「なんで死んだのだ」
職場の1年先輩、YASさんが逝ったのは2002年7月16日、すなわち本日早朝でした。それから5年。今もまったく同じ思いの職場の仲間7人が、YASさんの奥様を囲んで東京・阿佐ヶ谷の中華料理店で一昨日夜、「しのぶ会」をしました。
YASさんはいわゆる猛者でした。それも大変な猛者。大学少林寺拳法のサークルの後輩がこういってました。
「決勝戦で相手大学のキャプテンを一撃で倒した。練習でも太い丸太でぶん殴られているようだった」
柔道2段、拳法3段、剣道4段。人並み外れた身体能力の彼はしかし優しすぎて人間関係に悩むこともありました。
職場の近くで飲み、途中下車してさらに飲んでも「おい、もう少し俺の愚痴を聞いてくれよ」ともう一軒寄るのが常でした。まるで子供です。
この夜の会場は、おいしい、と評判の店ではありましたが、味の良し悪しは話題にならず、故人の思いで話とお互いの近況などを披露してカラオケにそのままなだれ込みました。
「俺はYASが好きだった梅と兵隊を歌うぞ」
現役で仕事を続けているHHさんは、入社時からの職場の“戦友”で剣道6段。実はストリートファイトの方がさらに数段上、と噂されるやはり超猛者です。しかしみんなで「戦友」を歌っているときそっと目頭を押さえていました。
出版社重鎮のHIさんと前橋から駆けつけた今や農業兼大学の先生のTur さんは歌いません。それでも奥様の美声に、また大学の先生に転進したMのじ、後輩で剣道仲間のNI部長ら、かわるがわるだみ声を披露する私たちの歌に故人を偲び、大阪のセンムはついに帰りそびれて泊まることになりました。
Mのじは飲む席で愚痴って座を保ってきたのですが、この夜は「2030年か40年になると年間166万人が死ぬ。一県そのままなくなる勘定だ」とセンセイらしさを披露しました。
仕事と剣道と酒が何より好きで人一倍子煩悩だったYASさんは、本音で生きて時に甘え、時にびびりながらも媚びずへつらわず不器用に、魅力あふれる人間性丸出しの生き方を私たちにみせてくれたのでした。
かくして、往って、私たちの中になお生き続けるYASさんではあります。だからこそ「何で死んだのだ」といつも叫ばすにはいられないのです。
職場の1年先輩、YASさんが逝ったのは2002年7月16日、すなわち本日早朝でした。それから5年。今もまったく同じ思いの職場の仲間7人が、YASさんの奥様を囲んで東京・阿佐ヶ谷の中華料理店で一昨日夜、「しのぶ会」をしました。
YASさんはいわゆる猛者でした。それも大変な猛者。大学少林寺拳法のサークルの後輩がこういってました。
「決勝戦で相手大学のキャプテンを一撃で倒した。練習でも太い丸太でぶん殴られているようだった」
柔道2段、拳法3段、剣道4段。人並み外れた身体能力の彼はしかし優しすぎて人間関係に悩むこともありました。
職場の近くで飲み、途中下車してさらに飲んでも「おい、もう少し俺の愚痴を聞いてくれよ」ともう一軒寄るのが常でした。まるで子供です。
この夜の会場は、おいしい、と評判の店ではありましたが、味の良し悪しは話題にならず、故人の思いで話とお互いの近況などを披露してカラオケにそのままなだれ込みました。
「俺はYASが好きだった梅と兵隊を歌うぞ」
現役で仕事を続けているHHさんは、入社時からの職場の“戦友”で剣道6段。実はストリートファイトの方がさらに数段上、と噂されるやはり超猛者です。しかしみんなで「戦友」を歌っているときそっと目頭を押さえていました。
出版社重鎮のHIさんと前橋から駆けつけた今や農業兼大学の先生のTur さんは歌いません。それでも奥様の美声に、また大学の先生に転進したMのじ、後輩で剣道仲間のNI部長ら、かわるがわるだみ声を披露する私たちの歌に故人を偲び、大阪のセンムはついに帰りそびれて泊まることになりました。
Mのじは飲む席で愚痴って座を保ってきたのですが、この夜は「2030年か40年になると年間166万人が死ぬ。一県そのままなくなる勘定だ」とセンセイらしさを披露しました。
仕事と剣道と酒が何より好きで人一倍子煩悩だったYASさんは、本音で生きて時に甘え、時にびびりながらも媚びずへつらわず不器用に、魅力あふれる人間性丸出しの生き方を私たちにみせてくれたのでした。
かくして、往って、私たちの中になお生き続けるYASさんではあります。だからこそ「何で死んだのだ」といつも叫ばすにはいられないのです。


想う、ということは生きていること、と私も思ってます。