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初めて藪下の道へいくこと[2007年11月24日(土) ]
 地下鉄千代田線千駄木駅で降りて団子坂、というおいしい名前の坂を上がり、交差点を左へ入るなにげない道。それが実は「藪下の道」というブンガク的な、あまりにブンガク的な道であることを、つい先日まで知りませんでしたっ。
 今月某日の東京情緒散策で足を向けたのは文京区立本郷図書館鴎外記念室。
 長くてお堅い名前ですが、明治の文豪、森鴎外が「観潮楼」と名づけて亡くなるまでの30年間を過ごした旧居跡であります。



 藪下の道は、その記念館、すなわち「観潮楼」の前を通って根津権現の裏へ続く道で、明治、大正の文豪や彫刻家が行き交った、由緒ある道なのでした。

 永井荷風が「日和下駄」の「第九 崖」の章で書いてます。
 「根津の低地から弥生ケ丘と千駄木の高地を仰げばこゝもまた絶壁である。絶壁の頂に添うて、根津権現の方から団子坂の上へと通ずる一条の道がある。私は東京の往来の中(うち)で、この道ほど興味のある道はないと思っている」

 荷風は観潮楼をしばしば訪れています。ある初秋の夕暮れには「忘れられぬ程音色の深い上野の鐘を聴いたことがあった」
 「一際高く漂ひ来る木犀の匂いと共に、上野の鐘声は残暑を払う涼しい夕風に吹き送られ、明放した観潮楼上に唯一人、主人を待つ間の私を驚かしたのである」と。

 下の写真は藪下通りの崖です。



 絶壁、とあだ名された友達がいたっけ。そんなことどうでもいい、ですね。世が世なら、愚生ごときが気軽に通れる絶壁ではなかった「藪下の道」を後に団子坂を下り、谷中はよみせ通りへ。鰻の「山ぎし」という店に「鯉定食」とありました。

 鯉料理は、私が暮らしてきた東京・西郊の食堂では見たことがありません。家でも食べたことはありません。「鯉は泥臭い」などといわれたことがふと浮かびましたが、なぜか無性に食べたくなって注文しました。

 あらいに鯉こく、茶碗蒸し、お新香、ご飯は普通盛りですが大盛りのよう。これで1000円ですって。



 鯉こくを一口・・・んっ?もう一口、二口・・・すまねえ、鯉さん。泥臭いなどと勝手に思い込んでいたオイラが間違っていた、悪い夢を見ていたんだ、と心の中で手を合わせて思わずわびるほど、おいしかったのであります。
 鯉との運命的な出会い、とでもいうのでしょうか。とすればいずれ別れも。どこか勘違いしているかな。

 鯉に目覚めて幸せになった後は、行きつけの谷中の墓地を一回りしてこの界隈での馴染みの場、和みの場セレンディピティでお茶して鐘の音ならぬ笑顔に送られて帰途に着いた、楽しかりし晩秋の徘徊でありました。
 でも、セレンディピティ、来年2月で辞めちゃうそうです。残念。

 鐘の音の響きも消えて店じまい 
    谷中の墓地の秋の夕暮れ
 
 駄句のお粗末でした。


 谷中の墓地の晩秋の夕暮れです。


Posted at 16:19 | 旅 日記 徘徊 | この記事のURL
コメント(2)

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コメント


遊歩様
 す・す・すみません。三四郎、あまりに前に読んだ(はずです)ので、団子坂が出ているのは覚えておりません。また読まなければ。
 山ぎし、鰻にも挑戦しようと思っています。
Posted by:丼ファン  at 2007年11月24日(土) 23:19

丼ファン さんへ
この「団子坂」は、漱石の「三四郎」に出てきる舞台でしたよね。
それにしてもこの食事 1000円 とは信じられません。
Posted by:遊歩  at 2007年11月24日(土) 18:02

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