霊気、というものがある、と本気で思ったのはここが初めてでした。40年前の学生時代です。尊氏はじめ歴代足利将軍の古びた像が、訪れる者の身も心をも突き抜けて見据えているのです。暗い堂内で何世紀にもわたって。
ドナルド・キーンさんも「足利義政 日本美の発見」(中央公論新社 2003年)でこう書いています。
「最近の訪問でやはり私が感じたのは、堂内の両側に居並ぶ等身大の坐像から発散される不気味な冷気だった」と。
キーンさんもたびたび訪問している等持院は、世界遺産リストに登録されている龍安寺からわずか数百メートル。嵐電では北野線等持院駅が最寄り駅です。ところがぎっちょん、おたちあい。観光客が少ないのです。霊光殿をご存じないから、と私は見ております。もったいない。
等持院は庭も見所です。尊氏の墓もあります。しかし、上掲書に書かれていた霊光殿にまつわる話をもう少しします。
文久3年、等持院に押し入った9人の男たちが尊氏、義詮、義満の木造の首を切り落とし、賀茂の川原に晒された。「志士」によって斬首された「国賊」の首を晒すことは幕末の慣いで、これはそれに従ったものだった。
首は元に戻っています。首がないままだったらあまりにも恐ろしい空間だったのではないでしょうか。
ところで、3脚をつかわなければ写真撮影は自由です。このこともお気に入りの理由の一つです。




等持院は、かつて荒れ寺だったことがいろいろなものに書かれています。ダルマの絵の左に暗くてわかりにくいですが、朽ちかかった具足などがあり、寂れていた往時を忍ばせています。
将軍像は写実的で威厳があり、それだけに恐ろしげなるものです。小さい像は少年将軍、義勝で、赤痢で死んだ、とされています。