墓参り 【2008年03月26日(水) 】
先週の土曜日にお袋と家内の三人で三ツ沢にある萩原家の墓参りをした。
春分の日の翌々日と言うこともあり墓参ラッシュであった。
15分ぐらいでお参りをして三人で野島の寿司屋に向かった。
島寿司と言う名前だが地元では結構有名な店である。
家内が運転を代わってくれるのでビールから始まり冷酒に移る。
地のものは流石に美味い。
今日取れた鯛の刺身は類をみない旨さである。
食べ終わり海沿いを腹ごなしに散歩をした。
その日は日差しも強く半袖でも平気な気温であった。
海沿いの公園に腰をかけて夏島を久しぶりに見る。

伊藤博文が作った大日本国憲法はまたの名を夏島憲法と呼ぶ。
何のことは無い金沢八景の妾の家で書いたから夏島憲法と名づけたらしいがどうせなら妾の名前でも付けてやれば良かったと思うが、英雄色を好むとは太古の昔からの伝統芸なのだろう。
水面には何と言う鳥か分からないが小さな波に漂っている。
「いいな俺もあんなふうに漂ってみたいな」

この海は小学校の夏休み中毎日のように来た。
高校時代は夜中にバンド仲間と酒を野島で酌み交わした。
勿論今のように埋め立てられる前の話である。
お袋はアサリ取りが大好きである。
血を受け継いだのか俺もアサリ取りとなると無心で取り続ける。
五月になると野島は潮干狩りで海岸は家族連れで賑わう。
運河の近くには釣り船屋がひしめいている、三時を過ぎた頃に釣り船が戻って来た。
釣り士達が笑顔で船から下りてくる。
きっと大漁だったのだろう。
帰り道、お袋が一軒の釣り船屋のお上さんと話をしはじめた。
生海苔とワカメを買っているのだ。
どういうわけかチラッと見ただけで海苔とワカメを探し当てる。
それも滅茶苦茶に安い。
今日取れたワカメが重さで3キロぐらい、生海苔が1キロぐらいの重さであるが両方で千円である。
帰りにお袋が殆どのワカメと生海苔を土産に持たせてくれた。
帰ってからワカメを茎と葉っぱに分解して茎は醤油とだしに酒を入れてほんの一本鷹の爪で煮る。
これは酒のつまみにうってつけである。
残りの葉の部分は今日食べる分を残して熱いお湯にくぐらせる色が群青色から真緑に変わる。
そして水気を切れば出来上がりである。
残りは試してみたいことがあった。
釣り船のお上さんがワカメのしゃぶしゃぶはおいしいと言っていたのを小耳に挟んだ。
早速、豚肉ときのこと生ワカメを用意して食してみた。
初めてのワカメのしゃぶしゃぶは予想以上に旨い。
たれはポン酢をつけたが梅肉を合えたものでもいけると思う。
また一つ旨いものを発見した。
春の訪れは海の幸を食せば感無量で味わえる。
※萩原氏が執筆した「エレックレコードの時代II」(CD付き単行本)、2007年12月22日より発売開始!
※およそ35年前の萩原氏も登場する「エレックレコードの時代」(CD付き単行本)も熟割にて絶賛発売中!
春分の日の翌々日と言うこともあり墓参ラッシュであった。
15分ぐらいでお参りをして三人で野島の寿司屋に向かった。
島寿司と言う名前だが地元では結構有名な店である。
家内が運転を代わってくれるのでビールから始まり冷酒に移る。
地のものは流石に美味い。
今日取れた鯛の刺身は類をみない旨さである。
食べ終わり海沿いを腹ごなしに散歩をした。
その日は日差しも強く半袖でも平気な気温であった。
海沿いの公園に腰をかけて夏島を久しぶりに見る。

伊藤博文が作った大日本国憲法はまたの名を夏島憲法と呼ぶ。
何のことは無い金沢八景の妾の家で書いたから夏島憲法と名づけたらしいがどうせなら妾の名前でも付けてやれば良かったと思うが、英雄色を好むとは太古の昔からの伝統芸なのだろう。
水面には何と言う鳥か分からないが小さな波に漂っている。
「いいな俺もあんなふうに漂ってみたいな」

この海は小学校の夏休み中毎日のように来た。
高校時代は夜中にバンド仲間と酒を野島で酌み交わした。
勿論今のように埋め立てられる前の話である。
お袋はアサリ取りが大好きである。
血を受け継いだのか俺もアサリ取りとなると無心で取り続ける。
五月になると野島は潮干狩りで海岸は家族連れで賑わう。
運河の近くには釣り船屋がひしめいている、三時を過ぎた頃に釣り船が戻って来た。
釣り士達が笑顔で船から下りてくる。
きっと大漁だったのだろう。
帰り道、お袋が一軒の釣り船屋のお上さんと話をしはじめた。
生海苔とワカメを買っているのだ。
どういうわけかチラッと見ただけで海苔とワカメを探し当てる。
それも滅茶苦茶に安い。
今日取れたワカメが重さで3キロぐらい、生海苔が1キロぐらいの重さであるが両方で千円である。
帰りにお袋が殆どのワカメと生海苔を土産に持たせてくれた。
帰ってからワカメを茎と葉っぱに分解して茎は醤油とだしに酒を入れてほんの一本鷹の爪で煮る。
これは酒のつまみにうってつけである。
残りの葉の部分は今日食べる分を残して熱いお湯にくぐらせる色が群青色から真緑に変わる。
そして水気を切れば出来上がりである。
残りは試してみたいことがあった。
釣り船のお上さんがワカメのしゃぶしゃぶはおいしいと言っていたのを小耳に挟んだ。
早速、豚肉ときのこと生ワカメを用意して食してみた。
初めてのワカメのしゃぶしゃぶは予想以上に旨い。
たれはポン酢をつけたが梅肉を合えたものでもいけると思う。
また一つ旨いものを発見した。
春の訪れは海の幸を食せば感無量で味わえる。
※萩原氏が執筆した「エレックレコードの時代II」(CD付き単行本)、2007年12月22日より発売開始!
※およそ35年前の萩原氏も登場する「エレックレコードの時代」(CD付き単行本)も熟割にて絶賛発売中!
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ハギ♪シホの音楽夜話 【2008年03月19日(水) 】
泉谷しげると共にステージに上がった。
舞台の袖から見る会場は3千人ぐらいに思える。
スタッフに位置について下さいと言われドラムのやまだいに上がる。
幕がスローモーションで上がっていく。
観客の声が脳天からつま先に抜けた。
ドラムソロから始まるオープニングはベードラを踏み込んだときがスタートとなった。
「俺は今から空中を泳ぐイルカになる」とわけの分からない妄想の世界に入って行く。
35年も前の出来事であった。
ハーイ5秒前、「やっと皆さんにお会いすることが出来ました。ハギこと萩原克己です。」「藤田志穂ことシホです」
初めてのディスクジョッキー。
読売新聞社の中にあるG+のスタジオから始まった。
リハーサルで自分の書いた原稿が時間をかなりオーバーしてしまった事を知る。
頭の中でどこをカットするかを決めるが慣れない自分のもどかしさで自信が消えていった。
休憩でトイレに行き鏡に向かって頬にビンタを入れる。
「お前、何やってんだよお前の持ち味は獣になることだろ」
肝が徐々に下りてきた。
「すいません、頭のしゃべり5分ですね。カンペで三分前から出してください。」
徐々に俺らしくなって行く。
しかし、自分として出来は小学校クラスである。
「クソ、ブースで笑ってんだろうな」
途中でゲスト出演の加奈崎芳太郎が入ったと連絡が入る。
一時間後にゲストとのトークシーンの撮りに入る。
「かなやんありがとな」
「ふざけんなよお仕事お仕事」
俺に気を使い緊張の糸を切らずに会話をくれる。
4月5日22時50分からのオンエアーである。
27歳から31歳頃まで毎日のようにTBSのパックインミュージックに顔を出していた。
夜9時から夜中の3時までである。
その後、朝まで制作会社のディレクターや他社の宣伝マンと麻雀を打った。
深夜放送から育った人々は多い。
今のTV業界の重鎮の位置を占めている。
パックインミュージックの本番が始まり、DJが
「今日、天気が良いのでワーゲンのカブリオレで中央高速を飛ばして来ました」
するとディレクターが
「バカヤロー高速を飛ばすなんて矢沢永吉しか似合わないんだ、お前は嘘でもいいからここまでチャリンコできたぐらいのこと言えないのか」
そのディレクターとは無二の親友だったがある時から消えた。
収録中にそいつのことを思い出しあいつが俺に駄目出しをくれる想像をした。
あいつは俺のことをかっちゃんと呼ぶ。
「かっちゃん、駄目だよ相手の心の中で破裂するしゃべりじゃなきゃ、ベトナム戦争がお題だったらかっちゃんのベトナム戦争だろ、本に書いてあるようなこと自慢げに知識を出したところで視聴者にはもろばれだぞ」
心の中の友は俺を助けてくれている。
「分かった背伸びしたってしょうがないもんな、俺の番組だ自由にしゃべる嫌だったら見るなてな感じだろ友よ」
「そうそうそれがかっちゃんだよじゃーまたなじゃましたな」
心の中から消えていった。
最後に加奈崎芳太郎の歌撮りが終わり惜しみなく拍手を送る。
「お疲れさまでした」
スタジオに大勢の人々が入って来る。
全身の力が抜けていった。
その後久しぶりでかなやんと飲んだ。
美味さと苦さが交じり合った酒の味は妙にやさしく包んでくれた。
※萩原氏が執筆した「エレックレコードの時代II」(CD付き単行本)、2007年12月22日より発売開始!
※およそ35年前の萩原氏も登場する「エレックレコードの時代」(CD付き単行本)も熟割にて絶賛発売中!
舞台の袖から見る会場は3千人ぐらいに思える。
スタッフに位置について下さいと言われドラムのやまだいに上がる。
幕がスローモーションで上がっていく。
観客の声が脳天からつま先に抜けた。
ドラムソロから始まるオープニングはベードラを踏み込んだときがスタートとなった。
「俺は今から空中を泳ぐイルカになる」とわけの分からない妄想の世界に入って行く。
35年も前の出来事であった。
ハーイ5秒前、「やっと皆さんにお会いすることが出来ました。ハギこと萩原克己です。」「藤田志穂ことシホです」
初めてのディスクジョッキー。
読売新聞社の中にあるG+のスタジオから始まった。
リハーサルで自分の書いた原稿が時間をかなりオーバーしてしまった事を知る。
頭の中でどこをカットするかを決めるが慣れない自分のもどかしさで自信が消えていった。
休憩でトイレに行き鏡に向かって頬にビンタを入れる。
「お前、何やってんだよお前の持ち味は獣になることだろ」
肝が徐々に下りてきた。
「すいません、頭のしゃべり5分ですね。カンペで三分前から出してください。」
徐々に俺らしくなって行く。
しかし、自分として出来は小学校クラスである。
「クソ、ブースで笑ってんだろうな」
途中でゲスト出演の加奈崎芳太郎が入ったと連絡が入る。
一時間後にゲストとのトークシーンの撮りに入る。
「かなやんありがとな」
「ふざけんなよお仕事お仕事」
俺に気を使い緊張の糸を切らずに会話をくれる。
4月5日22時50分からのオンエアーである。
27歳から31歳頃まで毎日のようにTBSのパックインミュージックに顔を出していた。
夜9時から夜中の3時までである。
その後、朝まで制作会社のディレクターや他社の宣伝マンと麻雀を打った。
深夜放送から育った人々は多い。
今のTV業界の重鎮の位置を占めている。
パックインミュージックの本番が始まり、DJが
「今日、天気が良いのでワーゲンのカブリオレで中央高速を飛ばして来ました」
するとディレクターが
「バカヤロー高速を飛ばすなんて矢沢永吉しか似合わないんだ、お前は嘘でもいいからここまでチャリンコできたぐらいのこと言えないのか」
そのディレクターとは無二の親友だったがある時から消えた。
収録中にそいつのことを思い出しあいつが俺に駄目出しをくれる想像をした。
あいつは俺のことをかっちゃんと呼ぶ。
「かっちゃん、駄目だよ相手の心の中で破裂するしゃべりじゃなきゃ、ベトナム戦争がお題だったらかっちゃんのベトナム戦争だろ、本に書いてあるようなこと自慢げに知識を出したところで視聴者にはもろばれだぞ」
心の中の友は俺を助けてくれている。
「分かった背伸びしたってしょうがないもんな、俺の番組だ自由にしゃべる嫌だったら見るなてな感じだろ友よ」
「そうそうそれがかっちゃんだよじゃーまたなじゃましたな」
心の中から消えていった。
最後に加奈崎芳太郎の歌撮りが終わり惜しみなく拍手を送る。
「お疲れさまでした」
スタジオに大勢の人々が入って来る。
全身の力が抜けていった。
その後久しぶりでかなやんと飲んだ。
美味さと苦さが交じり合った酒の味は妙にやさしく包んでくれた。
※萩原氏が執筆した「エレックレコードの時代II」(CD付き単行本)、2007年12月22日より発売開始!
※およそ35年前の萩原氏も登場する「エレックレコードの時代」(CD付き単行本)も熟割にて絶賛発売中!
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at 20:24
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恐怖のエスカレーター 【2008年03月12日(水) 】
三日前に半蔵門線の渋谷駅で上りのエスカレーターに乗った。
途中、真ん中まで行くと急にとてつもない音量で金属音が30秒ぐらいなった。
いったい何があったのだとエスカレーターに乗った乗客は不安な顔である。
ようやくトップまでくるとエスカレーターの真ん中がえぐりとられていた。
よく怪獣が金属をむしりとる、あんな絵である。

1時間ほどで用を足して駅に戻ると10人の警備員と技術者がエスカレーターを五段ぐらい分解して直している最中であった。
警備員の一人に「事故現場にいたのですが何が原因だったのですか?」
すると警備員はめんどそうに何か間に詰まったみたいだなと言った。
しかし、事故直後5秒のときには挟まった様子などなかったと思う。
その時思ったことは列車事故やエスカレーター事故など公共の事故はこんな感じで起こるのだと感じた。
あの事故で誰か怪我をしていたら東京メトロの対応は変わっていたと思うが、怪我人が出ないとあっさり何も無かったように片付けてしまう。
そう言えば十年前ぐらいの話だがテレビを見ていたらテレビが爆発したことがあった。
某メーカーのものだがその時そのメーカーにテレビが爆発したと言ったら30分後には技術者が来てあっという間にブラウン管を取替え帰って行った。
勿論お金もとらないし爆発したブラウン管とか証拠になるものは全て持っていってしまった。
今なら直ぐに消費者センターとかに連絡を取るのだがその時は被害者感覚はなく馬鹿正直に直れば良いやと思ったのだろう。
そこで学習した。
後に乾燥機のドアノブが壊れゴムバンドで乾燥機を縛って使っていた。
電気屋にドアノブの交換を頼むと電気屋が言うにはドアを全取替えしないと駄目だと答えが返ってきた。
いくらだと聞くと二万円ぐらいですとシャーシャーと抜かしやがった。
頭にきたのでメーカーに電話をして大体乾燥機のドアノブなんて普通の扱いで壊れるものかと切り込み、家には猫が三匹いるがもし猫が乾燥機に飛び込み死んだらお前どうするのだと滅茶苦茶な言いがかりをつけた。
すると向こうの対応が変わりやはり30分後に技術者が来てドアを一枚取替えに来た。
お金は出張費の2千円だけで済んだ。
アメリカでは賠償責任の重さは高いが日本はまだまだ遅れている。
日本人の習性としてトラブルに巻き込まれるのが嫌だという感覚が見過ごしてしまう生き方を選んでしまうと思う。
今の世の中は世知辛いと思うことが多いが自分の正義感と野次馬根性がミックスした性格はたまにあだになることも多い。
春がもうそこまで来ている。
いい事が一杯ありますようにと最近はせつに願う。
※萩原氏が執筆した「エレックレコードの時代II」(CD付き単行本)、2007年12月22日より発売開始!
※およそ35年前の萩原氏も登場する「エレックレコードの時代」(CD付き単行本)も熟割にて絶賛発売中!
途中、真ん中まで行くと急にとてつもない音量で金属音が30秒ぐらいなった。
いったい何があったのだとエスカレーターに乗った乗客は不安な顔である。
ようやくトップまでくるとエスカレーターの真ん中がえぐりとられていた。
よく怪獣が金属をむしりとる、あんな絵である。

1時間ほどで用を足して駅に戻ると10人の警備員と技術者がエスカレーターを五段ぐらい分解して直している最中であった。
警備員の一人に「事故現場にいたのですが何が原因だったのですか?」
すると警備員はめんどそうに何か間に詰まったみたいだなと言った。
しかし、事故直後5秒のときには挟まった様子などなかったと思う。
その時思ったことは列車事故やエスカレーター事故など公共の事故はこんな感じで起こるのだと感じた。
あの事故で誰か怪我をしていたら東京メトロの対応は変わっていたと思うが、怪我人が出ないとあっさり何も無かったように片付けてしまう。
そう言えば十年前ぐらいの話だがテレビを見ていたらテレビが爆発したことがあった。
某メーカーのものだがその時そのメーカーにテレビが爆発したと言ったら30分後には技術者が来てあっという間にブラウン管を取替え帰って行った。
勿論お金もとらないし爆発したブラウン管とか証拠になるものは全て持っていってしまった。
今なら直ぐに消費者センターとかに連絡を取るのだがその時は被害者感覚はなく馬鹿正直に直れば良いやと思ったのだろう。
そこで学習した。
後に乾燥機のドアノブが壊れゴムバンドで乾燥機を縛って使っていた。
電気屋にドアノブの交換を頼むと電気屋が言うにはドアを全取替えしないと駄目だと答えが返ってきた。
いくらだと聞くと二万円ぐらいですとシャーシャーと抜かしやがった。
頭にきたのでメーカーに電話をして大体乾燥機のドアノブなんて普通の扱いで壊れるものかと切り込み、家には猫が三匹いるがもし猫が乾燥機に飛び込み死んだらお前どうするのだと滅茶苦茶な言いがかりをつけた。
すると向こうの対応が変わりやはり30分後に技術者が来てドアを一枚取替えに来た。
お金は出張費の2千円だけで済んだ。
アメリカでは賠償責任の重さは高いが日本はまだまだ遅れている。
日本人の習性としてトラブルに巻き込まれるのが嫌だという感覚が見過ごしてしまう生き方を選んでしまうと思う。
今の世の中は世知辛いと思うことが多いが自分の正義感と野次馬根性がミックスした性格はたまにあだになることも多い。
春がもうそこまで来ている。
いい事が一杯ありますようにと最近はせつに願う。
※萩原氏が執筆した「エレックレコードの時代II」(CD付き単行本)、2007年12月22日より発売開始!
※およそ35年前の萩原氏も登場する「エレックレコードの時代」(CD付き単行本)も熟割にて絶賛発売中!
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at 21:14
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鮫を食す 【2008年03月04日(火) 】
前回もワインのことを書かせていただいたが、マイブームでワインに今凝っている。
食事をしながら飲める酒はワインしかない。
焼酎を飲みながらパスタを食べたいとはやはり思わない。

酒屋に行くと良さそうで手頃のワインを二本買い、あとは酒が無くなると寂しくなるので箱ワインを買う。
最初は箱ワインなんてと馬鹿にしていたがフランジアと出会いその観念が消えた。
そう言えば事務所の近所のイタリアンでグラスワインを頼んだら、どこかで飲んだことがあると思い二口目にフランジアとわかり、「マスターこれってフランジアだよね」と言うと店主は真っ赤な顔になった。
箱で2千円のワインがグラス一杯500円もとっていたのだ。
2リットルの箱からグラスは何杯取れるのだろうと考えるとそのイタリアンに足が遠のいてしまった。
話は変わるが昨日、鮫の軟骨梅和えを食した。
勿論そのときはワインではなく芋焼酎のお湯割りである。

鮫には思い出がある。
鮫とフカは同じものだ、何年か前に気仙沼に行った時の話である。
気仙沼は言わずと知れたフカひれの産地である。
そこで聞いた話だが数年前にフカを取りひれだけ取ったら後は海に捨てていたらしい。
それで保護団体のグリーンピースに追いかけられ、それからはフカの体も持って来るようになった。
しかしフカは体の中に小便をするので身がアンモニア臭いのである。
食としては人気のないフカをどうしようかと思いそこでフカの皮を使うアイディアが出た。
鮫皮のバックや財布など色々作られた。
以前、アーティストのプロダクションもやっていたので気仙沼の養護施設に何度か行く機会が多くなった。
そこで障害児が鮫皮を使って孟宗竹や焼き物に被せ鮫皮太鼓を作っていたのである。
その太鼓はコンガとボンゴの中間のような音域で良い音色の音がした。
いつかこの太鼓をキューバに送りラテンパーカッションとして使われたら面白いと考えたことがある。
その夢が実現できなかったのは胴の部分が弱くプロのパーカッションが叩くとすぐに割れてしまう。
いつの日かまた気仙沼に行きあの太鼓と出会いたいと思う。
もう頭の中では鮫皮太鼓の音が聞こえてきた。
※萩原氏が執筆した「エレックレコードの時代II」(CD付き単行本)、2007年12月22日より発売開始!
※およそ35年前の萩原氏も登場する「エレックレコードの時代」(CD付き単行本)も熟割にて絶賛発売中!
食事をしながら飲める酒はワインしかない。
焼酎を飲みながらパスタを食べたいとはやはり思わない。

酒屋に行くと良さそうで手頃のワインを二本買い、あとは酒が無くなると寂しくなるので箱ワインを買う。
最初は箱ワインなんてと馬鹿にしていたがフランジアと出会いその観念が消えた。
そう言えば事務所の近所のイタリアンでグラスワインを頼んだら、どこかで飲んだことがあると思い二口目にフランジアとわかり、「マスターこれってフランジアだよね」と言うと店主は真っ赤な顔になった。
箱で2千円のワインがグラス一杯500円もとっていたのだ。
2リットルの箱からグラスは何杯取れるのだろうと考えるとそのイタリアンに足が遠のいてしまった。
話は変わるが昨日、鮫の軟骨梅和えを食した。
勿論そのときはワインではなく芋焼酎のお湯割りである。

鮫には思い出がある。
鮫とフカは同じものだ、何年か前に気仙沼に行った時の話である。
気仙沼は言わずと知れたフカひれの産地である。
そこで聞いた話だが数年前にフカを取りひれだけ取ったら後は海に捨てていたらしい。
それで保護団体のグリーンピースに追いかけられ、それからはフカの体も持って来るようになった。
しかしフカは体の中に小便をするので身がアンモニア臭いのである。
食としては人気のないフカをどうしようかと思いそこでフカの皮を使うアイディアが出た。
鮫皮のバックや財布など色々作られた。
以前、アーティストのプロダクションもやっていたので気仙沼の養護施設に何度か行く機会が多くなった。
そこで障害児が鮫皮を使って孟宗竹や焼き物に被せ鮫皮太鼓を作っていたのである。
その太鼓はコンガとボンゴの中間のような音域で良い音色の音がした。
いつかこの太鼓をキューバに送りラテンパーカッションとして使われたら面白いと考えたことがある。
その夢が実現できなかったのは胴の部分が弱くプロのパーカッションが叩くとすぐに割れてしまう。
いつの日かまた気仙沼に行きあの太鼓と出会いたいと思う。
もう頭の中では鮫皮太鼓の音が聞こえてきた。
※萩原氏が執筆した「エレックレコードの時代II」(CD付き単行本)、2007年12月22日より発売開始!
※およそ35年前の萩原氏も登場する「エレックレコードの時代」(CD付き単行本)も熟割にて絶賛発売中!
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