鴎外記念室には遺品、資料がたくさんあります。家族の写真に小さな女の子が写っていました。鴎外の長女、森茉莉さんです。森茉莉さんの著作を読みたくなって図書館で借りた全集のなかの「気違ひマリア」にこんなことが書いてありました。
「マリアは生まれ故郷の本郷、そこにつながる追分から湯島、広小路、下谷、マリアの第二の故郷の下車坂一帯、浅草・・・日本橋、銀座へかけての、芝や神田も含む、たしかに東京と言へる一円以外の土地を東京とは認めないので、それ以外の土地にはろくなもの人間はすんでいないだろうと定めているのだ」と。で、「要するに、浅草族は東京っ子であり、世田谷族は田舎者なのだ。彼らは世田谷、阿佐ヶ谷、杉並、等々の(もと市外)に、あたかも天に満ち、地に満てるが如くに充満して・・・」
前回ご紹介した鰻の「山ぎし」ではなじみ客が昼の宴会を開き、赤ちゃんと来たなじみの外国人の若い母親がご飯の大盛りを注文していました。普通盛りでも十分大盛り並みですが、大盛りはサービス。10円団子もあったりしていろいろな人がいろいろな売り方をしてみんなが普段着の顔で買い物を楽しんで、マリアの言う「東京」の名残がそこここに顔を出しているようでした。
父、鴎外について彼女はこんなことも書いてました。
「飯を食った後の箸は茶碗の茶で濯(すす)いで、先を二つ截りの半紙で包んで、箸箱のなかにコトリと入れる」
年配の人のこのしぐさは見たことがありますが、
「小水の後は、箸と同様、体の先を半紙で包んで、その上から下帯をするのである」
鴎外がいかに医者といえどもこのしぐさはかなり「異(かは)った清潔(きれい)ずき」(上掲書)ではあります。ごわごわしたりすれたりしないのでしょうか。上質の軟らかい半紙なのかな。
この親にしてこの娘が暮らしていた藪下通り。愚生はマリアのいう「充満している田舎者」の1人でありますから、藪下通りはますます遠くなりにけり、という気がしないでもありません。
でも自由奔放、かってきままの森茉莉さんに、ふと明治28年、木場に生まれて「若いころ姑と髷をつかんで取っ組み合いをした」気の強い母方の祖母を思い出しました。祖母の実家の名前はよみせ通りの鰻屋と同じでした。

下の写真は昨日散歩した葉山の海岸の夕景です。遠くに富士山が、右手に江ノ島が見えました。
「マリアは生まれ故郷の本郷、そこにつながる追分から湯島、広小路、下谷、マリアの第二の故郷の下車坂一帯、浅草・・・日本橋、銀座へかけての、芝や神田も含む、たしかに東京と言へる一円以外の土地を東京とは認めないので、それ以外の土地にはろくなもの人間はすんでいないだろうと定めているのだ」と。で、「要するに、浅草族は東京っ子であり、世田谷族は田舎者なのだ。彼らは世田谷、阿佐ヶ谷、杉並、等々の(もと市外)に、あたかも天に満ち、地に満てるが如くに充満して・・・」
前回ご紹介した鰻の「山ぎし」ではなじみ客が昼の宴会を開き、赤ちゃんと来たなじみの外国人の若い母親がご飯の大盛りを注文していました。普通盛りでも十分大盛り並みですが、大盛りはサービス。10円団子もあったりしていろいろな人がいろいろな売り方をしてみんなが普段着の顔で買い物を楽しんで、マリアの言う「東京」の名残がそこここに顔を出しているようでした。
父、鴎外について彼女はこんなことも書いてました。
「飯を食った後の箸は茶碗の茶で濯(すす)いで、先を二つ截りの半紙で包んで、箸箱のなかにコトリと入れる」
年配の人のこのしぐさは見たことがありますが、
「小水の後は、箸と同様、体の先を半紙で包んで、その上から下帯をするのである」
鴎外がいかに医者といえどもこのしぐさはかなり「異(かは)った清潔(きれい)ずき」(上掲書)ではあります。ごわごわしたりすれたりしないのでしょうか。上質の軟らかい半紙なのかな。
この親にしてこの娘が暮らしていた藪下通り。愚生はマリアのいう「充満している田舎者」の1人でありますから、藪下通りはますます遠くなりにけり、という気がしないでもありません。
でも自由奔放、かってきままの森茉莉さんに、ふと明治28年、木場に生まれて「若いころ姑と髷をつかんで取っ組み合いをした」気の強い母方の祖母を思い出しました。祖母の実家の名前はよみせ通りの鰻屋と同じでした。

下の写真は昨日散歩した葉山の海岸の夕景です。遠くに富士山が、右手に江ノ島が見えました。



