加納秀人、伊藤薫という男たち 【2008年04月16日(水) 】
先週の土曜日にCS番組『ハギ♪シホ音楽夜話』の4本取りが行われた。
70年代初期に外道という日本初のパンクバンドがいた。「この外道・・・」と警察に言われてから命名したという。暴走族のアイドルである。西の村八分、東の外道と、関西関東からアウトローなバンドが誕生した。その外道のギター&ボーカルの加納秀人がスタジオでゲスト出演してくれた。
秀人との関係は1993年からである。礼儀正しく家族を愛している真面目なアーティストにしか見えない。言葉の外道とは大違いである。長年会っていなかったが、昔同様、真面目さと礼儀正しさは変わっていない。
午後のゲストは、あの「Love is Over」でヒットを飛ばした伊藤薫である。1972年に出会い、1977年に水越けいこの作品作りで薫を作家に起用してから、彼と二人三脚の音楽人生を5年間ぐらい歩んだだろうか、薫は俺と同じアレルギー体質で喘息を持っていた。
四季の変わり目の体調の狂いからくる喘息は、持っている者にしか分からない苦しさがある。二人とも真面目で真摯な生き方は同じだが、生きた道は山と海ぐらい違いがあった。
音楽の道は、まるで蟻の巣のように複雑怪奇である。兄弟が楽器を弾いていたとか、近所の兄ちゃんが聞かしてくれたレコードとか、間違えて楽器屋に入ってしまったとか、この道に入ったきっかけは、人それぞれ千差万別のようだ。素直に自分と音楽の関係を見つめると答えは出ない。
音楽を好きだという人は、音楽をやらない方が幸せだと思う。スポーツとか音楽で身を立てようとしたら、好きだけではすまないことが分かる。売れなければアーティストも会社も共倒れになるからだ。
では売れるとは、いろいろな現象が重なり合い、人工的かつ自然的な現実を受け止めることである。生まれて初めてのヒットに対する感性は20代ででき上がると思う。30代では濁りが出る。40代では偶然性が高い。ヒットはアベレージが大事である。
松田聖子は好きと嫌いがはっきり出る。50メートル先のテレビでも、彼女の顔や態度で喜怒哀楽が察知できる。吉田拓郎、泉谷しげる、沢尻エリカ、沢田研二、ビートたけし、なぜだか感情の振り幅が大きい人ほど売れるような気がする。しかし家族や友達にこんなタイプがいたら、多分疲れてしまうのではないだろうか。
マネージャーで敏腕といわれるタイプは、マゾではないかと思う時がある。いうなれば、子供を相手にしているようなものだから、相手の毒を全て吸ってあげるぐらいの気持ちがなければ、できない仕事である。もしかしたらインドのマハトマ・ガンディーのような、非暴力不服従を精神にできる人間が、マネージャーに向いているのではないか。
加納秀人、伊藤薫に我がままを感じないのは、もうその時代を超えて、アーティストより人を大切にしているように感じるからだ。そしてその彼らの意識が、今の俺に心地よく受け止められる。
それは老いたとは思えないし、鈍ったとも感じない。ただ、互いに幸せでいることが、人生最大の目的であると悟ったからではないだろうか。
※萩原氏が綴る70年代フォーク&ロックの真実。「エレックレコードの時代II」(CD付き単行本)は、「熟割」にて絶賛発売中!
※若き日の拓郎、泉谷、古井戸の姿がそこにあった。35年前の萩原氏も登場する「エレックレコードの時代」(CD付き単行本)も、「熟割」にて好評発売中!
70年代初期に外道という日本初のパンクバンドがいた。「この外道・・・」と警察に言われてから命名したという。暴走族のアイドルである。西の村八分、東の外道と、関西関東からアウトローなバンドが誕生した。その外道のギター&ボーカルの加納秀人がスタジオでゲスト出演してくれた。
秀人との関係は1993年からである。礼儀正しく家族を愛している真面目なアーティストにしか見えない。言葉の外道とは大違いである。長年会っていなかったが、昔同様、真面目さと礼儀正しさは変わっていない。
午後のゲストは、あの「Love is Over」でヒットを飛ばした伊藤薫である。1972年に出会い、1977年に水越けいこの作品作りで薫を作家に起用してから、彼と二人三脚の音楽人生を5年間ぐらい歩んだだろうか、薫は俺と同じアレルギー体質で喘息を持っていた。
四季の変わり目の体調の狂いからくる喘息は、持っている者にしか分からない苦しさがある。二人とも真面目で真摯な生き方は同じだが、生きた道は山と海ぐらい違いがあった。
音楽の道は、まるで蟻の巣のように複雑怪奇である。兄弟が楽器を弾いていたとか、近所の兄ちゃんが聞かしてくれたレコードとか、間違えて楽器屋に入ってしまったとか、この道に入ったきっかけは、人それぞれ千差万別のようだ。素直に自分と音楽の関係を見つめると答えは出ない。
音楽を好きだという人は、音楽をやらない方が幸せだと思う。スポーツとか音楽で身を立てようとしたら、好きだけではすまないことが分かる。売れなければアーティストも会社も共倒れになるからだ。
では売れるとは、いろいろな現象が重なり合い、人工的かつ自然的な現実を受け止めることである。生まれて初めてのヒットに対する感性は20代ででき上がると思う。30代では濁りが出る。40代では偶然性が高い。ヒットはアベレージが大事である。
松田聖子は好きと嫌いがはっきり出る。50メートル先のテレビでも、彼女の顔や態度で喜怒哀楽が察知できる。吉田拓郎、泉谷しげる、沢尻エリカ、沢田研二、ビートたけし、なぜだか感情の振り幅が大きい人ほど売れるような気がする。しかし家族や友達にこんなタイプがいたら、多分疲れてしまうのではないだろうか。
マネージャーで敏腕といわれるタイプは、マゾではないかと思う時がある。いうなれば、子供を相手にしているようなものだから、相手の毒を全て吸ってあげるぐらいの気持ちがなければ、できない仕事である。もしかしたらインドのマハトマ・ガンディーのような、非暴力不服従を精神にできる人間が、マネージャーに向いているのではないか。
加納秀人、伊藤薫に我がままを感じないのは、もうその時代を超えて、アーティストより人を大切にしているように感じるからだ。そしてその彼らの意識が、今の俺に心地よく受け止められる。
それは老いたとは思えないし、鈍ったとも感じない。ただ、互いに幸せでいることが、人生最大の目的であると悟ったからではないだろうか。
※萩原氏が綴る70年代フォーク&ロックの真実。「エレックレコードの時代II」(CD付き単行本)は、「熟割」にて絶賛発売中!
※若き日の拓郎、泉谷、古井戸の姿がそこにあった。35年前の萩原氏も登場する「エレックレコードの時代」(CD付き単行本)も、「熟割」にて好評発売中!
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