薩た峠から由比の町へ降りてくると、いにしえの東海道を彷彿とさせる道が、ゆるいカーブを描いて延びていました。彼方まで見通せないところが、街並みに味を添え、人影も少なく急いで通り過ぎるにはもったいない、道でありました。
右手に立派な土蔵の家。「山岡鉄舟ゆかりの家」と書かれた看板や案内版などがあり、「いかなるゆかりがある家かな?」と不審者よろしく玄関をのぞいていると「どうぞ」と年配のご婦人。ご好意を無にするのはよろしくない。お言葉にあまえてあがらせていただきました。
年配の婦人はこの家「藤屋 望嶽亭」の奥さまでした。ご存じ、山岡鉄舟は、幕末に西郷隆盛と勝海舟の会談を実現させて江戸城を無血開城へと導いた幕臣。その胆力、知力、気力にほれ込んでいる人は、今も多い(とみました)。
一人いた先客も大の鉄舟ファン。ご親切にも奥様とともに山岡鉄舟と、望嶽亭とのかかわりを1時間以上も話していただき、由比の駅まで車で送っていただきました。ありがとうございました。
お二人の話を手短にまとめると、山岡鉄舟は、西郷隆盛と会うために駿府(静岡市)へ向かう途中、薩た峠で官軍に追われ、望嶽亭にかくまわれて漁師に変装し、静岡へ行った、ということです。
その時にかくまった蔵座敷がそのまま残されており、案内していただきました。

蔵 といっても畳敷きの立派な座敷ですから蔵座敷、というのでしょう。
「蔵座敷は202年。住まいは450年を経ています」
重々しい立派な扉、太い木組み、そして普段は畳が敷かれていて、いざという時に地下へ降りる秘密の階段。それこそまさに「歴史を変えた」階段でありました。

「階段を下りるとすぐ海でした。そこから船に乗って清水へと向かったのです」
山岡鉄舟が残していったというフランス製10連発の拳銃や、モダンなデザインの窓、昔の掛け軸等々もあり、歴史を今、見ている、という実感に包まれます。
お茶まで出していただきました。次回はなにかお土産を手に、お邪魔させていただきたい、山岡鉄舟を知りたい、東海道をもっと歩きたい・・・いろいろと勝手なことを思い、刺激を受けた正月の夕暮れでありました。




































