ご存知歌舞伎は白浪五人男、日本駄衛門の口上です。
「さてその次は江ノ島の・・・」弁天小僧から「どん尻に控えし」南郷力丸まで、白浪五人の口上は、名前も含めてその表現力、調子、掛け言葉・・・どれをとっても脳天から手足の先までしびれさせる名台詞。言葉が持つ力の大きさに圧倒され歌舞伎に疎い私でも感動の連続であります。
白浪五人男は不滅です。関係ないか。
「盗みはすれど非道はせず」
ちょっと言い訳っぽいところがまたいいですね。
この啖呵をきった日本駄衛門のモデルとなった日本左衛門という大盗賊の首塚が、金谷の宿にありました。金谷に行った理由に特別なものはありません。
「ここ以外のどこかへ」というフランスの詩人の思いは人間に植え付けられた遺伝子なのかな、と思ったりする次第です。
金谷宿は静岡県島田市金谷町となっています。江戸からは東海道53次の24番目。大井川があり、重要な宿場町だったのは本陣が3つもあったことなどからわかります。
ですから街のページには旧東海道金谷坂と菊川坂の石畳や芭蕉句碑などが紹介されています。しかし。日本左衛門の首塚の紹介はありません。私が首塚を知ったのは大井川鉄道の駅の案内図でした
寄り道しながら首塚へ向かいました。首、とあると血が騒ぐのです。途中、室町時代の木造の如来坐像が5体もある専求院がありました。
「拝ませていただきたい」
かようにお願いすると、親切に冷たいお茶まで出していただきました。
これも如来のお慈悲かと。はい
日本左衛門の首塚はわかりにくく、途中地元のご老人に道を尋ねたところ親切に教えてはいただきましたが「自分は行ったことがない」。
だんだん道が消えていくような感じのどん尻近くに宅円庵がありました。観光地の雰囲気は皆無。すぐ近くには大井川鉄道のSLがありました。
それでいいのです。自分の問題ですから。
日本駄衛門の首塚には辞世の句がありました。インテリ大泥棒だったのでしょうか。
現役時代の私の場合は「サボりはすれど非道はせず」。会社の時間を私用に盗んでいた不要社員です。辞世の句を詠む教養も覚悟ももちろん持ち合わせておりません。
再び駅方面へ向かい、金谷町お勧めのスポット、金谷坂の石畳へ。石畳は近年地元の方が復興したとのことですが、周りの景色は東海道の面影を残している、かに見えます。蒸し暑かったこの日は坂がいっそうきつく、にわか旅人は難儀しました。
茶屋で帰りに一休み。茶屋は古い民家風で広く情緒たっぷり。子育て飴なんぞも土産に売ってました。
頼んだのはかき氷のブルーハワイ350円。観光施設にしては安く、聞けば施設は市、運営は民間とのことで、親切なお店の方は「安い、早い、うまいです。またどうぞ」。
写真のおでんは金谷で食べた静岡おでん。店の方がやはり親切だったのがなによりの旅の味となりました。

















