わたぼうしになりたい 【2008年05月28日(水) 】
5月だが外は夏日に変わった。
澄みきった空は、もうそこまで夏が来ていることを知らせている。まだ季節ではないと思うが、エッ?あの鳴き声はセミかもしれない。まさかと思うが、そのまさかのようだ。ふっと、道端にわたぼうしがいくつも咲いていた。思わず顔を近づけふっ〜と息をかけると、小さな羽がいっせいに空に舞い上がった。
「いいな、風の吹くままに飛んで行けるなんて」
軽くため息が出る。

思えば、誰からも“萩原は好きなことだけやって、おまんま食べられるなんて幸せ者”とよく言われる。確かに、この仕事は好きなことは好きだが、毎日がバラ色なんてことはない。楽しさ15%、普通50%、嫌なこと25%、とっても嫌なこと10%、ぐらいではなかろうか。
先日、日テレの朝番組「ラジカル」で、血液型、干支、星座占いがすべて大吉と二重丸が付いたことがあった。すぐに宝くじを千円分買った。「もし1億円当たったらどうしようか、かみさんと子供には黙っておこう」と妄想を巡らし、いざ発表を待ち宝くじ売り場に持って行った。
機械にかけられ、数秒で答えが出た。200円もらったような気がする。連番で買うと5枚千円で、1枚は200円当たる仕組みと後で分かった。
くじ運は昔からない。くじではないが、この話も、くじ運に近いかもしれない。
祭りで亀が売られていた。
「坊やこの亀は100年生きるよ」
と言われ買ってしまった。翌日、亀は死んでしまった。2日続いた祭りだったので、亀売りのオヤジに、「おじさん昨日買った亀今日死んじゃったよ」と言うと、「坊や、その亀は今日が100年目だったんだよ」と言われ、その言葉を信じて100年も生きてきた亀の墓をつくった。
考えてみると、縁日では亀のほかにもピンクや青のひよこが売られていた。その時はピンクや青のひよこを信じたのである。だが、ピンクや青のニワトリがいたら不気味である。
思い出した。話は脱線するが、この話は書きたい。
やはり小学校の頃の話である。
子供相手に「粘土細工屋」という商売があった。近所の神社に粘土細工屋が来た。簡単にいうと、戦艦や孫悟空、般若をくり抜いた型に粘土を入れ、型から外した粘土に、金色銀色赤青緑の粉末の色を筆で色づけする。その作品に、そのオヤジが点数をつける。
2時間かけて作った作品の真ん中に、ボール紙でできた点数券がぐさっと刺される。その点が型を購入する唯一の券なのであるが、確か一番高い型が戦艦大和だったような気がする。
5万点で大和と交換できる。1カ月の小遣いと、必死で集めた鉄くずをくずやに売って稼いだ金を、すべて粘土屋につぎ込む。5万点までもう直ぐだという時に、オヤジはどこかに消える。この次は違う粘土屋が来る。点数券も違うものになっている。
もう一つ思い出した。
粘土屋に、「この粘土どこから持って来るの?」と聞くと、「これは九州から持って来るんだ」と言っていたが、近所の仲間は、「あのオヤジがスコップで近くの田んぼの土を取っているのを見た」と言っていた。
こんな話を思い出しながら書いていると、故郷、金沢文庫のあの頃の光景が蘇ってきた。
今頃は、よくザリガニ釣りに行った。ザリガニの尾を外し、その肉で友釣りをする。バケツ一杯ぐらい取れる。聞くところによると、古タイヤにザリガニの肉を入れ綱をつけて川に一晩入れておくと、うなぎがかかるらしいが、夜仕掛けて朝早く取りに行くので、家では危険ということで、その遊びはやらせてもらえなかった。
カブトムシやクワガタを取るために、山の木に砂糖を溶かして、綿に湿らして木に仕掛ける。朝早くドキドキしながら山に登る。しかし宅地開発で、もうその山もなくなってしまった。
ただ覚えているのは、野原一面のわたぼうしが風に吹かれて旅立ったあの時・・・。一粒の種が、この世田谷の三宿に舞い降り、ささやかながら音楽のわたぼうしを作っている。
※萩原氏が綴る70年代フォーク&ロックの真実。「エレックレコードの時代II」(CD付き単行本)は、「熟割」にて絶賛発売中!
※若き日の拓郎、泉谷、古井戸の姿がそこにあった。35年前の萩原氏も登場する「エレックレコードの時代」(CD付き単行本)も、「熟割」にて好評発売中!
澄みきった空は、もうそこまで夏が来ていることを知らせている。まだ季節ではないと思うが、エッ?あの鳴き声はセミかもしれない。まさかと思うが、そのまさかのようだ。ふっと、道端にわたぼうしがいくつも咲いていた。思わず顔を近づけふっ〜と息をかけると、小さな羽がいっせいに空に舞い上がった。
「いいな、風の吹くままに飛んで行けるなんて」
軽くため息が出る。

思えば、誰からも“萩原は好きなことだけやって、おまんま食べられるなんて幸せ者”とよく言われる。確かに、この仕事は好きなことは好きだが、毎日がバラ色なんてことはない。楽しさ15%、普通50%、嫌なこと25%、とっても嫌なこと10%、ぐらいではなかろうか。
先日、日テレの朝番組「ラジカル」で、血液型、干支、星座占いがすべて大吉と二重丸が付いたことがあった。すぐに宝くじを千円分買った。「もし1億円当たったらどうしようか、かみさんと子供には黙っておこう」と妄想を巡らし、いざ発表を待ち宝くじ売り場に持って行った。
機械にかけられ、数秒で答えが出た。200円もらったような気がする。連番で買うと5枚千円で、1枚は200円当たる仕組みと後で分かった。
くじ運は昔からない。くじではないが、この話も、くじ運に近いかもしれない。
祭りで亀が売られていた。
「坊やこの亀は100年生きるよ」
と言われ買ってしまった。翌日、亀は死んでしまった。2日続いた祭りだったので、亀売りのオヤジに、「おじさん昨日買った亀今日死んじゃったよ」と言うと、「坊や、その亀は今日が100年目だったんだよ」と言われ、その言葉を信じて100年も生きてきた亀の墓をつくった。
考えてみると、縁日では亀のほかにもピンクや青のひよこが売られていた。その時はピンクや青のひよこを信じたのである。だが、ピンクや青のニワトリがいたら不気味である。
思い出した。話は脱線するが、この話は書きたい。
やはり小学校の頃の話である。
子供相手に「粘土細工屋」という商売があった。近所の神社に粘土細工屋が来た。簡単にいうと、戦艦や孫悟空、般若をくり抜いた型に粘土を入れ、型から外した粘土に、金色銀色赤青緑の粉末の色を筆で色づけする。その作品に、そのオヤジが点数をつける。
2時間かけて作った作品の真ん中に、ボール紙でできた点数券がぐさっと刺される。その点が型を購入する唯一の券なのであるが、確か一番高い型が戦艦大和だったような気がする。
5万点で大和と交換できる。1カ月の小遣いと、必死で集めた鉄くずをくずやに売って稼いだ金を、すべて粘土屋につぎ込む。5万点までもう直ぐだという時に、オヤジはどこかに消える。この次は違う粘土屋が来る。点数券も違うものになっている。
もう一つ思い出した。
粘土屋に、「この粘土どこから持って来るの?」と聞くと、「これは九州から持って来るんだ」と言っていたが、近所の仲間は、「あのオヤジがスコップで近くの田んぼの土を取っているのを見た」と言っていた。
こんな話を思い出しながら書いていると、故郷、金沢文庫のあの頃の光景が蘇ってきた。
今頃は、よくザリガニ釣りに行った。ザリガニの尾を外し、その肉で友釣りをする。バケツ一杯ぐらい取れる。聞くところによると、古タイヤにザリガニの肉を入れ綱をつけて川に一晩入れておくと、うなぎがかかるらしいが、夜仕掛けて朝早く取りに行くので、家では危険ということで、その遊びはやらせてもらえなかった。
カブトムシやクワガタを取るために、山の木に砂糖を溶かして、綿に湿らして木に仕掛ける。朝早くドキドキしながら山に登る。しかし宅地開発で、もうその山もなくなってしまった。
ただ覚えているのは、野原一面のわたぼうしが風に吹かれて旅立ったあの時・・・。一粒の種が、この世田谷の三宿に舞い降り、ささやかながら音楽のわたぼうしを作っている。
※萩原氏が綴る70年代フォーク&ロックの真実。「エレックレコードの時代II」(CD付き単行本)は、「熟割」にて絶賛発売中!
※若き日の拓郎、泉谷、古井戸の姿がそこにあった。35年前の萩原氏も登場する「エレックレコードの時代」(CD付き単行本)も、「熟割」にて好評発売中!
Posted
at 18:54
| この記事のURL
コメント(2)
| トラックバック(0)

