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金に託した永遠の命・・・ギリシャ団体旅行記4 [2008年04月29日(火) ]
 アテネのギリシャ国立考古学博物館、駆け足で見た中で、もう一つ、これはご紹介しなければ、と思ったのが、まだありました。かのシュリーマンが発掘した、ミケーネ遺跡(世界遺産です)の円形墓地から出土した黄金のマスクです。

 金といえば、成り金とか金ぴか、とか、金○○、とか縁のない我ら(我だけかな)は多少でも縁のある衆生を攻撃いたしますが、なに、本音は・・・
 黄金のマスク。本当にあったのです。ここに。許せなーい。しかも周りの装飾品も金、金、金のオンパレード。そこで思いました。デスマスクの主たちは金に何を託したのか、を。




 金は腐りません。王水にしか溶けません。地上で一番重い元素でもあります。そうした希少価値とあの輝き、このきらめき。
そこで思うに、マスクの主は、支配者としての力を誇示すべく、デスマスクや装飾品という形で、それも富と権力の象徴たる金に託して、永遠に伝えるメッセージとしたのではないか、と。

 もとよりど素人の、とっさの思い付き。根拠は何もありませんが、こうして、かたや膨れ上がり、かたや細面の生前そのままに目を閉じて永遠の眠りについたかに見える黄金のマスクを見ていると、三千数百年前の彼らのメッセージが、シュリーマンにまさに伝わった、との思いがふと横切ったのでありました。
 
 日本だって、金閣寺や桃山時代の障壁画には金がふんだんに使われていましたよね。自宅の庭にアポロン像を置いていた作家の三島由紀夫が「わが室内装飾」にこう書いているそうです。

 日本人の美学は、金ぴか趣味を失ってから衰弱してきた、といふのが私の考へである。
            (鶴岡真弓 「装飾する魂」平凡社より)

 なるほど金ぴかに憧れて何が悪い、と時と場合によってははっきりいう一つのよりどころをいただいた思いです。


                     

 先週末、かつてのご同輩、Y上さん、M戸君、T橋K子さんと4人で銀座は泰明庵で旧交を温めました。アルトサックスに夢中のY上さんは「吹き方が強すぎるんだって」と相変わらず攻めの人生。M戸君は「あこがれの泰明庵で飲める幸せ」を4杯のコップ酒で決意表明、グルメのT橋さんは、手作りアップルパイをお土産に我らに持たせてくれました。



 金色に輝いてかつみごとにシンプルな外観はてだれの業。しかもおいしさ充満。お忙しいのにわざわざつくっていただきすみません。一家3人でごちそうさまでしたー
 
 わが人生、黄金に託さなくてもそこそこ幸せで満たされる時があります。

Posted at 01:23 | 旅 ギリシャ | この記事のURL
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博物館で身につまされること・・・ギリシャ団体旅行記3 [2008年04月23日(水) ]
 前置きが長くなりました。ギリシャ物見遊山の“一番札所”、アテネ国立考古学博物館。ツアー参加者は22人、平均年齢は愚生前後、か、やや上かと。日本語が堪能なギリシャ人女性ガイドのJさんが、バスの車内で事前の注意をかく申しわたしました。
 「フラッシュはだめです。像と並んで一緒に撮るのを禁止している博物館もあります。ふざけてとるのはダメ、というところもあります」
 
神様ですからね。はい。

 「この像は、紀元前7-6世紀の作。ポセイドン神殿から出ました。アルカイックスマイルの若者像で、カールした髪と片足を前に出している特徴があります」



 アルカイック・・・ギリシャ語のアルケー「古い」「大初の」に由来する言葉、と辞書にありました。なんで微笑んでいるのか、おおいに疑問ではありますが、見ているだけでは失礼なので、こちらもつい笑みで返しました。日希交流、というほどでもありませんが。

 「これは紀元前5世紀のブロンズのポセイドン像。エリート芸術家のマスターピースです。100年前にエーゲ海の海底から見つかりました」
 均整のとれた、素晴らしいお体であります。



 
 そして躍動する馬とそれにまたがる黒人の像は「50年前にエーゲ海から見つかりました」紀元前4世紀、マケドニアのアレクサンダー大王がアフリカからインドまでの大帝国を築いた時代のもので、アフリカから黒人を奴隷としてつれてきたことがわかる、とのことでした。
 時空を一気に超えて、心はアレキサンダーの世界、ではなくて、少年に見える馬上の黒人は、どんな気持ちだったのだろうか、と思うほどリアルにできておりました。


 
 比較的小ぶりながら足を止めずにはいられなかったのが、アフロディーテ(ビーナス)とパン(牧神)とエロス(キューピッド)の像。言い寄るパンを嫌ってビーナスがサンダルで追い払おうとしているところです。エロスも必死でお母さんをパンから遠ざけようとしていました。

 これほど神様たちを、アフロディーテを、エロスを、パンを身近に感じたことはありません。でも身につまされる思いになったということは、美の女神に嫌われるパンに、より一層の親近感を、無意識のうちに抱いたということでしょう。



 博物館には、こうして凡人の魂さえ揺さぶる世界の至宝がいくらでもあるのですから、駆け足で1時間チョイ、ではとても見きれたものではありません。また、説明を聞いていると写真を撮れないので、メモをとるのもやめて途中からひたすらカメラに専念しました。

 旅のために、「ひとり1台持っていこう」と言って、1000万画素のコンパクトデジカメも新たに買ったのですから。メモリーは2ギガと4ギガを買い足しました。かくして手当たり次第に写した写真は、旅の終わりには2000枚に達しました。魂のデジタル化、というと味気ないですか。
 

Posted at 01:06 | 旅 ギリシャ | この記事のURL
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飲んだら・・・、食べたら・・・ギリシャ団体旅行記2・5 [2008年04月18日(金) ]
 飲んだら・・・、食べたら・・・自然の摂理ではありますが、ギリシャではどちらも面倒でした。
 まず、水。
 「ホテルでも水は飲まないで、ミネラルウォーターを飲んでください」とツアーのガイドさん。こういう国って、珍しいわけではないでしょうが、ギリシャの場合はその地形、地質にある、とみました。すなわち山は石灰岩らしき岩山ばかり。森も林もほとんどありません。地表にようやく乾燥に強そうな木が生えている程度です。

 飲み水の確保も大変でしょうが、硬度も高そうです。一本0.5ユーロの500mlのペットボトルを一人2-3本、毎日ドライバーから買いました。

 そしてトイレ。
 「水洗ですが、トイレットペーパーは流さないでバケツに入れてください」
むむむむ・・・そのわけは
「水流が弱いので流れずに詰まってしまうのです」

 ホテルでもどこでもそうでした。ストレスではありますが、見方を変えれば水資源を大切にしなければならない、ということ。水もトイレットペーパーもティッシュも使い放題のわが生活に「いつからこうなったのだろう」と思いを馳せて、来し方行く末、環境もろもろを考える上でグーッ。

 

 ギリシャ本土とペロポネソス半島をすぱっと切り離したコリントス運河です。ご報告は別途いたします。それにしても側面はむき出しなんですが、崩れないのですかねえ。


 

 そんなギリシャでの殊勝な思いもしかし、旅から帰ると元の木阿弥。先日の夜は旧ご同輩たちと、ビールに始まって日本酒、ウイスキーそして飲み放題カラオケにうつつをぬかして、


S氏は歌に合わせて鍛錬の成果を披露し、
おみずはマイク魔と化し、
愚生は次第に意識不明に。
 男三人の、銀座の夜はかくして更けていきました。銀座が悪い、日本が悪い???

 昔の漫画のギャグにありました。愚生のような酔っぱらいを「煮すぎて溶けた雑煮の餅」と。その心は「すくいがたい」。古いかなあ。

Posted at 18:22 | 旅 ギリシャ | この記事のURL
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ゼウスの食べ物・・・ギリシャ団体旅行記2 [2008年04月12日(土) ]
 ゼウス、といえばギリシャ神話の最高神、程度は知っておりましたが、女性関係がかくも派手だったことは、ちいとも知りませんでした。3日目からガイドとしてツアーと5日間を共に過ごしたK下さんが、バスの中で尽きることなく話してくれたギリシャ神話は、その鈴を転がすような美声と相まって、私たちを2千数百年以上前の神話の時代へと誘ってくれたのでした。



 ギリシャ神話を読んだことのない愚生にとって、したがって今回の旅は「初めて尽くしで、世界を広げてくれた大変意義深い旅」でしたが、「私にとっては懐かしい旅」と家人。子供のころにギリシャ神話を読んだので、それを思い出しつつ旅を楽しんだ、と。

 在ギリシャ37年。K下さんからは神話以外にも様々なギリシャを教えていただきました。毎朝出たこの食品、蜂蜜のこともその一つで「ゼウスの食べ物でした」。



 ならば食べなくちゃ、と毎朝ヨーグルトや何種類か用意されたシリアルにかけたりしました。そのヨーグルトがまた味が濃くおいしかったのですが、お隣がブルガリアのせいなのかどうか、はわかりません。

 写真の上のどろりとしたのが蜂蜜、下がヨーグルトです。

 旅行中泊まったホテルは全部で5軒。朝食はどこでもほぼバイキング形式でしたが、ハムもソーセージもシリアルもなかなかグーッ、中でもフレッシュオレンジジュースは確かに新鮮で、朝昼晩と飲みました。

 ついた翌朝、こうしたメニューで腹ごしらえをしてバスに乗り込んだのは午前8時50分。睡眠時間は4時間程度でしたが、それは旅の仲間22人と添乗員の方も同じなので、私たちが最後になった言い訳にはなりません。しかも私たちが集合時間の最後になって駆け付ける、という傾向は、旅の終わりまで変えることができませんでした。しかしそのおかげで新たな知識も増えました。何か、それは後ほど。

 かくして向かったのはまずホテル近くの考古学博物館、アクロポリス、そして70キロ離れたスニオン岬のポセイ丼、もといポセイドンの神殿です。この日のガイドは日本語が達者なギリシャ人の女性、ドライバーは旅の間同じ男性で、ギリシャ人にしては珍しいほど寡黙(K下さん談)かつ慎重な、とても信頼できるドライバーでした。お世話になりました。
 エフファリスト―!!!(ありがとう)






  
                             


 蜂蜜がゼウスの食べ物の一つだったことは、インターネットのいくつかのサイトには出ていましたが、愚生が今回の旅とギリシャ神話のにわか仕込みのためにそろえた何冊かの本※1にはその記述が見当たりませんでした。ヤギの乳で育った、という記述は電子辞書にでておりました。もう少し探しますが。

※1 「ギリシャ・ローマ神話」(ブルフィンチ作、野上弥生子訳 岩波文庫)
   「私のギリシャ神話」(阿刀田高著、集英社文庫)
   「ギリシア案内記上下」(パウサニアス著、馬場恵二訳 岩波文庫)
   「ヨーロッパものしり紀行 神話・キリスト編」(紅山雪夫著 新潮文庫)

Posted at 19:19 | 旅 ギリシャ | この記事のURL
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アテネへ・・・ギリシャ団体旅行記1 [2008年04月08日(火) ]
 旅の衣はすずかけの〜〜〜なんて謡曲「安宅」を思い浮かべながら、16年ぶりの海外への旅立ちは、久しぶりの節酒が効を奏してか、足取りも軽く、見上げた花は、はや四分咲き。「帰ってくるころは、葉桜だろうな。いや、散るなら潔く、というメッセージかな」とつぶやくと、「あなたって変な人ね。縁起でもない」と家人。でも、出がけに鍵の鎖が切れて「あっ」と叫んだのは、どこのどいつだー(失礼。西岡すみ子風です)。
 早くも思いはばらばらの、先月26日の、早朝でした。
 
 はじめての団体旅行、はじめての航空会社で初めてのギリシャへの、家族3人、10日間の旅。その初日に愚生のカンがあたりました。
 チューリッヒ空港で4時間のトランジットの後、アテネ行の搭乗口で、金属探知機が鳴ったのです。携帯を外すのを忘れていました。即、カーテンの囲いに連れ込まれてホールドアップ。股間から足の裏まで調べられて、もちろん気持ちがいいはずはありません。携帯と脱いだ靴は再度エックス線検査。手荷物も調べられて「あっ、ここは安宅の関だったのか」と義経主従に我が身の不運を重ね合わせて・・・はいませんでしたが、不快ではありました。



チューリッヒ空港です。4時間も過ごしました。


 空から見たチューリッヒとアテネの夜景はオレンジ色の街灯がとてもきれいでした。かくしてアテネのホテルに入ったのが現地時間午前1時過ぎ(以後現地時間です)。東京の我が家を出てから23時間と30分がたっていました。疲れました。ところが、昔の病院のベッドよりお粗末なホテルのエキストラベッドで愚生は二晩過ごす羽目になりましたとさ。

 でもこの旅全体の評価は、90点くらいです。次回からご報告します。

 というわけで、しばらくブログを書けませんでした。再び、よろしくお願いします。


パルテノン神殿の夜景です。

Posted at 12:51 | 旅 ギリシャ | この記事のURL
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