シニア向けコミュニティ STAGE ステージ
50歳未満お断り! 紳士と淑女の知的コミュニティ (シニア向けコミュニティ STAGE ステージ) http://www.stage007.com

ご訪問下さいまして ありがとうございます (*^_^*)
この繋がりを 後半人生の大切な宝にしたいと思います



★★★ 夢ブログ『なにわ夢便り』(歴史や新旧名所・旧跡のご案内ブログ) ★★★
     ライフワークのつもりで随時更新しています、是非お読み下さいませm(__)m
     (リンク集のタイトルをクリックして下さい)

夏の総括 [2008年08月28日(木) ]
1ヶ月振りにブログを書いたら、もう秋やて?!そんな無茶なァ〜!

私の1番好きな季節! 身も心もギラギラと騒ぐ夏!
今年も、陽炎の炎天下を、熱帯夜の星空を、
真夏の太陽と流れる汗に力を貰い、熱い思いに背中を押され、
家庭の事も 自分の事も 忘れて駆け抜けました

今夏も20以上のボランティア行事に携わりましたが、絞って4つをアップさせて頂きます。其々に課題が残り、未熟な私は今も自問自答しています。今後のために、ご教示・ご意見を下されば嬉しいです(本来は別々にブログに書くべきなのですが時間が無く、纏めてアップさせて頂きました)。

今夏某日 障害者作業所
平和教育の依頼を受け、長崎の原爆を題材にした『嘉代子桜』の紙芝居をしました。偶然にも、以前娘が教育実習に行った所でした。電車を乗り継いで日差しの強い郊外の長い道を歩きながら不安を抱え訪問した私…、でも終わると沢山のお友達が出来、新しいご縁も生まれました。

新聞切り抜き。個人名や私の事が書かれている部分に、
  上から作業中のパン工房の写真を貼り付けました

ここは養護学校を卒業しても就職できない若者達が、手漉き紙やパンを作って収入を得ています(色々買いました、どれも美味しかったです〜)。彼等の平均月収は数千円! STAGEの皆様方の何十分の1でしょうか?この格差にはいたたまれない気持ちになりました。

・2006年に施行された悪法?「障害者自立支援法」に対し、今年5月、その出直しを訴える請願団が署名を国会に提出しましたが、衆・参両方で不採択となりました。私達はこれからも粘り強く訴え続けますが…実のところ自信がありません…もっと良い方法があるのでしょうか?

某日 イラク市長・医師講演
広島の原爆慰霊祭に、今年初めて、イラクの市長とクルド人医師が訪れました。式典参加後TV・新聞の取材を受け翌日大阪入り、現地の実情を聞く講演・勉強会をしました。
イラクからのコーディネーター・西谷氏、司会進行・ルル
アップはイラク北部ハラブジャのファッド・サレ・ラダ市長、37歳
ハラブジャは『イラクの広島』と言われ…フセイン政権時代から現在に至るまで、化学兵器で多くの人が死にましたが…現在、健康な人に次々後遺症が出ています。特に子供達はその影響が大きく、原因不明の病気で死ぬ子が増え、又性器の無い異常児なども生まれています(それらの医療費の為に、当日参加の多数でカンパをし、その場で彼等に手渡しました)。
原爆と同じように、生き残っても後からじわじわと忍び寄る死の恐ろしさ。
この症状はイラク人だけでなく米兵にも多数現れ、帰国してからも癌患者が増え続けています。敵味方と言えど同じ空気を吸っているのですから当然です。

・市長曰く、『サマワの自衛隊駐留地周辺でも同様の事が起こっている』。
しかし日本政府はそれを発表しません。自衛隊の人々に、本当に後遺症は出ていないのでしょうか? これ以外にも現在の日本は規制が強化され、報道されない真実があまりにも多過ぎ、それを明確にしようとする人々があまりにも少な過ぎるように思います…。又多数の人々が、物事の上面だけを見て同じ意見に流れるさまも恐いように感じております。この日もTV局のカメラが入っていましたが、どのように報道されるやら?


某日 平和演劇祭
教育委員会(あまり好きではありませんが・笑)主催の平和演劇祭があり、その中で戦争体験者の手記を朗読いたしました。
空襲で家を焼かれ命を焼かれた普通の人々の悲しみと憤り…途中涙で声が途切れ…演者として大いに反省しています。
ブログのお友達・我太郎さま撮影分
・体験者の親に育てられた私達は、次世代との橋渡しになる大きな宿題があるように感じております。これからも、年々風化され消え去ろうとしている記憶を語り、平和を願い続けていきたいと思っています。皆様方の貴重なご体験や聞かれたお話も教えて頂けたら嬉しいです。

某日 盆踊り
子供の頃はどの町でもやっていた盆踊りが、消えたり縮小されたりしています。
責任の一端は私達世代にもあるのではないでしょうか?
STAGEの中でも、盆踊りをしない・手伝わない・お人が多いように感じます。私達の子供や孫の時代、そして私達が死んだ百年後が心配です。

・風習を継承する為には、誰かがやってくれるだろうではなく、まず私達が盛り上げ協力しないといけないのではないか?と感じております。町内会や盆踊りから離れておられたお人も、浴衣を着て踊る阿呆になってみませんか?

…と、お誘いした責任上、恥を忍んでアホ踊りをお見せします〜
夜も更け人も減った時間…3時間以上踊り続け、手元も足元もかなり怪しくなっています(笑)。大阪音頭・河内音頭・他…約10種類踊りますが、まずは、1番簡単で 誰でも 即踊れます ≪江州音頭≫を〜←クリックして下さい・40秒

尚、同時期の『沖縄慰霊の日』『黒田清さん追悼ライヴ』は、
  既にブログにさせて頂いております。

Posted at 04:25 | その他 | この記事のURL
コメント(121) | トラックバック(0)

7・26追悼ライヴ [2008年07月29日(火) ]
 『本日は お忙しい処をご来場下さいまして 誠にありがとうございます。

  ジャーナリストの黒田清さん(*)
  を覚えていらっしゃいますか?
  TVやマスメディアを通じ、
  一度は名前を聞かれたのではないでしょうか?
  温かく庶民的なキャラクターで
  多くの人々に親しまれる一方、
  反戦、反差別を訴え続けた反骨の人でした。   
            その黒田さんが亡くなって、
            この7月で8年が経ちました。
あれからも、年々荒廃していくように感じる世の中…、
今、黒田さんが生きておられたら、
私たちに何を説かれ、どのように行動されたでしょうか?
それを考えますと、今更ながら悔しい思いがいたします。
今日は黒田さんや同志の筑紫哲也さんとも親交のあった新井英一さんを迎え、
皆様と一緒に 平和への思いや生きる意味をかみしめたいと思います。』

新井英一さんのライヴと花束贈呈
レコード大賞作品賞を取り、カーネギーホールにも出ている実力派ですが、
露出を好まず、自分のペースでライヴのみをされています。
魂の歌声は人生の喜怒哀楽を絞り出し…聴いている内に涙が溢れてきます
ご来場下さったタンゴさまの感想はとても的を射た表現です。
新井英一をご存知のお人も知らないお人も是非クリックしてご覧下さい
全体の感想はこちらをご覧下さいませ

 『私達は、黒田さんから直接受けた多くの教えと遺志を引き継ぎ、
これからも戦争や差別の無い社会を目指して頑張っていきたいと思います。
今後ともご指導・ご支援の程、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
本日は誠にありがとうございました!』


♪この日の為に半年間一緒に苦労した仲間達
左半分の若い子達は、代表の矢野さん(遺影の向って左)が教えているゼミの学生達(関西大学)です。当日朝からお手伝いに来てくれました、おおきに〜。
♪右写真は打ち上げのお座敷にて
戦い済んで日が暮れて…出演者もスタッフも同じ思いを分かち合い、大いに語り合い…深夜まで 気持ちよく飲み、よく食べました〜。


≪黒田 清≫
1931年大阪市生まれ。大阪府立高津高校、京大経済学部を卒業して読売新聞大阪本社入社。社会部一筋で、76年社会部長、79年編集局次長を経て87年に退社。
数々のスクープをものにし「黒田軍団」の名を全国にとどろかせた。
84年の著書「警官汚職」で日本ノンフィクション賞、85年の長期連載「戦争」で菊池寛賞を受賞。読者参加形式のコラム「窓」の筆者としても知られた。
退社後に「黒田ジャーナル」を創設しTVや雑誌などで幅広く活躍。「窓友会」を主宰し月刊『窓友新聞』を発行するとともに、弱者の立場で言動し続けた。
大阪をこよなく愛した。2000年7月23日永眠。


 ( ご心配頂きましたヘルペス、26日までには何としても治すぞ〜!と、
 薬と休養に気を付けましたら、お陰様で朝には殆ど良くなっていました。
 お気遣いやご助言に感謝申し上げます、ありがとうございました
  しかし本番日の17時間奉仕?で又ぶり返し、
 日曜日は撃沈して月曜に病院に行きました。が、前回よりは軽いようです。
 皆様のお陰で無事終わりました事を、取り急ぎ報告させて頂きます。)

Posted at 02:59 | その他 | この記事のURL
コメント(140) | トラックバック(0)

大事な時期にィ〜 [2008年07月21日(月) ]
 暑中お見舞い申し上げます 
いつも稚拙なブログにお付き合い下さいまして誠にありがとうございます

大阪では、6/30の愛染祭の火蓋切りから、今、各地域で夏祭りの真っ最中であります 夏女・お祭り女の私は、愛染さん、生玉さん、高津さんと、なにわ三大夏祭りにお客様をご案内し(何処も徒歩10分以内)、今週は日本三大祭りの1つ・天神さんの船渡御に乗船予定でございました

ところが…各種行事の企画・制作・運営に繁忙の日々を過ごす内に、
日頃の不摂生がたたり、とうとう体が悲鳴を上げてしまいました〜
最初、なんもせえへんのにしつこい頭痛やなァ、なんて思いながら…
予定が詰まっていて病院に行く間もなく…
それに、こんなもん一晩寝たら治るわ〜!と高をくくっていました。

その内に瞼も腫れ、頭だけでなく顔面に痛さが走るようになりました。
やっと時間を取り診察を受けますと、初めて体験するヘルペスという病気でした。
(よう聞く病気ですけど、何やはっきりせえへん病気ですなァ)
昔は、ヘルペスが目にも来たら失明する、という恐い物だったそうですが、
今は良いお薬があるので必ず治るそうです。
そんな訳で現在は、頭痛持ちのお岩さん状態どすゥ〜(笑)

で、ブログ掲載はおろか、お友達のブログにもコメント出来ずにいますが…、
皆々様もそういう事のありませんよう…『若いつもりでおいでやしても体は年に正直だす。私も、原因は過労とストレス・オマケに加齢(こんなオマケはいらんわァ〜)で抵抗力が弱い、と言われましたので、ご同輩方もお気を付けておくれやすゥ。』…という警告?と自省を兼ねて、取り急ぎ暑中お見舞いのブログを書かせて頂いた次第でございます

夏はつい冷たい物を摂り過ぎたり、夜更かしや不摂生になりますので(私だけ?笑)
知らぬ間に抵抗力が低下しているものでございます。
くれぐれも過信なさらず ご自愛下さいますよう お願い申し上げます

暑い夏の結婚式は、お母様も留袖をやめてお洋服で〜
どれがお好みでしょうか? (京都高島屋フォーマルサロンの今夏PR)
ヘルペス前のまだ目が腫れていない時の撮影です(笑)。
もっとも普段の私はこんな格好ではなく、汚いジーンズで本や紙芝居を抱えて走り回っています〜 (クリック後右下クリックで最大に)

今週末には舞台監督他をするイヴェント(←タンゴさまがブログにして下さっています、クリックして是非ご覧下さいませ〜)がありますし、8月は教育委員会の平和演劇祭他があり、秋にかけても大小のイヴェントが控えています。どれも自由気儘なボランティアですが…そうは申しましても…其々に大事な役割を頼まれていますので、実生活では、病気でも休めません。
体調が戻りましたら、又暇を見付けて皆様方のブログに少しづつコメントさせて頂きます。勝手な事ですが…イヴェント案内も含め、どうぞよろしゅうに おたのもうします〜

Posted at 03:21 | その他 | この記事のURL
コメント(130) | トラックバック(0)

遅刻の謹賀新年 [2008年01月08日(火) ]
遅まきながら… 謹んで新年のご挨拶を申し上げます

旧年中は稚拙なブログにお付き合い下さいまして、誠にありがとうございました。
本年も なにとぞ宜しくお願い申し上げます。
去年は心外な事や途惑いで悩みましたが…沢山の優しさに励まされ、
的確なご指摘・ご教示に学び心の表裏も見え…大きな人生勉強にもなりました。
新年にあたりまして今一度、心より感謝申し上げます。
漆黒の闇に浮かぶ≪子年元旦未明の四天王寺・五重塔≫  
右の写真は山門
2005年秋に入れて頂きましたSTAGEブログも今年は3年目に入ります。
こんなままでいいのかな?と色々なお方のご意見を勘案いたしました結果…
やはり@『ブログ』とA『夢ブログ・なにわ夢便り』の2本で参加させて頂きたいと存じます。
@見聞した辛さや温かさを見過ごす事が出来ず、自分の楽しみよりも
他人様のお役に立てたり人様の笑顔に出会うほうが嬉しい私…
今年も、社会の片隅で人々の小さな喜怒哀楽と共に言動したいと思っております。
A死ぬ迄の宿題として、戦争や歴史・風習を次世代に伝えたい…と願っております。大阪もご多聞に漏れず地方からの流入組が増え、生粋組の皆々は表面だけの誤解に情けない思いもいたしております。大変僭越ではありますが…動ける内に自分の分かる事だけでも書き残したいと思っております。
又、皆様の土地の事も教えて頂き、お互いのご縁を発見するのも嬉しく感じております。
左→北鐘堂内・除夜の鐘の後は新年開運の鐘も撞きます。中写真→鐘撞き証明書?
右写真→亀ノ池の上の石舞台を越え六時堂の新年護摩供に大勢並んでいます

皆で『生まれて良かった』と思えるような社会が作られば…
大人も子供も『日本の文化はいいな』と思えるような継承が出来れば…

今年も、コメント・ご意見・ご教示の程、どうぞよろしくお願い申し上げます。
又、お越し下さった皆様のブログから学ばせて頂ける事も楽しみにしております。                                 
                                           ルル 拝
≪追記させていただきます≫
人日の節句までは昔の生活で、PCやブログから離れておりました。メールやご挨拶を頂きながら返事が遅くなりました事をお詫び申し上げます。
本日(徹夜で書いていますので昨日になりますね〜)いつも通りに七草の歌を口ずさみながらお粥を作り、松の内の殆どが終わりました。今日は正月事納め、後は十日戎、鏡開きと続き…、小正月に我が家は小豆粥ではなく、小豆で甘〜いお善哉をたっぷり作り大好きなお餅と頂きます〜

Posted at 05:39 | その他 | この記事のURL
コメント(185) | トラックバック(0)

炭小屋から実況中継! [2007年12月14日(金) ]
「皆様おはようございます〜。
ワタクシは今、お江戸は本所、松坂町の吉良邸におります。
現在、元禄15年(1702)12月15日の午前5時半頃でしょうか…、
雪明りがあるもののまだ外は暗く、夜明け前でございます。
昨夜勃発しました播州赤穂浅野家の家来達との攻防戦は今も続いております〜。

町方で賭けが流行り出したのは去年の8月、吉良様が呉服橋のお屋敷をお上に返しここ本所に移った頃ですね…川向こうなので赤穂も仇討ちがしやすくなったというので、《今月は仇討ちあり》と《なし》に百文、二百文と皆が賭け始め…1年余りはもっぱらその話題で盛り上がっておりました。人の運命やその必死の生き方をおもしろ道具にする世間のさもしさは、この時代も変わらないようでございます。」
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
「さてワタクシ、たった今戦闘を潜り抜け、御勝手台所横の炭小屋兼物置への潜入に成功いたしました!
赤穂の浪士達が血眼で捜している吉良のお殿様とその近臣達がいるではありませんか!
奥中央には吉良上野介義央(きらこうずけのすけよしなか)様と側室のお吟様。周りを、御女中頭のお三様とおしの、おしんの御女中。あの二刀流の清水一学(しみずいちがく)、大須賀冶部右衛門(おおすがじぶえもん)、榊原平左衛門(さかきばらへいざえもん)、それに茶坊主の牧野春斎(まきのしゅんさい)が固めています。全員で9名になりますね。

板壁板敷きの狭くて寒い場所、老齢のお殿様には少し可愛そうな気もいたします。戸口のすぐ左の板壁に炭俵が3俵ほど並び、奥に塗りの剥げた長持が3棹。右手の板壁は天井までの作り付けの棚で、そこにお茶碗、吸物椀、小皿、小鉢、高足膳、箱膳、菓子鉢に扇面皿、土瓶蒸しや杉八寸の折敷もぎっしりと収納されています。中でも紐付き桐箱が目に付きます、茶道に精通した上野介様の高価な茶道具に違いありません。」
写真上→左は吉良とお吟。右はお三とお女中2人、右端にお犬様が見える
下→左からお三、御女中達、一学他、真ん中はお吟。右は御女中、春斎、一学、他

「先程から身の振り方を議論中です。少し聞いて見ましょう〜」
ルル: 浅野様が切りつけた時、吉岡流小太刀免許皆伝の吉良様が、何故刀をお抜きにならなかったのですか?

一 学: 怪しいやつ、殿に直接ものを申し上げるとは何事じゃ!(と刀を抜く)

ルル: キャー、ごめんなさい〜!怪しい者ではございませぬ〜。
300年後の上方から真実を探りに参りました〜
(一学はん、恐いけどカッコええなぁ〜)。

上野介: 一学、構わぬ構わぬ。
武士の心得、脇差にさっと手が行った、が、手が柄に触れた時、頭に3つ閃いた。
1つ、喧嘩両成敗は家康(ごんげん)様以来の御大法。抜けば吉良が潰される、家来に迷惑がかかる。2つ、帝の御使を機嫌よう京へお帰ししなければならぬ。
3つ、将軍と帝のご交際に欠かせぬ礼儀作法を伝えぬうちは死に切れぬ。
この3忠義が脇差を抜かせなかった。

(さすが〜。かんしゃく持ちの浅野はんとは大違いや、ご立派なお心掛けです。)

上野介: 大事なお役目の者が大事な日に大事な場所で大事なお方の見えられる寸前、おもてなしの指南役であるこの上野介に切りつけ、栄えの日の晴れの場を血で汚したのだ。お上のお腹立ちは当然ではないか。浅野はおのれ自身の科によって罰せられたのだ。なのに大石は何故わしを仇と呼ぶ?

ルル: えーっと…お殿様が、浅野様に嘘を教えたり意地悪く当っていたという噂がありますが…?

お 吟: このうつけ者めが〜!
いかに意地悪い大工の棟梁でも、見習いに嘘や意地悪は申すまい。
申せば後の面倒は棟梁にかかってくる。世間はそれくらいの理屈も分らぬのか。

(はーっ!お説ごもっともで〜)

お 三: 浅野は生来短気な上に逆上する病持ちである事は、家老の大石も分
っていた。が、主君に思慮分別を根気よく説く事を怠っていたのだ。
大石こそ家老の役目を全う出来なかった不忠者。自分達の不備を棚に上げてご隠居さまに逆恨みとは…あー情けない、真っ当な武士の仕草ではないぞ。


上野介: 今度は上野介から問うぞ。大勢で徒党を組む、これは罪か否か?

一 学: ハッ、申し上げるまでも無く、徒党を結ぶは武家諸法度を踏みにじる大逆罪にございます。

上野介: お上の御府内を白羽かかげてまかり通る、これは?

一 学; 同じく大逆罪にございます。

上野介: となると大石らを待つものは?

春 斎: 大逆の騒動、赤穂一党を待ち受けているのは死しかございません。

上野介: その死で大石は何を得るというのだ。わしの白髪首を取れば美名を残し御家が再興されるのか?

一 学: いいえ、御家再興は断じて許されませぬ。

上野介: ふむ…そうなると…、読めたぞ…大石の心底が読めてきた!

一 同: ?????????

上野介: この仇討ちはお上への挑戦じゃ。この上野介の首は大逆隠しよ。大石の真意は…お上のなされ方万端に対して、弓引き楯突き挑みかかることにある。

ルル: お上のなされ方万端でございますか?

上野介: その安易な、その場限りのなされ方よ。その反省なきなされ方よ。
おのが安直な裁決を改める方法があったにも拘わらず、この上野介を罰する事も浅野家を再興させる事もせず、おのが非を認めようとはしない…。


上野介: (見えない相手を見据えるような目で)大石ー!
わしも死武者となってこの騒動を立派な美談に変えようぞ〜!
勝手知ったる場所、逃げ通すのは簡単だが、それでは大石の真意が歴史の谷間の埋め草捨て石として埋もれ果ててしまおうぞ。…わしも大石と組んでお上に挑むぞ…。この仇討ちは歴史のてっぺんでいつまでも光る。末代までの語り草になって大石の真意が埋もれずにすむ。


お 三: ただしご隠居様は末代まで仇役として憎まれ続ける事になりますよ。

上野介: 憎たらしい悪役なしではいい話は成り立つまい。
    …いつか誰かが…今の心を読み取ってくれるやも知れぬ…


一 同: 殿ー!お殿様ー!ご隠居様ぁー!出てはなりませぬ!

お 吟: 生きていて下さいまし。やはり生き延びて下さいまし!
それが何よりの、お上と世間との腐れ合いへの意趣返し…!
その為ならお吟は五臓六腑も吐き出します。
鉄の熱湯でも見事に喉を通して見せます!


上野介: お吟、上野介の一分、わしの真面目、それを立て貫かせてくれ!
なに、死ぬには稽古もいらぬ、修行もいらぬ。
熟練がいるのは生きることについてだけじゃ。
(微笑みながら)お吟、桃の花咲く村で茶でも立てて待っていようぞ。
…さあー!上野介はこれより生きにいくぞ!


(戸を開けると夜が明けたのか…眩しい光が…
ア〜ッ!呼子笛が1つ、2つと鳴り出し…その音は20、30にも達しました…
『吉良様の真の武士道、私がきっと後世の人に伝えますからね〜!』
後追いの懐剣を喉に当てた瞬間、一学らに止められ茫然自失するお吟
そこに朝の光がまぶしく流れ込む。。。

上記は、井上ひさし作「犬の仇討」より1部抜粋、加筆いたしました。
写真は、同作品を幣劇団で上演した分です。お吟役が私です。

Posted at 03:51 | その他 | この記事のURL
コメント(153) | トラックバック(0)

出来上がりパンフレット [2007年11月19日(月) ]
ブログに書かせて頂きました、8月の暑い時に撮影した物、
出来上がりをお知らせするお約束をしたままになっていましたので、
遅くなりましたが、ご報告させて頂きます。

38度の炎天下の京都で、
タートルネックのセーターにスカーフをしてジャケットを着ています。
撮影時は真夏の陽を浴び青々していたモミジが、
処理技術で秋の紅葉になっています(宝ヶ池周辺)。

エースJTB 秋・冬号のパンフレット『日本、ふた旅』表紙です。
子供が巣立った熟年夫婦の、一味違うこだわりの旅を特集しています。

こんな頁もあります(勿論お相手は夫ではなく(笑)プロのモデルです。
写真はどれも拡大できます)。
西日本限定版ですので、小さな写真も出来るだけ載せさせて頂きます。
他にも1冊丸ごと色々なシーンで載っていますので、
西日本のお方はお近くのJTBでご覧下さい。

                                  お粗末でした

Posted at 03:59 | その他 | この記事のURL
コメント(150) | トラックバック(0)

フェイスタ・メヒカナ [2007年09月18日(火) ]
今年もやって来ました 「フィエスタ・メヒカナ・大阪」
9月16日の メキシコ独立記念日 に合わせて
連休の3日間 連続で開催される
日本最大の メキシコ人のお祭りです

*メキシコ独立記念日

メキシコシティを中心に王国を築き上げていたアステカ文明は、1521年、スペイン人の侵略により滅ぼされた。
彼等はメキシコを植民地政策の拠点とし、更なる植民地と奴隷確保のために南下、 略奪と支配を繰り返し広大な植民地と財を築き、当時のスペインは「ヨーロッパの星」と呼ばれるまでになる。
1810年、「独立の父」ミゲル・イダルゴ・イ・コスティージャ神父は荘園主に搾取されていた農民たちに武器を与えて各地で一揆的暴動を扇動。大きなうねり後、彼は当時のヌエバ・エスパーニャ(現在のメキシコシティ)のソカロに到着し、宮殿の鐘を打ち鳴らして独立宣言をした。
その時刻が9月15日夜の11時で、16日未明から喜びが町中に伝わった。
11年目の今年は、
ブログの、ノリの良いお姉様方もご一緒で〜す
(写真はその方達に撮って頂いた物です)

皆様が帰られた後は、
メキシコやペルーの友人達と再度盛り上がりました

@ A B あっという間に終る動画3連発(笑)
              (各3秒位・1つづつクリックして下さい。雰囲気だけでも〜)
              (私の説明不足で、動画モードでカメラシャッターを切られたようです)


大阪の直木賞作家・藤本義一氏曰く、「生粋の大阪人は日本人の1種ではなく、
大阪人という別の人種である。強いて言えば、ラテン系又はイタリア系人種」。
そう!目と目が合えば 心全開でお友達や! 
今 この時を 一緒に生きてるだけで嬉しいねん!
悲しそうなお顔は見とうないから  悩んではるお人は いつでも寄って来て〜
私も弱いけど…山よりでかい 猪は出ん〜  ほら〜 あんなに空が綺麗やん!
 
 
タコスを食べて〜 テキーラを飲んで〜
    Lo que sera, sera.〜♪ なるようになるわ 先の事など 分らない〜
           Besame mucho〜♪ いっぱい キスして〜
                    Hola amigo Gracias 

Posted at 04:24 | その他 | この記事のURL
コメント(124) | トラックバック(0)

行く夏や… [2007年08月25日(土) ]
   行く夏や 陽は落ち ルルの目は涙 
(行く春や 鳥啼 魚の目は泪…芭蕉翁より拝借


高校野球の優勝が決まる頃…、
甲子園球場には 毎年赤とんぼ達がお祝いに飛んできます
全国の球児の汗と涙を吸い込んだ土に…、
応援と感動に熱狂したアルプススタンドに…、
秋の 浜風が吹き始めます

浜辺には… 
捨てられたビーチサンダルと共にひと夏の恋のカケラ達が
日光を浴びてキラキラと揺れています
その忘れ物を… 
無情の波が ザブンとすくって沖に連れ去ります

秋の日暮れは釣瓶落とし…
ついこの間まで明るかったお外が、夜の7時には真っ暗です
心なしか空も高くなり、獅子座の季節も終りを告げています

大人になっても 心待ちにする日々…
あのギラギラした太陽の下、
各地で賑やかに繰り広げられたお祭の数々
原爆・終戦記念日が来て、
今年も又新しい事を学び 新たな悲しみが起こりました

太陽を友に アチコチ飛びまわった汗の快適さ
今でも夏休みには 沢山の冒険や恋?をしたくなり、
夏休みが終る頃には 溜まった宿題に焦ります
そして空を見て 切ない吐息が出ます


さようなら夏のお日様  さようならヒマワリさん  さようなら私の夏
みんなぁ〜 さ・ よ・ う・ な・ ら ぁぁ〜〜  又来年まで…

麦わら帽子は〜 もう消えた〜 たんぼの蛙は〜 もう消えた
   それ〜でも待ってる 夏休みィ〜 (吉田拓郎・夏休み)
ここで歌が入ってくるともう駄目です
他にサザンの「♪四六時中も好きと言って〜 夢の中に連れて行って〜(真夏の果実・稲妻ジェーンより)」や、Tubeの「♪あ〜夏休み チョイト終わらないで もっとまだまだ〜(あー夏休み)」、大黒摩季の「♪夏が来る きっと夏は来る 頑張ってるんだから絶対来る(夏が来る)」
Jポップ以外にも、もっともっと一杯…あ〜、書き切れない…


今年の夏のもう1つの出来事、Yakoさまの絵のモデルをさせて頂きました。
(ブログを通じて知り合い、初めてお会いしたのは去年の早春。お互いに生粋のなにわっ子、
ラテン系のおおらかさや感性が合い意気投合、以来、姉妹のように親しくして頂いています)

この日のメンバーはセミプロの方々で、絵画教室の先生や個展をしていらっしゃる方、フリーで日展に出展された方などの集まりでした。

Posted at 10:06 | その他 | この記事のURL
コメント(166) | トラックバック(0)

芋たこなんきん [2007年03月22日(木) ]
田辺聖子さんの本は、
若い時には≪おばさんのだるい小説、どうでもよい話≫と感じ
あまり好きではありませんでした。
ところが40代に読み直すと、ストンと胸に落ちてくる…なんて面白いの〜、
男と女の気持ちや人生の機微がこんなに上手く書けている、
しかも関西人の懐の深さまで…うんうん、その通りやん〜…。
それから私の田辺攻め?が始まり、
書店でも図書館でも彼女の小説で未読のものがなくなりました
(似たようなのが多く、現在は内容がゴチャゴチャになっていますが…笑)。

朝ドラに「芋たこなんきん」が決まった時は必ず見ようと思いましたのに、
宵っ張りで朝寝坊の私は未だ1度も見た事がありません。
ま、キャストが関西出身者で固められていますから、
下手なイントネーションの気持ち悪い大阪弁を聞く事はないと安心していますが、
実際はどうなのでしょうか?
【お茶の間のセット】 部屋の端の文机に千代紙、デンデン太鼓、文箱などが散らばり、庭に子供の三輪車や乳母車等、細部にまで時代考証がなされています。ここには写っていませんが、庭の左にある井戸は発泡スチロールで作られています。
【応接室】 昔よくあった畳の上に絨毯敷、右手が茶の間、TVの障子の奥が玄関になっています。昭和は遠くなりにけり…。
【書斎】 左のお人形の傍に古い辞書が並んでいます。右には当時の朝日グラフが何冊か。
端にサイドボードが置かれていますが、これはカメラで撮影した時に書斎に沢山物があるように映る視覚効果を狙った工夫。
路面はパンチカーペットを加工した泥マットと呼ばれる物を敷いています。天満北商店街が建てられ1軒ずつ細部まで作りこまれていますが勿論表だけ、裏に回れば大道具のベニヤと角材が交差しています。
【おまけ?】 舞台共演させて頂いた楽屋で
久し振りに古巣のNHKに入りました。
しかし、私(NHK所属)や娘(NHK児童劇団)の思い出は、
馬場町交差点・東南角にあった、JOBKの古いビル。
(JOBKは公式な放送コールサインですが、大阪人はこれを、ジャパン・大阪・馬場町・角、
と場所の洒落て呼んでいました。現在は馬場町・近所と言っているようです)

平成13年末に建った新しいNHKのビルは
近代的過ぎ、又見学者に開放され過ぎてまるでテーマパークのよう。
語弊がありますが…ピカピカで、一般人がウロウロする放送局は、
業界の泥臭さと熱さが感じられず、他人行儀で居心地が悪いです…

Posted at 19:18 | その他 | この記事のURL
コメント(148) | トラックバック(0)

STAGE講習会 [2007年01月21日(日) ]
講習会会場からのテストブログです。
ほほさまと並んで座っています  

夜中の追記です≫
帰宅して に入って… 夜食を頂きながら講習時のブログを開けました。
オマケに?写真を入れます〜  ヒュー(。^з^)〜♪満腹♪
左端、白いスーツの女性とスーツの男性が編集部の方、
右端のスーツ姿がささめぐ@STAGEさんです。
私は(面が割れているので・笑)編集部男性の右、他の方はご了解の後で。
お世話になりました〜 ありがとうございました〜
2次会は、Yako.さま・ほほさま・私・の3人でした〜
≪講習内容≫
この中の4人以外はブログ未経験の方でしたので、
プロフィールやブログの書き方、ブログ情報やトラックバックなど、
『編集部のお知らせ』や『使い方』と同じ内容でした。
個人的に新しく知った事は、
ブログの『新規カテゴリ追加』に好きなカテゴリ名を付けられる、
『デザイン設定』の『リンク集編集』で他のHPを紹介できる、事でした。
又、マイポータルに自分の夢ブログのコメント表示を要望しました。

Posted at 02:11 | その他 | この記事のURL
コメント(117) | トラックバック(0)

<< 2008年09月 >>
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
最新コメント