聖徳太子のご命日に行なわれる舞楽法要・聖霊会(しょうりょうえ)、
太子の霊を慰める為に行われる、
法要と舞楽が一体となった古式床しい大法要です。
千数百年の伝統があり、重要無形民俗文化財に指定されています。
太子の霊を慰める為に行われる、
法要と舞楽が一体となった古式床しい大法要です。
千数百年の伝統があり、重要無形民俗文化財に指定されています。
降雨量が多くなり雨が複数の白い線で写ってしまいました〜
演奏は舞台の左右に分かれ、左方(唐楽)は、笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、笛、鞨鼓(かっこ)、
鉦鼓(しょうこ)が使われ、右方(高麗楽)は、篳篥、高麗笛、三ノ鼓、太鼓が使われます
593年・四天王寺を建てた聖徳太子は、
当時、仏教と共に伝来した舞である『伎楽(ぎがく)』も
仏教式楽として奨励しました。
それが後に楽所(がくそ)と呼ばれる演奏集団になり、
平安時代は宮廷(京都)、南都(奈良)、天王寺(大阪)の三方楽所に確立され、
宮中で舞楽が演ぜられる時にはこの三楽人達が召されました。
当時、仏教と共に伝来した舞である『伎楽(ぎがく)』も
仏教式楽として奨励しました。
それが後に楽所(がくそ)と呼ばれる演奏集団になり、
平安時代は宮廷(京都)、南都(奈良)、天王寺(大阪)の三方楽所に確立され、
宮中で舞楽が演ぜられる時にはこの三楽人達が召されました。
本来は左の橋の上の石舞台で行われるものですが、あいにくの雨で『六時堂』の中になってしまいました。曼珠沙華の花をかたどった飾りが華やか。濡れるので太鼓もお堂の中に。
昔の『浪速名所図屏風』をご覧下さい。目の位置は違いますが(上写真の左端・橋の正面から見た図)、千年以上経った今も変わらず同じ場所で同じ事をします
昔の『浪速名所図屏風』をご覧下さい。目の位置は違いますが(上写真の左端・橋の正面から見た図)、千年以上経った今も変わらず同じ場所で同じ事をします
三方楽所の中でも天王寺方は技量が高く、
又宮中の他、寺でも活動する庶民派でした。
平安時代には都の貴族の四天王寺詣の楽しみの1つになり、
吉田兼好も『徒然草』で天王寺舞楽の立派さを讃えています。
又宮中の他、寺でも活動する庶民派でした。
平安時代には都の貴族の四天王寺詣の楽しみの1つになり、
吉田兼好も『徒然草』で天王寺舞楽の立派さを讃えています。
『天王寺の伶人の申し侍りしは、当寺の楽は、よく図を調べ合はせて、ものの音のめでたくととのほり侍る事、外よりもすぐれたり。故は、太子の御時の図、今に侍るを博士とす。いはゆる六時堂の前の鐘なり。その声、黄鐘調のもなかなり。秘蔵の事なり・・・(後略)』
この楽人を伶人といい、天王寺の伶人達が住んでいたのが現・大阪市天王寺区伶人町です。
これら三方の伶人達は明治維新による新政府の宮内庁楽部として召され、
ここ伶人町の人達も、
千年以上住み慣れた地を後にして東京に移り住むことになります。
その後廃れかけた天王寺舞楽を、地元の有志達が保存団体
『雅亮会(がりょうかい)』を設立して伝統を守り、聖霊会は続けられています。
四天王寺は、これまで天災や戦火で7回も焼失や倒壊に見舞われましたが、
その度に、お上の手を借りず、市民が寄進などで復興しています。
四天王寺の管長は、『大阪は、寺も聖霊会も庶民に支えられてきた。太子の和の精神がある』と言っておられます。
因みに、明治26年に公布されました『君が代』は、
ここの天王寺伶人・林広守氏の作曲で、彼も後に東京に召されました。
傘の中の撮影で写真が良くないです(言い訳?・笑…次回は晴れますように…)ここ伶人町の人達も、
千年以上住み慣れた地を後にして東京に移り住むことになります。
その後廃れかけた天王寺舞楽を、地元の有志達が保存団体
『雅亮会(がりょうかい)』を設立して伝統を守り、聖霊会は続けられています。
四天王寺は、これまで天災や戦火で7回も焼失や倒壊に見舞われましたが、
その度に、お上の手を借りず、市民が寄進などで復興しています。
四天王寺の管長は、『大阪は、寺も聖霊会も庶民に支えられてきた。太子の和の精神がある』と言っておられます。
因みに、明治26年に公布されました『君が代』は、
ここの天王寺伶人・林広守氏の作曲で、彼も後に東京に召されました。
造詣が深い方の為に、当日の舞楽目録を順に書いておきます。
振鉾(えんぶ)、蘇利古(そりこ)、桃季花(とうりか)、菩薩(ぼさつ)、獅子(しし)、迦陵頻(かりょうびん)、胡蝶(こちょう)、綾切(あやきり)、太平楽(たいへいらく)、納蘇利(なそり)で3時間超、昔は朝から深夜まで25曲の舞楽が延々と奉納されていたそうです。
舞楽は、4月22日(聖徳太子のご命日が旧暦2月22日)『聖霊会』の他、8月4日夜の『篝の舞楽』、10月22日の経供養『椽の下の舞』の3つがあります。太古の行事ですが、初めての方でも何故か懐かしく温かく心身に沁み込んでくる事と存じます、是非一度お越しやす〜
四天王寺さんは入るのも舞楽法要鑑賞も無料です(大阪の寺院は民衆と共にあり、殆どが拝観料を取りません。)
振鉾(えんぶ)、蘇利古(そりこ)、桃季花(とうりか)、菩薩(ぼさつ)、獅子(しし)、迦陵頻(かりょうびん)、胡蝶(こちょう)、綾切(あやきり)、太平楽(たいへいらく)、納蘇利(なそり)で3時間超、昔は朝から深夜まで25曲の舞楽が延々と奉納されていたそうです。
舞楽は、4月22日(聖徳太子のご命日が旧暦2月22日)『聖霊会』の他、8月4日夜の『篝の舞楽』、10月22日の経供養『椽の下の舞』の3つがあります。太古の行事ですが、初めての方でも何故か懐かしく温かく心身に沁み込んでくる事と存じます、是非一度お越しやす〜

四天王寺さんは入るのも舞楽法要鑑賞も無料です(大阪の寺院は民衆と共にあり、殆どが拝観料を取りません。)
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at 04:30
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(笑)
(笑)、





でしょうか?
こんばんは いつもありがとうございます
ネタはある程度纏めてあるのですが、最近バタバタして…アップする時間がありません…、その内に何とか頑張りますので、忘れずに待って下さいね