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あつもりの夜は更けて・・・神田の老舗で贅沢[2007年11月13日(火) ]
 昨晩で、定年退職して3ヶ月がすぎました。退屈かと思いきや、そこそこ忙しい状態が続いております。勤めている間は気持ちの余裕がなくてできなかったこと・・・古典だとか文学全集を引っ張り出したり物見遊山ぽ(散歩)に精を出したりたまに夜の付き合いにでかけたりとかで日々けっこう楽しく過ごして今、根が怠けものとあって、こう思いはじめました。

 まともには仕事ができない身体になってしまったかも、と。
 
 これで小遣が豊富だったら言うことありませんが、そこまで贅沢は望めません。(本心は望んでいるけど)

 昨晩は「まっすぐには家に帰れない身体になってしまった」かつてのご同輩、おみずとS次長と神田錦町「更科」でデートっ。

 更科へは地下鉄神保町駅からあるいて5-6分。学生時代に通った喫茶店ラドリオやミロンガ、サボウルの小路を抜けて今月17日で閉店する書肆アクセスをのぞいたりして約束の時刻に店へ。すでに満員です。それにしても神保町という玉手箱のような街からまた一軒、書肆アクセスという宝物が消えるのは寂しいものです。

 こちら神田錦町「更科」になります。


 創業明治2年。まず外観がいい。140年近い店の歴史がかもし出す雰囲気がいい、店の人がいい、メニューをのぞけばこれまた菊正を飲むしかない、という気持ちにさせる一品が勢ぞろいしております。



 宴会の開始はいつもタマネギの掻揚げから。メニューにはありませんがかつてわがままなおみずが特注したものがいまや席に着くとすかさず「タマネギの掻揚げですか」と女将さんに聞かれます。

 おみずは函館の出身。そういえばS次長は留萌の近く。吹雪の原野を通学していたそうです。愚生の父は羊蹄山の麓の村の番外地出身。戦後食糧難の時代に父は田舎からタマネギ、ジャガイモなどを送ってもらいました。父はしかしジャガイモよりも復員後上京して初めて食べたサツマイモに「世の中にこんなにおいしいものがあったのか」と感激したそうです。

 話しを戻します。
 「ナスの一本漬け」「卵焼き」「ニシンの棒煮」「そば湯豆腐」・・・酒肴の数々が並んで、〆はおみずは鳥南蛮、S次長はおおもり、愚生はあつもりの贅沢。老舗のそば屋って、本当にいいですね。






 この夜T杉さんもお誘いしたのですが仕事が忙しくて参戦しませんでした。お疲れ様です。またの機会にぜひ。
あつもりについては昨年別のブログ(今年9月で終了しました)で書いたものを転載しておきます。


               


「あつもり」をご存じですか        記 2006年暮

 神田錦町の更科は、ご同輩おみずにこの冬初めて連行されたお店です。ツユ甘口。ところがですよー メニューにびっくり食べてびっくりお勘定でびっくり。びっくり3重奏に加えて最後に幻の一品・・・後ほどご報告ですよ。(ですよ、というのはエンタメに出ていたお笑い芸人のネタです)。

 「今日の予定は?」
 まっすぐには家に帰れない体になっているおみずが、午後6時の定例質問に立ちました。ワタクシはこの夜は一応その気で待っておりましたのでかく答弁いたしました。

 「へい、ようがす」
 ‘討ち入り先’はこの夜も更科。同士はほかに二人。実は他に3人だったのですが一人は他に拉致されました。ま、いいでしょう。
 
 おみずの顔を見た若女将が間髪をいれず言いました。
「いらっしゃい。タマネギの掻揚げ、今日できますよ」
 「くだはい」
 タマネギの掻揚げはおみずの大好物なのですが、前々回はタマネギがなく「ぜひ用意してほしい」とおみずが強要していた問題なメニューなのです。

 しかし、回数は力です。週一回は通ってよい常連の位置を確保したおみずの意向を錦町更科は受け入れてくれました。
 「鮭の酒びたし」「いたわさ」「そば湯豆腐」「煮込み」「シバエビ掻揚げ」「ノリに生卵」「焼味噌」
 老舗のそば屋ならではの逸品、絶品が次々と運ばれてきました。酒はもちろん菊正。

 したたかに飲んで食べて〆はそば。
 「メニューにはないけどあつもりできますか」
 「はい」
 ご同輩N君が聞いてきました。
 「あつもりってなんですか」
 「もりのあついの。釜揚げそばという店もあるけど」

 飲んだ後のあつもりはおいしいのです。切れやすく、のび加減ですがそれはそれでそばの味と香りがするのです。錦町更科は店構えからしてあつもりを頼める店、と直感していました。

 あつもりは湯気がたっています。
 「この店は源氏かもしれないからあつもりはまずいんじゃない?」
 おみずがギャグルのは「あつもり」を「敦盛」とかけてのこと。平家物語巻第九 一の谷のさわりを下記にご紹介しましょう。

 「首を掻かんと兜を取っておしのけ見れば、いまだ十六七と見えたる人の、まことに美しげなるが、薄化粧して鉄漿(かね)つけたり・・・」(新潮日本古典集成 平家物語下)
 熊谷直実は一の谷の合戦で平敦盛を討ち取りましたが、敦盛は当時17歳。組みふした美少年に、かわいそうにと思う以外の気持ちがあったかなかったか、平家物語には書いてありません。

 が、「熊谷が発心の思いはすすみける」、すなわち出家したいという気持ちが強まったとあります。直実は後に法然に弟子入りします。
 晦日の昼下がり。BGMはブルックナーの交響曲第7番。直実が悩んだあげく敦盛の首を切るくだりで第二楽章、アダージョ。死に臨む平家の公達の潔さと、殺さざるを得ない猛将の揺れる心に感動する気持ちをいっそう深いものとしてくれます。ぜひお試しあれ。
 
 この夜、ワレワレは討ち死にしませんでしたが、あつもりは敦盛のギャグにならないのでは、と思う生き過ぎた59歳であります。
 拙ブログにお越しいただいた皆様 よいお年をお迎えください。来年もよろしくお願いいたします。

Posted at 16:33 | 食 日本橋ほか下町 | この記事のURL
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