スパルタの英雄、レオニダス王。王の楯にはメドゥーサの顔のレリーフ、像の台座にはモロン・ラベ。ペルシャが降伏するようよこした使者への返事で、「欲しければ取りに来い」だそうです。以下、前回と少しダブります。
紀元前480年。権威あるデルフィの神託も降伏を勧めるなかで、レオニダス麾下300人のスパルタ重装歩兵支隊は、神託に従わず「雲霞のごときペルシャ軍を北方テルモピュライに食い止めようとして全滅」(中公文庫 世界史上)したが、続くサラミスの海戦ではギリシャ軍が決定的な勝利を得た、とのことです。
しかしペルシャを追い返したものの、ペロポネソス戦争(紀元前431-404)でギリシャのポリスはひとつ、またひとつとその結合力を失っていった(上掲書)のです。
我々一行は、そうした話に触れつつ、オリーブの林を通り抜けて遺跡へと向かいました。遺跡はオリーブ林の間にもありました。
オリーブは、雨の少ないギリシャでは古代からの特産品で、今も「イタリアに輸出したものが日本に行っています」(ガイドのK下さん談)。
オリーブの葉は柳のように細く、しかしみずみずしくないのですが、木は大木が目立ちました。2000年の寿命がある、と聞きました。
遺跡はほとんど土台や壁の一部など、多くはありません。「尚武第一」のスパルタ人は、華美な神殿や建物をほとんど作らなかったことと、遺跡の石材はこれから向かうミストラなどの建築材として持ち去られたためだそうです。
ミストラは、13世紀の寺院や城砦が残るタイエトス山脈の山肌にある無人の街。1989年、世界遺産に登録されて“中世のポンペイ”とも呼ばれるそのミストラまでは約4.5km。指呼の間です。
紀元前480年。権威あるデルフィの神託も降伏を勧めるなかで、レオニダス麾下300人のスパルタ重装歩兵支隊は、神託に従わず「雲霞のごときペルシャ軍を北方テルモピュライに食い止めようとして全滅」(中公文庫 世界史上)したが、続くサラミスの海戦ではギリシャ軍が決定的な勝利を得た、とのことです。
しかしペルシャを追い返したものの、ペロポネソス戦争(紀元前431-404)でギリシャのポリスはひとつ、またひとつとその結合力を失っていった(上掲書)のです。
我々一行は、そうした話に触れつつ、オリーブの林を通り抜けて遺跡へと向かいました。遺跡はオリーブ林の間にもありました。
オリーブは、雨の少ないギリシャでは古代からの特産品で、今も「イタリアに輸出したものが日本に行っています」(ガイドのK下さん談)。
オリーブの葉は柳のように細く、しかしみずみずしくないのですが、木は大木が目立ちました。2000年の寿命がある、と聞きました。
遺跡はほとんど土台や壁の一部など、多くはありません。「尚武第一」のスパルタ人は、華美な神殿や建物をほとんど作らなかったことと、遺跡の石材はこれから向かうミストラなどの建築材として持ち去られたためだそうです。
ミストラは、13世紀の寺院や城砦が残るタイエトス山脈の山肌にある無人の街。1989年、世界遺産に登録されて“中世のポンペイ”とも呼ばれるそのミストラまでは約4.5km。指呼の間です。






