渋谷に降る冬の花 【2008年02月07日(木) 】
昨日、昭和24年グループが集った。
一人は前にブログに書いたことがある、湯河原にセカンドハウスを持ち昨年は母を連れて彼女のマンションのベランダから湯河原花火大会を堪能さしてもらった付き合い32年間の作家事務所の女社長さんである。
もう一人は25歳ぐらいからもうかれこれ33年間付き合いのあるイベントや落語の制作をしている彼も社長さんである。
この仲間は年三回ぐらいの飲み会と二回ぐらいのゴルフに行く昔からの何の気遣いや遠慮もなく裸で話せる友人たちだ、渋谷の道玄坂を上がりきり青山通り側に少し入ったちょっと隠れ家みたいな居酒屋で待ち合わせしバラバラに直行したのだが5分前に入り口で遭遇する。
この辺は友とはいえ5分遅れそうでも連絡を入れる気遣いを互いに持っている。
その隠れ家的の居酒屋には不釣合いな大きなテレビがあった。
それも我々の頭上にある。
六時半には30代半ばぐらいの男女がそそと集まりだした。
「あっそうか今日W杯アジア三次予選タイとか」
30代チームは序盤の日本の攻撃で点を取れない苛立たしさか試合21分後の遠藤が放った30メートルの壁を越えたシュートは我々にわかサッカーファンにとっても気持ちの良いシュートであった。
結果4−1を良くやったと褒めるべきか、1−0でも相手を0で押さえるべきと30代グループは試合終了後も喧々諤々である。
しかし驚いたことは埼玉スタジアムにサポーター35,130人があの雪にもめげず集まったと言う事である。
天気が良ければ6万5千のキャパはゆうに越せただろう。
女社長のSさんがもう一件行こうと言い出し、その店からわずか100メートルぐらいにあるBARに向かう何度か来たことがある。

階段を上がり二階に位置する落ち着いたカウンターだけの昔風の作りのBARはなぜか直ぐに和んでしまう雰囲気だ、バックグラウンドミュージックはパティページのテネシーワルツがかかっていた。
久しぶりにウイスキーを水割りで飲みたくなった、この辺から会話は人生観や親の話になっていく。
イベント社長のAさんは父親のいない環境で一人っ子として母親に育てられた。
母親は女医さんで戦争中も軍医として活躍していたことを聞かされたことがある。
自分もAさんの母親には随分お世話になった。
所属のアーティストが急遽風邪を引いて声が出ないときに夜10時でも面倒を見て貰った、言うなれば恩人である。
Aさんの母親も自分の母親も戌年であり、大正11年生まれである。
互いの母親たちは自分の命を引き換えてでも我が子を守ると言う気持ちで俺たちを育てた、次は我々が母親たちのかけがえのない日々を幸せにするために命を張る時期だと思う、こんな話で意気投合し時を忘れた。
11時半を回り渋谷でS社長とラーメンを食べて解散した。
同じように母を思う友にもう一つ勇気を貰い、他界した母を想う友に郷愁を見る。
まだ渋谷駅は雪が夜空に舞っていた。
※萩原氏が執筆した「エレックレコードの時代II」(CD付き単行本)、2007年12月22日より発売開始!
※およそ35年前の萩原氏も登場する「エレックレコードの時代」(CD付き単行本)も熟割にて絶賛発売中!
一人は前にブログに書いたことがある、湯河原にセカンドハウスを持ち昨年は母を連れて彼女のマンションのベランダから湯河原花火大会を堪能さしてもらった付き合い32年間の作家事務所の女社長さんである。
もう一人は25歳ぐらいからもうかれこれ33年間付き合いのあるイベントや落語の制作をしている彼も社長さんである。
この仲間は年三回ぐらいの飲み会と二回ぐらいのゴルフに行く昔からの何の気遣いや遠慮もなく裸で話せる友人たちだ、渋谷の道玄坂を上がりきり青山通り側に少し入ったちょっと隠れ家みたいな居酒屋で待ち合わせしバラバラに直行したのだが5分前に入り口で遭遇する。
この辺は友とはいえ5分遅れそうでも連絡を入れる気遣いを互いに持っている。
その隠れ家的の居酒屋には不釣合いな大きなテレビがあった。
それも我々の頭上にある。
六時半には30代半ばぐらいの男女がそそと集まりだした。
「あっそうか今日W杯アジア三次予選タイとか」
30代チームは序盤の日本の攻撃で点を取れない苛立たしさか試合21分後の遠藤が放った30メートルの壁を越えたシュートは我々にわかサッカーファンにとっても気持ちの良いシュートであった。
結果4−1を良くやったと褒めるべきか、1−0でも相手を0で押さえるべきと30代グループは試合終了後も喧々諤々である。
しかし驚いたことは埼玉スタジアムにサポーター35,130人があの雪にもめげず集まったと言う事である。
天気が良ければ6万5千のキャパはゆうに越せただろう。
女社長のSさんがもう一件行こうと言い出し、その店からわずか100メートルぐらいにあるBARに向かう何度か来たことがある。

階段を上がり二階に位置する落ち着いたカウンターだけの昔風の作りのBARはなぜか直ぐに和んでしまう雰囲気だ、バックグラウンドミュージックはパティページのテネシーワルツがかかっていた。
久しぶりにウイスキーを水割りで飲みたくなった、この辺から会話は人生観や親の話になっていく。
イベント社長のAさんは父親のいない環境で一人っ子として母親に育てられた。
母親は女医さんで戦争中も軍医として活躍していたことを聞かされたことがある。
自分もAさんの母親には随分お世話になった。
所属のアーティストが急遽風邪を引いて声が出ないときに夜10時でも面倒を見て貰った、言うなれば恩人である。
Aさんの母親も自分の母親も戌年であり、大正11年生まれである。
互いの母親たちは自分の命を引き換えてでも我が子を守ると言う気持ちで俺たちを育てた、次は我々が母親たちのかけがえのない日々を幸せにするために命を張る時期だと思う、こんな話で意気投合し時を忘れた。
11時半を回り渋谷でS社長とラーメンを食べて解散した。
同じように母を思う友にもう一つ勇気を貰い、他界した母を想う友に郷愁を見る。
まだ渋谷駅は雪が夜空に舞っていた。
※萩原氏が執筆した「エレックレコードの時代II」(CD付き単行本)、2007年12月22日より発売開始!
※およそ35年前の萩原氏も登場する「エレックレコードの時代」(CD付き単行本)も熟割にて絶賛発売中!
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at 18:30
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