「風に吹かれて」大森のライブハウスにて 【2007年09月18日(火) 】
生田敬太郎・龍・とみたいちろう・ジョイントライブが先週金曜日に行われた。
アナザーエレックと言うふれこみである。
頭に龍から始まった。

龍と言っても分からないと思うが、1974年に「エミリア」、その前にキャニオンから「オニオニ島」を、「竜とかおる」でエレックレコードから出てきたアーティスト佐藤竜一である。
龍の才能は、作詩についてはエレックでも指折りであった。
千葉の船橋を根城に活躍をしていたのを、エレックのスタッフが声をかけたのがきっかけであった。
龍とデュオを組んでいた、かおるは後に私の人生に大きく関わってきた。
伊藤薫が本名である。
伊藤薫と組んで水越けいこの「めぐり逢いすれ違い」「ほほにキスして」「Toofaraway」、欧陽菲菲の「ラブイズオーバー」を出した。
2年に渡りヒット賞をポリドールレコードから貰ったのも、彼と組んでのことだった。
薫は龍の影響を多分に受けて作家になったと言っても過言ではない。
龍のステージは、あの頃より凄さをましていた。
龍が終わり、とみたいちろうが龍とブルースを歌いだした。

とみたいちろうは1973年に「12時過ぎのシンデレラ」という曲でヒットを飛ばした。
エレックでの歌唱力はピカイチである。
流石に歌は上手い。
今はCM作家やCMボーカルで生計を立てている。
「大五郎」の歌は彼の歌である。
最後に生田敬太郎が兄貴分として出てきた。

敬太郎のディレクターは自分が担当したので思い入れが強い。
エレックの中で一番音楽のレベルが高いと言われた男である。
敬太郎に関しては泉谷しげる、仲井戸麗市もギターの実力や歌唱力の高さを認めていた。
しかし、あまりにも商業意識が無く、我が道を突っ走るタイプであった。
相変わらずこのライブもブルースを頭五曲聴かされたときには、敬太郎は変わっていないと思った。
今でも思い出す1972年に発売されたアルバム「この暗い時期にも」は、生田敬太郎とマックスとタイトルで記載されているとおり、私がドラマー時代23歳の時に敬太郎とレコーディングした作品である。
新橋の飛行館ビルの中にある飛行館スタジオで、一週間、朝までレコーディングをした。
朝五時に屋台のラーメンをタクシーの運転手に混じって食べたあの味は、今でも忘れられない。
そんな仲間のライブに足を運び、目の前にいるのは元ずうとるびの新井康弘であった。
彼にドラムを教えた。
彼はメンバーの中で一番真面目な男である。
ペコッと大きな挨拶は、あの頃の彼と変わっていなかった。
ライブが終わり10分ぐらいステージの三人と話をして、終電に間に合わなくなるので後ろ髪を引かれながら、固い握手で大森のライブハウス「風に吹かれて」を後にした。
※およそ35年前の萩原本人も登場する単行本「エレックレコードの時代」。
熟割にて絶賛発売中!
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アナザーエレックと言うふれこみである。
頭に龍から始まった。

龍と言っても分からないと思うが、1974年に「エミリア」、その前にキャニオンから「オニオニ島」を、「竜とかおる」でエレックレコードから出てきたアーティスト佐藤竜一である。
龍の才能は、作詩についてはエレックでも指折りであった。
千葉の船橋を根城に活躍をしていたのを、エレックのスタッフが声をかけたのがきっかけであった。
龍とデュオを組んでいた、かおるは後に私の人生に大きく関わってきた。
伊藤薫が本名である。
伊藤薫と組んで水越けいこの「めぐり逢いすれ違い」「ほほにキスして」「Toofaraway」、欧陽菲菲の「ラブイズオーバー」を出した。
2年に渡りヒット賞をポリドールレコードから貰ったのも、彼と組んでのことだった。
薫は龍の影響を多分に受けて作家になったと言っても過言ではない。
龍のステージは、あの頃より凄さをましていた。
龍が終わり、とみたいちろうが龍とブルースを歌いだした。

とみたいちろうは1973年に「12時過ぎのシンデレラ」という曲でヒットを飛ばした。
エレックでの歌唱力はピカイチである。
流石に歌は上手い。
今はCM作家やCMボーカルで生計を立てている。
「大五郎」の歌は彼の歌である。
最後に生田敬太郎が兄貴分として出てきた。

敬太郎のディレクターは自分が担当したので思い入れが強い。
エレックの中で一番音楽のレベルが高いと言われた男である。
敬太郎に関しては泉谷しげる、仲井戸麗市もギターの実力や歌唱力の高さを認めていた。
しかし、あまりにも商業意識が無く、我が道を突っ走るタイプであった。
相変わらずこのライブもブルースを頭五曲聴かされたときには、敬太郎は変わっていないと思った。
今でも思い出す1972年に発売されたアルバム「この暗い時期にも」は、生田敬太郎とマックスとタイトルで記載されているとおり、私がドラマー時代23歳の時に敬太郎とレコーディングした作品である。
新橋の飛行館ビルの中にある飛行館スタジオで、一週間、朝までレコーディングをした。
朝五時に屋台のラーメンをタクシーの運転手に混じって食べたあの味は、今でも忘れられない。
そんな仲間のライブに足を運び、目の前にいるのは元ずうとるびの新井康弘であった。
彼にドラムを教えた。
彼はメンバーの中で一番真面目な男である。
ペコッと大きな挨拶は、あの頃の彼と変わっていなかった。
ライブが終わり10分ぐらいステージの三人と話をして、終電に間に合わなくなるので後ろ髪を引かれながら、固い握手で大森のライブハウス「風に吹かれて」を後にした。
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