「皆様おはようございます〜。
ワタクシは今、お江戸は本所、松坂町の吉良邸におります。
現在、元禄15年(1702)12月15日の午前5時半頃でしょうか…、
雪明りがあるもののまだ外は暗く、夜明け前でございます。
昨夜勃発しました播州赤穂浅野家の家来達との攻防戦は今も続いております〜。
町方で賭けが流行り出したのは去年の8月、吉良様が呉服橋のお屋敷をお上に返しここ本所に移った頃ですね…川向こうなので赤穂も仇討ちがしやすくなったというので、《今月は仇討ちあり》と《なし》に百文、二百文と皆が賭け始め…1年余りはもっぱらその話題で盛り上がっておりました。人の運命やその必死の生き方をおもしろ道具にする世間のさもしさは、この時代も変わらないようでございます。」
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「さてワタクシ、たった今戦闘を潜り抜け、御勝手台所横の炭小屋兼物置への潜入に成功いたしました!
赤穂の浪士達が血眼で捜している吉良のお殿様とその近臣達がいるではありませんか!
奥中央には吉良上野介義央
(きらこうずけのすけよしなか)様と側室のお吟様。周りを、御女中頭のお三様とおしの、おしんの御女中。あの二刀流の清水一学
(しみずいちがく)、大須賀冶部右衛門
(おおすがじぶえもん)、榊原平左衛門
(さかきばらへいざえもん)、それに茶坊主の牧野春斎
(まきのしゅんさい)が固めています。全員で9名になりますね。
板壁板敷きの狭くて寒い場所、老齢のお殿様には少し可愛そうな気もいたします。戸口のすぐ左の板壁に炭俵が3俵ほど並び、奥に塗りの剥げた長持が3棹。右手の板壁は天井までの作り付けの棚で、そこにお茶碗、吸物椀、小皿、小鉢、高足膳、箱膳、菓子鉢に扇面皿、土瓶蒸しや杉八寸の折敷もぎっしりと収納されています。中でも紐付き桐箱が目に付きます、茶道に精通した上野介様の高価な茶道具に違いありません。」
写真上→左は吉良とお吟。右はお三とお女中2人、右端にお犬様が見える
下→左からお三、御女中達、一学他、真ん中はお吟。右は御女中、春斎、一学、他
「先程から身の振り方を議論中です。少し聞いて見ましょう〜」
ルル: 浅野様が切りつけた時、吉岡流小太刀免許皆伝の吉良様が、何故刀をお抜きにならなかったのですか?
一 学: 怪しいやつ、殿に直接ものを申し上げるとは何事じゃ!(と刀を抜く)
ルル: キャー、ごめんなさい〜!怪しい者ではございませぬ〜。
300年後の上方から真実を探りに参りました〜
(一学はん、恐いけどカッコええなぁ〜

)。
上野介: 一学、構わぬ構わぬ。
武士の心得、脇差にさっと手が行った、が、手が柄に触れた時、頭に3つ閃いた。
1つ、喧嘩両成敗は家康(ごんげん)様以来の御大法。抜けば吉良が潰される、家来に迷惑がかかる。2つ、帝の御使を機嫌よう京へお帰ししなければならぬ。
3つ、将軍と帝のご交際に欠かせぬ礼儀作法を伝えぬうちは死に切れぬ。
この3忠義が脇差を抜かせなかった。
(さすが〜。かんしゃく持ちの浅野はんとは大違いや、ご立派なお心掛けです。)
上野介: 大事なお役目の者が大事な日に大事な場所で大事なお方の見えられる寸前、おもてなしの指南役であるこの上野介に切りつけ、栄えの日の晴れの場を血で汚したのだ。お上のお腹立ちは当然ではないか。浅野はおのれ自身の科によって罰せられたのだ。なのに大石は何故わしを仇と呼ぶ?
ルル: えーっと…お殿様が、浅野様に嘘を教えたり意地悪く当っていたという噂がありますが…?
お 吟: このうつけ者めが〜!
いかに意地悪い大工の棟梁でも、見習いに嘘や意地悪は申すまい。
申せば後の面倒は棟梁にかかってくる。世間はそれくらいの理屈も分らぬのか。
(はーっ!お説ごもっともで〜)
お 三: 浅野は生来短気な上に逆上する病持ちである事は、家老の大石も分
っていた。が、主君に思慮分別を根気よく説く事を怠っていたのだ。
大石こそ家老の役目を全う出来なかった不忠者。自分達の不備を棚に上げてご隠居さまに逆恨みとは…あー情けない、真っ当な武士の仕草ではないぞ。
上野介: 今度は上野介から問うぞ。大勢で徒党を組む、これは罪か否か?
一 学: ハッ、申し上げるまでも無く、徒党を結ぶは武家諸法度を踏みにじる大逆罪にございます。
上野介: お上の御府内を白羽かかげてまかり通る、これは?
一 学; 同じく大逆罪にございます。
上野介: となると大石らを待つものは?
春 斎: 大逆の騒動、赤穂一党を待ち受けているのは死しかございません。
上野介: その死で大石は何を得るというのだ。わしの白髪首を取れば美名を残し御家が再興されるのか?
一 学: いいえ、御家再興は断じて許されませぬ。
上野介: ふむ…そうなると…、読めたぞ…大石の心底が読めてきた!
一 同: ?????????
上野介: この仇討ちはお上への挑戦じゃ。この上野介の首は大逆隠しよ。大石の真意は…お上のなされ方万端に対して、弓引き楯突き挑みかかることにある。
ルル: お上のなされ方万端でございますか?
上野介: その安易な、その場限りのなされ方よ。その反省なきなされ方よ。
おのが安直な裁決を改める方法があったにも拘わらず、この上野介を罰する事も浅野家を再興させる事もせず、おのが非を認めようとはしない…。
上野介: (見えない相手を見据えるような目で)大石ー!
わしも死武者となってこの騒動を立派な美談に変えようぞ〜!
勝手知ったる場所、逃げ通すのは簡単だが、それでは大石の真意が歴史の谷間の埋め草捨て石として埋もれ果ててしまおうぞ。…わしも大石と組んでお上に挑むぞ…。この仇討ちは歴史のてっぺんでいつまでも光る。末代までの語り草になって大石の真意が埋もれずにすむ。
お 三: ただしご隠居様は末代まで仇役として憎まれ続ける事になりますよ。
上野介: 憎たらしい悪役なしではいい話は成り立つまい。
…いつか誰かが…今の心を読み取ってくれるやも知れぬ…
一 同: 殿ー!お殿様ー!ご隠居様ぁー!出てはなりませぬ!
お 吟: 生きていて下さいまし。やはり生き延びて下さいまし!
それが何よりの、お上と世間との腐れ合いへの意趣返し…!
その為ならお吟は五臓六腑も吐き出します。
鉄の熱湯でも見事に喉を通して見せます!
上野介: お吟、上野介の一分、わしの真面目、それを立て貫かせてくれ!
なに、死ぬには稽古もいらぬ、修行もいらぬ。
熟練がいるのは生きることについてだけじゃ。
(微笑みながら)お吟、桃の花咲く村で茶でも立てて待っていようぞ。
…さあー!上野介はこれより生きにいくぞ!
(戸を開けると夜が明けたのか…眩しい光が…

ア〜ッ!呼子笛が1つ、2つと鳴り出し…その音は20、30にも達しました…
『吉良様の真の武士道、私がきっと後世の人に伝えますからね〜!』

)
後追いの懐剣を喉に当てた瞬間、一学らに止められ茫然自失するお吟
そこに朝の光がまぶしく流れ込む。。。
*上記は、井上ひさし作「犬の仇討」より1部抜粋、加筆いたしました。
写真は、同作品を幣劇団で上演した分です。お吟役が私です。