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ペロポネソス半島・コリントス運河・・・ギリシャ団体旅行記8 [2008年05月18日(日) ]
 ギリシャの実質的な旅2日目の3月28日(金)は、あいにくの氷雨。ギリシャって、南欧的なイメージですが、この時期かなり寒いのです。
 午前8時のホテル出発。我が一家は、遅刻こそしませんでしたが、バスに乗り込んだ最後でした。この傾向は、ずっと続き、愚生はがらにもなく、アテネとその郊外の森で繰り広げられるシェイクスピアの喜劇、「真夏の夜の夢」のボトムなる登場人物を知ることになったのです。
 が、その話は改めてご報告。今回はまずペロポネソス半島への入口、コリントス運河の見物に、一路向かいましょう。



 アテネからバスで約90キロ。ペロポネソス半島とバルカン半島との境目がコリントス地峡。往時、陸路で行くならここを通るしかありませんでした。ペロポネソス戦争(BC431年−同404年 )で、当時ギリシャ世界最強の陸軍国、スパルタを中心としたスパルタ連合の重装歩兵がアテナイ帝国へ攻め込み、後にアレキサンドロス大王の精鋭が駆け抜けたであろう、その地峡にスパッと切りこんでいるのがコリントス運河です。

 上から見ると、まるで鋭利な刃物でそぎ落としたように見えます。地層がずれているのは断層でしょう。としたら大地震が何回も起きている地域ですね。

 運河は全長6,343m、幅23m。コリントス地峡は中央部の標高90メートル。
「この距離なら、この高さなら掘れそう」、と紀元前7世紀から地峡を切断しようという試みがあったそうですが、実際に着手したのは、かのローマ皇帝ネロだけ。
 「多数の兵士やユダヤ人捕虜6000名を含む囚人を投入して工事を始めたが、途中で挫折」とギリシャ案内記(下)(パウサニアス著、馬場恵二訳 岩波文庫)の訳注にあります。

 運河が開通したのはそれから1800余年後の1893年。アドリア海からアテネまでの航路は300キロも短くなりました、と手持ちの電子版「○○○○○国際大百科事典」。

 ところで、同事典でコリントス運河を調べていたら「コリント運河 全長6.4m、幅22m、深さ8m」になっていました。短すぎませんか。kが抜けているのです。コリントという地名もコリントスだったりコリンソスになっていたり。電子版をつくるのは大変でしょうが、辞書や事典、辞典は正確さが命です。

 結局ギリシャ政府観光局のホームページの表記「コリントス運河」としました。ネットからの引用もなるべくしないことにしているのですが、政府のサイトなど一部利用しています。

 この日から、現地ガイドはK下さん。
 「ギリシャの観光業者は、日本人観光客は丁寧で静かできれい好き。ゴミを捨てない。すばらしいと言ってます。修道院の人たちも、日本人はクリスチャン以上に丁寧に見ていく、と感激しています。そういうみんながいい気分でいられるような旅行をこの旅でもしていただきましょう」

 こそばゆい思いですが、確かにこの旅でご一緒させていただいた方々は、落ち着いた常識も人生経験も豊かな方々。本当に楽しく旅をさせていただきました。



 写真は運河脇の土産物店のトイレの前の風景です。オレンジに見えますが、ネレンジというのもあるとかで、どちらかわかりません。ここのトイレは便座がなかったり鍵がかからなかったりだったとか。男性用は、どこもそうでしたが脚の短い愚生には、子供用があるとほっとしました。

Posted at 01:51 | 旅 ギリシャ | この記事のURL
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