式子内親王は百人一首の「玉の緒よ絶えなば絶えね・・・」の作者でもあります。めちゃくちゃな才女ですね。
ところでクーラーがついに効かなくなり、暑い中で半世紀前の夏のことをふと思い出しました。昭和30年代前半。東京・三鷹市に住んでいた祖母の家に行った夜、そば屋に行きました。場所は三鷹駅からまっすぐに南へ行く道が、禅林寺に行き着く少し手前にありました。
禅林寺には、太宰治と森鴎外のお墓があり、6月19日には太宰を偲ぶ桜桃忌が営まれます。
そばを待つ間、ぼーっと窓の外を見ていたら、一瞬目を疑うものが。道を挟んで向かいの家の屋根に大きな火の玉がのっかっていたのです。
錯覚ではありませんでした。ゆっくりと動き出しました。ふわりふわりと大きな尾を引いて。火の玉はその家の隣の畑の真ん中あたりに来るとぱっと消えました。畑の南側は禅林寺の墓地です。今となっては定かではありませんが、読経の声も聞こえたような気がしました。
しかし当時は顕微鏡やら自然観察に夢中になっていた科学少年。火の玉は、リンが燃える現象、と思っておりましたので少し寒気がしましたがさほど恐怖心はなく、一緒にいた祖母には話しませんでした。
ちなみに最近はリンが燃える説は影をひそめて物理学者の大槻義彦先生が、「火の玉はプラズマだ」とおっしゃっています。
その数年後、今度は自宅で見ました。数日前に死んだ犬の、庭の端のお墓付近から夜、小さな火の玉がでてきてしゅーっと隣の家に飛んで行きました。翌日、隣に聞いたら「火の玉が飛んできた」と言ってましたと思ってます。なにしろ半世紀前のことなので。
2回の火の玉体験は、「枕に浮かぶまぼろしの内」になりつつあります。
三鷹の火の玉の話しを当時の親友に話したら「三鷹で見たか」だって。





食べられたい、なんていうと会えますでしょうか。