すし屋のカウンターで初めてにぎりをつまんだ日は、忘れもしない1970年(昭和45年)11月25日。就職も決まり、すでに社会人になっていた大学の2年先輩が、おごってくれるとのことで昼少し前に神田神保町の、今もある寿司屋に行くと・・・NHKで「三島由紀夫が防衛庁に乱入しました」と、作家の三島由紀夫を敬称抜きで呼んでいました。何事か、とみんなテレビ画面にくぎ付けになったのを覚えています。
一方で、生まれて初めてのすし屋のカウンターですから、そちらも愚生にとっては大ニュース。しっかり握り鮨をいただきました。S本先輩、ごちそうさまでした。40年近く過ぎてもお返しもしないですみません。今度ね。
代わりに、というわけではありませんが会社の女性のご同輩お二人を今週半ばに「日本橋高島屋さんうら通り」の吉野鮨本店にご案内しました。
「おいしい魚なら好き」というK谷さんと新潟育ちで「魚系もアルコール系もOK」という○保さん。人生では私が相当先輩ですが、会社ではお二人が先輩。いろいろとお世話になっています、という気持ちをこめて、カウンターへ。
「何にしますか」と吉野鮨5代目の若旦那。「赤みを入れて刺身適当にください」と愚生。きました。
「おいしい」
「これ、赤身ですか。中トロみたい」
創業明治12年(1879年)すなわち129年の歴史を誇る、下町の鮨屋が日々渾身の仕入れと包丁さばきで出す赤身ですから、味に間違いはありません。でも確かに少し中トロっぽいですね。
白身は?
「ヒラメです」
エンガワ付き。こたえられませんね。縁側に似ているから、そう呼ぶそうですが、甘みとうまみとが凝縮されたぷりぷりの逸品でありました。 次にアナゴをつまみで頼んで
あとは一気呵成にアサリ、イクラ、ウニ、ノリマキ、鉄火巻き、シャコ、コハダ・・・
「ここの卵はね、昔からある薄い卵焼きと今風の厚焼きとがあるんだけど」
「どちらも食べたい」とS保さん。
そうでしょう。
「ところで、お寿司って食べる順番とかあるの?」とK谷さん。
そこです。この店のいいところは「お客さんのお好きな順に召し上がってください」と若旦那。4代目も同じことをおっしゃっていましたね。しかも一見も常連も分け隔てなく接して「納豆巻きと稲荷鮨」はありません。
かくして若旦那たちとの会話もはずんだ楽しくもおいしい2時間余は、あっという間に過ぎてそれぞれ家路へつきました。
以前の吉野鮨のブログです。かなりダブっていますね。
一方で、生まれて初めてのすし屋のカウンターですから、そちらも愚生にとっては大ニュース。しっかり握り鮨をいただきました。S本先輩、ごちそうさまでした。40年近く過ぎてもお返しもしないですみません。今度ね。
代わりに、というわけではありませんが会社の女性のご同輩お二人を今週半ばに「日本橋高島屋さんうら通り」の吉野鮨本店にご案内しました。
「おいしい魚なら好き」というK谷さんと新潟育ちで「魚系もアルコール系もOK」という○保さん。人生では私が相当先輩ですが、会社ではお二人が先輩。いろいろとお世話になっています、という気持ちをこめて、カウンターへ。
「何にしますか」と吉野鮨5代目の若旦那。「赤みを入れて刺身適当にください」と愚生。きました。
「おいしい」
「これ、赤身ですか。中トロみたい」
創業明治12年(1879年)すなわち129年の歴史を誇る、下町の鮨屋が日々渾身の仕入れと包丁さばきで出す赤身ですから、味に間違いはありません。でも確かに少し中トロっぽいですね。
白身は?
「ヒラメです」
エンガワ付き。こたえられませんね。縁側に似ているから、そう呼ぶそうですが、甘みとうまみとが凝縮されたぷりぷりの逸品でありました。 次にアナゴをつまみで頼んで
あとは一気呵成にアサリ、イクラ、ウニ、ノリマキ、鉄火巻き、シャコ、コハダ・・・
「ここの卵はね、昔からある薄い卵焼きと今風の厚焼きとがあるんだけど」
「どちらも食べたい」とS保さん。
そうでしょう。
「ところで、お寿司って食べる順番とかあるの?」とK谷さん。
そこです。この店のいいところは「お客さんのお好きな順に召し上がってください」と若旦那。4代目も同じことをおっしゃっていましたね。しかも一見も常連も分け隔てなく接して「納豆巻きと稲荷鮨」はありません。
かくして若旦那たちとの会話もはずんだ楽しくもおいしい2時間余は、あっという間に過ぎてそれぞれ家路へつきました。
以前の吉野鮨のブログです。かなりダブっていますね。





















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