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サツキは見ごろ、白鳥は子育て、釜飯は引継ぎ [2007年05月29日(火) ]


皇居東御苑のサツキが満開のようです。ようです、とあいまいなのは、ご覧のように緑とモザイクになっていて、花で覆い尽くされているわけではないからですが、「これから色あせる花もでてくるし、今が一番の見ごろじゃないですか」、と本日、皇居の職人さんから聞きました。

 ショウブはしかしこれから。
 「暖かいから来週かなあ」とのことでした。ここのショウブも手入れがいいのでしょう。見事の一語につきます。





 大手門脇のお堀では、白鳥がヒナを遊ばせていました。

 昼食は東京・日本橋の釜飯「寿保羅(ずぼら)」の引継ぎです。一度夜の部をご紹介しましたが、昼の釜飯も出色です。
 「7種の魚を混ぜたつみれがはいってます。出汁はタイの骨」
 おいしくないはずがありません。正一合のご飯は具がたっぷり。おこげもこびりついて今や贅沢な極上の一品といっていいでしょう。奥様は栄養士。カロリー計算も怠らず油揚げが入って770`カロリー程度、と以前聞きました。

 本日引継ぎでご案内したのは職場の仲間二人。そのうち一人は寿保羅のご主人と同じ島根県浜田市の出身、と日知りました。
 「あそこのお店がどうの」
 「この中学校がどうの」

 話はいきなりローカル中心になりました。結論はもちろん「浜田の魚はおいしい」でした。
 釜飯は1000円。ほかに焼き魚定食などもありますが、こちらはちと時間がかかります。
 



追記
 
 釜飯は食べたいけど正一合は食べきれないのでは、とご心配の向きはタッパウェアなりラップ持参で行かれるといいでしょう。
 「残ったご飯を持ち帰る方もいらっしゃいます」とのこと。備えあれば憂いなし、です。



Posted at 17:34 | 食 下町 | この記事のURL
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地の糧 平泉−盛岡−秋田07.05.14−15・・・その3 [2007年05月27日(日) ]
 

 仙台をすぎると北上川流域の広大な水田が車窓の左右に広がります。写真は岩手県水沢付近で、田植えを控えてまるで自然の鏡のようでした。彼方は栗駒国定公園の山々です。

 盛岡から田沢湖線に入り、右手に岩手山をみながら雫石盆地をすぎると、列車はやがて奥羽山脈の峠越えにかかります。 
 谷、滝、淵、ダム、細い林道が現れては消えていく深い山の中を、横手盆地へ抜けるまでの数十分が、この列車の旅のハイライトです。
 


 旅の終点、秋田駅から5分のところに秋田市民市場があります。この時期は出羽山脈からの地の糧、山菜が次々と入荷しています。

 山菜、キノコの専門店では、天然の山菜が店頭を濃い緑に染めていました。
 
 「フキノトウ、ヒコヒコから始まって次から次と20何種類か入ってきます。秋田の人は、山菜の食べ方をしっているから」とお店の方。

 シドケでも値段が違うのは「葉が開いたシドケは安い。山奥へ入るとまだ葉が開いてないのがある」

 一人で行く山奥での山菜採りはイメージがつかめないのですが、開高健さんの「最後の晩餐」に塩くじらなるものを持ってシーズン中山にこもるゼンマイ採りの話があります。塩くじらの“壮絶な”食べ方中心ですがご興味があればぜひ。


 昨晩ご馳走になったシドケ、店頭のコゴミ、タラの芽もそうして採ったのでしょうか。そんなことを想いながら天然のタラの芽と、お好きな方のためにイブリガッコを土産に買いました。

Posted at 15:56 | 旅 国内 | この記事のURL
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お墓そして春の珍味 平泉−盛岡−秋田07.05.14−15・・・その2 [2007年05月25日(金) ]



 子供時代、田舎にいくとお墓が家の裏山にあったり、田んぼの真中にあったりすることが大変不思議に思えました。

 「田舎に於ては、すべての人人が先祖と共に生活している。・・・あらゆるすべての生命が、同じ家族の血すじであって、冬のさびしい墓地の丘で、彼らの不滅の先祖と共に、一つの霊魂と共に生活している」

 先日読んだ萩原朔太郎の「田舎の時計」というエッセイからの抜粋です。70年以上前の田舎のことで、私が経験したことのない、濃密な地縁血縁の世界。そこでは生者と死者とが隣り合わせのようにいる。
それは不思議でもなんでもなかったのだ、と同書で気付いたしだいです。

 トップの写真は、そういうわけでずっと気になっていた「先祖と共に、一つの霊魂と共に生活している」風景を、何とか撮影できた初めての写真です。先週初めに角館付近で秋田新幹線の車窓から撮りました。

 私の父や祖母の墓は家から遠い富士の裾野です。死後のことは私自身についてはどうこういう気はありませんが、懐かしい人々の墓はこの写真のように身近に感じられる場所にあればなあ、と思うのは今や贅沢な思いなのでしょう。

  ※    ※    ※

 下の写真はホヤです。盛岡で一泊して会社の大先輩たちにごちそうになりました。やわらかくて歯ごたえがある食感と香りがなんともいえません。山菜もいただきました。しどけ、こごみ、うど等々。本場秋田の市場には天然ものが山のように出回っていました。次回ご報告します。





 上の写真は盛岡城の城壁と枝垂れ桜です。




 なおホヤは初任地、仙台で35年前に初めて食べました。老夫婦の自宅のような店で客は私一人。
 「息子が東京にいてね」
 「ホヤそうですか。私も入社したてのホヤホヤ社員です」
 「ホヤ まあ」
 生物の教科書で「原索動物」とは知っておりましたが、こういう食べ物とは・・・とてもおいしくて丼いっぱいいただきました。
 大先輩、そしておじいさん、おばあさん、ご馳走様でした。 


追記
 牧師でエッセイストの太田愛人さんが「羊飼の食卓」(中公文庫)のなかでこう書いています。
 遠野へ行く人に「ホヤとシドケを必ず食うように」と。それは「岩手県でなければ食えない、春の珍味なのだ。しかもどちらも独特の匂いを持つ山と海の食物である」。

Posted at 16:59 | 旅 国内 | この記事のURL
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○秘スポット 平泉−盛岡−秋田07.05.14−15・・・その1 [2007年05月24日(木) ]


 平泉といえば中尊寺。異存はないですが、以前から気になっていた達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわやびしゃもんどう)へ行ってみました。盛岡経由秋田への旅の途中です。

 JR東北本線平泉駅から約5キロ。国指定史跡とはいえ、足の便は悪く○秘スポットであります。それでも行きたかった。理由の第一は、お堂が大きな窟に抱き込まれるようにして建てられている懸(かけ)造り、という建築様式だからです。

 窟とか洞窟は、大昔は人の住まいとして大切だったでしょうが、今や不気味さのみ。半世紀前、近所の善福寺川の赤土の崖下に大きな穴があり、防空壕とのことでした。ガキ大将がマッチをかざして真っ先に突入し、腰ぎんちゃくのわれわれがおっかなびっくりついていった日が思い出されます。

 自然崇拝のひとつ、岩への信仰や建てにくいところに苦労して建てることで宗教性も高まるようで、懸造りは全国にかなりあります。私が行ったことがある懸造りは清水寺本堂、立石寺五大堂、千葉県館山市のがけの中腹にある大福寺(崖の観音)・・・  
 

 度重なる火災により現在の達谷窟毘沙門堂は昭和36年の再建で5代目。縁起はしかし古く1200年前の昔「大将軍(坂上田村麿公)は窟に籠る蝦夷を激戦の末打ち破り・・・」そのお礼に国を守る祈願所として坂上田村麿が創建した、とのことです。

 勝者の歴史が描かれておりますが、そうではないもう一つの歴史も知るべきでしょう。想いは複雑になりましたがそれがよかったかも。



タクシーで片道1800円。

 「景気はどうですか」

 「昔はチップもあったし、もてたし・・よかったですよ。今はだめ」

 運転手さんはこの道33年。昭和22年の同い年。とても親切でした。20分ほどの待ち時間をおまけしてもらい、帰りは毛越寺で五月晴れの浄土庭園をまばゆく拝観しました。


 宗教学者の山折哲雄さんが「西行巡礼」で紹介している鳥取県の三徳山三仏寺の中腹にある投入堂は、「世にも不思議なお堂」で、縄を頼りに「恐怖が全身を押し包む」中で登った、とあります。
 魅力の真髄のようなお堂ですが、私、高いところは苦手です。

Posted at 18:29 | 旅 国内 | この記事のURL
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出会い系?の街の暑い午後 [2007年05月23日(水) ]
 靖国通りを神田神保町から小川町方面へ1人お昼でふらついていると、こんなお店がありました。



 時代屋。歴史小説専門店でブックマート グループの書店です。
 
 「いつからここに」
 「去年の二月にオープンしたばかりの新参者です」
 和服姿も凛々しいお店の方の笑顔に魅せられて
 「いずれブログで紹介を」
 ついお愛想を(言ってどうする?)。
 お嬢さんはすかさず
 「えっ うれしいです」

 目立つだけに様々なメディアで紹介されていることがさきほどホームページでわかったのですが、愚生にとっては新しい出会い。しかも和服のお嬢さんとの“心和む”会話も終えて足取り軽く淡路町、そばのまつや方面へと向かっていくと、またまた出会いが。

 学生時代の先輩、Yamaさんが汗をふきふき歩いてくるのです。
 気温は正午で26.8度。日差しがメチャ暑いです。

 ハーイ
 満面に笑みをたたえて愚生は手をふりふり呼びかけました。半年ぶりですが、道で会うとは・・・
 
 Yamaさんはすでにお昼を終えていたのでコーヒー。こちとらはオムライスとコーヒーで830円。おいしかったのですが、少しさめていたのは写真撮影に手間取ったせいかも。



「残るは後2ヶ月余。Yamaさんは?」
「来年10月」
彼は同い年ですが、やや偉いせいか、あるいは会社の規定の違いかで一年遅いのでしょう。

 「俺は暇だけど、Yamaさんは?」
 「今日も忙しい。4時からまた会議だ」
 学生時代、武闘派と目されていた彼は相変わらず仕事でも闘う男を捨ててはおりません。

 近いうちの再開を約して彼は熱い職場へ、愚生は暑い街へ。二人の学生時代、街はもっともっと熱かったっけ。

Posted at 16:57 | 日記 徘徊 | この記事のURL
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神田祭で幸せ満喫 [2007年05月17日(木) ]
神田祭で。100グラム400円。買いました。



わっしょい わっしょい
わっしょい わっしょい

 東京・神田神社の祭にはじめて行きました。よかったことの一つが、この掛け声。私の住む杉並のある地域の氏神様の祭りでも、かつて神輿の掛け声は「わっしょい」でした。




それがかなり前から「そいや そいや」に変わりました。担ぎ手が減り、助っ人が来るようになってからのこと、と思っています。だから氏子としてはそう文句も言えませんが、私としては掛け声は「わっしょい」です。
 それが神田祭りではみんな「わっしょい」。それがよかったことの一つ目。

二つ目によかったのは、ある町会長の挨拶。宮入し、魂振りをし、お祓いを受けた後の挨拶が、「奥様方の幸せを祈ります」とかいって、気持ちがこもり、かつユーモアもあってよかったです。粋でもありました。さすが江戸っ子、神田の生まれ(でしょう)。

 三つ目によかったのは、帰りに食べたカレーライス。カレーも大変おいしかったですが、トッピングに頼んだコロッケが、揚げたて、アツアツ、ほくほくとおいしさ充満。しかも大きい。目を丸くしていると「うちのは大きくて」と店の人。
 そばで有名なまつやのすぐ先にあるその店の名はトプカ。850円に幸せというトッピング満載でした。



Posted at 09:46 | 食 都内 | この記事のURL
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悲しみよこんにちは [2007年05月12日(土) ]


 「悲しみ」が突然やってきました。逃げるわけにもいかず「こんにちは」とあいさつしました。やってきた理由はこうです。 

 携帯電話をDOCOMOからAUに変えました。機種は簡単な操作がウリの最新薄型、というより無料だったからです。その時、「保健証をコピーしてもいいですか」と担当のお嬢さんが言ったので「いやですけど、しょうがないでしょう。でもコピーの根拠は何ですか」と困らせました。

 こうした苦労の末(どっちが?)の5年ぶりの新機種。それが翌朝胸ポケットからポチャリ。そのときの驚愕、悲しみ、惨めさ・・・啄木の一握の砂(我なきぬれて蟹とたわむる)どころではありません。
 だいいち蟹は食べるものです。蟹と戯れるとはさまれます。(思い出して興奮気味です)

 翌日買ったところでお嬢さんに「買うしかないよね」というと見下された、あるいは一瞬噴出しそうな(と感じました)しかし、つつましやかな笑みを浮かべて、言いました。

 「一年以内なら10,000円ちょっとで同じ機種をご購入できます」
 本当はその何倍かするのでしょう。買いました。

 だーれのせいでもありゃしない みんなおいらが悪いのさ

とても悲しいできごとでした。


※     ※     ※



 拙ブログの見出しにとった「悲しみよこんにちは」はご存知、フランソワーズ・サガン18歳のときの初めての作品で、世界中のベストセラー。これを機に「朝吹登美子訳 新潮文庫」で読みました。

 南フランスのまばゆいばかりに輝く海(でしょう)と白い別荘を舞台に、17歳の少女セシルが、別荘にやってきた気品ある、美人で聡明な女性、アンヌ=女たらしの父の婚約者=を追い詰めていく話、でした。

 若さという傲慢さから人の心をもてあそび、最後は筋書き通りというか、筋書き以上のアンヌの悲劇。セシルに悲しみが「こんにちは」とやってきたのは、彼女にとっても想定外のことでした。
 
 しかしアンヌが恋愛についてセシルにこんな話をしていたのは伏線でしょう。
 「そこには絶え間ない愛情、優しさ、ある人の不在を強く感じること」

 セシールカットがはやり、映画で主人公を演じたジーン・セバーグに、憧れの西洋の美少女を見たのは小学校のとき。
 それから半世紀近くたって初めて読んだその本は、絶対に「こんにちは」したくない「悲しみ」があること、それを自分自身が招きかねないことを改めて教えてくれました。

 そして実はすでに招いたことがあるのではないか、という不安も。
・・・買い物にでもいくか。






Posted at 16:53 | 日記 徘徊 | この記事のURL
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私的三つ星レストラン         八ヶ岳西側山ろく徘徊その3 グルメ街道 [2007年05月11日(金) ]



レストランを選ぶ私的視点

 その1 夢  至福のひと時を過ごす
 その2 期待 料理と酒
 その3 希望 また来る日まで生きていたい

と、勝手な基準を考えてみました。考えようによっては幅が広い基準です。
茅野駅からルート299(メルヘン街道)を上ること25分。「ギャラリー忘我亭」 (http://gallery.bestnet.ne.jp/bougatei/)は、昨年通い始めたばかりですが、お勧めのレストランであります。

 午後6時半。4人組がわれわれも含めて2組、カップルが2組、計12人の客がそろいました。シェフと奥様二人のステージの始まりです。

 奥様が丁寧に、しかし早口で、一つ一つのテーブルで料理の説明をしていきます。出来立てを供しようと大変忙しそうですが、それが雰囲気をを壊す、というのではなく、逆にその一生懸命さに心打たれて「今年もこれてよかった」という気持ちになります。

メモをご紹介します。

@  ホワイトアスパラガスのスープカラメル仕立て
 カラメルでホワイトアスパラガスの苦味を際立たせています。
A 黒豚の背中と腕の肉のパテ
  ナスを間にはさんであります。サラダのドレッシングは豆腐の味噌漬け をくだいたもの。
B ワイン
  イタリアのインフェルノ。
  50度Cにもなるブドウ畑のワイン。フランスのワインはエレガント、イタリアのは勢い、とシェフ、高山氏。






C ほど芋
  京都の錦市場で見つけたもの。栗のような変わった味です。ブルーチーズのソース。
D クルマエビのフライ
  刺身にできる新鮮なクルマエビのフライにマンゴーのソースカレー粉風味。
E おしのぎ 一口ご飯
 長芋とホタテのとろろご飯。釜揚げシラスは鎌倉のもの。奥様のご実家から送ってきたものだそうです。ホタテとシラス、長いもの共演が奏でる柔らかい不思議な食感に感動。

F 牛フィレのロースト
 肉は赤いがじっくりと火を通してある。カブは食感を残して甘みを楽しめる。竹の子と新ワカメ。

G 干しイチジクとココナツミルクのアイスクリーム

H カリフラワーのチーズケーキ
  カリフラワーを蒸してピューレにした。一口目に香れば・・・香りました。






 ワインはシェフのおっしゃるとおり、個性が強く、半分は自宅へ。慣れると病みつきになりそうなワインです。
 かくして2時間余。次回が楽しみです。

    ※           ※           ※


 この日の昼は、白樺湖方面へ行くルート152(大門街道)に新しくできた野草園を見て日帰り温泉の「音なしの湯」へ行きました。ここにはレストランがあり豆腐が名物というのでこの定食を食べました。確かに豆腐は大変おいしかったです。

 トップの写真は野草園で撮りました。

Posted at 13:04 | 食 関西ほか | この記事のURL
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珍味?郷土食   八ヶ岳西側山ろく徘徊その2 [2007年05月09日(水) ]
 カイコガの蛹、イナゴの佃煮、鯉や小ブナの寒露煮・・・茅野や原村のスーパー、生協に行くと必ずあるのがこれらの郷土食です。
 今回はこれまで食べたことがなかった蛹の佃煮を買いました。もちろん晩酌の肴であります。「さなぎ」とか「絹の味」と名づけて売られています。
























 蛹ですから小さな羽や腹の段々がわかります。食感は皮がやや固め。味は甘く煮ているのでイナゴや小ブナの寒露煮と変わりません。

 カイコの蛹は煮ると特有のにおいがあるのですが、今回はそれも気になりませんでした。が、私以外は手をつけませんでした。



 「いかんね。そう保守的では」といっても無理に勧めることもできません。食生活は、保守的傾向が強いことは百も承知ですから。

 10年程前、諏訪の老舗旅館でザザムシが夕食に上りました。ザザムシは川底の石の裏などにいるトビケラなどの幼虫で、小さな芋虫状です。このときも食べたのは愚生だけ。好みからいうと、ザザムシのほうがカイコの蛹より蛋白質のおいしさを味わえた感じです。

※        ※       ※

 「虫を食べる人びと」(三橋淳編著、平凡社1997年)によると、「ヒトの食生活は昆虫食に始まり・・・」、大正時代の学者は日本の食用昆虫は「150種ある」と述べている、とあります。
 「刺身が絶品 カミキリムシの幼虫」「ステーキなんか目じゃない ガの幼虫」「懐かしいイナゴの佃煮」
 同書の帯の抜粋です。

 このブログを書くために、信州出身の10階のご同輩、せっちゃんに教えを乞いました。
 虫は食べましたか?と。 
 「イナゴはよく食べたけど・・・」
 「私は食べたことがなかった。都会育ちなもんで(本当は東京でも当時は 郊外の杉並育ちです)」
 「食えないやつね。あなたは」
 嫌われました。どうせどこへいってもオジャマ虫です。


Posted at 15:28 | 食 関西ほか | この記事のURL
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新名物でヘルシーグルメ   八ヶ岳西側山ろく徘徊その1 茅野駅前 [2007年05月07日(月) ]


 サラリーマン生活最後のゴールデンウイークでした。あと3ヶ月もすれば死ぬまでシルバーウイーク。せっかくの連休にも今までのようには力がはいりません、というほど枯れてないようで・・・

 トップの写真は先月末、標高1000メートルほどの茅野市営温泉尖石縄文の湯付近の桜と蓼科山遠望です。

 先月末から10日間ほど長野県茅野市八ヶ岳山ろくを徘徊しました。
初日、茅野駅前の喫茶店「古時計」で諸般の事情により1人お昼。「高原のてづくり そばガレット」なるものを注文しました。



 「なんすかー そばガレットって?」
 見ればわかる、というものでもありません。名前のいわれ、主張、売り、その他もろもろを知っておくことは、初めてのものをいただく場合、味わいを、思い出を深める材料でもあります。

 「いわばそばのクレープです。野菜、チーズ、生ハム、温泉卵をトッピングしました」
 「どうやって食べるの」
 「ナイフを使っても手で食べても」
 最初ナイフ。次に手とあの手この手で半分食べたころ、あまり手も口も汚さず食べられるようになりました。
 
  薄いのですが、おなかはけっこういっぱいに。ぱりぱり感とヘルシー感覚がなんともいえない700円でした。お店の応対もインテリアもけっこうでした。






 最終日も茅野駅前ですが、古時計と反対側の駅前ビル ベルビア1階「かんてん茶房きれい」。諸般の事情により、4人お昼でした。
 なぜ「きれい」か。それはのちほど。

 愚生は寒天入り豆腐ハンバーグセット880円。いけます。連れは「寒天の里御前」と「寒天うどん」。いずれも評判いかったす。




 「お店はいつから?」
 「一年前からです。オーナーが美容院の経営者で、寒天の・・・」忘れました。
ともあれ寒天でより「きれい」に、との思いが店名となった、と解しました。
 愚生に限っていえば、この2食だけの効果ではないでしょうが、1キロ近く減量しました。
 
 またいかなくては、と思うのですが、他の店も捨てがたいものがあり、かわるがわるいくことになりそうです。

Posted at 17:10 | 食 関西ほか | この記事のURL
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