あっ!おいしそうな卵焼きだ 【2007年11月29日(木) 】
一昨日、すし屋に友人と行った。
池尻で一番安いすし屋だと思うが、味はとてつもなく美味しい。
安い訳はどうやら家族でやっているからだと知る。
ご主人が板前、サブが奥さん、経理はご主人のお母さん、そしてパートもどうやら親戚らしい。
「鉄火と揚げた海老の尻尾、それとさば寿司に自家製のカラスミをくれる、あっそれと味噌たっぷりきかせたなめろう頂だい」
「すみません、最近油の乗った鯵のいいのが河岸に入らないんですよ」
「じゃしょうがないな」
「たまには秋刀魚で作ってみましょうか、いい秋刀魚入りましたから」
「いいね〜」
芋焼酎の水割りで箸を伸ばす。
二人で焼酎一本あけた頃に、目の前の旨そうな卵焼きに気づく。
「大将、この卵焼き綺麗だね」
「ありがとうございます」
たわいない会話だが一時の至福を感じる。

卵焼きには誰しも一言がある。
幼き頃のお弁当の定番、チョット甘くいった煎り卵をご飯の上にピンクのでんぶと配色よく乗せる。
後はお決まりのタコウインナーとかハンバークが入る、嫌いな人参とかぼちゃを残しちゃダメよと母の声が聞こえる。
小学校三年の頃、初めてハムエッグを食べたときには心が震えるほど感動した。
絶妙な半熟卵の黄身にフライパンで焦げ目のついたハムをつけた日には、ご飯三杯はいけた。
シンプルに生卵ご飯も捨てがたい。
酔って帰った時に小腹が減った時は、熱いご飯に生卵に少し醤油をたらし、さっさっさぁ〜ぐらいのかき混ぜ方でご飯といっしょに食した時は、もう一杯と後ろ髪を生卵に引かれる。
余談だが生卵ご飯には塩コンブがめちゃめちゃ合う。
最近は娘たちのリクエストもあり、オムレツを焼く。
ジャガイモとベーコンを炒める、ジャガイモは薄くスライスして火が入りやすくする。
ベーコンはカリカリと言うほどではないがきっちり焼く。
その二つの材料にパセリを入れ、10個の卵と合わしコンソメ、黒胡椒で味付けをしてフライパンで20分ぐらいまず焼く。
上が固まってきたら、大きな皿にどかんとフライパンを返しながら入れる。見た目も綺麗だし迫力も満点である。
多分いま腹が減っているのだろう、頭に浮かぶものは食べ物のことばかりだ。
仕事が忙しくてまともな物を食べていないからだ。
非常時を考えソイジョイはたえず二本持っている。
しかし、これを腹が減ったときに食べるのは凄く虚しい。
「これ大豆ですから」うるせえ〜そんなもの食べたくないと怒鳴りたくなる。
昨晩はサンミュージックの40周年パーティーに出た。
芸能界のパーティーは誰と会うか分からないので気が張る。
生の小島よしおの「そんなの関係ね〜オッパッピー」を見ることが出来た。
パーティーが終わり家に着き、録画してあったビートたけし主演の「点と線」を見だすが睡魔に負けて途中でダウン。
今日は7時半に起きてジムに行くが、風呂のボイラーが壊れていて水しかでないと言われサウナと水を併用して何とかトレーニングの汗を流す。
なんてついてないんだ。
ここ一年、水曜は11時の予約を取り耳鼻咽喉科で治療を受けている。
何とか田園都市線で大橋の東邦病院へ10時55分に入ることが出来た。
病院を出てどこかでソバでもと思うと編集者から電話が入り、原稿が遅いと叱咤される。
畜生、ぐれてやる。
2時35分、この原稿も取りとめがないことを反省しつつ、来週はいい原稿書くぞと心に決めて今週はこれまでと決める。
すみません・・・
※およそ35年前の萩原本人も登場する単行本「エレックレコードの時代」。
熟割にて絶賛発売中!
≫詳しくはこちら
池尻で一番安いすし屋だと思うが、味はとてつもなく美味しい。
安い訳はどうやら家族でやっているからだと知る。
ご主人が板前、サブが奥さん、経理はご主人のお母さん、そしてパートもどうやら親戚らしい。
「鉄火と揚げた海老の尻尾、それとさば寿司に自家製のカラスミをくれる、あっそれと味噌たっぷりきかせたなめろう頂だい」
「すみません、最近油の乗った鯵のいいのが河岸に入らないんですよ」
「じゃしょうがないな」
「たまには秋刀魚で作ってみましょうか、いい秋刀魚入りましたから」
「いいね〜」
芋焼酎の水割りで箸を伸ばす。
二人で焼酎一本あけた頃に、目の前の旨そうな卵焼きに気づく。
「大将、この卵焼き綺麗だね」
「ありがとうございます」
たわいない会話だが一時の至福を感じる。

卵焼きには誰しも一言がある。
幼き頃のお弁当の定番、チョット甘くいった煎り卵をご飯の上にピンクのでんぶと配色よく乗せる。
後はお決まりのタコウインナーとかハンバークが入る、嫌いな人参とかぼちゃを残しちゃダメよと母の声が聞こえる。
小学校三年の頃、初めてハムエッグを食べたときには心が震えるほど感動した。
絶妙な半熟卵の黄身にフライパンで焦げ目のついたハムをつけた日には、ご飯三杯はいけた。
シンプルに生卵ご飯も捨てがたい。
酔って帰った時に小腹が減った時は、熱いご飯に生卵に少し醤油をたらし、さっさっさぁ〜ぐらいのかき混ぜ方でご飯といっしょに食した時は、もう一杯と後ろ髪を生卵に引かれる。
余談だが生卵ご飯には塩コンブがめちゃめちゃ合う。
最近は娘たちのリクエストもあり、オムレツを焼く。
ジャガイモとベーコンを炒める、ジャガイモは薄くスライスして火が入りやすくする。
ベーコンはカリカリと言うほどではないがきっちり焼く。
その二つの材料にパセリを入れ、10個の卵と合わしコンソメ、黒胡椒で味付けをしてフライパンで20分ぐらいまず焼く。
上が固まってきたら、大きな皿にどかんとフライパンを返しながら入れる。見た目も綺麗だし迫力も満点である。
多分いま腹が減っているのだろう、頭に浮かぶものは食べ物のことばかりだ。
仕事が忙しくてまともな物を食べていないからだ。
非常時を考えソイジョイはたえず二本持っている。
しかし、これを腹が減ったときに食べるのは凄く虚しい。
「これ大豆ですから」うるせえ〜そんなもの食べたくないと怒鳴りたくなる。
昨晩はサンミュージックの40周年パーティーに出た。
芸能界のパーティーは誰と会うか分からないので気が張る。
生の小島よしおの「そんなの関係ね〜オッパッピー」を見ることが出来た。
パーティーが終わり家に着き、録画してあったビートたけし主演の「点と線」を見だすが睡魔に負けて途中でダウン。
今日は7時半に起きてジムに行くが、風呂のボイラーが壊れていて水しかでないと言われサウナと水を併用して何とかトレーニングの汗を流す。
なんてついてないんだ。
ここ一年、水曜は11時の予約を取り耳鼻咽喉科で治療を受けている。
何とか田園都市線で大橋の東邦病院へ10時55分に入ることが出来た。
病院を出てどこかでソバでもと思うと編集者から電話が入り、原稿が遅いと叱咤される。
畜生、ぐれてやる。
2時35分、この原稿も取りとめがないことを反省しつつ、来週はいい原稿書くぞと心に決めて今週はこれまでと決める。
すみません・・・
※およそ35年前の萩原本人も登場する単行本「エレックレコードの時代」。
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銀座はクリスマス気分 【2007年11月21日(水) 】
先日、銀座に仕事に出かけた。
街はもうクリスマスツリーが街路樹のように並んでいた。

思えば幼き頃、クリスマスシーズンの夜は三角帽子をかぶりベロベロの酔っ払いが街に溢れていた。
今から考えると日本が大きく変わったとこは、戦後から入ってきたクリスマスの習慣ではないだろうか。
鬼畜米英と錦の御旗を掲げ戦った国が「メリークリスマス」と平気で言うようになってしまった。
何だか「戦場のメリークリスマス」のビートたけしを思い出してしまう。
幼き頃の実家ではケーキとチキンのモモ肉がクリスマスの定番である。
あの頃は鶏のモモ肉やバナナ、パイナップルはご馳走でありめったに食べられないしろものである。
今では中国産やブラジル産の鶏のモモ肉は一本80円で売っている。
バナナも20本の束が300円でスーパーに置かれていた。
子供の頃はいつか大人になったら、毎日、鶏のモモ肉とバナナを腹いっぱい食べるぞと思ったが、今は食べたいとは思わない。
せいぜいジムに行く前に牛乳とバナナを食べるぐらいのものである。
クリスマスはキリストのミサからの由来である。
12月26日になると街は一変して正月の雰囲気になる。
よかった、日本に生まれて。
いい加減なお祭り感覚は今の自分にあっている。
そういえば、サンタクロースの話になるが長女は小学校3年ぐらいまでサンタクロースが世の中にいると信じていた。
プレゼントを隠す場所にいつも困った思い出がある。
結局、車のトランクに入れるのであるがパジャマに着替え一杯飲んでしまった後にプレゼントを車から出してくるのだ。
娘もサンタさん見たさに宵っ張りで睡魔と闘う。
結局、夜中の1時過ぎぐらいに睡魔が勝つ。
そこから俺の行動となるのだ。
しかし、外は寒い。
駐車場も離れたところだった。
一瞬で酔いがさめた。
ようやく家のドアまでプレゼントを持ってくると、家内が今また起きたみたいと言われ渋々駐車場にまたプレゼントを隠しに行った。
考えて見れば、サンタクロースが本当にいたとしても今の世の中では住居不法侵害とか言われ警察に捕まるのがおちである。
まあ、何とも夢のない話になってしまったが、たまには原宿あたりのクリスマスイルミネーションでも見に行くか・・・
ひとあし早いメリークリスマス。
※およそ35年前の萩原本人も登場する単行本「エレックレコードの時代」。
熟割にて絶賛発売中!
≫詳しくはこちら
街はもうクリスマスツリーが街路樹のように並んでいた。

思えば幼き頃、クリスマスシーズンの夜は三角帽子をかぶりベロベロの酔っ払いが街に溢れていた。
今から考えると日本が大きく変わったとこは、戦後から入ってきたクリスマスの習慣ではないだろうか。
鬼畜米英と錦の御旗を掲げ戦った国が「メリークリスマス」と平気で言うようになってしまった。
何だか「戦場のメリークリスマス」のビートたけしを思い出してしまう。
幼き頃の実家ではケーキとチキンのモモ肉がクリスマスの定番である。
あの頃は鶏のモモ肉やバナナ、パイナップルはご馳走でありめったに食べられないしろものである。
今では中国産やブラジル産の鶏のモモ肉は一本80円で売っている。
バナナも20本の束が300円でスーパーに置かれていた。
子供の頃はいつか大人になったら、毎日、鶏のモモ肉とバナナを腹いっぱい食べるぞと思ったが、今は食べたいとは思わない。
せいぜいジムに行く前に牛乳とバナナを食べるぐらいのものである。
クリスマスはキリストのミサからの由来である。
12月26日になると街は一変して正月の雰囲気になる。
よかった、日本に生まれて。
いい加減なお祭り感覚は今の自分にあっている。
そういえば、サンタクロースの話になるが長女は小学校3年ぐらいまでサンタクロースが世の中にいると信じていた。
プレゼントを隠す場所にいつも困った思い出がある。
結局、車のトランクに入れるのであるがパジャマに着替え一杯飲んでしまった後にプレゼントを車から出してくるのだ。
娘もサンタさん見たさに宵っ張りで睡魔と闘う。
結局、夜中の1時過ぎぐらいに睡魔が勝つ。
そこから俺の行動となるのだ。
しかし、外は寒い。
駐車場も離れたところだった。
一瞬で酔いがさめた。
ようやく家のドアまでプレゼントを持ってくると、家内が今また起きたみたいと言われ渋々駐車場にまたプレゼントを隠しに行った。
考えて見れば、サンタクロースが本当にいたとしても今の世の中では住居不法侵害とか言われ警察に捕まるのがおちである。
まあ、何とも夢のない話になってしまったが、たまには原宿あたりのクリスマスイルミネーションでも見に行くか・・・
ひとあし早いメリークリスマス。
※およそ35年前の萩原本人も登場する単行本「エレックレコードの時代」。
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鬱と自分 【2007年11月13日(火) 】
普通でいる自分が当たり前でだと思う人々へ
普通なんてない。
先日、吉田拓郎が鬱になったとスポーツ新聞にのった。
一般の人々なら還暦を迎え順風満帆の彼になぜ鬱などという影が入るのだろうと思う。
自分も2001年から約二年間鬱であった。
無気力、無関心、強迫観念、その中で生きた時である。
鬱にも種類があるのは当然である。
自分の場合は人に裏切られた結果、それを認められなく憎悪に明けたことが原因だと思う。
インフォムード・コンセント、いわずと知れた自己責任の意味だ。
人を助けたいと願ったことが連帯保証人につながったことが原因であった。
イラクに身を投げ出して人質になった人々がいた。
中に女性がその後の釈放の処置に日本政府の働きにより、それが税金によって助けられた命だとバッシングを浴びたときに彼女は鬱になった。
最近、仲間が死ぬ。
健康の不注意や遺伝的な病魔ではない。
生きる糧を失ったときに人は病気になるのだと思う。
もし、目の前で君は「必要ないこの石潰し野郎」と言われたら普通は、ノイローゼーになる。
弱ければ自殺もありえるだろう。
自分は弱者に陥り目が覚めたのかもしれない。
誰しもがポジティブに生きたいのは当たり前である。
しかし心のキャパを超えた時に、選択肢は逃避か壊れるかを選ぶことになる。
まってもう一つある。
耐えること、そして生きること。
誰かが蟹は爪がなければすぐ殺されると。
もし蟹が太古の時代から爪がなければそれなりに生きることを身に着けたと思う。
鬱の手前に自己嫌悪につながる後悔がある。
後悔はしたくないと、若き日は声高に叫び突進して玉砕し、結局、後悔に苛まれる。
幼き日の後悔は数あるが、一番の後悔は小学校三年の時に飼った十姉妹のつがいピーとピー子のことである。
遊びに呆けて餌をやり忘れ餓死させてしまった。
二匹仲良く巣の中で死んでいるのを見て、幼いながら泣きっぱなしになった。
最近の後悔は、飲みすぎた朝は必ず思う。
俺はなんと学習能力がないのだと。
昨夜も飲んだ。
仲間の「まだいいじゃないですか、最後の一杯」
結局、最後の一杯は五杯に変わった。
やはり飲み疲れか、書くことがどんどん暗くなっていく。
そうだ、こんな時は楽しい話を思い出そう。
どんな時もこの話を思い出すと微笑んでしまう。
我が娘、次女のことである。
名前は二都と言う華の女子高生で来年は大学に行くそうだ。
彼女が4歳のときに、風邪を引き38度の熱が出たときの話である。
目を離した隙に前、住んでいたマンションの中庭で二人の友達と遊んでいるのである。
すぐさま見つけ怒ろうとすると、その友達の一人が「パパ、二都ちゃんを怒っちゃダメ」と二都の前に立ちはだかるのである。
「二都ちゃんはみんなの笑われ者なんだから」と言うのである。
きっと人気者と言いたかったのだろう。
思わず怒る気もなくなってしまった。
少し元気になってきた。
きっと、今日も理屈をつけて飲むことになりそうだ。
池尻大橋駅の近所に薬局がある。
そこでビタミンドリンクと液キャベを買おう・・・
※およそ35年前の萩原本人も登場する単行本「エレックレコードの時代」。
熟割にて絶賛発売中!
≫詳しくはこちら
普通なんてない。
先日、吉田拓郎が鬱になったとスポーツ新聞にのった。
一般の人々なら還暦を迎え順風満帆の彼になぜ鬱などという影が入るのだろうと思う。
自分も2001年から約二年間鬱であった。
無気力、無関心、強迫観念、その中で生きた時である。
鬱にも種類があるのは当然である。
自分の場合は人に裏切られた結果、それを認められなく憎悪に明けたことが原因だと思う。
インフォムード・コンセント、いわずと知れた自己責任の意味だ。
人を助けたいと願ったことが連帯保証人につながったことが原因であった。
イラクに身を投げ出して人質になった人々がいた。
中に女性がその後の釈放の処置に日本政府の働きにより、それが税金によって助けられた命だとバッシングを浴びたときに彼女は鬱になった。
最近、仲間が死ぬ。
健康の不注意や遺伝的な病魔ではない。
生きる糧を失ったときに人は病気になるのだと思う。
もし、目の前で君は「必要ないこの石潰し野郎」と言われたら普通は、ノイローゼーになる。
弱ければ自殺もありえるだろう。
自分は弱者に陥り目が覚めたのかもしれない。
誰しもがポジティブに生きたいのは当たり前である。
しかし心のキャパを超えた時に、選択肢は逃避か壊れるかを選ぶことになる。
まってもう一つある。
耐えること、そして生きること。
誰かが蟹は爪がなければすぐ殺されると。
もし蟹が太古の時代から爪がなければそれなりに生きることを身に着けたと思う。
鬱の手前に自己嫌悪につながる後悔がある。
後悔はしたくないと、若き日は声高に叫び突進して玉砕し、結局、後悔に苛まれる。
幼き日の後悔は数あるが、一番の後悔は小学校三年の時に飼った十姉妹のつがいピーとピー子のことである。
遊びに呆けて餌をやり忘れ餓死させてしまった。
二匹仲良く巣の中で死んでいるのを見て、幼いながら泣きっぱなしになった。
最近の後悔は、飲みすぎた朝は必ず思う。
俺はなんと学習能力がないのだと。
昨夜も飲んだ。
仲間の「まだいいじゃないですか、最後の一杯」
結局、最後の一杯は五杯に変わった。
やはり飲み疲れか、書くことがどんどん暗くなっていく。
そうだ、こんな時は楽しい話を思い出そう。
どんな時もこの話を思い出すと微笑んでしまう。
我が娘、次女のことである。
名前は二都と言う華の女子高生で来年は大学に行くそうだ。
彼女が4歳のときに、風邪を引き38度の熱が出たときの話である。
目を離した隙に前、住んでいたマンションの中庭で二人の友達と遊んでいるのである。
すぐさま見つけ怒ろうとすると、その友達の一人が「パパ、二都ちゃんを怒っちゃダメ」と二都の前に立ちはだかるのである。
「二都ちゃんはみんなの笑われ者なんだから」と言うのである。
きっと人気者と言いたかったのだろう。
思わず怒る気もなくなってしまった。
少し元気になってきた。
きっと、今日も理屈をつけて飲むことになりそうだ。
池尻大橋駅の近所に薬局がある。
そこでビタミンドリンクと液キャベを買おう・・・
※およそ35年前の萩原本人も登場する単行本「エレックレコードの時代」。
熟割にて絶賛発売中!
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母宅より 【2007年11月08日(木) 】
毎週土曜日、母の元を訪ねる。
先週の土曜日も午後三時頃、金沢文庫の母宅に行った。
母が「暁も来るって」と嬉しそうに料理を作っている。
兄弟が揃うことを母は本当に喜んでいる。
4時を回った頃に兄貴夫妻が到着した。
兄弟とかみさんどうしが、母の作った料理に舌鼓をうつ。
「第三京浜、乗るまでが凄い混みかたで大変だったよ」
「でも千鶴子さんが運転したんだろ」
「俺、右ハンドル運転できないんだ」
たわいのない話をビールを飲みながら話をする。
兄貴と自分の年は、四歳違う。
兄弟で音楽業界に入り、俺はエレックレコード、兄貴はヤマハ振興会に席をおいた。
ツイスト、クリスタルキング、NSP、チェッカーズとかなりのヒットメーカーであった。
その兄貴も今はファンタジーリゾートという、子供を対象にした遊び場の会社を二年前に起こした。
このブログを書くために検索してみると資本金が4億6,660万となっていた。うまくいっている、良かったなと思う。

兄貴と俺とは親父については見解が違う。
俺は父親のことをお父さんとは呼べない。
なぜだろうか、きっとさんを付けたくないのだろう。
幼き頃から父親の酒乱には泣かされてきた。
家に牢屋があったら、酔った親父を入れておけるのにと真剣に思った。
兄貴はそんな親父のことをお父さんと呼んでいる。
親父の心の中には長男が一番と思うところがあった。
親父も長男だからだろう。
54年前の金沢文庫は田舎だった。
4歳のときに市営住宅に家族で入った。
風呂も無く、四畳半と六畳にお勝手の家であったが、その頃は市営住宅に入れることのほうが贅沢だった。
庭に穴を掘ってセメントで固め池を作った。
釣ってきたフナやめだかを入れた。
イチジクやアケビの木があった。
母親はよくアケビの新芽を摘んでおひたしにした。
近所の山もよく登った。
山の親父に追いかけられ、兄貴は捕まり正座をさせられ殴られた。
山の親父の作ったかやぶきで家を作ったりして、かやぶきの束を壊してしまったからだろう。
時が経ち、山にはもう登れないように道も閉ざされ、鉄条網で固められている。
家も取り壊され、マンションのような住居に変わった。
母のことを思うといつ壊れてもおかしくない住宅より、今の住居の方が安心である。
兄貴も俺も、いつかもうここには来なくなるのかと思うと切なくなる。
母の家から見える東急車輛の工場が夕日で紅く染まっていく・・・
※およそ35年前の萩原本人も登場する単行本「エレックレコードの時代」。
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先週の土曜日も午後三時頃、金沢文庫の母宅に行った。
母が「暁も来るって」と嬉しそうに料理を作っている。
兄弟が揃うことを母は本当に喜んでいる。
4時を回った頃に兄貴夫妻が到着した。
兄弟とかみさんどうしが、母の作った料理に舌鼓をうつ。
「第三京浜、乗るまでが凄い混みかたで大変だったよ」
「でも千鶴子さんが運転したんだろ」
「俺、右ハンドル運転できないんだ」
たわいのない話をビールを飲みながら話をする。
兄貴と自分の年は、四歳違う。
兄弟で音楽業界に入り、俺はエレックレコード、兄貴はヤマハ振興会に席をおいた。
ツイスト、クリスタルキング、NSP、チェッカーズとかなりのヒットメーカーであった。
その兄貴も今はファンタジーリゾートという、子供を対象にした遊び場の会社を二年前に起こした。
このブログを書くために検索してみると資本金が4億6,660万となっていた。うまくいっている、良かったなと思う。

兄貴と俺とは親父については見解が違う。
俺は父親のことをお父さんとは呼べない。
なぜだろうか、きっとさんを付けたくないのだろう。
幼き頃から父親の酒乱には泣かされてきた。
家に牢屋があったら、酔った親父を入れておけるのにと真剣に思った。
兄貴はそんな親父のことをお父さんと呼んでいる。
親父の心の中には長男が一番と思うところがあった。
親父も長男だからだろう。
54年前の金沢文庫は田舎だった。
4歳のときに市営住宅に家族で入った。
風呂も無く、四畳半と六畳にお勝手の家であったが、その頃は市営住宅に入れることのほうが贅沢だった。
庭に穴を掘ってセメントで固め池を作った。
釣ってきたフナやめだかを入れた。
イチジクやアケビの木があった。
母親はよくアケビの新芽を摘んでおひたしにした。
近所の山もよく登った。
山の親父に追いかけられ、兄貴は捕まり正座をさせられ殴られた。
山の親父の作ったかやぶきで家を作ったりして、かやぶきの束を壊してしまったからだろう。
時が経ち、山にはもう登れないように道も閉ざされ、鉄条網で固められている。
家も取り壊され、マンションのような住居に変わった。
母のことを思うといつ壊れてもおかしくない住宅より、今の住居の方が安心である。
兄貴も俺も、いつかもうここには来なくなるのかと思うと切なくなる。
母の家から見える東急車輛の工場が夕日で紅く染まっていく・・・
※およそ35年前の萩原本人も登場する単行本「エレックレコードの時代」。
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