プロフィール
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首、とあると血が騒ぐ 東海道・金谷宿 [2007年08月31日(金) ]
 「問われて名乗るもおこがましいが・・・ 」
 ご存知歌舞伎は白浪五人男、日本駄衛門の口上です。
「さてその次は江ノ島の・・・」弁天小僧から「どん尻に控えし」南郷力丸まで、白浪五人の口上は、名前も含めてその表現力、調子、掛け言葉・・・どれをとっても脳天から手足の先までしびれさせる名台詞。言葉が持つ力の大きさに圧倒され歌舞伎に疎い私でも感動の連続であります。
 白浪五人男は不滅です。関係ないか。

 「盗みはすれど非道はせず」
 ちょっと言い訳っぽいところがまたいいですね。
 この啖呵をきった日本駄衛門のモデルとなった日本左衛門という大盗賊の首塚が、金谷の宿にありました。金谷に行った理由に特別なものはありません。

 「ここ以外のどこかへ」というフランスの詩人の思いは人間に植え付けられた遺伝子なのかな、と思ったりする次第です。

 金谷宿は静岡県島田市金谷町となっています。江戸からは東海道53次の24番目。大井川があり、重要な宿場町だったのは本陣が3つもあったことなどからわかります。

 ですから街のページには旧東海道金谷坂と菊川坂の石畳や芭蕉句碑などが紹介されています。しかし。日本左衛門の首塚の紹介はありません。私が首塚を知ったのは大井川鉄道の駅の案内図でした
 


 寄り道しながら首塚へ向かいました。首、とあると血が騒ぐのです。途中、室町時代の木造の如来坐像が5体もある専求院がありました。
「拝ませていただきたい」
かようにお願いすると、親切に冷たいお茶まで出していただきました。
 これも如来のお慈悲かと。はい



 日本左衛門の首塚はわかりにくく、途中地元のご老人に道を尋ねたところ親切に教えてはいただきましたが「自分は行ったことがない」。

 

 だんだん道が消えていくような感じのどん尻近くに宅円庵がありました。観光地の雰囲気は皆無。すぐ近くには大井川鉄道のSLがありました。
 それでいいのです。自分の問題ですから。
 日本駄衛門の首塚には辞世の句がありました。インテリ大泥棒だったのでしょうか。
 現役時代の私の場合は「サボりはすれど非道はせず」。会社の時間を私用に盗んでいた不要社員です。辞世の句を詠む教養も覚悟ももちろん持ち合わせておりません。

 再び駅方面へ向かい、金谷町お勧めのスポット、金谷坂の石畳へ。石畳は近年地元の方が復興したとのことですが、周りの景色は東海道の面影を残している、かに見えます。蒸し暑かったこの日は坂がいっそうきつく、にわか旅人は難儀しました。



 茶屋で帰りに一休み。茶屋は古い民家風で広く情緒たっぷり。子育て飴なんぞも土産に売ってました。
 頼んだのはかき氷のブルーハワイ350円。観光施設にしては安く、聞けば施設は市、運営は民間とのことで、親切なお店の方は「安い、早い、うまいです。またどうぞ」。

 写真のおでんは金谷で食べた静岡おでん。店の方がやはり親切だったのがなによりの旅の味となりました。


Posted at 00:18 | 旅 国内 | この記事のURL
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先客万来の夏 [2007年08月24日(金) ]
 マウス40匹。内訳はオス17匹、メス23匹。兎1羽と亀一匹。それに飼い主のZUKIとHI子さん、そして重鎮のO助。あわせて6人と42匹でしばし過ごしました。

 これだけにぎやかな夏は、もちろん初めて。マウスはZUKIが学校でヘビのえさになるところを、HI子さんの強い強い反対を押し切って、というよりも勝手に連れ帰ってきました。


 最初はネズオとネズコの雌雄2匹だけでしたが、あっという間に40匹以上に。鼠算を図らずも身をもって立証した形となりました。
 オスメスを分けているのはこれ以上鼠算をしたくないからです。オスのマウスは里親が少し見つかったのでメスより数が少ないとのことです。

 ミシシッピアカミミガメは何を考えているのかわかりません。もちろん亀の勝手ですが。



 しかし兎は感情豊かです。ハウスに閉じ込めたままにしておくと後ろ足で床をトン、と大きく叩くスタンピングをし、遊んで欲しいときには足元に寄り添ってきてまとわり尽きます。ところが私の足元に向かってくるとなぜか途中で引き返します。この兎はオスです。

 このガキャー(おっと、アタクシとしたことが)、と年甲斐もなく思ったりしますが、猫のように足をなめて顔を洗ったり、体をなめるしぐさはひときわかわいく、かつて私が兎に対して抱いていたイメージがこの夏、変わりました。



 兎は人間から見るとおとなしそうに見えます。しかし昔読んだ本(日本動物記T 今西錦司編 飼いウサギ 河合雅雄)では、激しい闘争をし、傷つけあう、とありました。以来兎には「外見にだまされないぞ」と思っていたのですが、考えてみれば勝手な思いでありました。

 そして兎とも「スキンシップがとても大事」とのことです。確かにZUKIもHI子さんも猫かわいがりしています。私は動物に触るのは嫌いではありませんが後で手を洗うことを考えると面倒です。兎は敏感に察知しているのでしょう。

 マウスの糞尿のにおいも相当きついものがありました。でも小さな回し車に先を争うように乗ってカラカラ、カラカラとひたすらまわしているのを見ると、やはり「何のために」と自らに即跳ね返る疑問がふと浮かびますが、マウスといえど口では答えられません。

 回し車の音は毎晩、寝室にまでカラカラ、カラカラとかすかに響き続けていました。

Posted at 12:24 | 日記 徘徊 | この記事のURL
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夢か現か・・・ツチノコ [2007年08月22日(水) ]
 火の玉は「見た」という確信があります。今回ご披露する話も私自身は「確かに見た」と思っているのですが、誰も信じてくれません。ちなみに私は心霊現象とかUFOとかは、自分が体験していないので「ほう、そうですか」としか言えませんし、背後霊とかご先祖がどうだという話にはまったく興味がありません。

 私だけが信じているその事件は学生時代、40年ほど前です。ガキのころからの仲良し、ゴロウ君と東京・奥多摩の低い山に登っての帰り道、杉木立の山道が気持ちよくてやや急ぎ足で膝を笑わせながら下ってくると、ゴロウが「ギャッ」と叫んで何かを避けるように1メートルほど先に飛び跳ねました。

 見ると、道の真ん中に見たことがない生き物。体長10-15センチ。頭は三角形、胴体はビール瓶形ですが、それを小さくした形。色は濃い褐色、尾は短くキュッと細くなっていました。直感的に世に言う「ツチノコ」と思いました。マムシの胴体を太くして寸詰まりにした形、あるいは中学の生物で習ったプラナリアと形は似ていました。

 当時かその少し前かに漫画などで「幻の蛇」と話題になりましたので「捕まえれば世界初」なんて功名心が鎌首をもたげてくるところが今と同じく超俗物。ですから恐る恐る捕まえようとしました。
 
 あと30センチ(本当は1メートルくらいかな。怖かったですから)と思ってさらに手を伸ばしたとたん、今度はその“未確認蛇状生物”がいきなりぴょーんとはねて杉林の中に飛び込みました。後を追ったのですが見つけられませんでした。
 はね方も、準備運動の姿勢もなく咄嗟でした。

 有名人になる機会を逃した後“未確認蛇状生物”は「ツチノコの子」と私は言ってますが、誰に話しても「ほう、そうですか」。
 気持ちはわかります。私も証明できません。この後、こうした体験は一切ありません。したいとも思いません。ただ、お話しとして時々披露しています。


追記
 帰りに寄った秋川渓谷の川原で1メートルほどの蛇を捕まえました。ゴロウは大の蛇嫌いで、今度は「このやろう」と石を持って私を遠ざけよとしました。
 尾を持って遊んでいたら通りかかった子供が「くれ」というので「どうする」と聞いたら「食べる」と言いました。食べたかどうか、知りません。
 蛇にとっても人間ほど恐ろしいものはいないのでは。
 

Posted at 22:30 | 日記 徘徊 | この記事のURL
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夏の思い出・・・火の玉 [2007年08月21日(火) ]


 式子内親王は百人一首の「玉の緒よ絶えなば絶えね・・・」の作者でもあります。めちゃくちゃな才女ですね。
 ところでクーラーがついに効かなくなり、暑い中で半世紀前の夏のことをふと思い出しました。昭和30年代前半。東京・三鷹市に住んでいた祖母の家に行った夜、そば屋に行きました。場所は三鷹駅からまっすぐに南へ行く道が、禅林寺に行き着く少し手前にありました。

 禅林寺には、太宰治と森鴎外のお墓があり、6月19日には太宰を偲ぶ桜桃忌が営まれます。

 そばを待つ間、ぼーっと窓の外を見ていたら、一瞬目を疑うものが。道を挟んで向かいの家の屋根に大きな火の玉がのっかっていたのです。

 錯覚ではありませんでした。ゆっくりと動き出しました。ふわりふわりと大きな尾を引いて。火の玉はその家の隣の畑の真ん中あたりに来るとぱっと消えました。畑の南側は禅林寺の墓地です。今となっては定かではありませんが、読経の声も聞こえたような気がしました。

 しかし当時は顕微鏡やら自然観察に夢中になっていた科学少年。火の玉は、リンが燃える現象、と思っておりましたので少し寒気がしましたがさほど恐怖心はなく、一緒にいた祖母には話しませんでした。
 
 ちなみに最近はリンが燃える説は影をひそめて物理学者の大槻義彦先生が、「火の玉はプラズマだ」とおっしゃっています。

 その数年後、今度は自宅で見ました。数日前に死んだ犬の、庭の端のお墓付近から夜、小さな火の玉がでてきてしゅーっと隣の家に飛んで行きました。翌日、隣に聞いたら「火の玉が飛んできた」と言ってましたと思ってます。なにしろ半世紀前のことなので。
 2回の火の玉体験は、「枕に浮かぶまぼろしの内」になりつつあります。

 三鷹の火の玉の話しを当時の親友に話したら「三鷹で見たか」だって。

Posted at 16:40 | 日記 徘徊 | この記事のURL
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何のために [2007年08月20日(月) ]
 ザ・フォーク・クルセダーズの歌ではありませんが、暗い穴の奥で光るヒカリゴケを見てふとそう思いました。しかしこの疑問は自分そのものに跳ね返ってきて、考えても無駄かな、と。

 標高1800メートル。八ヶ岳の中腹にこんこんと湧き出る信玄の隠し湯、唐沢鉱泉の風呂は浴槽が太い木、壁は岩という落ち着いた風呂でとても気持ちがいいお湯です。昔に比べると道もかなり整備されて車も行き易くなりました。



 この宿のすぐ裏手にヒカリゴケ群生地があります。岩と木の根の間の穴をのぞくと、緑に光るコケがはっきりと見えます。



 5月に行ったときはまだよく生えてなかったのか、見えませんでした。見に行かれる方は宿に問い合わせてお確かめください。

 ヒカリゴケといえば、武田泰淳氏の小説「ひかりごけ」が浮かんできますが、私は読んでいません。代わりにといっては何ですが、中野美代子氏の「カニバリズム論」(福武文庫 1887年)からご紹介させていただきます。この本の序は澁澤龍彦氏、解説は荒俣宏氏です。

 漂流して少年の肉を食べたミニョネット号事件などを紹介したあと、中野氏は述べています。「カニバリズムとはいかなる行為であるのか」。
 そしてミニョネット号の場合

 ・・・救助がもっと遅れていたらどうなったか――言うまでもなく、次の肉をもとめての殺戮が行われていたであろう。武田泰淳氏の「ひかりごけ」(一九五四年)は、まさにその深淵をのぞいた作品である。

 人肉を食べなければ死、という状況下で自分ならどうするのか。食らい付くか、タブーを守って死ぬのか、これも考えてもしょうがないことかもしれません。でも死にたくはないでしょうね。
 

 唐沢鉱泉の名物料理の一つに猪鍋があります。昔食べました。猪の肉は豚肉のおいしさを濃くしたような味でした。山の気に包まれて食べる猪、また食べたい。
 小説「ひかりごけ」は探して読みます。

追記 ひかりごけ、読みました。

Posted at 19:03 | 旅 国内 | この記事のURL
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無事退職を祝って [2007年08月17日(金) ]
 そういうわけで(前回をご参照いただければ幸いです)、無事退職を祝う会を昨晩開いてもらいました。退職記念パーチーです。メンバーは身内5人と愚生。男はまたも1人、飲むのも1人ですが、この夜ばかりは孤独とは無縁でありました。

 長野県蓼科高原は忘我亭。5月にも行きました。
 マダムが、会場に選んだことに対するお礼を述べてくれました。
 次いで家人が「なんとかここまでこぎつけました」と口上、この夜ばかりは、といいますか後にも先にも葬式を除けばこの夜だけが主役であろう愚生が、居並ぶO助、HI-子さん、zuki、子丼そして家人に「皆様のおかげで無事退職できました」と短くご挨拶しました。

 月並みではありすぎますが、心からの感謝の意とサラリーマン生活への別れの儀式としての意味を込めたつもりです。



 お客さんは私たちのほかに女性3人のグループと男女4人のグループ、あわせて13人。最初の料理は「オマールエビの酒蒸に桃のピューレ」、次いで「生湯葉とゴールドラッシュ(とうもろこし)のポタージュ。中にバルサミコ酢」。かき回さずにスプーンですくうと甘みの中にバルサミコ酢の酸味が一刺し。

 料理って、努力に加えて想像力とセンスだなあ、とつくづく思います。
 こうして忘我亭渾身の料理がタイミングよく次々とだされてワインは「栓を開けると最初はやわな感じですが、時間がたつと味わいが変わる」というシェフお勧めの赤。

 20分ほどたって、忙しい厨房から出てきたシェフが新たなグラスにワインを注ぎ「飲み比べてみてください」。確かに同じボトルなのに、甘みが増して別のワインのようです。

「ビンの中でで熟成されるのです。フランスで飲むのとほとんど同じ品質です」
 甘くやわらかく、ワイン通なら別の形容があるのでしょうが通ではありません。日本酒でいえばすっきりした甘口の樽酒、という感じであります。
 一本開けました。



 最後に産まれて初めてのバースデーケーキ。6本のろうそくの灯を吹き消して食べた一切れは、新たな生へのエネルギーにかわりました。居並ぶメンバーも同じ思いと信じています。

Posted at 08:09 | 食 関西ほか | この記事のURL
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退職・・・・・ [2007年08月12日(日) ]
 三昧の最後は9日、東京・日比谷のレストランでした。大先輩F島さんです。サラリーマン生活でも一段と厳しいときに正論で援護射撃をしていただき、一昨年はややこしい話でも再びお世話になりました。ありがとうございました。

 私がお礼すべき立場なのに、ご馳走三昧の〆くくり。この世、もといこの夜が皆様とお付き合いさせていただく現役生活最後の夜となりました。

 というわけで、休み体制のまま退職します。あと1時間もありませんが、先輩およびご同輩たちから言われたことを肝に銘じたこの数日でありました。
すなわち「よく定年までいられたな」「最後に退職金パーなるようなことしないでくださいよ」etc.

 今朝、夢を見ました。社内で取っ組み合いのけんかをしているのです。自分でも不安に思っていたのでしょう。目覚ましで覚めてほっとしました。

 こんな楽しい会社人生でしたが、「ちょっと小心者で常識家」と子丼は申しております。一歩表に出ると気持ちは変わりよね。子丼はまだまだ若いです。はい。
 
 明日からはフリー、命かけてやりたいことがあるわけではありません。
 大好きな水木しげるの、河童の三平の放屁合戦を読みつつブランデーをしこたま飲みつつ今夕詠めり

ヒグラシの 鳴き声かなし へ短調


Posted at 23:02 | 日記 徘徊 | この記事のURL
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新橋で焼肉三昧 [2007年08月09日(木) ]

 三昧も仕上げ一歩手前でメチャおいしい三昧をさせていただきました。
 むはははは、と高笑いをしたくなるほど満足度120%。その店こそ、東京・新橋で焼肉の名店との誉れ高い「徳寿」。



 先輩、K池さんとM岡さんのお供であります。K池さんとは初任地仙台で夜毎三陸の幸に舌鼓を打ち、山形の銘酒に酔いしれた間柄であります。M岡さんとはこの7−8年ですが、仕事では会社として大変お世話になり、かつ夜は密度濃く遊んでいただいてきました。

 尊敬するそのお二人が、私ごとき若輩を気遣っていただき、恭悦至極でありますが、徳寿の数々の料理にも恐れ入りました。やわらかく、味濃く新鮮でいうことありません。



 散財をおかけしてすみませんでした。
 今夜、日比谷で仕上げです。


Posted at 15:10 | 食 都内 | この記事のURL
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おいしい三昧もそろそろ [2007年08月08日(水) ]

 フジツボが食べられることは知っていましたが、食べたのは初めてでした。養殖だそうですが、ウニとカニとを合わせた様なけっこうな美味で日本酒にぴったり。食べたのは東京・四谷荒木町の、初めて入った小料理屋で先週末のことでした。

 荒木町の行きつけは「よつやこくている」です。家族で営む、家族的な(当たり前ですね)居心地満点のお店です。先輩S崎氏はいつも後輩の意向(これ以上太りたくない、という)を無視して「スパゲッティ」を注文します。ここのスパゲッティは、懐かしくも家族的な美味しさで、やはり心和み系の逸品であります。

 さらにポテサラも欠かせません。ボリューム豊かな一皿を前にして、お腹も豊かになるお勧めの一品です。
 店名通り、カクテルもお得意でしょう。でしょう、というのは何を隠そう、何も隠してないか。マスターはその道の達人の誉れ高い、と何かの記事で読みました。が私はいつもウイスキーのシングルストレート。一度ドライマティーニに挑戦したいとは思ってます。



 昨夜は団塊同期のY本さんとM戸氏と神田のもりよし。関西風のおでんよし、餃子よし、キャベツのお好み焼きもベリベリグウ。お値段手ごろで申し訳ないような。ご主人は脱サラ組のまじめそうな方。お気に入りの一軒です。



 そして本日昼は、また行ってしまいました。谷中の猫町カフェ29。だご汁定食のご飯は梅ご飯。さっぱりとした酸味が食欲中枢を心地よく刺激して、食後の珈琲つき。子猫もいて猫グッズを見るのも楽しくまた行きたくなります。
 次回はフリーの立場でゆっくりといくことになるでしょう。


Posted at 17:16 | 食 都内 | この記事のURL
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摂氏33度でもおいしい銀座へ [2007年08月07日(火) ]
 本日も天気晴朗すぎて気温高し。にもかかわらず、ご同輩T橋さんとY上さんと3人で「ぜったい食べに行きたいお店」と話していた銀座6丁目の天ぷら屋にいそいそと行きました。
 泰明庵のあたりを行き来していたときに、値段が出ていないのでちょっと不安でしたがしかし経験上「美味しい店のたたずまい」とあたりをつけておいた店です。ネットに少しだけ書き込みがあり、本日決行とあいなりました。

 午後0時半ごろ。さぞや満員か、と思いきや我々のみ。店主はおもむろに鍋に油をいれて支度を始めました。口開けだったようです。
 モズク酢、エビの頭の天ぷらがまず出てきました。天丼はエビ3匹、キス、掻揚げ、アスパラ、レンコン、ナスなど盛りだくさんです。ご飯は少なめ。ツユは甘くなくさっぱり系で、3人とも「美味しい」で一致しました。

 写真を添えたいところですが「お断り」が店の方針。テレビ取材も断っている、とのこと。だから昼時にもかかわらずすぐに入れたのでしょう。
 天丼2,625円。夜のメニューは7,000円と9,000円のコースのほかお好みがあるそうです。
 帰りがけに泰明小学校向かいのオー・バカナルでエスプレッソ450円など。あと数日です。この贅沢は。


追記 
 原材料の値上がりで、昼の天丼はやめた、とのこと。確かめてはいませんが。(2008年6月)

Posted at 17:58 | 食 都内 | この記事のURL
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