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吉野鮨本店のカウンター [2008年08月31日(日) ]
 すし屋のカウンターで初めてにぎりをつまんだ日は、忘れもしない1970年(昭和45年)11月25日。就職も決まり、すでに社会人になっていた大学の2年先輩が、おごってくれるとのことで昼少し前に神田神保町の、今もある寿司屋に行くと・・・NHKで「三島由紀夫が防衛庁に乱入しました」と、作家の三島由紀夫を敬称抜きで呼んでいました。何事か、とみんなテレビ画面にくぎ付けになったのを覚えています。

 一方で、生まれて初めてのすし屋のカウンターですから、そちらも愚生にとっては大ニュース。しっかり握り鮨をいただきました。S本先輩、ごちそうさまでした。40年近く過ぎてもお返しもしないですみません。今度ね。

 代わりに、というわけではありませんが会社の女性のご同輩お二人を今週半ばに「日本橋高島屋さんうら通り」の吉野鮨本店にご案内しました。

 「おいしい魚なら好き」というK谷さんと新潟育ちで「魚系もアルコール系もOK」という○保さん。人生では私が相当先輩ですが、会社ではお二人が先輩。いろいろとお世話になっています、という気持ちをこめて、カウンターへ。
 
 「何にしますか」と吉野鮨5代目の若旦那。「赤みを入れて刺身適当にください」と愚生。きました。



 「おいしい」
 「これ、赤身ですか。中トロみたい」
 創業明治12年(1879年)すなわち129年の歴史を誇る、下町の鮨屋が日々渾身の仕入れと包丁さばきで出す赤身ですから、味に間違いはありません。でも確かに少し中トロっぽいですね。
 
 白身は?
 「ヒラメです」
 エンガワ付き。こたえられませんね。縁側に似ているから、そう呼ぶそうですが、甘みとうまみとが凝縮されたぷりぷりの逸品でありました。 次にアナゴをつまみで頼んで 


 あとは一気呵成にアサリ、イクラ、ウニ、ノリマキ、鉄火巻き、シャコ、コハダ・・・
 「ここの卵はね、昔からある薄い卵焼きと今風の厚焼きとがあるんだけど」
 「どちらも食べたい」とS保さん。
 そうでしょう。
 「ところで、お寿司って食べる順番とかあるの?」とK谷さん。
 そこです。この店のいいところは「お客さんのお好きな順に召し上がってください」と若旦那。4代目も同じことをおっしゃっていましたね。しかも一見も常連も分け隔てなく接して「納豆巻きと稲荷鮨」はありません。
 
 かくして若旦那たちとの会話もはずんだ楽しくもおいしい2時間余は、あっという間に過ぎてそれぞれ家路へつきました。

 以前の吉野鮨のブログです。かなりダブっていますね。

Posted at 00:09 | 食 日本橋ほか下町 | この記事のURL
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本当は大好きなのに・・・ショウゲキの告白 [2008年08月28日(木) ]
 ずばりハムカツです。紅顔の○少年のころは給食にも出たような、昨夜ごいっしょした妙齢お二人もそうおっしゃっていました。しかし長ずるに及んで身辺から姿を消していったのです。

 愚生的にはこの半世紀近く幻のメニューと化していただけに、懐かしい。それが下町では今も堂々たるメインメニューの一つとなっているではないですかー。
 門前仲町のゆうちゃんしかり、佃大橋西詰の下町洋食キッチン トキワしかり、東銀座というよりも旧木挽町の元祖コロッケ チョウシヤしかり。



 そして一昨日昼、浅草にほど近い稲荷町は田中食堂。食堂とは、などとテツガクったりはしませんが、これほど「食堂」食堂している食堂ってなかなかですね。提灯の赤、日除けの黄色が暖簾の清潔な白と簡潔明瞭な「田中食堂」の文字を際立たせるきちんとしたたたずまい、食堂のなんたるか、を主張して「おいしく食べてもらいたい」とのメッセージがばんばん伝わってきました。
 
 これでハムカツがなければウソー、との読みにも狂いはなく、メンチカツなど目移りする揚げ物を横目に「ハムカツください」。



ハムカツ定食
 揚げたてアツアツはふはふさくさく、ハムの厚さは5ミリほど・・・ハムだけでもおいしいのに、加えて揚げ物の衣の香りとうま味に包まれたハムカツって、おいしさの極み、と思います。
 田中食堂では、脇陣にこれまた定番のポテサラとキャベツの千切り。小鉢の煮物はカボチャの甘みを生かしてくどくなく、味噌汁の具は大根という、緑黄色野菜と淡色野菜とのバランス抜群の、750円。これぞ下町、これぞ定食です。
 ご飯少なめ、と注文しなかったことのみ悔やまれます。

肉豆腐定食
 で、昨日昼は銀座6丁目の定食屋「たちばな」。世界のブランドがメインストリートに居並ぶ中、一歩入るとこういう食堂にも巡り合えるところが、銀座という街の面白さでもあります。



 頼んだのは肉豆腐定食890円。ごらんのように、肉も玉ねぎもたくさんあって豆腐が見えませんが、この下に一丁分のおおきな豆腐が入っていました。ごはんはもちろん「少なめ」。

 こうした定食を食べているとほっとするのは、歳のせいばかりではない、と思いたいのですが。

 下の写真は田中食堂の近くの下谷神社。寄席発祥の地、の碑と「寄席はねて上野の鐘の夜長哉」の子規の句碑もありました。雨模様の中で愚生も

 ハムカツのあつさ身にしむ氷雨かな 

 駄句をばご無礼つかまつりました。


Posted at 10:51 | 食 日本橋ほか下町 | この記事のURL
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一食入魂のランチ日記8月中旬編 [2008年08月20日(水) ]
 宮崎駿監督も「崖の上のポニョ」のパンフレットに書いていましたね。
 「お迎えが来る日を意識するようになった」というようなことを。が、一方では「生まれてきてよかった」ともポニョのメッセージの形をとってホームページで書いています。
 愚生も「イキ過ぎたるや、61歳」でありますが、「今日もおいしいランチにめぐりあえてよかった」61歳でもあります。

オムライス如水風
 本日は大学の先輩、YA○さんに東京・千代田区一ツ橋の如水会館のジュピターというレストランに連れて行ってもらいました。午後0時45分というのに満員。その理由は決まっております。味、コストパフォーマンス、サービスのどれ一つ欠けてもこうはなりません。




 今月のビジネスランチという1000円の定番ランチの中から、YA○さんは煮込みハンバーガー、愚生はオムライス如水風。サラダバーは定番にセットされていて、すきなだけ食べられるところも人気なのでしょう。
 「裁判員制度って、いつだれが言い出したの?」
 「個人情報保護法って、問題多いね」
 「中国って・・・」
 おたがい仕事が重なる部分もあり、話が弾んでオムライスの味はよくわかりませんでしたが、満腹。ごちそうさまでした。
 もう一度食べにいかなくては。




日本橋・紅葉川の鴨せいろ
 こちらはときどき無性に食べたくなる紅葉川日本橋店の鴨せいろ1300円くらいでしたね。高いけれど、鴨肉もつゆもおいしいのです。周りの客の多くが注文していました。「盛りは普通でいいですか」と聞かれますが、高いのでもちろん普通盛り。その代り、つゆに蕎麦湯を入れて飲むとかなりお腹いっぱいになります。
 お店は日本橋・三越新館の真向かいです。

ワンコインヌードル
 下は銀座・ニュー北京の知る人ぞ知る午後1時以降のランチサービス、ワンコインヌードル。前日の昼が高かった分、バランスをとります。といってもいつもこの店でワンコインヌードルを頼むわけではありません。久しぶりです(言い訳してどうする)。でも、これで本当に500円。アンビリバボーです。
 「また来てね」と元気のいいママさんに言われました。
 行きますとも。


Posted at 17:42 | 食 日本橋ほか下町 | この記事のURL
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入れ歯洗うべからず。そしてキーワードは 夢 ・・・谷中の徘徊その3 [2008年02月17日(日) ]
 永久寺で仮名垣魯文が建てた猫塚と山猫の碑を見物したら、三崎坂をもう少し上がって左、この道に入ります。



 まっすぐ行くとやがて朝倉彫塑館があり、谷中銀座へ向う日暮里駅からの道に突き当たります。そこまでの道中、これまた物見遊山ぽの種はつきません。

 「どうぞお入りください」
 古い家をそのまま店にしている喫茶店から声をかけられました。食事前だったので「後でね」と断って先へいくと・・・
こんな建物や



そして、蕎麦屋「松寿庵」にはこんなメニューがありました。



 「ご主人が考えたのですか」と奥さまに聞きました。
 「25年前にお店を開いたとき二人で考えました」
 「失礼しました。で、その心は?」
 「ざるやもりはどこでもあるし、何か新しいものを、と思いまして」
 確かに隣は谷中七福神の寿老人を奉安する長安寺。ここには狩野芳崖の墓もあります。ちなみに私の好きな河鍋暁斎の墓は、やはり近所の瑞倫寺にあるそうです。



 七福神そば、ご利益にあずかりたく、もちろんいただきました。いただきながら、ふと店の奥に目をやると「手と入れ歯を洗うのはお断りします」と流しの上に張り紙が。そこで茶碗なども洗うのでしょう。
 
 「入れ歯を洗うお客が多いのですか?」
 「時々・・・」
 
 店の入り口には客用の手洗いがあります。こちらには入れ歯を洗わないで、とはありません。入れ歯を洗いたい方はそちらでお願いしたい、と客としても思いました。

 おいしいパンもありました
 

 思いがけない内容の張り紙に、街歩きの緊張もすっかり解けて、お茶でも、と先ほど声をかけられた喫茶店へと戻りました。
 ここです。


 店の名は    maqha & HAPPYF∞D

 金曜日と日曜日だけの営業で、maqha はアラビア語でカフェの意味だそうです。パンをすすめられて、食べました。
 小さい割にずっしりと重く、甘く味のあるとてもおいしいパンです。ビールのつまみにもぴったり。丁寧に一所懸命作っているのは、食べればわかります。ひとつ300円。また買いに行きたい。お店は夜はアルコールと食事が中心で、金曜と日曜以外はまた別の人が別のことをやっているそうです。

 そこで考えました。
 25年前に夢を七福神に託した蕎麦屋がある。今、パン作りやこの道に、街に夢を託している若者たちがいる。そういう街に惚れて通う人たちがいる。この道の、街の、キーワードは、なのだ、と。

Posted at 09:52 | 食 日本橋ほか下町 | この記事のURL
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神田神保町の路地へ [2008年01月31日(木) ]
 人がすれ違える程度、の狭さがそのまま人の心との距離、とも思える路地が好きです。銀座の、根津の、日本橋の、神田の路地・・・楽しく、おいしい店が次々と見つかります。
 
 先日昼に訪れた「嘉門」は、神田神保町3丁目。ビルの裏の路地にある小料理屋です。ご主人はかつて大手出版社の週刊誌の料理担当カメラマンだったとか。昂じて、自分で料理屋を開いてしまった、とか。

 2年ほど前の夜にご同輩M戸君に連れて行ってもらったのが初めてで、次々とタイミングよく出されるお決まりがどれもおいしくて、愚生のリタイア後も気掛かりなお店の一つでした。



 御覧の写真はこの日の昼の定食。トン汁、刺身、右上は「ゴボウの葉です。味が付いています」とご主人。漬物がついて、ヘルシーかつボリュームもあって、1000円。先客5人中、4人は女性でした。愚生の学生時代の先輩、ヤマちゃんの勤務先はこの近くで「たまにお昼にきてくれます」。1時少し過ぎには暖簾をしまいました。一人で何もかもやっているようなので、夜に備えるのでしょう。

 夜のメニューは4000円のコースですが、「お好みもご相談ください」と張り紙。お酒は日本酒も焼酎も一杯500円。ビール600円。
 落ち着いて飲める路地のいい店です。

Posted at 14:26 | 食 日本橋ほか下町 | この記事のURL
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キッチン トキワへ行くこと [2008年01月27日(日) ]
 「ウインブル・・・丼って、ありますか?」
 「はい」
 「ください」

 女優の三林京子さんのホームページ(http://3bayashi.com/home.htm)で、この奇妙な名前の丼を知ってからこの方、2年くらいでしょうか、「一体どんな丼なのか、なんでこの名前なのか」と気がかり、かつこの丼を食べずして、丼ファンとは言えまい、とじくじたる思いで来ましたが、水曜日、ついに行きました。注文しました。いただきました。

 キッチントキワ。東京・中央区湊3丁目12というよりも、隅田川にかかる佃大橋西詰の側道沿い、というほうがわかりやすいかも。最寄り駅は地下鉄新富町です。
 界隈、江戸から明治の旧跡がいろいろあります。



 少し混んでいたのでカウンターに座り、店内を見渡しましたが、ウインブル丼なる張り紙はありません。で、冒頭のやりとりとなりました。
ハムカツが乗っている丼、と書いてあったブログもありましたが写真はなく、いかなる丼なのか、期待と少しの不安とが交錯しつつ、この間テーブル席が空き、移りました。

 カウンターの中は、ご主人と奥さまでしょう。一心不乱に注文をこなしています。フロアはお嬢さん二人。明るくきびきびと、元気よく働くその姿・・・初めての店とは思えない居心地のよさに身が包まれてきたところで、出ました。



 「写真撮っていいですか」
 「煮るなり焼くなりおすきにどうぞ」とお嬢さん。
 うーーん、一度は言ってみたかったこの啖呵。ここで聞くとは。いいですね。

 浅めの丼の“センターコート”は、揚げたてカリカリの衣のハムカツ。それも4枚重ねという泣けてくるような豪華実力派。たっぷりかかったハヤシの色も黒々と、脇に控える野菜とのバランスもよく、洋食の定番、マカロニサラダは後見のごとくさりげなく控えて、これが噂のウインブル丼、味、質、量ともに十分の布陣であります。

 「でも、どうして店の中にメニューがみあたらないのですか」
 「注文を通すのが恥ずかしくて、目立たないようにしているのです」
とお嬢さん。

 質問を変えましょう。
 「なんでウインブル丼?」
 「テニスの伊達公子さんの大ファンで、彼女がウインブルドンのセンターコートに日本人として初めて立ったのを記念して、それまであったハムカツハイカラ丼というメニューをウインブル丼に改めました」
とお父さん。

 その心は?
 「公子の公はハムでしょう。ハムが勝つ、応援する意味でつけました」
なるほど、シャレという薬味を添えて950円。
 下町は、楽しくおいしい。

                                


 夜は、かつて仕事で大変お世話になった方々と計5人で新年会。会場はキッチン トキワから歩いてもいける、私の三つ星料理屋、月島のやまにでした。


 築地とは目と鼻の距離ではありますが、地の利や板前の腕というだけでは、「やまに」のおいしさは、とても説明できません。いや、説明不要。話してもわかりません。食べればわかる、のです。はい。
 
 皆さん、やまには初めてでしたが「なんというおいしさ」と、驚きを隠しませんでした。ご案内していかったです。

 刺身三昧から始まって、白子の天ぷら、生青のり、アンキモ、貝柱入りオムレツ、大間のマグロの鉄火丼、最後はふぐちりで雑炊。新鮮・贅沢三昧、チョー幸せな新年会でありました。

 
 

Posted at 01:35 | 食 日本橋ほか下町 | この記事のURL
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ご同輩を禁断の園へ誘うこと [2007年12月30日(日) ]
 天気晴朗ナレド相変ワラズ懐寒シ。しかし暮れも押し詰まり、夜間出撃は中止できません。こういう場合はT作戦、すなわち相手の力を利用する「たかり作戦」でいきます。作戦相手は旧ご同輩、おみず。“禁断の園”へお連れする、というT作戦中もっとも機密性が高くかつ後遺症の危険も高い極めつけの禁じ手で臨みますが、おみずにはこれ以上有効な作戦はないでしょう。

 先輩K池さんに連れてきていただいた地下鉄東西線門前仲町は辰巳新道の「ゆうちゃん」。この夜もZ旗ならぬ華やかなイルミネーションが煌々と周囲を照らし、みるものをして入らずにはいられない魔力を振りまいておりました。

 初めてのおみずは、その勇姿にまず「おっ」と一撃を受けたようであります。
 店内は一面にメニューの数々。禁断の園、の禁断の果実、であります。

 「おっ、おっ、おっ」とおみずの目がたちまち戦闘モード全開に。さすが夜戦の強者であります。
 「赤カブ」
 「キャベツの浅漬け」
 「ハムかつもいいな」
 「S次長をつれてきたら、居着いちゃうね」

 「ハゼの天ぷら」
 「おきゃくさん、いいとこついていますね」
とゆうちゃん。
 「カキフライもいいよ」
 お酒はお父さんおすすめの会津の銘酒、名倉山。初めて飲みました。おいしかったです。



 ハゼの天ぷらは、この時期ならではの、絶品でありました。
 「三つ星がなんぼのもんじゃい」(注;いけないひがみ、ではありません)
 「うちも娘とその点だけは意見が一致する」とおみず。
 「我々には我々の舌がある。明日がある。自由がある。三つ星テイコク主義ハンターイ」と愚生。
 三つ星テイコク主義からの“解放戦線”が結成された瞬間でした。戦線名は「舌に自由を・・・門仲のトラ」。
 
 T作戦は、ついに“解放戦線”まで誕生させ、成功です。それは元旦まであと一週間あまりのことでした。
 エデンの園でリンゴの実を食べたアダムとイブは、善悪を知り、恥を知ることになったのですが、お酒もしこたまいただいて禁断の園を後にした愚生の場合は・・・思い出したくありませんが、自分だけ解放した、との情報も。

                             

 皆様にはコメントをいただいたり、いろいろと教えていただき、ありがとうございました。よいお年をお迎えください。

Posted at 18:37 | 食 日本橋ほか下町 | この記事のURL
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“日本一まずいラーメン屋”に行くこと [2007年12月28日(金) ]
 寝るのが午前2時を回ったのは、一冊の本のせいである。著者は原憲彦さん。(聞き書き;空条海苔助さん)。テレビ出演多数かつブログ世界ではかなり有名な“日本一まずいラーメン屋”の店主です。

 書名は「彦龍のノリヒコさん」。深夜一人笑うこと十数回。家人がいぶかしげに「どうしたの」と声をかけてきましたが、無視して笑い、読み続けると最後のページに「読んでくれてありがとう みんながんばれよ 彦龍 原憲彦」。



 谷中の師走の昼下がり、路地にはいるとありました。「ラーメン」の大きな幟が。
 「まだいいですか」
 「どうぞ」
 なにしろ“日本一まずいラーメン屋”ですから、注文を前に客としてこれほど緊張を強いられる店も少ないでしょう。三つ星何するものぞ、であります(行ったことないけど)。
 
 ラーメンだけでは評価できないかも、と「彦龍ラーメンと餃子セット」1050円を注文しました。
 後ろ姿に一生懸命を背負って、時々刻々と、セットができあがっていく課程が見えて、否が応でも期待と不安が入り交じり、緊張が極限に達したところで
 「どうぞ」
 彦龍ラーメンが、ずいっと前に出ました。続いて餃子4つ。

 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

 「写真とっていい」

 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

 「何するの」
 「ブログに使いたいんだけど」

 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

 「いいよ」



 具たくさん。スープは少し濁っています。理由はあとでわかりました。はたして「日本一まずいラーメン」か。
残念ながら?期待は見事に裏切られました。まずくありません。かといってめちゃおいしい、というには、先入観が強すぎてなかなかいえません。
 「複雑な味ですね」
 「スープは醤油とみそ」
 「そう。インターネットにでていたのできました」
 「テレビにも出ているよ。後ろに色紙があるでしょう。俺の宝だよ」
 壁一面に、店にきてくれたりテレビ出演で知り合った芸能人の色紙が飾られていました。

 かくいう彦龍のご主人も有名人であります。
 「本だしたから、よかったら買ってよ。うちで買えば彦龍絵はがきもつくし」
 
 7人できてラーメン二つしか注文しなかった若い客たちのこと、気に入らない客に「ぶちぎれて」店の外まで追いかけたこと、色紙をどこかで買ってきたのか、と言った客のこと、16歳からラーメン屋で働いてきたこと、「日本一まずい」という看板をあげて勝負にでたこと、同じイノシシ生まれの還暦であること、などなどラーメンを食べた後、結局1時間も話し込んじゃいました。

 その結果、「なめんなよ」が彦龍スタイルの原点、とみました。しかし、上はいうにおよばす、右や左もきょろきょろと見渡して言いたいこと、言うべきこともいえない輩が目についた元サラリーマンにとって、彦龍のご主人の、無頼に見えて真摯な、あまりに人間的なその生き方は、愚生にとってはカンフル剤であり、元気の元、となったのであります。

 「ごちそうさま。ブログで紹介しますよ」
 「宣伝をよろしく」
 かくして12日ぶりに書いたのがこのブログです。
 また行くべし。

Posted at 12:22 | 食 日本橋ほか下町 | この記事のURL
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またも昭和の食堂へいくこと [2007年12月13日(木) ]
 とある本を読んで、これはぜひとも行かずばなるまい、と固く誓った食堂に、ついに行きました。文京区千駄木3丁目、谷中銀座が突き当たるよみせ通りを道灌山通り方向へ少し歩いて左に路地があります。



  路地の入口は、みんなwelcomeの半円形のアーチ門。目指す店はその奥左側で、「そばやなのにそばを食べている客をみたことがない」と、とある本にあった「○○○や」。
  ついに来たか、とうとうたどりついたか、という期待と不安とで、武者ぶるいとめまいが同時にきている内気な愚生。しかしもう後へは引けません。突撃あるのみ。アーチを一気に通り抜けると、店の戸をガラリと開けました。

  「こんばんはー」
  といえば
  「いらっしゃーい」
  と答える、年配のご夫婦が笑顔で迎えてくれました。先客の男性は大根の煮物などをおかずに一人テーブル席でくつろいで夕食中。

  カウンターが奥にあり、手前はデコラ張りのテーブルが二つ。
  どこに座ろうかな。
  そんな“○○○やデビュー”の愚性の気持ちをほぐすがごとく「どこでもどうぞー」とのやさしいお言葉に甘えて4人掛けのテーブルへ。

  着席してまずは一安心。さてメニューは・・・ど ど どこにもありません。
  「メニューありますか」
  「うちじゃメニュー見るお客さんがいないので読めるかな」
  確かに茶色っぽく年季が入っております。

  「いっぱいありますねえ。迷っちゃうな、困っちゃうな、何にしようかな」
  「メニュー見ているよりカウンターのぞいた方が早いよ」
  先客が見かねてかくコーチしてくれました。やさしいいい。
 
  「今、うなぎの肝炒めているから」
  「じゃ、それと野菜。いろいろありますね」
  「みんな少しずつ盛りますか」
  「はい」
  それとビール大瓶一本を頼むと懐かしのデコラのテーブル上は、一気ににぎやかになりました。生きていてよかった、明日も生きよう、としみじみ思う、我が人生でもっとも幸せな瞬間です。




  一杯飲んで落ち着いたところで話ました。
  「種村さんの、とある本、にお店が出ていたんです」
  「種村さんはよく見えてました。大きな声で楽しそうに話していましたね」
  種村さんとは、種村季弘さん。3年前に亡くなった、ドイツ文学者、評論家、作家、幻想文学の大家等々、多くの著作でその博識ぶりが知られているすごい人であります。

  話がはずんでご主人も生い立ちとか店を始めたきっかけなど、人生をいろいろと話してくれました。

  改めてメニューに目を移すとな な なんと
  もり、かけ300円。

  「今もこの値段ですか。もりそば300円ですか」
  念を押さずにはいられませんでした。
  「ここは昭和そのままの食堂だから」
  答えたのは、カウンターに座った常連さんでした。

  たぬき、きつね350円。肉南ばん400円。鍋焼き上700円。カレー丼、カツ丼、親子丼500円。天丼800円。天玉丼900円。
  目玉焼き、野菜サラダ、野菜炒め、卵焼き、板わさ300円。ハムエッグ、ウインナー炒め400円・・・

  愚生は料理3品とビール大、小合わせて二本、計2000円也。
  「谷根千(谷中根津千駄木)の飲み屋は居心地が良い」
  種村さんが、このお店のことをそう書いてました。

  店名を伏字にしたのは
  「テレビも雑誌も取材は断っています。常連さんが入れなくなると困るから」とのことなので。
  初めての客にも心を開いて温かく接してくれた店の方々。信頼の根拠というのは、こうした温かみが醸し出すのかも、とふと思ったりして。
  店は夕方から午後11時まで。行けばもうわかりますね。定休日は聞きませんでした。

                         

 こちらは日本橋吉野鮨本店でこの日の昼食べた上ちらしです。20年以上通っていますが、昼間行くのはめったにありませんでした。ガリがすごく酸っぱいですが、ここも好きなお店です。いずれ詳細にご報告したいと思います。


Posted at 00:57 | 食 日本橋ほか下町 | この記事のURL
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月島へおいしい刺身を食べにいくこと [2007年12月06日(木) ]
 おいしい刺身食べたくなると、月島のやまにへ行きます。刺身に限らず、何でもおいしくてどなたをご案内しても喜んでいただいてます。
 一昨日は2人。本当は3人予約したのですが1人は仕事が入り、棄権しました。泣いて悔しがったに違いありません。



 やまには、銀座方面からは勝鬨橋をわたって二つ目の信号手前左側のビルの地下です。再開発前はやまに食堂となっていました。店は新しくなっても料理ばかりでなく、サービスのよさも変わらず、連日にぎわっております。

 この夜もまず大間のマグロの頭の刺身、白子の天ぷら、タコのから揚げ、シメサバetc.いずれもチョー新鮮かつチョーおいしい、が詰まっていて、さすがは築地を控えた老舗の底力。ワレワレも感動にむせび泣きつつ杯を重ねて至福のひと時を過ごしたのであります。



 ポテトサラダやオムレツなど、若い衆向きのメニューもあって、最近は女性のグループも多くなりました。ワレワレは人数が多いと小柱入りのオムレツを頼むのですが、二人ではちとボリュームがあってパス。メニューにないかもしれませんがイカのきもの冷凍もやはり感涙に咽ぶこと間違いありません。



                          

 昨日は、日比谷公園の紅葉を見てきました。毎年のように見ていますが、ことしは天気と行った時期がよかったのか、見事でした。


Posted at 23:41 | 食 日本橋ほか下町 | この記事のURL
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