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★★★ 夢ブログ『なにわ夢便り』(歴史や新旧名所・旧跡のご案内ブログ) ★★★
     ライフワークのつもりで随時更新しています、是非お読み下さいませm(__)m
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映画『靖国』 [2008年05月31日(土) ]
 映画評論家の佐藤忠雄氏の言葉を借りれば、
『日本及び日本人についての優れたドキュメンタリーである。これは一知半解の日本理解ではない、よく研究しているな、と思わずうなった。真剣勝負の気迫のこもった作品である。』
の通り、館内は、観客達の真剣な眼差しと息遣いで張り詰めていました。

8月15日の靖国神社に集う人々と、
靖国刀鋳造の90歳の刀匠の姿との、
動と静の2極を絡ませながら進んで行きます…。

始めに、『昭和8年から敗戦までの12年間 
“靖国刀”と呼ばれる8100振りの軍刀が神社の境内において作られた』
との文が出ます。又、『靖国神社のご神体は刀である(*)』と。

【*註…この記述に対し、靖国神社から、『ご神体は“神剣及び神鏡”である。』と訂正があったそうです(いずれにしても私は、靖国神社のご神体が刀剣である事を知りませんでした…又、靖国神社のご紋が、菊の上に桜の重なっている事も…)。
10年をかけて取材して来た李監督は、
『色んな人が登場して色んな現象が起こる。
それらは何を意味し何を象徴しているのか、その裏には何があるのか、
その問いかけに其々の心で考えて貰いたい。』と書いています。

まさに“1つの大きな舞台”と言える8月15日の靖国神社には、
シリアスな人物から滑稽と思える人物まで…
実に様々な役を持った人々が登場いたします。

旭日旗を掲げて参道を進み英霊の御霊に頭を下げる老人。捧げ銃の敬礼をする陸軍姿の一団。七つ釦の海軍の白服軍団は拝殿に向って軍隊ラッパを吹き「天皇陛下万歳!」を。小泉・元首相や石原都知事が英霊を讃え、それに対して賛否を述べる人達。南京大虐殺は捏造だと叫ぶ署名運動。片手に「小泉総理を支持します」のテロップを掲げ片手に星条旗を掲げるアメリカ人、その彼を巡って対立する日本人達。高砂義勇兵の魂を靖国神社から取り戻すべく訪れた台湾人遺族。御霊追悼集会の場に乱入する若者等々…、

カメラは、この日この場で起こった生の姿だけを凝視していきます。
この種の映画にありがちな批判や思想は全く入れず、ナレーションも一切無く…。

年代的にも地域的にも遠い存在であった靖国神社が、私の中の日本人の血に迫って来ます。机上で靖国問題を論じ合いながら、靖国神社そのものの実態を知らない事に愕然とし…そんな自分が恥ずかしくなる…そういう内にも映像はどんどん迫り…遠慮のない問いかけを残していきます…。    ≪靖国のHP≫
 クリックして下さい(予告編も、著名人のコメントも、上映映画館一覧もこの中にあります)


…靖国神社という場所は、これら様々の思いがうごめき長年それらを呑み込んで来た所だったのだ…、友人達に、全ての日本人に是非観て欲しい、そして一緒に考え合いたい、と思いました。
≪第七藝術劇場(通称・ななげい)≫と気骨の館主(大阪・十三駅すぐ)。
彼は当初から、『日本中が中止してもうちはやる。』と言い切り、話題になりました。元々が社会派やアングラの場です。現在は近畿2府4県でここが唯一の上映館ですが、6/7からは京都市下京区の≪京都シネマ≫でも上映しますので2館で観られます。尚、≪第七藝術劇場≫は5/10〜6月も引き続き上映します。

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私は さくら [2008年04月13日(日) ]
今年も たくさんのお人が 私の処に来られました。
各地の仲間も申しておりますが…最近は中高年のお姿が目立ちます。
日本のお年寄りも長生きになり 余裕が出来たのでございましょう、
平和で結構な御世になりました…。    
大阪の今年の桜達(写真は拡大して下さい)
私は さくら …春になると…人間の目線が痛く感じます
私の開花を予想して それを求め…愛で…賑やかに繰り出す人々
着飾った私の姿が その手で 絵になり…写真になる…

毎年 そんな波が来て 毎年 そんな波がひく
それでも私は 変わらずに ここに根をはり 動かない

花を飾った 春だけを 特別扱い されるのは 
嫌ではないけど 不思議な感じ
花が咲くのは 自然の摂理 私にとっては 生きる事

花が散っても 私は私 そんな事には 頓着せずに 
私はいつも ここに居て 同じ姿勢の 繰り返し

雨が降り…お日様が出て…数え切れない 夜と朝が 過ぎた…
刀や槍で 足を傷付けられた日もあった
焼夷弾で 腕を焼かれた日もあった

王朝貴族の 豪奢な舞いも 市井のささやかな 宴も見た
私に恋した 戦国武士や 出征兵士も 見送った

私の下で 誰かと出会い 私の下で 誰かと別れ
嬉しい 事も 悲しい 事も 
いっぱい いっぱい 貰ったけれど

それでも私は 変わらずに ここに根をはり 動かない
私はいつも ここに居て 同じ姿勢の 繰り返し

花の盛りは 短いけれど 花が散っても 私は さくら
大阪城の桜と、江戸時代の『浪花百景』に描かれたこの付近(桜宮) 歌川国員・画
私からのお願い
ここ2、3年…私の傍でバーべキューや焼肉をするお人が出てきました。
ここにはそんなお人はおられないと思いますが…この煙や熱で病気になったり寿命が縮んだ木が増え、私の仲間達も悲鳴を上げています。どうか厳禁にお願いいたします。又、シートは私の根の周りから離して敷いて下さいね。

Posted at 05:58 | 雑感 | この記事のURL
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紀元節は駄目? [2008年02月12日(火) ]
ご存知のように、神武天皇が即位された日が紀元節(建国記念日)の発祥です。

『東にある大和に都を遷すべき』との啓示を受け、日向から瀬戸内海を経て大阪に着かれ、そこから八咫烏(やたがらす、やたのからす=三本足の鴉)の道案内を得て陸路で大和を目指されます。途中土着の長髄彦(ながすねひこ)の軍勢などを滅ぼしながら到着、橿原の地に御殿(橿原神宮)を建てられ、自ら天皇の御位につかれました。
これが、日本が国として出発したときとし、紀元(皇紀)元年としました。
今年は、それから数えて皇紀2668年となります。
” 生國魂神社(いくたまさん) ”(大阪市天王寺区)
大阪・難波津(なにわづ)に着かれると、まずこの地で、国土の平定・安泰を願い、
大八州(日本列島の事)の御神霊であり国土の守護神である
生島大神(いくしまのおおかみ)足島大神(たるしまのおおかみ)を祀られました。
従って橿原神宮より古い創祀とされています。
太古より海の玄関であった難波津付近は流れが速い難所でした。
天皇は『なんと浪の速い所よ!』と言われ、
これが浪速(なにわ)の名の起源になったと言われています。

「神武」とは死後に送られた称号であり、本名は神日本磐余彦尊(かんやまといわれひこのみこと)。紀元前711年に誕生して紀元前660年に即位され、紀元前585年127歳(日本書紀)(古事記では137歳)で崩御、畝傍山東北陵に葬られたと伝えられています。
戦前までは小学校でこの歴史を教えられ国を挙げて紀元節を祝いました。特に昭和15年は神武天皇即位2600年の記念事業が大々的に行われました。
が、戦後GHQによって規制され、@戦後の混乱期に左翼思想の発言権が強まり、昭和22年社会党が選挙で第一党となった時、委員長の片山哲が総理大臣となり、”愛国心”という言葉を排除した。 A神武天皇の建国宣言の「八紘を掩ひて宇とせむこと、また可からずや。あめのしたをおおいて いえと為(せ)むこと、またよからずや。」の「掩八紘而爲宇」が第二次世界大戦中、八紘一宇(はっこういちう)というスローガンになり、これが軍国主義を助長したという考えがある。 Bこれは神話であり科学的根拠がない。神話は天皇の名において過去の軍国主義、帝国主義、を正当化するものであり、憲法の主権在民の原則に反するものである。 C中国・韓国などの近隣国が、天皇史復活は侵略を正当化しようとしていると非難…
などの理由で、現在、神武東征は学校ではタブー視されています。

しかし、右翼・左翼の垣根を越え、日本人のルーツを文学として捉え一知識として学ぶのはいけない事なのでしょうか

ローマ帝国や中国史、インカ帝国など多くの国の建国の歴史はどれも神話的でありますが、各国の学校で教えられています。日本だけ、どうして教えられないのでしょうか

ある外国人が、ローマ帝国やアメリカ建国について語れる教養高い日本人が、
自国の建国を知らないのは不思議であり真の教養ではない、と言っています。


…ま、賛否両論あるとは思いますが…取り合えず思想的なことは別にして〜、
…大好きなお爺ちゃんとお婆ちゃんが亡くなったのが、
年度は違っても偶然にも2月の建国記念日の頃です。
個人的な事を書いて恐縮ではございますが…
祖父母の歌声を懐かしく思い出しながら…夢の中で甘えたいと思います
紀元節の歌←クリックして下さい(著作権消滅でリンクフリーですからご安心下さい)

Posted at 03:03 | 雑感 | この記事のURL
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事件で足止め [2008年02月02日(土) ]
2月の声を聞いた途端、事件に遭遇しました。
1日(金)午後7時から、とあるジャーナリスト集団の事務所で実行委員会をして、
続きは居酒屋で〜という事になり、交差点を渡って大阪・梅田のDDハウスへ…。

食べながら、飲みながら…
平和の尊さを語り合い、自分達のやるべき事を語り合い、
口角泡を飛ばす議論で大いに盛り上がる…
「あ、もう11時過ぎたわ〜」
「ほんまや、そろそろ出ようか〜」
帰りの用意をしていると…レジから帰ってきた○○さんの様子がおかしい。
「2階のお店で人が刺されたので、このビルが閉鎖になったらしい!」
「エッ?!」
冗談かと思って聞いていたら、どうやら本当らしい。
「だからお店から出られへん。」
どうしよう…仕方がないとそのまま待っていると…店長さんが来られました。
「警察が包囲しましたので今のうちに出て下さいとの事です。
逃走してるそうですから気を付けてお帰り下さい。ありがとうございました。」
店を出ると、
各階の階段やエスカレーターにロープが張られ警官がたむろしています。
1階に降りると…ビルの周りに人垣が出来ていて…
大勢に見られながら出て行くのは、自分が犯人になったような気持ちでした。
ビルの出口。関係ないのにカメラを向けられ嫌な感じ…
後で聞くと、この報道記者も知り合いだったようです
梅田から最終の地下鉄に乗れたのは幸運だったけれど、
刺された人も、犯人も、その後どうなったのか…
安堵と不安と心配が交差し、複雑な気持ちで帰路につきました。
明日のニュースで詳細が報道されるのかしら?
左→「何や?」 「何があったん?」ビルの中を不安そうに見る人達と、
右→シャッターを下ろした道路から、覆面パト越しに遠巻きに見る人達
夜の街に繰り出す皆々様も、
1度や2度はこんな経験がおありではないでしょうか?

Posted at 04:18 | 雑感 | この記事のURL
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日想観をして… [2007年11月10日(土) ]
日想観(にっそうかん・じっそうかん)とは
浄土三部経の1つ『観無量寿経』にある16の法の
第1番目『初観』に出てくるもので、夕日に向って祈る修法です。

『正に想念を起こし、正座して西に向かい諦かに目を観ずべし。心をして堅往し、想を専らにして移さざらしめて、日の没せんと欲して、かたち懸鼓のごとくなるを見よ。すでに日を見終わりなば、目を閉じて目を開かんに、皆明瞭ならしめよ。』
 ≪…心を集中させ、じーっと夕日をまぶたに焼き付け、
   目を閉じても開いても、いつも真っ赤な太陽が内在するように…≫

平安〜鎌倉時代に大ブームになり、大阪の四天王寺周辺がそのメッカでした。
高台に聳える 四天王寺の大伽藍を背に、当時は目の前が大阪湾。
遠望の淡路島や六甲山がシルエットになる中、
茜色に染まる空と 金色に光る海は あたかも極楽浄土へと繋がる道。
貴族や僧はもとより 淨らかな往生を願う人々が競って訪れました。
法然上人日想観の図(土佐光茂筆/一心寺蔵) 後白河法皇と

激しい源平合戦で血で血を洗う修羅場の時代…その仕掛け人と言うべき後白河法皇もこの地の草庵に滞在され、法然上人と並び、ひたすら平和を希求する日想観を行じられました。
難波潟入りにし日をもながむればよしあしともに南無阿弥陀仏  後白河法皇
(現代の大阪・難波は、「ナンバ」と表記しますが、この時代は「ナニワ」と読みます。以下同様)
(難波潟に多い葦(ヨシ又はアシ)と、良し悪し(味方と敵)の掛詞)

あみだ仏といふよりほかは津乃くにの難波のこともあしかりぬべし  法然上人
(上人はその後も草庵に残って日想観を続けられ、これが一心寺発祥の由来となりました。)


又、新古今和歌集の選者である藤原家隆は晩年出家して京を離れ、この地に「夕陽庵(せきようあん)」を結び、夕焼けの中、日想観を念じながら永眠されました(家隆塚(かりゅうづか)遺跡として残り、夕陽丘の地名の起源となります)
ちぎりあれば難波の里に宿りきて波の入り日を拝みつるかな
難波の海を雲居になしてながむれば遠くもあらず彌陀の御国は
かくばかり契りまします阿弥陀仏と知らでなかしき年を経にける


「今西行」と呼ばれた江戸時代の歌僧・似雲(じうん)も日想観に熱心で、
難波潟入り日の影を見渡せばこころぞかよふ弥陀の御国に と詠んでいます。

謡曲・「弱法師(よろぼし)」や歌舞伎・「万代池(まんだいいけ)」では、盲目の俊徳丸が日想観をして見えるはずの無い夕日を心の目で見ます。
『今は入日や落ちかかるらん。日想観なれば曇りも波の。淡路絵島、須磨明石。紀の海までも見えたり見えたり。満目青山(ばんぼくせいざん)は心にあり。おう、見るぞとよ見るぞとよ。さて難波の海の、致景の数々。…(「弱法師」より)

四天王寺周辺は現在も大阪市内1番の高台で夕日の名所だが、見える風景は変わった
左・通天閣を臨む  中・四天王寺西門から外を見る  右・家隆塚

先人達の魂を感じるこの地に居住しながら
日想観とやらをやった事がない私
「ならば1つ試してみむとするなり」と
無心で正座し 心静かにじっと目をこらすと…
夕日が体内にすっぽり入ってくる錯覚に陥る…

自らの身体を燃やし 十万世界をあまねく照らす光と熱
貴賎・善悪に頓着せず 時には強烈に… 時には優しく…
思わず「良し悪しともに南無阿弥陀仏」と涙が溢れる

物心付いた日から今日のこの瞬間まで
自分を巡る全ての人が現れては消え 又現れる…
生かされている事に感謝し 関わって下さった方々に感謝し
世界中の1人1人が真に幸せでありますように…と心から願った

大阪港の夕日。。。現代は海への日没はここでしか見られない

(前ブログの最終コメントに書かせて頂きましたように…ご立腹された方々やご迷惑をお掛けした方々に、お詫びの気持ちと責任のケジメとして、ブログアップも皆様へのコメントも自粛していました。 勝手な事で申し訳ございませんでした。
沢山の方々がメールを下さり大変恐縮しています、本当にありがとうございました。又足あとを付けて下さった方々のお名前も励みになりました、心より感謝申し上げます。 お陰様で約1ヶ月振りにブログを書く事が出来ました。
今後共ご指導・ご教示をお願い申し上げます。ありがとうございました。拝)

Posted at 04:06 | 雑感 | この記事のURL
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敢えてひと言 [2007年10月17日(水) ]
亀田一家を巡る一連の事について、地元からひと言言わせて下さい。

2004年、当時全く興味の無かったボクシングの試合に誘われた私は、後の飲み会の楽しみだけで出席し、そこで亀田興毅君を初めて知りました。『苦労した親を楽にさせてやる為、世界チャンピオンになるんや〜』と言った少年はギラギラした、しかし澄んだ目をしていました。帰りには、幼さの残る笑顔で1人1人に『ありがとうございました!』と深く頭を下げていました。

既に大阪では才能を注目されていて、所属していた「グリーンツダ」の津田会長も彼を大きく育てる為に頑張っていました。が、この時点からマスコミは狙いを付けていたのです。

東京の協栄ジムに移籍したもののジムでは何も教えず、トレーナーの資格もない父親が設けた道場で勝手に練習させていました。これも伝説作り?の一環で、仕掛け人達はおもしろおかしく彼ら一家を持ち上げ暴走を助長させました。主幹のTBSは、実は気が弱い彼等をデフォルメし、東京人が考えた間違った大阪の顔を演出し、派手に煽り視聴率を稼ぎました。大阪の同系列局のスポーツ担当で亀田密着の記者が「いい子達をあんなワルに作るのは止めて欲しい」とTBSに抗議したのですが、取り合って貰えなかったとの事。鳴り物入りの東京での試合は、芸能界や各界から有名人が押し掛けチケットはプレミアが付き、大阪の恩師や関係者ですら入れて貰えず、幻のスターは手の届かない所へ祭り上げられていました。

一番戸惑っていたのは彼らではなかったでしょうか?
上京したばかりの18歳の少年が、在日の恵まれない環境から抜け出たいとあがいていた父親が、大東京のマスコミの渦に巻かれ大きな勘違いをするのに、3年は充分の期間でした。まして今回問題になった次男の大毅君、三男の和毅君は中学生や小学生で渦中の人になったのですから。


その同じマスコミとボクシング関係者が、今度は手のひらを返したように彼らを奈落の底に落とします。堀江氏や耳新しい朝青龍とも重なりました。勢いがある時は誰1人彼等に苦言や助言をせず…おこぼれを頂きながらチヤホヤして…情勢が悪くなるとしっぺ返しをする。この対応にはいつもうんざりさせられます、又、事情も知らないのに風向きで変化する大衆というものにも…。

少し前の話では奈良の布団叩き騒音女性。世間は彼女の非常識さと下品さに呆れて批判しましたが、原告のエリート一家に馬鹿にされ様々な悩みに苦しんでいた事は表面には現れません。セレブ意識でいつも人を見下すのと、苦しみに耐えられず思わず反撃した事と、どちらが下品なのでしょうか?嫌われ者にも一理あり…こんな事を見聞きすると心が痛み、いつも私は世間を敵に回してしまいます。

勿論今回の前代未聞の反則の数々は呆れて口が塞がりませんが…もしかしたら暗黙の了解で反則のパフォーマンスを許し、その上のKO勝ちで派手に決めるシナリオがあったかも?と思うのは穿った見方でしょうか? 

亀田寄りの馬鹿な解説をしていた局からは何の謝罪もなく、今になって彼を責め内藤選手を持ち上げるなんて、何て変わり身の早い事?! 実力差は誰の目にも明らかだったはずなのに…大毅君こそ格好の餌食にされたようにも思います。負けて本当に良かった! 亀田家は処分され皆に罵られ当然の大きな試練を受けるべきですが、その砂糖に群がっていた蟻達や世間はどうなのでしょうか?
・大毅くん
実力がない事を分っていながら祭り上げられ…何が何だか分らないままリングに上がったのでしょうね。あれが演出だったかどうかは闇に葬られても、これで目が覚めたでしょ。当分はバッシングの嵐で苦しいけど、こんな事で潰されたり死んだりしたらあかん!この1年で自分を見詰め直し心身共に強くなって欲しい。若い君には、やり直す時間は充分あるんやからね…。
・興毅くん

弟や家族の為にも!今一度大阪時代の原点に戻って、あの澄んだ目で心身共鍛錬して世界を目指して下さい。複雑な家庭環境でお母さんとの生き別れの寂しさを胸に秘め…不良っぽくイキガッテいても決して人を虐めなかった心優しい子である事は、地元の皆は分っているんやからね…。

*私の書き方に語弊があったようですので、追加します。
今回の反則は当然悪くてひどい事です。それは全く許される余地のない事です。
それを討論しているのではありません。まして擁護などは一切しません。
悪いのは当然とお互い分った上で、ここでは全てを含めたマスコミの虚像に乗せられる危険性と、表面には見えない事実を見て頂きたかっただけです。

Posted at 20:59 | 雑感 | この記事のURL
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切符deアート [2007年10月15日(月) ]
南海電車(*)のなんば駅で回収された切符を使い、製作してあります。
使用済み切符は約32万枚(段ボール箱10個)、
表面・裏面を巧みに組み合わせて1枚1枚手作業で貼り付けしてあります。

*南海電車…大阪・なんばから、堺・岸和田や関西空港、和歌山・紀州方面に行く電車
気が遠くなるような作業の一部
大阪高島屋の社員達が、閉店後に毎日コツコツと作りました
ミレー「落穂拾い」
1作品に付き、延べ150人程で1ヶ月掛かったそうです
レオナルド・ダ・ヴィンチ「モナリザ」 (↑↓拡大して下さい)
ボティチェッリ「ヴィーナスの誕生」  ルノアール「ムーラン・ドゥ・ラ・ギャレット」
この「切符deアート」は、高島屋本館正面入口で明日16日まで展示しています。
写真では細部が分りませんので実際に見て頂きたいです、でも日が無いですね
実はもっと前に行きこれを下書きしていたのですが、ブログ不具合の残務整理?に追われ今頃のアップになってしまいました。
16日になんば方面に行かれるお方は是非!
      (それにしても…デパートの方々って暇があるんやねぇ〜、
                 あ、間違い! …根気があるんやねぇ〜

Posted at 22:29 | 雑感 | この記事のURL
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なんて事を!! [2007年09月20日(木) ]
トップ頁のSTAGEからのご案内コーナー≫を読まれましたでしょうか?
以下に示しました重大な事故が起こっています!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
STAGEからの重大なお知らせとお詫び
【エラーが発生した機能】
STAGEコミュニティにおけるサービス全般
《該当するサービス》
@ブログ
A夢ブログ
Bサークル

【エラーの内容】
・2007年9月20日 午前4時から午後6時30分までにアップロードした全ての情報がサーバー上から消滅しております。
《含まれる情報》
@上記期間内に記入した文章全て
A上記期間内にアップロードした画像全て
・2007年9月20日午後8時現在で、消滅した上記のデータの復旧の目処はございません。

【原因】
・現在、詳細を調査中でございます。
・詳しい原因が判明し次第、STAGE上にてご案内申し上げます。

【復旧状況】
・2007年9月20日午後8時現在で全ての機能は復旧しております。
・これ以降の利用に関しては、通常通りご利用いただけます。

STAGEコミュニティをご利用いただいている会員の皆様には、多大なご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。詳細な原因の追求と、再発防止の対策を至急行います。
本件に関するご不明点、ご質問等がございましたら、こちらまでお問い合わせください。 salon@stage007.com

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私の場合、弊ブログ『フェイスタ・メヒカナ(9月18日付)』に頂きました
山野泉歩さま(05:41)、京子姫さま(10:04)、ひなこさま(15:37)、
のコメントが消えています。
勿論、その間に私が人様に記載しましたコメントも全て消えています。
せっかく考えて記載した、全ての方のブログ、画像、コメントが消え…
復旧の目処が無いとは?!?!

(ブログ紙面ではございますが…
 上記の3人の方々、宜しければもう一度アチラに書いて頂けますでしょうか?
 友達登録がない方にはこちらから連絡が出来ません。
 サイトの事故とは言え、誠に申し訳ない事でございます)
これは未読の方々へのお知らせメールですので、
コメントは『見た』『了解』か、又は無しで結構です。


別件ですが…
先日お伝えしていました、イラク人ジャーナリスト、ハッサンアボッドの日本での日常生活と、イサーム・ラシードが撮影したイラク最新映像の、TBS『イブニングニュース』放送日時は9月21日(明日です!)午後5時頃に決定と、今連絡がありました。なお、関西地方、名古屋地方の方は別番組になるので見ることができません。関東その他、イブニングニュースが放映される地域の方、お時間あれば是非ご覧下さい。

Posted at 22:19 | 雑感 | この記事のURL
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怪奇現象?! [2007年08月18日(土) ]
天空が 縦に 真っ二つに割れました!
画像操作やイタズラではありません。
8月15日の夕方、大阪は天王寺区の、
万灯供養中の四天王寺境内の空です。

天変地異? 地震の前ぶれ? 精霊の怒り? 地球の悲鳴?
大阪市内は勿論、近隣の都市でも見えた所があるそうです。
今迄 こんな空を見た方は いらっしゃいますでしょうか?

Posted at 20:19 | 雑感 | この記事のURL
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猛暑に勝つ! [2007年08月14日(火) ]
先日はご心配とご不便をお掛けし、申し訳ありませんでした!
お1人お1人の優しいお言葉、アドバイス、ユーモアたっぷりのコメント等を何度も何度も読み返し、感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございました。
本来なら個別にお礼を申し上げるべき処なのですが、故障中の膨大な未読メールの対応に追われていますので、ブログでの謝礼にて失礼させて頂きます。
拝読しながら思わず口を出た都々逸…チチン・ツン(三味線の音)♪〜
    ネットは切れても 心はいつも 繋ぐ仲間の 愛しさよ〜
お陰様で、島帰りの二本の刺青も免除され無事釈放、とあいなり候
原因はPCではなくモデムの故障(私にはサッパリ分からん・笑)、ソフトバンクが本体を無料で郵送してくれ、家族のPCも全て開通致しました。
遅まきながら、9日にエラーになった分を以下にアップさせて頂きます。 
                                       ルル拝
   −・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−

太陽は挑戦するかの如き 最高の熱気を降り注ぎ
   道行く人々は 茹だるような表情の汗、汗、、 
厳しい残暑、如何お過ごしでしょうか  お見舞い申し上げます
夏に熱い物を頂くのが良いように、冷すだけが暑気払いではありません。
もっと暑くなるとかえって涼しいかも? 
と言う訳で…では始めます!想像して下さい〜!

場所は京都、気温35度の炎天下のアスファルト道!
京都の暑さは普通やおへん〜
女性ならタンクトップ・男性ならTシャツを着て
え、これなら普通ですって?慌てんと最後までよう聞きなはれ〜
その上に、ウールのタートルネックセーターを着て下さい
首に吸い付くニットの感触、これでどうだす?
下は素足にサンダル…ではなく!キチンとストッキングを穿き、
ウールのパンツやセミロングスカートに普通の靴
まだのぼせたらあきまへんでぇ〜

仕上げは、そのセーターの上にジャケット又はハーフコートを着ます
コートのボタンはちゃんと閉めて! モシモシ、、、生きてはりますかぁ〜
オマケに、フェルトの冬物帽子を被って
ハイ、そのままカンカン照りの中を闊歩して下さい…
よっしゃ〜、今日はこのくらいにしといたろ〜(笑)

もう全部脱いでもいいですよ〜、ほーら、涼しくなったでしょ?!
夏の我慢大会、如何でしたか?  実はこれ、先週の私の実体験なのです。
この格好にレフ板で太陽光を反射され、紫外線の強いお昼前から夕方まで、屋外各所での撮影でした。
セーター・コート姿で、青々としたモミジの木の下で涼しく微笑む私…仕上げは葉を赤色に処理し、11月の京都の紅葉に染まった熟女?が出来上がるらしい…。

バシバシバシとシャッター音が止む度に、アシスタント達が日傘を差してくれ団扇で扇ぎに来てくれます。冬服の私より、Tシャツ1枚で扇いでくれるスタッフの子達のほうが汗だくになっています。
お気の毒でいつもいうセリフ「私は大丈夫だから貴方自身を扇いで休んでいてね」
我ながらいつも不思議です…撮影中は炎天下の冬服でも汗はかかず暑さを感じない…ところが終ってTシャツとジーンズに着替えた途端ムットして汗ばみます。
カメラの前では鈍感?良く言えば…だからプロとしてやってられるのかな?
元々夏が一番好きな私です!
そこで茹だっている方々に猛暑と仲良くする秘訣を少し…。
皆様のブログを拝見していますと「歳と共に肉食は少なくなった」とか「カロリーの高い物は控えている」とかが多いですね、夏なら尚更でしょう。
私は1年中牛肉(豚や鳥は苦手)を中心に頂きご飯もパンもパスタもお餅も好き、揚げ物も大好き、ケーキ・チョコレート・お菓子も毎日欠かしません。日々の摂取カロリーは人様の倍以上? 真夏の今も同じです。
昨今は猫も杓子も健康・美容志向でカロリーを気になさる方が多いですね、医学的なデータも大事でしょうが私は全く気にしていません。
その上、夜食を頂きながら夜遊びや徹夜の不規則な生活を続け、サプリメントも経験なし、健康の為とは言えお酢を飲むなんて気持ち悪〜い(ご愛飲の方ごめんなさい、私だけの好き嫌いです)。体重も見ず、いつでも好きな物を好きなだけ食べています。

又、皆様が敵視される紫外線…私は分け隔てなく照らすお日様が大好き!で、ヒマワリのように喜んで恵みを体一杯に受けています。皮膚癌になるのは余程の強さと期間の場合ですし、シミ・シワは年輪ですから出来て当たり前と思っています。太陽さんをそんなに敵視してあげないで〜、自然体でいきましょう。

健康・美容に気を使っていても病気になる方や肥満やトラブル肌の方も多ければ、暴飲暴食やヘビースモーカーでも健康・元気な方、焼いても美肌の方も多いですよね。 極端に言えば運?又は生まれながらのDNA?  
1億総健康志向の中…
健康・美容に無頓着なのが、健康の1番の秘訣かも分りませんね?

Posted at 03:40 | 雑感 | この記事のURL
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