何で丸っこいのか、そしてなんとかわゆいことか。これではまるで赤塚不二夫の漫画のキャラではないか。ライオン、馬、獅子・・・齢すでに70-80歳ではありますが、そのかわゆさ、愛くるしさはいささかも衰えを見せておりません。生みの親は異形のデザインで人気のある建築家、伊東忠太です。
彼らの仲間は東京のほか、京都にもいます。ここでご紹介するのは先日行った大倉集古館と東京・築地本願寺を棲家にしている彼らの一部です。
大倉集古館は日本初の個人美術館で、港区虎ノ門にあるホテルオークラの敷地内にあり、向かいは警備厳しいアメリカ大使館です。
築地本願寺はまるでインドの寺院のような外観。入り口から階段で迎えてくれるのが、かわゆい動物や怪獣たちです。どちらも設計も伊藤忠太です。

伊東忠太の名をしらなくても、どこかで彼の設計になる奇妙な建築を、あるいは忘れがたい建築を見た方は多いでしょう。たとえば湯島の聖堂、京都の平安神宮、祇園閣、梅田阪急内部装飾などで、温かみがあって素人でも見て、触って、考えて楽しめる奇抜で刺激的なところがなんともいえません。
伊東忠太は1867年、米沢で生まれました。東京帝国大学教授、文化勲章受賞者として建築界にその名を残しますが、家は代々医者の家計で常時7、8名の血気盛んな門弟がいた、と晩年、忠太自身が描いた自叙画伝にあります。しかも門弟たちが処刑された罪人の手を一応解剖した後「試食」し、その一片を「ご馳走になった」とも。
なぜそのことを描いたのかはわかりませんが、画伝には忠太が「不可思議な蛇だの鳥だの」を見る「幻視さえあったらしい」とも書いてます。そのことと怪獣がどう結びついているのかもわかりませんが、神社仏閣の虹梁にも昔から象や獏、龍、鳳凰、招き猫などいろいろな動物、怪獣、珍獣がすんでいました。
錦絵師としてもプロ並みの腕の忠太は少年時代から妖怪の絵をよく描いていました。建築家になってからも好みの怪獣を自分の建築にすまわそう、生かそうと考えたとしても不思議はありません。
かれらにご興味があれば、ぜひ実物を見て触ることをお勧めします。大倉集古館では今、特別展として富岡鉄斎展を開催しています。12月16日まで 詳しくは同館へ問い合わせください。
この日の昼は久しぶりに銀座泰明庵で白魚掻揚げそば1000円。熱かったです。ここは夜がとてもいいです。ねっ。S次長。
※主な参考図書
「伊東忠太を知っていますか」(鈴木博之編著、王国社 2003年)
「建築巨人 伊東忠太」(読売新聞社編 1993年)






、美味しそうですね
銀座のそば屋ではほかにこの近所に「国定」というのがあります。そば自体はこちらのほうが洗練されています。田中庵もありますが、高いです。いずれも6丁目です。ただ、どこも日曜日は営業しているかどうか。