プロフィール
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神田神保町の路地へ [2008年01月31日(木) ]
 人がすれ違える程度、の狭さがそのまま人の心との距離、とも思える路地が好きです。銀座の、根津の、日本橋の、神田の路地・・・楽しく、おいしい店が次々と見つかります。
 
 先日昼に訪れた「嘉門」は、神田神保町3丁目。ビルの裏の路地にある小料理屋です。ご主人はかつて大手出版社の週刊誌の料理担当カメラマンだったとか。昂じて、自分で料理屋を開いてしまった、とか。

 2年ほど前の夜にご同輩M戸君に連れて行ってもらったのが初めてで、次々とタイミングよく出されるお決まりがどれもおいしくて、愚生のリタイア後も気掛かりなお店の一つでした。



 御覧の写真はこの日の昼の定食。トン汁、刺身、右上は「ゴボウの葉です。味が付いています」とご主人。漬物がついて、ヘルシーかつボリュームもあって、1000円。先客5人中、4人は女性でした。愚生の学生時代の先輩、ヤマちゃんの勤務先はこの近くで「たまにお昼にきてくれます」。1時少し過ぎには暖簾をしまいました。一人で何もかもやっているようなので、夜に備えるのでしょう。

 夜のメニューは4000円のコースですが、「お好みもご相談ください」と張り紙。お酒は日本酒も焼酎も一杯500円。ビール600円。
 落ち着いて飲める路地のいい店です。

Posted at 14:26 | 食 都内 | この記事のURL
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キッチン トキワへ行くこと [2008年01月27日(日) ]
 「ウインブル・・・丼って、ありますか?」
 「はい」
 「ください」

 女優の三林京子さんのホームページ(http://3bayashi.com/home.htm)で、この奇妙な名前の丼を知ってからこの方、2年くらいでしょうか、「一体どんな丼なのか、なんでこの名前なのか」と気がかり、かつこの丼を食べずして、丼ファンとは言えまい、とじくじたる思いで来ましたが、水曜日、ついに行きました。注文しました。いただきました。

 キッチントキワ。東京・中央区湊3丁目12というよりも、隅田川にかかる佃大橋西詰の側道沿い、というほうがわかりやすいかも。最寄り駅は地下鉄新富町です。
 界隈、江戸から明治の旧跡がいろいろあります。



 少し混んでいたのでカウンターに座り、店内を見渡しましたが、ウインブル丼なる張り紙はありません。で、冒頭のやりとりとなりました。
ハムカツが乗っている丼、と書いてあったブログもありましたが写真はなく、いかなる丼なのか、期待と少しの不安とが交錯しつつ、この間テーブル席が空き、移りました。

 カウンターの中は、ご主人と奥さまでしょう。一心不乱に注文をこなしています。フロアはお嬢さん二人。明るくきびきびと、元気よく働くその姿・・・初めての店とは思えない居心地のよさに身が包まれてきたところで、出ました。



 「写真撮っていいですか」
 「煮るなり焼くなりおすきにどうぞ」とお嬢さん。
 うーーん、一度は言ってみたかったこの啖呵。ここで聞くとは。いいですね。

 浅めの丼の“センターコート”は、揚げたてカリカリの衣のハムカツ。それも4枚重ねという泣けてくるような豪華実力派。たっぷりかかったハヤシの色も黒々と、脇に控える野菜とのバランスもよく、洋食の定番、マカロニサラダは後見のごとくさりげなく控えて、これが噂のウインブル丼、味、質、量ともに十分の布陣であります。

 「でも、どうして店の中にメニューがみあたらないのですか」
 「注文を通すのが恥ずかしくて、目立たないようにしているのです」
とお嬢さん。

 質問を変えましょう。
 「なんでウインブル丼?」
 「テニスの伊達公子さんの大ファンで、彼女がウインブルドンのセンターコートに日本人として初めて立ったのを記念して、それまであったハムカツハイカラ丼というメニューをウインブル丼に改めました」
とお父さん。

 その心は?
 「公子の公はハムでしょう。ハムが勝つ、応援する意味でつけました」
なるほど、シャレという薬味を添えて950円。
 下町は、楽しくおいしい。

                                


 夜は、かつて仕事で大変お世話になった方々と計5人で新年会。会場はキッチン トキワから歩いてもいける、私の三つ星料理屋、月島のやまにでした。


 築地とは目と鼻の距離ではありますが、地の利や板前の腕というだけでは、「やまに」のおいしさは、とても説明できません。いや、説明不要。話してもわかりません。食べればわかる、のです。はい。
 
 皆さん、やまには初めてでしたが「なんというおいしさ」と、驚きを隠しませんでした。ご案内していかったです。

 刺身三昧から始まって、白子の天ぷら、生青のり、アンキモ、貝柱入りオムレツ、大間のマグロの鉄火丼、最後はふぐちりで雑炊。新鮮・贅沢三昧、チョー幸せな新年会でありました。

 
 

Posted at 01:35 | 食 下町 | この記事のURL
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いかに生き、いかに死ぬか・・・映画「明日への遺言」 [2008年01月20日(日) ]
 縁あって試写会を見ました。
 名古屋を無差別爆撃して撃墜され、降下した米軍B29搭乗員38人の処刑の責任を問われ、B級戦犯として絞首刑の判決を受けて、昭和24年9月17日、巣鴨の13階段を上った東海軍管区司令官、岡田資・元陸軍中将の、戦犯裁判を闘う「法戦」の話です。

 明日への遺言

 監督小泉堯史、主演藤田まこと。映画の岡田中将に魅せられて、原作の「ながい旅」(大岡昇平著、角川文庫)と「私の中の日本人――岡田資」(大岡昇平全集21 評論[ 筑摩書房)も読みました。映像と、原作とが入り混じってさまざまな思いが今も続いています。

 映画を見ている最中に、30数年前、事に臨んでの心構えー岡田中将の法戦のケースと比べると、重みはまるで違うでしょうがーを、職場の先輩から、かく教えてもらったのを、思い出しました。

 逃げるな、騒ぐな、あわてるな

 映画「明日への遺言」、その原作「ながい旅」で
「国破れて上将が求めて責任を取るのは、当然すぎることではありませんか」とありました。
 すなわち司令官として、米軍B29搭乗員処刑のすべての責任を負う。また処刑をした理由として米軍の無差別爆撃の違法性を訴えてそれを立証する。「ながい旅」にこうあります。

 「スガモ・プリズンはこんな不撓不屈の囚人はみたことがなかった」と。
 
 たった一人の、その法戦の結果、岡田中将は死刑となったが、部下は死刑を免れました。
 上将の中にも責任逃れに汲々とする輩がいるなかで、岡田中将は、法戦を通して人はいかに生き、いかに死ぬか、を突き付けてその答えを、私にとっては明らかにしています。

 映画は、責任の取り方と、法廷での傍聴という場を通して描かれる家族との深い絆、愛を両輪に、戦争裁判が抱える矛盾、責任逃れに汲々とする下劣な精神などが織りなされて、展開しています。
 原作はさらに国のこれからを思う心、宗教の力など、世界を、人生を構成する大小の、いくつもの要素がより深く盛り込まれて、あきることがありません。

 岡田資を書くにあたって大岡昇平はこう書いています。
 「戦後一般の虚脱状態の中で、判断力と気力に衰えを見せず、主張すべき点を堂々と主張したところに、私は日本人を認めたい。少なくとも、そういう日本人のほか私には興味がない」(「私の中の日本人――岡田資」)。

 その「興味ある」日本人、岡田中将は「処刑当日というのに、終日平常と何の変わりもなく、監視兵らと冗談を飛ばしあい」、処刑場へ向かうにいささかも乱れず、部下の一人は「閣下の顔はホンノリ紅らんで、まるで内部から光を発しているようでした。私はも早や元東海軍司令官も岡田資と云う人感ぜず、仏を全身的に感じたのです」(「ながい旅」)。

 若い時から日蓮宗の信者だった岡田中将は時に修羅となって戦い抜き、獄舎では菩薩として部下を導き、最後は仏になった、という証言の一つです。
 享年60歳。仏縁あってか、現在の私の年です。
 映画は3月1日、封切りです。

Posted at 02:15 | 日記 徘徊 | この記事のURL
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山岡鉄舟の「危機を救った藤屋・望岳亭」に行くこと [2008年01月09日(水) ]


 薩た峠から由比の町へ降りてくると、いにしえの東海道を彷彿とさせる道が、ゆるいカーブを描いて延びていました。彼方まで見通せないところが、街並みに味を添え、人影も少なく急いで通り過ぎるにはもったいない、道でありました。



 右手に立派な土蔵の家。「山岡鉄舟ゆかりの家」と書かれた看板や案内版などがあり、「いかなるゆかりがある家かな?」と不審者よろしく玄関をのぞいていると「どうぞ」と年配のご婦人。ご好意を無にするのはよろしくない。お言葉にあまえてあがらせていただきました。

 年配の婦人はこの家「藤屋 望嶽亭」の奥さまでした。ご存じ、山岡鉄舟は、幕末に西郷隆盛と勝海舟の会談を実現させて江戸城を無血開城へと導いた幕臣。その胆力、知力、気力にほれ込んでいる人は、今も多い(とみました)。
 一人いた先客も大の鉄舟ファン。ご親切にも奥様とともに山岡鉄舟と、望嶽亭とのかかわりを1時間以上も話していただき、由比の駅まで車で送っていただきました。ありがとうございました。

 お二人の話を手短にまとめると、山岡鉄舟は、西郷隆盛と会うために駿府(静岡市)へ向かう途中、薩た峠で官軍に追われ、望嶽亭にかくまわれて漁師に変装し、静岡へ行った、ということです。
 その時にかくまった蔵座敷がそのまま残されており、案内していただきました。


 
 蔵 といっても畳敷きの立派な座敷ですから蔵座敷、というのでしょう。
 「蔵座敷は202年。住まいは450年を経ています」
 重々しい立派な扉、太い木組み、そして普段は畳が敷かれていて、いざという時に地下へ降りる秘密の階段。それこそまさに「歴史を変えた」階段でありました。





 「階段を下りるとすぐ海でした。そこから船に乗って清水へと向かったのです」

 山岡鉄舟が残していったというフランス製10連発の拳銃や、モダンなデザインの窓、昔の掛け軸等々もあり、歴史を今、見ている、という実感に包まれます。

 お茶まで出していただきました。次回はなにかお土産を手に、お邪魔させていただきたい、山岡鉄舟を知りたい、東海道をもっと歩きたい・・・いろいろと勝手なことを思い、刺激を受けた正月の夕暮れでありました。

Posted at 09:59 | 旅 国内 | この記事のURL
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薩た峠に広重描く富士山を見に行くこと [2008年01月07日(月) ]
 「歌川広重の浮世絵と寸分違わない富士の麗姿を拝むことができます」
 静岡県の観光パンフレットが、かく宣伝していた東海道五十三次は薩た峠に、正月2日、行ってきました。東海道本線興津駅から街道沿いに東京方面に歩くこと30分、峠の入口です。ここから由比までの全長約3キロの峠道は、駿河湾に落ち込む急峻な崖っぷちの道もあり、手すりがなければ怖いな、というところもありました。



 息を切らせながら登り切ると、ごらんの景色。空も、眼下に広がる駿河湾もみんな真っ青。富士山から右へ富士市、愛鷹山、箱根山、沼津市、さらに右へ低く長く延びる伊豆半島は南伊豆の波勝崎まで一望できました。



 ただし、眼下の高速道路を通る車の走行音が大変うるさく、便利さと引き換えに失ったもの、次世代へ残せなかったものが、大きいなあ、と思うと、富士山が美しいだけに、悲しくも見た景色でした。

 車も通れる由比への道=旧東海道を下りてくると、由比町倉沢地区。格子窓や蔵のある家、旧本陣など宿場町の面影を色濃く残す風情ある街並みがそこにはありました。その宿場町の一軒の旧家で、旅ならではの大変楽しいことがありました。次回ご報告させていただきます。




 広重描く由比・薩た嶺の錦絵は国立国会図書館の下記のURLから検索すると見ることができます。

http://rarebook.ndl.go.jp/pre/servlet/pre_com_menu.jsp

Posted at 12:50 | 旅 国内 | この記事のURL
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初詣で変じてイチゴ狩りになること [2008年01月03日(木) ]
 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

 ブログ初めは、元日の初詣変じてイチゴ狩りとなったことです。
 静岡市の久能山東照宮に初詣にいったのですが、駐車場に向かう車が長蛇の列。抜けるような青空に、駿河湾は光り輝いておりました。
 東照宮は改めてお参りすることにして、海を見ながらイチゴ狩りを、と目的を即変えちゃいました。初志貫徹しません。がんばりません。



 海岸道路沿いのお店に申し込むと、「少し歩いてもらいます」。少しどころではなかったですね。しかも斜面を結構登りました。最初から距離を聞いておけば来なかったのに、とぶつくさ。ところが一つ・・・おいしい。二つ、三つ、四つ・・・ほっぺが落ちそうです。隣のハウスでは「30個食べたよ」と子供の声がしました。そのころにはこちらも「歩くのは辛かったけど来てよかった」と大満足。



 「みんないくつくらい食べるのですか」と農家の方に聞くとやはり「30個くらいかな」。
 「この時期は、山の上のほうじゃないとまだ大きく赤くなってないのでここまで来てもらわないと」
 「今年は暑かったので植え付けを遅くするよう農協から指導があったけど、11月に寒さが来たので生育が遅くなって正月に間に合わない農家も出ました」
 「石垣が熱をため込むので日が落ちても温かいのが生育にいいのです」

 しかし、この時期に、おいしいイチゴをたくさん作るのは大変な手間と労力がかかることは、斜面での農作業ということだけでも想像はつきます。昔、韓国の薬用人参園を訪ねたときに責任者がこう言ったのを思い出しました。
 「人参は人の足音を聞いて育つ」
 石垣イチゴもきっとそうだと思いました。

 食べたイチゴは30数個。がんばりました。同行の子丼とズキの若い二人は40個くらいでしょうか。
 「あきひめ」という品種で酸味がすくなくて甘さは上品、しかも大きくて赤い、大変おいしいイチゴでした。でもこんなに新鮮でおいしいイチゴを食べちゃうと、しばらくは店で売っているイチゴを敬遠するかもしれません。
 初詣は、近所の神社に行きました。

Posted at 20:43 | 旅 国内 | この記事のURL
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