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★なにわ夢便り★

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(43)古代の雅・聖霊会[2007年05月01日(火) ]
聖徳太子のご命日に行なわれる舞楽法要・聖霊会(しょうりょうえ)
太子の霊を慰める為に行われる、
法要と舞楽が一体となった古式床しい大法要です。
千数百年の伝統があり、重要無形民俗文化財に指定されています。
降雨量が多くなり雨が複数の白い線で写ってしまいました〜
演奏は舞台の左右に分かれ、左方(唐楽)は、笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、笛、鞨鼓(かっこ)、
鉦鼓(しょうこ)が使われ、右方(高麗楽)は、篳篥、高麗笛、三ノ鼓、太鼓が使われます


593年・四天王寺を建てた聖徳太子は、
当時、仏教と共に伝来した舞である『伎楽(ぎがく)』も
仏教式楽として奨励しました。

それが後に楽所(がくそ)と呼ばれる演奏集団になり、
平安時代は宮廷(京都)、南都(奈良)、天王寺(大阪)の三方楽所に確立され、
宮中で舞楽が演ぜられる時にはこの三楽人達が召されました。
本来は左の橋の上の石舞台で行われるものですが、あいにくの雨で『六時堂』の中になってしまいました。曼珠沙華の花をかたどった飾りが華やか。濡れるので太鼓もお堂の中に。
昔の『浪速名所図屏風』をご覧下さい。目の位置は違いますが(上写真の左端・橋の正面から見た図)、千年以上経った今も変わらず同じ場所で同じ事をします
三方楽所の中でも天王寺方は技量が高く、
又宮中の他、寺でも活動する庶民派でした。
平安時代には都の貴族の四天王寺詣の楽しみの1つになり、
吉田兼好も『徒然草』で天王寺舞楽の立派さを讃えています。

『天王寺の伶人の申し侍りしは、当寺の楽は、よく図を調べ合はせて、ものの音のめでたくととのほり侍る事、外よりもすぐれたり。故は、太子の御時の図、今に侍るを博士とす。いはゆる六時堂の前の鐘なり。その声、黄鐘調のもなかなり。秘蔵の事なり・・・(後略)』
この楽人を伶人といい、天王寺の伶人達が住んでいたのが現・大阪市天王寺区伶人町です。
これら三方の伶人達は明治維新による新政府の宮内庁楽部として召され、
ここ伶人町の人達も、
千年以上住み慣れた地を後にして東京に移り住むことになります。

その後廃れかけた天王寺舞楽を、地元の有志達が保存団体
『雅亮会(がりょうかい)』を設立して伝統を守り、聖霊会は続けられています。

四天王寺は、これまで天災や戦火で7回も焼失や倒壊に見舞われましたが、
その度に、お上の手を借りず、市民が寄進などで復興しています。
四天王寺の管長は、『大阪は、寺も聖霊会も庶民に支えられてきた。太子の和の精神がある』と言っておられます。

因みに、明治26年に公布されました『君が代』は、
ここの天王寺伶人・林広守氏の作曲で、彼も後に東京に召されました。
傘の中の撮影で写真が良くないです(言い訳?・笑…次回は晴れますように…)
造詣が深い方の為に、当日の舞楽目録を順に書いておきます。
振鉾(えんぶ)、蘇利古(そりこ)、桃季花(とうりか)、菩薩(ぼさつ)、獅子(しし)、迦陵頻(かりょうびん)、胡蝶(こちょう)、綾切(あやきり)、太平楽(たいへいらく)、納蘇利(なそり)で3時間超、昔は朝から深夜まで25曲の舞楽が延々と奉納されていたそうです。

舞楽は、4月22日(聖徳太子のご命日が旧暦2月22日)『聖霊会』の他、8月4日夜の『篝の舞楽』、10月22日の経供養『椽の下の舞』の3つがあります。太古の行事ですが、初めての方でも何故か懐かしく温かく心身に沁み込んでくる事と存じます、是非一度お越しやす〜

四天王寺さんは入るのも舞楽法要鑑賞も無料です(大阪の寺院は民衆と共にあり、殆どが拝観料を取りません。)

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コメント


ちゃんさま
こんばんは  いつもありがとうございます
ネタはある程度纏めてあるのですが、最近バタバタして…アップする時間がありません…、その内に何とか頑張りますので、忘れずに待って下さいね
Posted by:ルル  at 2007年06月05日(火) 04:27

ルルさん
水無月・第1号「なにわ夢便り」楽しみにしています。
何時もありがとうございます。
Posted by:ちゃん  at 2007年06月04日(月) 23:10

すなかけばばあさま
へ〜、よそにも「ルル」がいらっしゃるのですか? 
私の「ルル」は、本当に呼ばれていた小さい時からの呼び名で、プロフィール写真のアメリカ漫画からきています。だから実家関係にはすぐ正体がばれる?!
>写真を拝見すると、どう見ても【おばちゃん】には見えませんよ ^^30代ですか?
エ〜ッ!恐ろしい〜(笑)  なんちゅう事を仰りますやら・・・
写真はシミ・シワ・タルミの3重苦?がはっきり見えないから得やね〜
Posted by:ルル  at 2007年05月15日(火) 00:14

あのね 私の北海道の友達も、バーチャルでは【ルル】って言うのですけど、その人もめっちゃ綺麗なんですよ〜
ルルさんて言う名前の人は、みな美人なんでしょうかねぇ
写真を拝見すると、どう見ても【おばちゃん】には見えませんよ ^^30代ですか?
Posted by:すなかけばばあ  at 2007年05月14日(月) 23:38

すなかけばばあさま
またぁ〜、あんまり買い被りせんといて下さいよ〜
私、本でも歴史でも…とにかく何でも興味があるだけで、
イッチョカミのオッチョコチョイなだけですよ〜
お会いしたら、「アホの大阪のオバチャン」て、すぐ分かりますから〜
Posted by:ルル  at 2007年05月14日(月) 22:23

ルルさんと一緒にですかぁ?とんでもない!こんな綺麗な方と歩くなんて無理です 本当は一緒に行きたい気持ち
半分 しり込みする気持ち半分ですね
ルルさんと言う方を知りたい気持ち100%ですね

たぶん話が、合わないと思います何故なら、私には、ルルさんのお話を理解できるほどの能力がないからです
ルルさんの、ブログを拝見してのコメントですけどね
Posted by:すなかけばばあ  at 2007年05月14日(月) 21:50

すなかけばばあさま
こんばんは  ありがとうございます
折角長々とコメント書いて下さったのにねえ・・・

これは実際に見ると、もっと素晴らしいですよ。
せっかく大阪に住んでいらっしゃるのですから、4月8月10月のどれかに是非いらして下さいね〜 何なら一緒に行けへん?
Posted by:ルル  at 2007年05月14日(月) 19:39

おはようございます
折角長々とコメント書いたのに、送信を押し忘れましたぁ
(´;ェ;`)ウゥ・・・

何を書いたかと言いますと、素晴らしいものを見た時は
声が出ないと言うのは、この事だったのですね
と言う事を書きましたが、ショックでした
私も大阪に住んでるのに、何も知らずに、のほほ〜んと
暮らしてた自分がとても残念に思います
ルル様 本当に有難う御座いました
Posted by:すなかけばばあ  at 2007年05月14日(月) 09:14

ramenya3さま(劉さま)
早速のご訪問ありがとうございます
私のほうこそ、興味深いお話を楽しく拝読させて頂きました。
「知異交誼」素敵な言葉ですね〜
プロフィール頁の好きな本や場所、その他にも共感いたしました。
こちらこそ!これからも宜しくお願い申し上げます(*^_^*)
Posted by:ルル  at 2007年05月05日(土) 10:47

なにわ夢だより、拝見しました。大変興味深いお話がたくさん掲載されてい手とのしく読ませていただきました。今後もちょくちょく訪問させていただきます。よろしくお願いいたします。劉
Posted by:ramenya3  at 2007年05月05日(土) 08:19

blancさま
こんばんは お待ちしていました(笑) 全然遅くはありませんよ〜
>飛鳥時代の大阪はどんなふうだったのでしょうね。
これこそ、blancさまの絵画的興味をひくと思いますわ。
わびやさびというのは、もっと後になってからの話で、
日本の古代は、中国・インドの影響を受け、極彩色の美しい衣装です。
ここ四天王寺も難波宮も奈良の飛鳥寺も赤い円柱でアジアの影響を受けた華やかな建物でした。その中で若い聖徳太子や中大兄皇子等が戦い、恋をし、
理想に燃えた、と思えばドキドキしてきます〜
Posted by:ルル  at 2007年05月05日(土) 01:19

こんばんは。
こんなに遅れてコメントするなんて気が引けますが、ひと言お邪魔させていただきますm(__)m
聖徳太子の法要がずうっと昔から大阪で行われていたのですね!
飛鳥時代の大阪はどんなふうだったのでしょうね。
知識はないけど、想像すると楽しくなります(*^_^*)
Posted by:blanc  at 2007年05月05日(土) 00:48

チョコミーさま
こんばんは いつもありがとうございます
>屏風絵そのままを今に再現できていることが素晴らしいですね。
そうなんです、私もこの屏風絵を見た時はビックリしました。
現地で見るともっとそのままですよ。私も雅亮会の方々に敬意を表します。
Posted by:ルル  at 2007年05月04日(金) 23:30

屏風絵そのままを今に再現できていることが素晴らしいですね。今に残し伝えてきた地元の有志の方々に敬意を表します。
Posted by:チョコミー  at 2007年05月04日(金) 20:59

Juliaさま
早速ありがとうございます
>ブログって、こう書くのですか?
ブログに書き方はないですよ、自由に気の向くままに〜(*^_^*)
これは大阪の歴史や場所の案内ですので、キチンと調べて書いています。
大阪って吉本だけと思っている人もおられるので、頑張って書いているの
『なにわ夢便り』で大阪を紹介するのは、ライフワークのつもりです。
普通のブログはお気楽な物もありますから又色々見て下さいね〜
Posted by:ルル  at 2007年05月04日(金) 18:54

すごいですね。

ブログって、こう書くのですか?

私には無理っぽいです。
Posted by:Julia  at 2007年05月04日(金) 17:15

hyoutanjimaさま
こんばんは いつもありがとうございます
仰るように、明治維新の影響は色んなところにありますね。
四天王寺さんは広い境内に色々なお堂やいわれがあり、興味深い場所ですよ。
是非ゆっくりお参りして下さいね〜
Posted by:ルル  at 2007年05月04日(金) 02:25

明治維新の影響が色んなところにあったのですね〜。
天王寺は何度か傍まで行ってるのに、時間をかけてお参りしたことがありません。
ルルさんの今までの書き込みを読んで、今度一度行かなくてはと思っています。
Posted by:hyoutanjima  at 2007年05月04日(金) 00:57

極楽トンボさま
いつもありがとうございます
>君が代は剣道大会の際に必ず歌います。
きちんと伝承されているのですね、剣道の精神・ケジメは素晴らしいです〜
Posted by:ルル  at 2007年05月03日(木) 14:28

miss-sumichannさま
疑問が解決して良かったです〜 思い出せないと身体に悪いもん〜(笑)
連休は大阪ですか? 
懐かしいお友達と 話の花が咲くことでしょうね。
機会がありましたら、いつかのご来阪時にお会いしたいです〜
Posted by:ルル  at 2007年05月03日(木) 14:23

何時も勉強させていただいてます。
太子の和の精神が世界中に広がると良いのですが…。
君が代は剣道大会に際に必ず歌います。
Posted by:極楽トンボ  at 2007年05月03日(木) 12:59

“どやどや”そうそう、そんなんだったです。タマタマ主人と行き、何?って見てました。

やっぱりルルさんよくご存知です。ありがとうございました。
Posted by:miss-sumichann  at 2007年05月03日(木) 11:17

minoさま
お久し振りです〜、いつもありがとうございます
トリカブトと伶人草の事、そうだったのですか、
又1つ知識が増えました、ありがとうございます〜!

>浪速名所図屏風の実物を見たいですね。
>地方の史跡に行った時、たまに屏風図や絵巻を見ますが、
>その絵の精緻さに驚かされます。
本物を見ると感動するでしょうね! 写真集で見ても素晴らしいですもの〜。
草書体は何が書いてあるか分りませんね、
調べると時間が掛かりますので、私も読まなくなっています。
Posted by:ルル  at 2007年05月03日(木) 05:03

ソニアさま
いつもありがとうございます
先日来のメールのお心遣いも感謝しています。
四天王寺さんは来られたことがあるのですね、
又機会があればいらして下さいね〜、案内させて頂きます〜

>なかなか勉強をなされていて、ビックリ仰天為五郎になっています。
面白い〜! 楽しいコメントですね、嬉しいです〜
Posted by:ルル  at 2007年05月03日(木) 04:39

ぶるーむーんさま
いえいえ遅くはありませんよ、お忙しいのにありがとうございます
高校の時の先生、凄い方でいらしたのですね。
でも学校の授業となると、せっかくの興味も半減しますよね…、
私も、この歳だから興味が膨らむのだと思っています(先が短いから〜?・笑 )

>でも、こういうのは好きです。楽しみにしております。
嬉しいです〜!、稚拙で恥かしいですが、私なりに頑張ります〜
Posted by:ルル  at 2007年05月03日(木) 04:18

miss-sumichannさま
いつもありがとうございます
お嬢様大変でしたね、お大事になさって下さいね。

>前に行った時もなんだったかな?何かお祭りのような・・・・
>高校生が中心になって、よく覚えてないです。すみません。
高校生でしたら「どやどや」ですね。 清風高校と四天王寺羽曳丘高校の男子が、
寒中の1月に、紅白の褌姿でお札を取り合う勇敢な行事です。
他に百済や新羅の衣装が綺麗な「ワッソ」も四天王寺でやっていましたが、
これは現在は11月に難波宮跡地でやっています。

“大阪をもっと知ろう!!”の企画、関市長か大田知事に出さないとね〜!
ほんま、なにわの長なのに商売が下手なんやから…
Posted by:ルル  at 2007年05月03日(木) 04:02

静さま
いつもありがとうございます
ね、ね、いいでしょ! 写真でなく是非本物をご覧頂きたいです〜(^^♪
若き日の聖徳太子や中大兄皇子の恋を想像してワクワクしてきますよ〜
Posted by:ルル  at 2007年05月03日(木) 03:36

picoさま
いつもありがとうございます
伊勢神宮の舞楽は知りませんでした、これと同じなのですか。
ルーツを辿ると、やはりお伊勢さんとも関係があるのでしょうね。
仰せのように、四天王寺さんはミステリーがいっぱいです。
ご指摘の西門の鳥居もその1つで七不思議が伝えられています。
亀井堂の湧き水は、金堂の地下の青龍池から湧出していると言われ、青龍池は極楽の蓮池に通じているとされています。

「番匠堂」は四天王寺のホームページに出ていないのですか?どうしてかしら?
>イタリアで言えば、レオナルドダビンチのような人物だったのかもしれません。
そうかも知れませんね、建築にも長けている、番匠とは大工さんの事ですものね。
話は違いますが、今日は悲田院町のイタリア料理屋さんに行きました〜
Posted by:ルル  at 2007年05月03日(木) 03:27

ちゃんさま
いつもありがとうございます
未熟なブログに温かいお言葉を下さり、感謝とともに恐縮いたします
仰せのように、ちゃんさまも含め教養の高い方々に多くのコメントを頂き、
ブログ本人のほうが無教養で…タジタジになってますんやわ〜(笑)

>お寺さんの舞楽と、神様のお神楽とはまた違うのですね。
神社のお神楽は巫女さんがやって、曲目も又違うようですね。
写真、雨であまり綺麗に撮れませんでしたが、雰囲気が伝わったら嬉しいです。
もっとも晴れていてもピントが外れ同じようなものかな?ただの言い訳?…(笑)

君が代を入学式で歌われたのは貴重ですね、最近あまり歌わないでしょ?
印刷して残す値打ちはありませんが…どうぞお持ち帰りしておくれやす。
Posted by:ルル  at 2007年05月03日(木) 03:01

チバックさま
いつもありがとうございます
大阪に興味が湧かれたとの事、嬉しく拝読いたしました〜。

訪問したいお寺がありましたら、声を掛けられると良いと思います。
特別な事がなければ、気軽に入れてくれますし、住職さんも、用事がなければお話をして下さいますよ。歴史などを聞いても大阪弁で気さくに話して下さいます。
『六時堂』の前は仰るように、『亀の池』です。
池の中の石の上に亀が一杯いましたでしょ。自生して砂地にふ化しています。
そこの橋の中央が1段高くなっていましたよね、それが石舞台です。
伶人は“れいにん”でOKです〜
『君が代』は賛否色々ありますが、伶人の曲だと思えば感じが変わりますね。
>結局、今日は余談ばかりで終わってしまいました。
余談は広がりが出て楽しいですね、大歓迎です〜
Posted by:ルル  at 2007年05月03日(木) 01:38

Yako.さま(追伸)
「極楽の庭」は書き間違いです、正しくは「極楽浄土の庭」です。
Posted by:ルル  at 2007年05月03日(木) 01:22

Yako.さま
お忙しいのにありがとうございます
>私にとって天王寺は昔からなじみ深いところですが、
>何も知りませんでした。君が代についても驚きです。
今日もご一緒に天王寺美術館に行き、嬉しかったです〜。
でもあのレストラン、素敵なのに説明不足ですよねぇ(まだ根に持っている?!・笑〜)

一般の人がはいれないお庭って何処なのでしょう?
奥のほうに「極楽の庭」と言うのがありますが…。
そこもお茶会や色々な行事をします。蓮の池もあり立派ですよ。
>何でもお話に乗っておくものですね・・・
ほんと〜、何がキッカケで世界が広がるか分りませんものねぇ。
Posted by:ルル  at 2007年05月03日(木) 00:33

ハスキーさま
いつもありがとうございます
>たくさんの書籍を紐解かれたことでしょう。
はい、古文も含め7冊程読みましたが、これも楽しいですので苦になりません。
まだまだ未熟ですが、これからも宜しくお願い申し上げます〜
Posted by:ルル  at 2007年05月02日(水) 23:59

トリカブトの仲間に「伶人草」というのが有りますが、名前の由来は
この花の形が、楽人たちのかぶる冠に似ているからだそうです。
ちなみに冠の名前を鳥兜と言ったと言いますから、トリカブトの名前の
由来でも有りますね。

浪速名所図屏風の実物を見たいですね。地方の史跡に行った時、たまに
屏風図や絵巻を見ますが、その絵の精緻さに驚かされます。
それにしてもルルさんよく調べましたね。私は草書体の資料が読めません
凄いですね
Posted by:mino  at 2007年05月02日(水) 23:57

chuuchichiさま
いつもありがとうございます
天王寺から紀勢線に乗られたのですか、
天王寺地域の西も、東も、坂のように土地が下っていますよね、
ここが太古から栄えた上町台地で、北は大阪城まで、全て歴史の宝庫です。
こちらこそ、有難うございました〜。
Posted by:ルル  at 2007年05月02日(水) 23:46

あきさま
いつもありがとうございます
昔の固有名詞はまともな読み方をしない時や、想像と違う事も多いですからね。
分るだろうと思ってもルビを付ける・・・歴史博物館の文芸員から教わりました。

聖徳太子は大阪人にとっては、尊敬もし、身近な親しみもあるヒーローです。
そう言えば…大阪人のお節介や笑い癖も、「和の精神」の1種ですね。
日本の誇る伝統を引き継いでくれる若い人々がいる事は嬉しいです。
私達も、もっと真剣に考え、大切な物を伝えていきたいですね。
Posted by:ルル  at 2007年05月02日(水) 23:17

きっちょむさま
いつもありがとうございます
>聖徳太子はいつ日本に来たのか?正体は誰なのか?など謎に包まれていると
>思っていますが、こんなに盛大に法要が今も営まれているとは
>思ってもみませんでした。
色々な議論があると思いますが…太子は古代大阪人のヒーローですので、
大阪では、用明天皇と穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)の子と信じ、
敬っています。母は異なりますが、2人はともに欽明天皇の子ですので、近親結婚になります。用明天皇の母は蘇我稲目(いなめ)の堅塩媛(きたしひめ)ですので、太子には蘇我氏の血が濃く流れていました。

ご子息さま、素晴らしいですね!
そういう若い方がおられるから、伝統も歴史も引き継がれていくのだと思います。
ここ雅亮会でも、音大の学生や先輩達が舞楽を継承しようと頑張っていますよ。
最も古い音楽は、仰せのように、打つ事、叩く事だと思いますね。
仏教伝来以前の音楽は、神社よりも関係の学芸員に聞いたほうが早いかも知れませんね…宮司さんは神社の歴史に詳しくても、案外そういう事をご存知ないようです。
Posted by:ルル  at 2007年05月02日(水) 22:48

ルルさん今晩は、
四天王寺は知ってはいましたが、歴史はあまり詳しくないので
大変びっくりしました。なかなか勉強をなされていて、
ビックリ仰天為五郎になっています。
いつもトンチンカンの書き込みで申し訳ないです。
Posted by:ソニア  at 2007年05月02日(水) 22:41

花ちゃんさま
いつもありがとうございます
ブログに書きましたように、聖霊会の他にも舞楽行事がありますので、
是非1度見にいらして下さい。来られて損はさせまへん〜(笑)
高津さんの雅楽はお年寄りの演奏でしたか?
四天王寺の雅亮会は若い人も学生も子供も女性もいます、
100人位の後継者が育っていますので安心ですよ。
私も学びたいくらいです〜
Posted by:ルル  at 2007年05月02日(水) 22:09

Takezoさま
いつもありがとうございます
大阪のご勤務時代にお会いしていましたら、
市内引き回し?!して、一杯ご案内させて頂けましたのにねぇ〜。
これからでも遅くはありませんわ、
おやびんに機会がありましたら、いつでもお申し付け下さいませ〜
Posted by:ルル  at 2007年05月02日(水) 21:51

heroさま
いつもありがとうございます
印刷ですか? どうぞどうぞ〜光栄です〜
Posted by:ルル  at 2007年05月02日(水) 21:24

やうちさま
いつもありがとうございます
講義とは大袈裟な〜、一杯やりながらどうぞ〜 (笑)
でも拙いブログに興味を持ってくださり、感謝いたします。
宮内庁の他に舞楽を継承しているのは、全国でこの雅亮会のみです。
見ると若い人も多く、次世代に期待を持って託せそうでしたよ。
Posted by:ルル  at 2007年05月02日(水) 21:11

とっちゃんぼうやさま
いつもありがとうございます
仰せの通り、太子14歳の時です(当時は厩戸皇子でまだ髪を揚げ巻にしていた〜 
カワイイ〜)。 蘇我軍の本陣の中、ヌルデの木に四天王像を彫り誓いをたて、勝利後誓い通りに四天王寺を建立しました。
物部氏の渋川は、大阪の河内地方、今も大阪府八尾市渋川という住所です。
大阪の歴史は奈良・京都より古く、建物・他も興味深い物が多いのですが、
大阪市は観光の宣伝が下手で、あまり知れ渡っていません。
(だから私が頑張ってPRしている?・笑)

コメント削除の方法は、まずマイポータルに帰って→自分のコメントした欄を出し、削除分にチェックを入れる→前のコメントが消えた事を確認して新コメントを書く
・・・ですが、その場で出来ず、前よりも面倒になっていますね〜
Posted by:ルル  at 2007年05月02日(水) 20:42

ちくちくさま
いつもありがとうございます
こちらこそ〜、ご理解頂き感謝です。
お察しの通り、ブログアップまでにはかなり時間が掛かります。
要領が悪く…まだまだ修行が足りませんね…
Posted by:ルル  at 2007年05月02日(水) 19:54

遅かったですね。昨日は遅く帰宅であまりブログは見ませんでした。
ルルさまですね、これだけよーく書かれて、教科書よりも詳しいのでは
ないでしょうか?また、昔と同じ事をずーっと伝承していくのも
大変ですね。私は高校の先生がこういう事に詳しく日本での
一人者でした。生徒の私はそれについて行っていませんね。
でも、こういうのは好きです。
楽しみにしております。
Posted by:ぶるーむーん  at 2007年05月02日(水) 19:47

von Jagfeldさま
又も疾風のように現れて (笑)、
お励ましのお言葉を下さいまして、いつもありがとうございます。
>関西出身でも四天王寺のこのこと何も知りませんでした。ほんまおおきに!
こちらこそおおきに、1度足でご案内させてもらわなあきませんね。
>こんなすごい人と結婚できていたらよかったとは思いますが!?
バーチャルでも嘘でも嬉しいです〜。うふっ、「お受けします」なんちゃって〜
vonさまは10時にお休みで8時にご起床ですか? 生活が逆みたい? 
低血圧の私は、夜中に強く朝に弱いです。やはり添い遂げられませんね〜(笑)
次回も宜しくお願い申し上げます。
Posted by:ルル  at 2007年05月02日(水) 02:55

子鹿さま
いつもありがとうございます
ご親戚に檀家さんが多く、女の子は代々四天王寺学園ですか。
お馴染みなのですね。
>夜になっても門を閉めない  誰をも拒むことなき姿勢に、
>万民を受け入れる四天王寺さんを尊敬してやみません。
仰せの通りです、和の精神ですね。ホームレスの人が寝ていてもOKでしたもの。
Posted by:ルル  at 2007年05月02日(水) 01:30

四天王寺に一度行った事があります。こんな法要があったのですね。前に行った時もなんだったかな?何かお祭りのような・・・・高校生が中心になって、よく覚えてないです。すみません。

ホント大阪って知らない事ばかりです。梅田周辺・難波チョコチョコって

“大阪をもっと知ろう!!”企画必要ですね。赤字解消のいっかんで、にしても膨大すぎて〜〜〜????
Posted by:miss-sumichann  at 2007年05月02日(水) 01:22

ともちんさま
いつもありがとうございます
ご理解下さいまして、嬉しいです〜☆
仰せのように、昔からの伝統って素晴らしいですよね〜
Posted by:ルル  at 2007年05月02日(水) 01:21

すばらしいですね。
こういう行事がずっと続けられているということに 聖徳太子の後世の人に与えた影響の大きさを思います。
雨ということですが、とても綺麗にはっきり見えています。
貴重な行事のお写真をありがとうございます。
Posted by:  at 2007年05月02日(水) 01:19

私は伊勢の生まれですが、子供の頃見た伊勢神宮の舞楽と同じです。四天王寺さんは古いだけあって、神仏混合の日本の創世記から存在していた証拠ですね。お寺なのに西門には鳥居があるのも納得です。境内を歩くとミステリーでいっぱいです。亀井堂の巨カメの口から出ている湧き水も不思議です。
東側にある「番匠堂」はどういうわけか四天王寺のホームページにも出ていませんが、聖徳太子が曲尺を持って立っている像があります。旗に書かれている「南無阿弥陀仏」の文字デザインは素晴らしいです。大工の始祖でもあり、イタリアで言えば、レオナルドダビンチのような人物だったのかもしれません。
Posted by:pico  at 2007年05月02日(水) 01:05

熊五郎さま
いつもありがとうございます
こちらこそ〜!
稚拙なブログをご理解下さり、おおきに〜です。
Posted by:ルル  at 2007年05月02日(水) 00:54

J君パパさま
いつもありがとうございます
仰せの通り、世界に自慢してもいいと思いますね。
>今の若い人たちにもしっかり理解されるといいのだけど・・・。
雅亮会には若い人も子供も多く みな真剣に学んでいますので、
嬉しく思っていますが…もっと広く一般の若者にも知って欲しいですね。
Posted by:ルル  at 2007年05月02日(水) 00:50

ミルフィーユさま
いつもありがとうございます
>なにわ便りを元にあちこち歩いてみようと思います。
まぁ、嬉しいです〜!!
四天王寺さんも伶人町も傍にある、私の住んでいます寺町周辺は、
今も『浪速名所図屏風』と同じ風景の所が多いですよ。
分らなければ、いつでもご案内させて頂きます〜
Posted by:ルル  at 2007年05月02日(水) 00:42

マリーさま
いつもありがとうございます
>大阪では 毎年 このような立派な法要が見られるのですね。
はい、毎年何度かあります。他所にも大小色々な行事があり、
それらを入れると、毎日何処かで何かをやっている街です。
大阪は昔からの地元の人が多いですので、土着意識があるのでしょうね。
おじいちゃんやおばあちゃんも子供や孫を気軽に連れて行きますので、
みな自然に入っていくのだと思います。最近はそんな子供も少ないですが…。
Posted by:ルル  at 2007年05月02日(水) 00:25

遊歩さま
いつもありがとうございます
四天王寺のご記憶、その通りです。又、回廊の他にもお堂が点在しています。
お江戸にもこのような行事があるかも知れませんね。
大阪でも、ミナミの歓楽街の中にお寺やお墓があります。
食と色と欲望とお寺の隣接…これって、人の煩悩そのものではないでしょうか?
綺麗で静寂なお寺も良いですが、そんな人間らしいお寺も好きです。
Posted by:ルル  at 2007年05月02日(水) 00:04

なにわ夢便りのルル様

午前4時のUPで既に早朝から、40人の博識あるかたからのコメント流石ですね。
 企画、構成、レイアウト・内容とカット、何から何まで、ブログのプロ。
今回もいろいろ学ばせていただきありがとうございます。
 私の知らない方のコメントが沢山あります。教養の高い方ばかり。(子鹿様はお友達)
お寺さんの舞楽と、神様のお神楽とはまた違うのですね。
 しょう、ひちりきなど写真でよくわかります。こんなに近くで写すのは大変ですよ。雰囲気充分伝わります。
なにわ名所屏風」のカットも貴重なものですね。
 皆さんと同じで君が代のルーツも初めて知りました。余談ですが過日の入学式で久ぶりに歌いましたので。
 どなたさまかがプリントされたとコメントされていましたが私もおくればですが{なにわ歴史物語として印刷して残します。
Posted by:ちゃん  at 2007年05月01日(火) 23:50

ケンタッキー便りさま
いつもありがとうございます
さすがのご指摘です〜。
1番上の写真の説明にありますように、左右に別れ、
左方は中国、中央アジア、インド等から伝わった唐楽で赤系統の装束、
右方は朝鮮、満州から伝わった高麗楽で緑系統の装束になりますから、
舞踊衣装にもアジア各国と同じ雰囲気のものがあって当然ですね。
又、面は欄陵王面というインドの竜王の舞と共通です。
古代日本は唐や天竺、百済から仏教・文字他を学んだのですものね。
Posted by:ルル  at 2007年05月01日(火) 23:44

デコポンさま
いつもありがとうございます
大阪の田舎と仰っていますから市内ではないのですね?
私は四天王寺さんも徒歩圏内です、是非いらして下さい。
お母様と行かれたのですか、
昔と全く変わりませんから、懐かしい思い出が甦ると思います。
ご存知だと思いますが、お彼岸は駅から満員ですので避けたほうがいいですよ。
Posted by:ルル  at 2007年05月01日(火) 23:16

ルル様、こんばんは。
先日、大阪の町をてくてく歩いた所為でしょうか、“おおさか”に興味が湧き、
ルルさんの“なにわ”情報ブログを非常に楽しみにしています。

「大阪の寺院は民衆と共にあり、殆どが拝観料を取りません」というコメントを見て
思いだしました。
実は中寺を通り抜けた時に、いくつか魅力的な寺院があり、訪問してみたい誘惑に駆られましたが入り難かった。
神社や教会のように気軽にという訳にはいきませんでした。
四天王寺クラスであれば、全然、気にならないのですが。
以上は余談です。

写真を見ると『六時堂』の前に橋が掛っていますね。
「こんな所に川があったかしらん?」と思うたら、池だったんですね。
しかも『亀の池』いう立派な名が付いている。
まだ、余談です。

伶人(読みは“れいにん”でOKですね)という言葉を初めて知りました。
しかも『君が代』の作曲者だったとは。
今まで好きになれなかった『君が代』が、今後は違って聴こえるかも?
結局、今日は余談ばかりで終わってしまいました。
Posted by:チバック  at 2007年05月01日(火) 23:11

rinちゃんさま
いつもありがとうございます
初耳の事ながら、よくご理解下さり嬉しいです。
素晴らしい伝統を知らないと勿体無いですもの、是非ご体験下さい〜。
>こんな優雅なイベントを見る事ができて、大阪の方は幸せネ〜。
伶人達が東京に移転しましたので、東京でもあるかも知れませんね?
Posted by:ルル  at 2007年05月01日(火) 22:47

ちびまるさま
いつもありがとうございます
稚拙なブログで行事をご理解下さり、こちらこそ感謝します。
舞楽はお勧めです、是非ご覧下さいね〜
Posted by:ルル  at 2007年05月01日(火) 22:39

人間大好きさま
いつもありがとうございます
ご指摘通り!私は低血圧の夜行性?で午前中は夢の中にいます〜(笑)

「舞楽法要・聖霊会」言葉だけはご存知でしたか、
人間大好きさまでしたら、ご覧になると多くの物を感じられると思います。
素晴らしいですので、機会があれば是非ご体験下さいね。
国歌はかの戦争以来問題にされますね、考えが色々あり難しいです…。
>夫の治療を終え、一休みの時間ゆっくり読ませていただきました。
お忙しい中ですのに、コメントも下さいましてありがとうございました。
Posted by:ルル  at 2007年05月01日(火) 22:34

湘南ジョガーさま
いつもありがとうございます
大阪人は昔からお上に頼らない性格のようです。
江戸時代の大坂では、商・工・農・士・の身分順で、
偉そうにして中身のない武士達を馬鹿にしていたようです。
他の舞楽法要も行く予定ですので、晴れる事を祈っています〜
Posted by:ルル  at 2007年05月01日(火) 21:59

菊さま
いつもありがとうございます
「君が代」問題、色々な意見がありますが…素直になればいいですのにね。
江戸っ子は 五月の鯉の 吹き流し ですか…
>大阪の方々が商売だけでなく歴史も大事にしている事に驚きました。
東京との違いは、昔から地元民がそのまま住んでいるからではないでしょうか?
舞楽、機会がありましたら是非ご覧頂きたいです〜
Posted by:ルル  at 2007年05月01日(火) 21:48

ieiesanさま
いつもありがとうございます
仰せの通り、雅楽は本当に素晴らしいですね。
この橋は幅が広く、その中央が一段高い石舞台になっています。
>これだけの舞台、行事で無料はうれしいですね。
重文級の道具・衣装だけでも値打なのに3時間超の舞楽も〜、嬉しいです
Posted by:ルル  at 2007年05月01日(火) 21:38

MUSOUさま
いつもありがとうございます
写真の他に、色々な美しい衣装で演じられたのですが・・・
家に帰って写真を見ると、どれも雨が写っていて良くなかったです、残念!
次回は、もっと写真を多く掲載したいと思っています。
稚拙な物をご理解下さり、こちらこそ、ありがとうございました。
Posted by:ルル  at 2007年05月01日(火) 21:17

私にとって天王寺は昔からなじみ深いところですが、
何も知りませんでした。君が代についても驚きです。

つい数年前まで、上本町9丁目の所にある夕陽丘ギャラリーで
毎年グループ展を開いていました。イコチャンも一緒でした。
そこの奥さんが天王寺さんの奥さんとお友達で、奥に一般の人が
はいれないお庭があり案内してあげる、と聞きながらそのままに
なっていました。そこは天王寺さんの色々な行事に使われると
聞いていました。何でもお話に乗っておくものですね・・・
Posted by:Yako.  at 2007年05月01日(火) 20:51


いつも驚嘆しながら読んでいます。
たくさんの書籍を紐解かれたことでしょう。
これからも楽しみにブログを拝見させていただきます。
Posted by:ハスキー  at 2007年05月01日(火) 20:13

昔和歌山へ行く時に天王寺から紀勢線に乗っていきましたが、天王寺にはこの様な歴史があり又それを守ってきた人たちがいたのですね。またまた勉強になりました。有難うございます。
Posted by:chuuchichi  at 2007年05月01日(火) 20:00

難しい漢字にふりがなをつけてくれて、助かります。
昔は難しい漢字が多いですが、漢字自体に深い響きがありますね。

聖徳太子は、偉い人だと聞いていましたが、
「和の精神」は、今も大阪で生き続けているんですね。
ルルさんの、ブログを読んで、自分たちの日本を、大切に引き継いでいてくれる人が、たくさんいるんだな〜と思い、安心しました。
Posted by:あき  at 2007年05月01日(火) 19:02

[太子の霊を慰める為に行われる、法要と舞楽が一体となった古式床しい大法要です]
聖徳太子はいつ日本に来たのか?正体は誰なのか?など謎に包まれていると思っていますが、こんなに盛大に法要が今も営まれているとは思ってもみませんでした。「楽所(がくそ」という演奏集団とありますが、日本の最も古い音楽は一体どんなものなのかとても興味があります。
倅が音大で打楽器をやっていたのですが、卒業後、この一年、日本の原初の音を演奏したいと、私に言わせれば「何を血迷った事を」となるのですが、いまもプー太郎であちこち音の関係のアルバイトしながら東京で生活しています。
最も古い音楽は打つ事、叩く事によって生ずる音だと思いますが、日本の仏教伝来以前の音楽はやはり神社に求めるしかないのでしょうか。

Posted by:きっちょむ  at 2007年05月01日(火) 17:30

大阪に住みながら、このような催しがあることも知らないばかりが、四天王寺のそばを車で通りながら、この何年も行ってない。

雅楽は知人が高津神社で結婚式を挙げたとき、雅楽を見ました。すごいお歳の人たちが演奏され、後継者がいないんだな〜とおもいました。

いつものことながら、ルルさんの勉強熱心には驚きますね。
Posted by:花ちゃん  at 2007年05月01日(火) 16:33

大阪勤務時代五年もあったのに、
なんにも大阪のこと知らない私です
この様なお話を読むと、失った時間の大きさを思い知らされます

その時、その土地で出来ることを、
しておかなかったと後悔先に立たずですが、
そんな思いで、読ませていただきました
Posted by:Takezo  at 2007年05月01日(火) 16:04

いつもながらの博識。
またまたこのページを印刷してしまいました。
Posted by:hero  at 2007年05月01日(火) 15:03

聖霊会のこと 興味深く学ばせて貰いました。
平安時代に天王寺に楽所があったことや その伶人達が他の楽所の伶人達とともに 現在の宮内庁楽部の基礎を築いたことなどはじめて知りました。
また演奏舞台の様子も写真入りの説明でよくわかりました。
この後も 御地・雅亮会の隆盛をご祈念申し上げます。

今回も“なには”の歴史講座を懇切丁寧に講義頂き有難う御座いました。
Posted by:やうち  at 2007年05月01日(火) 13:52

すいません、なんで名前が「と」になったんか、よう分りませんわ。
この際、お尋ねしますが、削除は可能なんですか?
前は分りやすかったんですが・・・
Posted by:とっちゃんぼうや  at 2007年05月01日(火) 13:26

日本の古代史上で、仏教をめぐる蘇我氏と物部氏との対立は有名ですね。
蘇我氏側の物部討伐軍に加わった若き日の聖徳太子は、戦を前に、「もし物部氏に勝ったらここに四天王を祭る寺を建てよう」と誓い、戦後その誓いを実現したのが、これが天王寺の起源だそうですね。当時、物部氏の根拠地は渋川と
聞いていますが、いまのどのあたりになるのでしょうか?
それにしても「大阪の歴史は秀吉の築城」前後からと錯覚しがちですが、このように1000年以上もの間連綿と続く聖霊会に代表されるイベントを通じて
改めて歴史の古さを実感しますね。

Posted by:と  at 2007年05月01日(火) 13:23

こんにちは

分かりやすい説明で、
ありがとうございます。
まるで何かのパンフレットのよう

これを作るだけでもかなり時間が掛かったと思います。
何も知らない私ですが
こうして少しずつ
教えていただき感謝です。

Posted by:ちくちく  at 2007年05月01日(火) 12:16

ルルさま
またまた素晴らしいご紹介有難うございました。
ルルさんって、本当に古今東西広くカバーしていますね!
それを判りやすくご紹介になる才能も大変なものと感銘を受けています。
関西出身でも四天王寺のこのこと何も知りませんでした。
ほんまおおきに!
こんなすごい人と結婚できていたらよかったとは思いますが!?
でも僕は未だガキですから、夜10時には眠くなり、朝8時近くまで寝てしまうから、とても添い遂げられない!!
次の御智識のおすそ分け期待しています。
Posted by:von Jagfeld  at 2007年05月01日(火) 11:47

四天王寺さんはなじみがあるんですよ。
 親戚に檀家?が多く女の子は四天王寺学園へ代々入学なんです。
  お葬式もそこからで、賑やかな鐘が鳴り響くのですが・・やはり
 舞楽と関係があったのかしら?と考えています。
 また夜になっても門を閉めない
  誰をも拒むことなき姿勢に、万民を受け入れる四天王寺さんを
 尊敬してやみません。
Posted by:子鹿  at 2007年05月01日(火) 11:37

勉強になりますね☆
写真も説明もわかりやすくとてもためになりました。
昔からの伝統って素晴らしいですね(^^)
Posted by:ともちん  at 2007年05月01日(火) 11:14

またまた勉強させて頂きました。
君が代が大阪人の作だとは思いも
よりませんでした。
ありがとうございました。
Posted by:熊五郎  at 2007年05月01日(火) 10:23

雅でいいですねえ。
こういう風雅な雅楽がしっかりと受け継がれている私たちの日本、
世界に自慢するところでしょう。
今の若い人たちにもしっかり理解されるといいのだけど・・・。
Posted by:J君パパ  at 2007年05月01日(火) 10:02

ルル様〜いつも為になるお話有難うございます。浪速名所図屏風の絵と現代と同じですね!!!!ホントだ凄いですね。古地図で歩こうどころかそのままですね・・・大阪の事を知ろうとしなかったんだなぁ・・・って今更ながら反省です。なにわ便りを元にあちこち歩いてみようと思います。
Posted by:ミルフィーユ  at 2007年05月01日(火) 09:52

大阪では 毎年 このような立派な法要が見られるのですね。
やはり住んでいる人たちの、 歴史を誇りに思い それを伝えていこうとする意識が きちんとしているからでしょうね。
子供の頃からこのようなものを自然に見られて 意識を育てていくのですね。やはり 歴史の街ですね。
Posted by:マリー  at 2007年05月01日(火) 09:43

ルルさんへ
雅の世界 と言うのでしょうか。
私の記憶の四天王寺というのは、広い境内で、回廊のようなもので囲まれて・・・

江戸にもこのような行事があるのかなぁ。
先日行ってきた世界一の繁華街「東京・新宿」にも、四天王寺のような立派な寺ではありませんが、真空地帯のようなホッとする空間がありました。もちろん雅楽の演奏はありませんが。
Posted by:遊歩  at 2007年05月01日(火) 09:40

衣装や冠など、ネパールやブータンなどのものとそっくりですし、タイ辺りの雰囲気も感じられますね。日本はその後、サビや禅の興隆で白や黒の色調が主流を占めるようになり、それはそれで素晴らしい美ですが、元々はアジアの他の国と同じ明るい色調を好んでいたことが判りますね。
Posted by:ケンタッキー便り  at 2007年05月01日(火) 09:24

いつも大阪人として、もの知らずでお恥ずかしい
四天王寺さんと聖徳太子くらいしか知りませんでした。
昔、JR天王寺駅から母に連れられておまいりに行きましたが
両親が亡くなってからは足が遠のいています。
なんだか懐かしくて行ってみたくなりました。
Posted by:デコポン  at 2007年05月01日(火) 09:09

おはようございます。
恥ずかしながら・・・ルルさんの夢blogでは、私にとってはいつも初耳の事ばかりです。 雅楽は知っていても、伎楽や舞楽という言葉さえも・・。
国歌の作者も初めて知りました。
こんな優雅なイベントを見る事ができて、大阪の方は幸せネ〜。
Posted by:rinちゃん  at 2007年05月01日(火) 09:02

またまた ルルさんありがとう
私、知らないことが多すぎるね。
古く伝統のある大阪の行事、雨の中の報告、ご苦労さまでした。
Posted by:ちびまる  at 2007年05月01日(火) 08:56

おはようございます。今頃、スヤスヤでしょうか?

いつも貴重なことを教えていただいて、ありがとうございます。
これほどご多忙なかたなのに博識には、いつも驚かされます。

「舞楽法要・聖霊会」言葉だけは知っていましたが、改めて理解できました。大阪の庶民の和の源を知る想いです。

国歌の作者も、初めて知りました。今なかなか馴染めない方も多くなって、問題にされたりしますが私は好きです。日本を感じます。

夫の治療を終え、一休みの時間ゆっくり読ませていただきました。
いつもありがとうございます。
Posted by:人間大好き  at 2007年05月01日(火) 08:18

千数百年にわたる大阪びとの誇る舞楽なのですね。
東京への移住にも拘わらず、復活させ伝えた大阪の意地が
見事ですね。お上に頼らない大阪人の真骨頂です。
住所にも歴史が刻まれているのが分かります。
しかし、生憎の天気で残念でした。
Posted by:湘南ジョガー  at 2007年05月01日(火) 08:05

「君が代」を唄わない学校があるようですが、残念です。
大阪の方々が商売だけでなく歴史も大事にしている事に驚きました。
江戸っ子は鯉のぼりと一緒で中身は空っぽ、軽いですね。でも舞楽は見たいな。
Posted by:  at 2007年05月01日(火) 07:02

雅楽って見に染み入る物がありますね〜
しかも由緒ある行事。橋の上の石舞台って面白いですね。
これだけの舞台、行事で無料はうれしいですね。
Posted by:ieiesan  at 2007年05月01日(火) 06:31

1000年前の行事が現代も、変わらず続いている事写真と絵で見る事が出来ました。大阪は本当にすごいですね。『君が代』の作曲者も教えていただき
いつもながら、ルル様のブログの素晴らしさにこころ打たれております。
有難う御座いました。
Posted by:MUSOU  at 2007年05月01日(火) 06:26

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