ぐらいで一度野菜は出してしまう。
後に焼きあがった鶏と合体させる。
いつ頃に料理に興味を持ったかというと、34歳ごろであった。
札幌に仕事に行き、帰りに大きな生鮭を買ってきてしまった。
家に持って帰ったのだが、かみさんは魚を捌けない。
どうすんのよ、と詰められ夜九時から一人で鮭の解体を始めた。
腹子を取り醤油漬けにして、身は切り身にして塩鮭にした。
頭は氷頭にして、残りは三平汁を作った。
窓の外は朝日が昇り、あの時の達成感から料理の道の端っこを歩く事23年目になる。
しかし、あの時、鱗を撒き散らし、いくら掃除してもどこからか出てくるので、かみさんは若干切れていた。
前に使っていた事務所は、外人専門の高級マンションを3社で借りていた時期があった。
そこの厨房はなんとフランス製のオーブンや冷蔵庫が備え付けで、毎日そこで料理の訓練をした。
例えばフィレ肉のパイ包み、フレンチの料理本に旨そうに掲載されているものである。
よし、これを作ろうと思い挑戦するのだが、高価な材料で失敗したらどうしようと思い、あの頃は欠食児童の若きバンドマンが入れ替わり立ち替わり出入りしていたので、賞味期限ギリギリの中国産とかメキシコ産、ブラジル産の牛の肩肉をキロ800円ぐらいで肉のハナマサで買った。
それを多分日本一安い一本250円の白ワインにつけて塩コショウして、最初に軽くソテーして、その後にパイ生地に包み焼くのである。
焼きあがった時は感動的なルックスになる。
但し肉の硬さは半端じゃない。
若者の歯でなければ食い千切れない硬さであるが、腹の減った若者はその肉を喜んで食べてくれた。
勿論、自分で食べる時は彼らを実験台に使って練習した成果を出す為に、百グラム800円ぐらいの肉で作った。
これは流石に旨い。
まぁ、このように努力を重ねて色々な料理に手を出した、鱸の香草焼き、若鶏の小悪魔風、等。
自分なりの考えだがこの若鶏の小悪魔風を作ったときに、何で小悪魔風なんだろうと思ったが料理してみてその答えが分かった。
丸鶏の骨を抜いてフライパンもしくはオーブンで焼くのだが、骨を抜いて上から見ると、なぜか足の方を頭にするとバイキンマンに似ている。
これだ、アメリカのマンガの悪魔そっくりだったのでこの名前を付けたのだろうとかってに理解した。
料理の話になるときりがないのでこの辺にします。
しかし、空腹も限界にきた。
今だったらキャットフードでもネコ缶でも食べちゃいそうだ。
その時の三匹トリオネコ
「だんなさん、また変なこと言ってるよ。俺らは超能力があるからだんなさんがどこに居ようとお見通しですぜ」
ルーシー「ねぇみんなで賭けしない。だんなさんが真っ直ぐ家まで帰ってくるか」
チャイム「博打ですか、たまにはいいですね」
レオ「なに賭けるの」
ルーシー「そうね〜、ベランダでこの前みんなで取ったスズメなんてどう」
チャイム「あのスズメのミイラ独り占めできるんですか」
レオ「ダメ、ダメ」
ルーシー「なんで、なんで」
レオ「だって俺、くっちゃたもん」
ルーシー&チャイム「あんたてネコは本当に自分勝手なんだから」
・・・てな感じで仲間割れの三匹でした。
※およそ35年前の萩原本人も登場する単行本「エレックレコードの時代」。
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何でこんなに豚シャブが好きになったのかは、記憶はさだかでない。
しかし、あの油がちょこっとついた豚肉を濃い目のポン酢で食べた瞬間に、記憶がなくなるほど恍惚に浸る。
なぜ、こんなことを書いているかというと、今は金曜日の夜八時に一人寂しく原稿を書いている。
休みが連なっているので今日中に原稿を書くことにしたのだが、ここは事務所である。
ようやく煎餅二枚とクッキー一個を発見したが、それを食べたら余計、食欲に火がついてしまった。
頭の中でたらこと鰻や冷やしトマトが、かけっこをしている。
空腹はけっこう限度にきているが、この後サッカーを見るために事務所を離れられない。
一人でピザと言う手もあるが、ビールがつき物である。
今ビールを飲んだら、原稿を忘れそうになる。
22歳頃の話だが、合歓の郷の音楽院に居た時の話である。
二年間の合宿生活の中で、インスタントラーメンのおもしろい食べ方を発見した。
ようするにラーメンは食べたいのだが、後片付けがめんどうだ。
後片付けをしない方法があるだろうか、としばし考えた。
その方法を自分であみ出した。今から伝授します。
まず、箸とスプーンを持って洗面所に行く。
洗面所のお湯を出しっぱなしにする。
ある程度、お湯が熱くなってきたら麺を入れて麺を柔らかくする。
限度の熱さになったら洗面台の排水の蓋を止める。
注意事項は排水溝に麺を箸とスプーンで落とさない事が肝心である。
適度にお湯をためその中に麺とスープを合わして、それを箸とスプーンで食べる。
最後までスープは飲めないが、食べ終わった後そのまま流せば良い。
洗い物の手間も要らない。その後に顔も洗えるし、歯も磨ける。
実に合理的かと思ったが、この方法で夜中食べていたら院生の女生徒にかわいそうと言われこの食べ方は止めた。
自分で料理を作るのも趣味の一つにしている。
得意料理は、イタリアンとかナンチャッテフレンチである。
鶏の丸焼きは年三回ぐらい作る。
前日にしこみ、鶏の腹の中の細かい血合いのようなものを綺麗に取り、白ワインとニンニクや塩で全体に味付けをして半日冷蔵庫で寝かし、ガーリックライスの詰め物をする。
オーブンに入れ約2時間半付きっきりで火の調整をする。
ジャガイモと人参を鶏の下に敷くのだが、40分ぐらいで一度野菜は出してしまう。
後に焼きあがった鶏と合体させる。
いつ頃に料理に興味を持ったかというと、34歳ごろであった。
札幌に仕事に行き、帰りに大きな生鮭を買ってきてしまった。
家に持って帰ったのだが、かみさんは魚を捌けない。
どうすんのよ、と詰められ夜九時から一人で鮭の解体を始めた。
腹子を取り醤油漬けにして、身は切り身にして塩鮭にした。
頭は氷頭にして、残りは三平汁を作った。
窓の外は朝日が昇り、あの時の達成感から料理の道の端っこを歩く事23年目になる。
しかし、あの時、鱗を撒き散らし、いくら掃除してもどこからか出てくるので、かみさんは若干切れていた。
前に使っていた事務所は、外人専門の高級マンションを3社で借りていた時期があった。
そこの厨房はなんとフランス製のオーブンや冷蔵庫が備え付けで、毎日そこで料理の訓練をした。
例えばフィレ肉のパイ包み、フレンチの料理本に旨そうに掲載されているものである。
よし、これを作ろうと思い挑戦するのだが、高価な材料で失敗したらどうしようと思い、あの頃は欠食児童の若きバンドマンが入れ替わり立ち替わり出入りしていたので、賞味期限ギリギリの中国産とかメキシコ産、ブラジル産の牛の肩肉をキロ800円ぐらいで肉のハナマサで買った。
それを多分日本一安い一本250円の白ワインにつけて塩コショウして、最初に軽くソテーして、その後にパイ生地に包み焼くのである。
焼きあがった時は感動的なルックスになる。
但し肉の硬さは半端じゃない。
若者の歯でなければ食い千切れない硬さであるが、腹の減った若者はその肉を喜んで食べてくれた。
勿論、自分で食べる時は彼らを実験台に使って練習した成果を出す為に、百グラム800円ぐらいの肉で作った。
これは流石に旨い。
まぁ、このように努力を重ねて色々な料理に手を出した、鱸の香草焼き、若鶏の小悪魔風、等。
自分なりの考えだがこの若鶏の小悪魔風を作ったときに、何で小悪魔風なんだろうと思ったが料理してみてその答えが分かった。
丸鶏の骨を抜いてフライパンもしくはオーブンで焼くのだが、骨を抜いて上から見ると、なぜか足の方を頭にするとバイキンマンに似ている。
これだ、アメリカのマンガの悪魔そっくりだったのでこの名前を付けたのだろうとかってに理解した。
料理の話になるときりがないのでこの辺にします。
しかし、空腹も限界にきた。
今だったらキャットフードでもネコ缶でも食べちゃいそうだ。
その時の三匹トリオネコ
「だんなさん、また変なこと言ってるよ。俺らは超能力があるからだんなさんがどこに居ようとお見通しですぜ」
ルーシー「ねぇみんなで賭けしない。だんなさんが真っ直ぐ家まで帰ってくるか」
チャイム「博打ですか、たまにはいいですね」
レオ「なに賭けるの」
ルーシー「そうね〜、ベランダでこの前みんなで取ったスズメなんてどう」
チャイム「あのスズメのミイラ独り占めできるんですか」
レオ「ダメ、ダメ」
ルーシー「なんで、なんで」
レオ「だって俺、くっちゃたもん」
ルーシー&チャイム「あんたてネコは本当に自分勝手なんだから」
・・・てな感じで仲間割れの三匹でした。
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