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おくりびとを見ること  [2008年09月11日(木) ]
 縁あって、当ステージの試写会に招待にされました。今年に入って二人を見送った身としては思いだして辛い場面もありましたが、それはそれとして、笑いもし、考えさせられもした映画でした。「納棺師」という仕事もこの映画で初めて知りました。

 「死」をめぐる人間模様ですから、それまで表立たなかった故人への様々な思い、関係、しきたりが一挙に噴出するのは世の常でしょう。その辺の筋書きも面白く、出演者の持ち味と演技力、とりわけわきを固めるベテランの演技には仕事の何たるか、が伝わってきてすばらしい映画でした。

 考えさせられたのは、主人公の妻が、夫の職業を知って発したひとことでした。言おうとして言える言葉ではなく、しかし作者、監督としてはそのひとことにこの映画で問いたい、訴えたいことの核心を込めた、と愚生は感じました。

 コミカルに進んできたかに見えたストーリーが、一気に緊張をはらんだ後半のクライマックスから感動の大団円に向かう転回点となったキーワード。どう受け止めるかは世代とか経験、知識などによるでしょうが、ご覧になってご自身で確かめていただきたい、いい映画であると思います。

Posted at 12:12  | 映画など  | この記事のURL
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昭和は遠くなりにけり・・・職場仲間との話  [2008年09月10日(水) ]
昭和その1 電報

 「ねえねえ丼ファンさん、知っている?電報を打つと木が一本モンゴルに植わるってことを」
 職場の先輩がそう聞いてきました。もちろん知りませんでした。電報といえば昭和の趣。しかも「サクラチル」とか「チチキトク スグカエレ」とかの文言しか浮かばず、値段が高いし、第一今はメールの時代です。

 「だからこそ、電報がいいのです。特に敬老の日とか結婚式のお祝に。それも植樹付きが」
 先輩がかく勧めるのは、仕事と関係があるからなのですが、確かに電報は形に残るし心にも残るかな。でもなんでモンゴルに木が植わるの?
 それはこのページにありました。KSGインターナショナルという会社が、ECOかつ低価格の電報サービスを3年前から展開しているとのことです。


 なんでそんなことができるのか。同社のホームページによると、モンゴルは森林火災により広大な森林面積が失われて、日本のNGOが再生事業に取り組んでおり、その事業に賛同して、電報1通につき、1本の植樹代を寄付しているそうです。

 なるほど。さしあたって、今月15日の敬老の日に、と思ったのですが、愚生の祖父母は一人もいないので、子丼にでも教えてだしてもらおうかな。

               


 写真がないのもなんですので日曜日に行った雑司ヶ谷鬼子母神でのショットを。ここの鬼という字には上の角がありません。
 「なんで角がないのですか」と聞くと
 「私と同じ、やさしい鬼です」とご住職。
 団子は近年復活したおせん団子。462円。おいしかったです。






昭和その2 貸本屋

 谷中、根津、千駄木界隈のウリは、懐かしくも新しい町、といえるでしょう。根津神社入り口から谷中霊園方面、あかじ坂へ向かうと右に澤の屋旅館、左に「貸本」の看板があります。懐かしい。

 愚生は「貸本」と脱脂粉乳と鯨カツで育った、といっても過言ではありません。あと銭湯の帰りに親に内緒で買った5円のコロッケと。
 そのころの人気漫画は「ロボット3等兵」(前谷惟光)「猿飛佐助」「少年児雷也」(杉浦茂)、そして鉄腕アトム(手塚治)。いずれも後の多くの漫画家、作家にも影響を与えました(はずです)。「少年ケニヤ」(山川惣治)も忘れられない絵物語です。

 そのころのワレワレは、春は近所の神田川でどじょっこふなっこ捕り、夏は虫捕り、刈り取り後の田んぼで野球、冬は相撲とおしくらまんじゅう、馬跳び、チャンバラごっこに興じて、お金はなかったけれど今にして思えば遊びは豊だった時代のワレワレは、繰り返し繰り返し漫画をちゃぶ台の隅に置いて食事中も読んだりして叱られたものでした。本当におもしろかったー。楽しかったー。

 遊び癖は今もなおらず、しょっちゅう叱られてるところだけは昔も今も同じです。
 ちゃぶ台と言えば、日本の食生活は箱膳からちゃぶ台、そしてテーブルへと変遷したのはわかりますが、愚生ごとき庶民かつ“若造”は、箱膳を知りません。
 
 あかじ坂の登り口にある貸本屋は、閉店しています。しかし近年まで店を開いていたことが、硝子戸の張り紙でわかりました。開いているうちにいけなかったのが残念です。
 この道へ、先週職場の若きご同輩3人(F田さん、K林さん、T升君)をご案内しました。目指すは猫町カフェ29。地図はこちらです

 細い路地のしもた屋風有名居酒屋に目を見張り、貸本の看板を目にしたご同輩たちに
 「貸本屋って知っている」と尋ねると
 「知りません。かしもとって何だろうと思っていました」
 ご存じない。無理もない。読めないのも仕方がありません。

 「昔はね」と話しているうちに、猫町CAFE29。この夜の客は我々だけの貸し切り、でしたが、おひとり、大家さんのお母さんが食事に見えました。
 「いやあ、僕、猫を飼っているんですよ」
 「この猫の絵、かわいい」
 「ママはね、熊本出身で元出版社の部長さんですよ。板長は弟さんです」
 「素敵」
 
 まず前菜。熊本の川魚とかいろいろめずらしいもの沢山。メインは地鶏のグリルですが、鶏そのもののおいしさをさらに引き出す味付けが抜群です。
 「おいしい」
 もぐもぐ
 ぐいぐい(焼酎です)
 かくしてあかじ坂の夜は更けていきました。

Posted at 15:08  | 旅 日記 徘徊  | この記事のURL
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銀座界隈・木挽町もおいしい・・・その1 深川丼  [2008年09月04日(木) ]
 会社から歩いて5-10分。歌舞伎座界隈には「木挽町」と名付けられた喫茶店や通りがあります。郵便番号が付けられて味気ない番地に変わる以前の旧町名で、街のいわれがわかるから、残しておきたい気持ち、「何でつまらない銀座○○丁目に変えたの」との気持ち、よーくわかります。

 界隈にはチェーン店ではない、味の店が点在しています。個性的、というか何かおいしい世界がありそうなたたずまいに、一見としてのちゅうちょをはねのける強い引力が暖簾を通して伝わってきます。

 「さんさく」もそのうちの一軒です。先週初めて入りました。今週もいきました。おいしかったのです。
 「味の散策を」という意味だそうです。その通り、の店でした。



 先週は「深川丼」。アサリと卵たっぷり、つゆたっぷり。愚生、つゆ少なめが好きなのですが、ここのアサリのつゆの味は、文句なし。しかも1050円。深川丼の値段はせいぜいこれくらいであってほしい。つゆ、多くてけっこう。毎日食べたい。夜も来たい。ほかのものも食べたい。

 感銘をうけて今週はお弁当。こちらは揚げ物がけっこうあって若者向きかと。はい。愚生思うに、揚げ物とポテサラは下町では欠かせないメニューかと。弁当にも右隅の一角にちゃんと入っておりました。



 「ネットで見たのですが、道場六三郎さんのところにもいらしたそうで」と勘定の時に尋ねると
 「かなり昔ですけど」
 おいしいはずです。道場さんの店にまだはいったことがありませんが。
 豚児も界隈です。

Posted at 23:31  | 食 銀座・新橋界隈  | この記事のURL
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吉野鮨本店のカウンター  [2008年08月31日(日) ]
 すし屋のカウンターで初めてにぎりをつまんだ日は、忘れもしない1970年(昭和45年)11月25日。就職も決まり、すでに社会人になっていた大学の2年先輩が、おごってくれるとのことで昼少し前に神田神保町の、今もある寿司屋に行くと・・・NHKで「三島由紀夫が防衛庁に乱入しました」と、作家の三島由紀夫を敬称抜きで呼んでいました。何事か、とみんなテレビ画面にくぎ付けになったのを覚えています。

 一方で、生まれて初めてのすし屋のカウンターですから、そちらも愚生にとっては大ニュース。しっかり握り鮨をいただきました。S本先輩、ごちそうさまでした。40年近く過ぎてもお返しもしないですみません。今度ね。

 代わりに、というわけではありませんが会社の女性のご同輩お二人を今週半ばに「日本橋高島屋さんうら通り」の吉野鮨本店にご案内しました。

 「おいしい魚なら好き」というK谷さんと新潟育ちで「魚系もアルコール系もOK」という○保さん。人生では私が相当先輩ですが、会社ではお二人が先輩。いろいろとお世話になっています、という気持ちをこめて、カウンターへ。
 
 「何にしますか」と吉野鮨5代目の若旦那。「赤みを入れて刺身適当にください」と愚生。きました。



 「おいしい」
 「これ、赤身ですか。中トロみたい」
 創業明治12年(1879年)すなわち129年の歴史を誇る、下町の鮨屋が日々渾身の仕入れと包丁さばきで出す赤身ですから、味に間違いはありません。でも確かに少し中トロっぽいですね。
 
 白身は?
 「ヒラメです」
 エンガワ付き。こたえられませんね。縁側に似ているから、そう呼ぶそうですが、甘みとうまみとが凝縮されたぷりぷりの逸品でありました。 次にアナゴをつまみで頼んで 


 あとは一気呵成にアサリ、イクラ、ウニ、ノリマキ、鉄火巻き、シャコ、コハダ・・・
 「ここの卵はね、昔からある薄い卵焼きと今風の厚焼きとがあるんだけど」
 「どちらも食べたい」とS保さん。
 そうでしょう。
 「ところで、お寿司って食べる順番とかあるの?」とK谷さん。
 そこです。この店のいいところは「お客さんのお好きな順に召し上がってください」と若旦那。4代目も同じことをおっしゃっていましたね。しかも一見も常連も分け隔てなく接して「納豆巻きと稲荷鮨」はありません。
 
 かくして若旦那たちとの会話もはずんだ楽しくもおいしい2時間余は、あっという間に過ぎてそれぞれ家路へつきました。

 以前の吉野鮨のブログです。かなりダブっていますね。

Posted at 00:09  | 食 日本橋ほか下町  | この記事のURL
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本当は大好きなのに・・・ショウゲキの告白  [2008年08月28日(木) ]
 ずばりハムカツです。紅顔の○少年のころは給食にも出たような、昨夜ごいっしょした妙齢お二人もそうおっしゃっていました。しかし長ずるに及んで身辺から姿を消していったのです。

 愚生的にはこの半世紀近く幻のメニューと化していただけに、懐かしい。それが下町では今も堂々たるメインメニューの一つとなっているではないですかー。
 門前仲町のゆうちゃんしかり、佃大橋西詰の下町洋食キッチン トキワしかり、東銀座というよりも旧木挽町の元祖コロッケ チョウシヤしかり。



 そして一昨日昼、浅草にほど近い稲荷町は田中食堂。食堂とは、などとテツガクったりはしませんが、これほど「食堂」食堂している食堂ってなかなかですね。提灯の赤、日除けの黄色が暖簾の清潔な白と簡潔明瞭な「田中食堂」の文字を際立たせるきちんとしたたたずまい、食堂のなんたるか、を主張して「おいしく食べてもらいたい」とのメッセージがばんばん伝わってきました。
 
 これでハムカツがなければウソー、との読みにも狂いはなく、メンチカツなど目移りする揚げ物を横目に「ハムカツください」。



ハムカツ定食
 揚げたてアツアツはふはふさくさく、ハムの厚さは5ミリほど・・・ハムだけでもおいしいのに、加えて揚げ物の衣の香りとうま味に包まれたハムカツって、おいしさの極み、と思います。
 田中食堂では、脇陣にこれまた定番のポテサラとキャベツの千切り。小鉢の煮物はカボチャの甘みを生かしてくどくなく、味噌汁の具は大根という、緑黄色野菜と淡色野菜とのバランス抜群の、750円。これぞ下町、これぞ定食です。
 ご飯少なめ、と注文しなかったことのみ悔やまれます。

肉豆腐定食
 で、昨日昼は銀座6丁目の定食屋「たちばな」。世界のブランドがメインストリートに居並ぶ中、一歩入るとこういう食堂にも巡り合えるところが、銀座という街の面白さでもあります。



 頼んだのは肉豆腐定食890円。ごらんのように、肉も玉ねぎもたくさんあって豆腐が見えませんが、この下に一丁分のおおきな豆腐が入っていました。ごはんはもちろん「少なめ」。

 こうした定食を食べているとほっとするのは、歳のせいばかりではない、と思いたいのですが。

 下の写真は田中食堂の近くの下谷神社。寄席発祥の地、の碑と「寄席はねて上野の鐘の夜長哉」の子規の句碑もありました。雨模様の中で愚生も

 ハムカツのあつさ身にしむ氷雨かな 

 駄句をばご無礼つかまつりました。


Posted at 10:51  | 食 日本橋ほか下町  | この記事のURL
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ホヤとの遭遇  [2008年08月23日(土) ]
 ショウゲキのホヤに、東京・新橋で出会いました。鮮度、色、歯ごたえ、香りどれをとってもこれまで食べたホヤをしのいでいる。値段もショウゲキの320円。悶絶してもおかしくありませんが、それでは食べられません。

 「君は本当のホヤをしっているか」
 イモ焼酎を孫のようにいつくしみつつ飲み続けている○津先輩が、かく問いかけてきました。
 「新橋の奇跡ですね」
 テツガクにも弱くあまり人の話を聞いてない愚生、禅問答的にごまかそうとしましたが、
 「僕は本物しか相手にしないから」
 (それであまり相手にしていただけないのか。納得)
 「築地の仕入れの店を変えたのです」と店の方が業を煮やしてまっとうな合いの手。
 「僕はここではホヤを2回頼むので知られている」



 ○津先輩のその気持ち、よっくわかります。本物は本当においしい、しやわせー、のんべえでいかったー・・・愚生の表現力では本物の衝撃はお伝えしきれません。筆舌に尽くしがたいとはまさにこののっぴきならない事態、この店のこのホヤとの遭遇を、いうのでしょう。未知との遭遇などは、精神的な衝撃の大きさ、深さから言うと、ホヤとの遭遇に比べれば問題になりません。知らないことだらけの愚生はしょっちゅう未知と遭遇しているし。

 「ホヤそうですか」と、ホヤに思いいれがないかつてのご同輩、おみずならいうでしょうが、食べたもんの勝ち。ホヤは苦手、というかたもいらっしゃるので、ここまではホヤ好きの方を前提にしました。

 この日(昨日午後)は汐留から新橋界隈を徘徊しました。というよりは新旧の職場ともいっしょの○津先輩にさんざん引き回しをしていただいた結果、ショウゲキの出会いが、我が人生に新たな地平を切り開いたホヤの店との出会いがあったのです。
 まず汐留の電通本社へ。飲むだけではなく、街の徘徊もワレワレは好きなのです。まず目指したのは電通本社ビル(カレッタ汐留)地下二階の焼酎専門店。

電通本社ビル(カレッタ汐留)
 「ここはすごいよ」
 たしかに広い店内が焼酎で埋まっています。芋専門の先輩の目が輝きを増しています。
 「これはうまい。しかも安いよ」

 焼酎と芋と黒豚に関してメチャ博識であります。
 「飼料の20%がさつまいもじゃないと薩摩の黒豚とはいわない。おならを出しつつ黒豚は育っているのだよ」
 黒豚はよけいブーブーとうるさいのかな、と愚生は疑問に思ったのですが、さしたる問題でもありません。話がどこへとぶかわからないし、黙っていました。


 
 昼は当然黒豚料理。いちにいさんカレッタ汐留店で、先輩は焼酎「島娘」のお湯割り。愚生は黒酢入りとんしゃぶ冷つけ麺980円。
 「お湯、先に入れてね」
 こだわります。
 「あんたも偉くなったね」
 店長とは顔なじみです。が、3杯目を注文すると「昼間は2杯まで」ときっぱりと断られていました。顔なじみになるはずです。



東京湾奥・築地を一望に 
 食後は46階からの展望。眼下に広がる景色の右の緑が浜離宮、中央は築地市場、その手前茶色っぽいビルは朝日新聞社。ヘリポートが屋上にあります。
 さすがは世界の電通、東京湾奥の絶景を一望のもとに納めています。広告博物館も見逃せませんが、改めてご紹介を。

 徘徊は続いて、午後2時過ぎにやってきたのが、最初にご紹介したホヤを出す店であります。

ショウゲキ的価格
 ホヤ以外の価格もショウゲキ的です。ここで先輩は焼酎の黒霧島。
 「この焼酎は黒麹。きりっとしまっているね。さっきの島娘は白麹。飲み口が良く、女性的でしょ」
 焼酎は二人で7杯。肴はホヤ一本槍。しめて4200円余りでした。定年族にとって、かくもやさしいお値段の店は、寡聞にして知りません。費用の捻出には日々心を痛めている飲んだくれ族の救世主にも思えます。(ここではらりと涙)。



 あまりの感激に愚生をして人目もはばからずむせび泣かせしめたこのアンビリバボーなお店。有名になると入れなくなっちゃう、というけちな根性はこの際捨てませう。

 時間と手間をかけてこのブログをわざわざ読んでいただいている、愚生と志を同じうする方々=お酒はぬるめの燗でいい。健康を維持しつつ少しでいいから毎日飲みたい。外で飲むときは価格、料理、サービスの三位一体がそろったよか店で飲みたい。そういう方々=すなわち我が同士諸兄姉にはご報告する義務がある、責任がある、とこころのそこから思った次第です。 

 その店こそ「赤札屋新橋店」。名前もいいですね。場所は
港区新橋2-15-3、月―土 13:00−4;00 祭日13:00−24;00 日休み。 
 わかりにくいです。写真の正面がニュー新橋ビルです。



 この素晴らしき店を教えてくれた先輩に報いるには、我が感激をみんなで共有するのが一番。
 「情報って情けに報いるということ」と教えていただいたのは、やはり現職場の先輩YA○田さんです。
 来し方行く末、人生のなんたるかに思いをはせつつ納得の酒場で飲む納得の酒と肴は、今こうしてあることへの感謝、明日への活力、そして何より家族との融和につながる???と信ずる次第であります。
 先達はあらまほしきことなり。兼好法師さんのお言葉も思い出しました。

Posted at 16:19  | 食 銀座・新橋界隈  | この記事のURL
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一食入魂のランチ日記8月中旬編  [2008年08月20日(水) ]
 宮崎駿監督も「崖の上のポニョ」のパンフレットに書いていましたね。
 「お迎えが来る日を意識するようになった」というようなことを。が、一方では「生まれてきてよかった」ともポニョのメッセージの形をとってホームページで書いています。
 愚生も「イキ過ぎたるや、61歳」でありますが、「今日もおいしいランチにめぐりあえてよかった」61歳でもあります。

オムライス如水風
 本日は大学の先輩、YA○さんに東京・千代田区一ツ橋の如水会館のジュピターというレストランに連れて行ってもらいました。午後0時45分というのに満員。その理由は決まっております。味、コストパフォーマンス、サービスのどれ一つ欠けてもこうはなりません。




 今月のビジネスランチという1000円の定番ランチの中から、YA○さんは煮込みハンバーガー、愚生はオムライス如水風。サラダバーは定番にセットされていて、すきなだけ食べられるところも人気なのでしょう。
 「裁判員制度って、いつだれが言い出したの?」
 「個人情報保護法って、問題多いね」
 「中国って・・・」
 おたがい仕事が重なる部分もあり、話が弾んでオムライスの味はよくわかりませんでしたが、満腹。ごちそうさまでした。
 もう一度食べにいかなくては。




日本橋・紅葉川の鴨せいろ
 こちらはときどき無性に食べたくなる紅葉川日本橋店の鴨せいろ1300円くらいでしたね。高いけれど、鴨肉もつゆもおいしいのです。周りの客の多くが注文していました。「盛りは普通でいいですか」と聞かれますが、高いのでもちろん普通盛り。その代り、つゆに蕎麦湯を入れて飲むとかなりお腹いっぱいになります。
 お店は日本橋・三越新館の真向かいです。

ワンコインヌードル
 下は銀座・ニュー北京の知る人ぞ知る午後1時以降のランチサービス、ワンコインヌードル。前日の昼が高かった分、バランスをとります。といってもいつもこの店でワンコインヌードルを頼むわけではありません。久しぶりです(言い訳してどうする)。でも、これで本当に500円。アンビリバボーです。
 「また来てね」と元気のいいママさんに言われました。
 行きますとも。


Posted at 17:42  | 食 日本橋ほか下町  | この記事のURL
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古代オリンピックの地、オリンピアへ・・・ギリシャ団体旅行記19  [2008年08月20日(水) ]
 ミストラを後にした我々一行の、ペロポネソス半島の旅の最終地はオリンピア。ごぞんじ古代オリンピック発祥の地であります。



 4月初旬のギリシャは、山々の頂付近には雪がたっぷりと残っていましたが、麓は春爛漫。オリンピアの遺跡もまるでお花畑。赤い花はアネモネ。白い野菊のような花は遺跡の一面を覆い尽くして素人カメラマンにとって絶好の被写体でした。

 ここで古代オリンピックが開かれたのは、この地がギリシャ神話の最高神ゼウス信仰の中心地だったから、とモノの本にありました。

 「古代オリンピアでは、紀元前800年ごろから信仰に結びついた競技が定期的に神に奉納され、汎ギリシャ世界から多くの参加者を集めた」(ユネスコ世界遺産 9 東南ヨーロッパ、講談社1997年)
 「ゼウスに奉納するスポーツの祭典で有名な聖地として、古代ギリシャ統一の象徴となるのは、紀元前480年」(上掲書)



 400年ころまで続いた古代オリンピックは、なぜか途絶えて6世紀には大地震にも見舞われました。遺跡にはその時に崩れたゼウスの神殿の石柱がそのまま残っていて、その時の地震の凄まじさ、恐ろしさを見せてくれています。



 遺跡のほかの建物もほとんど柱や土台を残すのみですが、「ここは宿泊施設、こちらは練習用の中庭、ここが浴室・・・」「これは月桂樹です。こうして月桂冠を作ります」「ここが競技場。ここがスタートラインです」とガイドのK下さん。
 本当に何でもご存知の方でしたね。こうした名ガイドの名解説もあって、2千数百年前にここに集った若者たちの息吹が漂っている。そんな感じがする遺跡でありました。
 遺跡の近くにあるオリンピア美術館も、ギリシャ芸術の白眉を集めて見逃せません。

 勝利の女神ニケ像。地上に降りた瞬間。
 


 ヘルメス像

Posted at 16:40  | 旅 ギリシャ  | この記事のURL
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崖の上のポニョを観ること  [2008年08月17日(日) ]
 アンデルセンの「人魚姫」を今日の日本に舞台を移し(中略)幼い子供たちの愛と冒険を描く(宮崎駿)この映画は、魚の子だが顔は人間の女の子、すなわち人面魚の「ポニョ」(後でそう名付けられた)がクラゲに乗って海面まで浮上する。しかし瓶に体を突っ込んで抜けなくなり、失神して波に磯まで打ち寄せらたところを崖の上の一軒家の子供、5歳の宗介が見つけて息を吹き返させる。その時、けがをした宗介の指の傷をなめると、宗介のけがが治った。

 ポニョは宗介を好きになり、人間になりたい、絶対なりたい、とわがままをいって、自由に生きようとする。
 しかし人間になるには、条件が付けられる。宗介はそれにこたえてめでたしめでたし、というお話である。

 もちろん手放しでめでたしめでたし、と喜ぶだけの映画ではない。責任、信頼、親子の愛情、家族の絆、弱者への思いやりと無償の行為、地域の支えあい、子供への優しいまなざし、宗教、温暖化、月と海と生命・・・ストーリーにからめたこうしたもろもろを通して見えてくるものがある。

 それは日本人が明日を信じて生きていた時代はすぐ近くにあり、その時代のように生きるための必要な知識、約束事、こころのあり方、価値観、自然の法則といったものを通して、普遍的な人のありよう、将来もふくめてめでたしめでたし、と幸せに生きることを考えよう、という宮崎監督のメッセージである。
 
 そのことを、観客の心にできるだけ強く訴えて深く刻みこむために先人の知識や教えが随所に支えとして埋め込まれ、私見では進化論(ポニョに最初3本指の手足がはえ、次に5本指の手足に変身していく)からドリトル先生(人間が動物の言葉をわかる)、まで背景に見え隠れする作品である。圧巻は、海の波とポニョが元気にその上を走り続けるシーンだ。波のうねりをみていると、ふと北斎の神奈川沖浪裏の富士を想起する。

 というようなことを思ったのですが、ポニョが突然しゃべったり、それに違和感を感じない宗介や母親、ポニョの父親がなぜ人間なのか、人間なのになぜ海底で生きていられるようになったのか、ポニョの一念がなぜ大嵐になるのか、町が一晩でなぜ沈むのか、海中の生き物がなぜデボン紀の生き物なのか、住んでいた人たちは死んでしまったはずなのになぜそのことは触れてないのか・・・などなど見ながら???が生じるストーリー展開には、大人としては不満もあります。

 が、そこが宮崎アニメの面白さ、と割り切って、もう一度見てもいい映画ではあります。子丼は2回見ました。3回目ももくろんでいるようです。

Posted at 12:36  | 映画など  | この記事のURL
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静岡市から三島へプチ旅  [2008年08月13日(水) ]
 静岡浅間神社は、静岡駅から北へ歩いて30分ほど。先週、縁あって何回目かのお参りをしてきました。通称おせんげん様と親しまれている静岡の総氏神様は、神部(かんべ)神社、浅間(あさま)神社、大歳御祖(おおとしみおや)神社三社の総称。赤、黒、金・・・漆塗り極彩色の社殿群26棟すべてが国の重要文化財に指定されています。その豪華絢爛ぶりたるや

えーっ、なんでー、すごいー わー きゃー あへー(きもいですかね)

とまさに筆舌に尽くしがたく、ただ目を見開き口をあんぐりと開けるのみ。「東海の日光」と言われるのもむべなるかな、であります。

 楼閣つくりの大拝殿。高さ25メートルあります。


 八千戈神社。黒い漆塗がなかなかイキな神社です。スポーツ、武道、開運の神様

 三社の中でもっとも古いのが神部神社。2100年前の鎮座、とも伝えられる、と神社のホームページにあります。近くの登呂遺跡が弥生時代後期、1800年前の遺跡ですから、弥生人も拝んだ神社であります。

 静岡と言えば、ご存じ徳川家康幼少時からのゆかりの地、隠居の地です。今の社殿は江戸後期の寛永・文化年間の大造営になるもので、築200-140年ほど。社殿には、当時の名工たちの渾身の彫刻が彫りこまれており、一つ一つ鑑賞していると、この時期熱中症になること間違いありませんからほどほどにして帰りました。また行くべし。

 その夜は鰻蒸篭をごちそうになって、翌日向かったのは三島大社。お参り三昧なのは歳のせい、としておきます。ほかに楽しみも少ないし。



 出前でとっていただいた鰻蒸篭、余分な脂がすっかり落ち、タレも愚生好みの甘さ控えめうまみたっぷし。ごはんたっぷし。ごちそうさまでした。またお願いします。




 三島大社の社殿も大きさ、立派さでは引けをとりませんが、見どころの一つは大社までの参道です。
 富士の高嶺に降る雪も・・・つい歌いたくなります。ついでだ、もういっちょ
 富士の白雪ゃのーえ・・・のーえ節です。

 富士山に降った雪を源とする湧水が、夏の暑さを和らげる清流になって町中を流れる様は、多くの文人によって描かれていることが、参道わきの石碑でわかります。

 正岡子規、若山牧水、太宰治、司馬遼太郎・・・いずれも味があります。味と言えば三島では以前に食べた生シラスのご飯を食べたかったのですが、午後遅くてその店が開いてなく、別の店でサクラエビの掻き揚げ定食を食べました。サクラエビも駿河湾の特産です。
 お参りしたにもかかわらずメタボを促進しました。神様のせいではありません。想定内です。

Posted at 17:32  | 旅 国内  | この記事のURL
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