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なにわ夢便り       【41〜52】

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(47)木津勘助[2007年10月10日(水) ]
え〜、歌舞伎・講談・浪花節・他で有名な浪速の侠客、
木津(本名・中村)勘助の一節でございます〜
〜 ヨォ〜!ベンベン 〜♪(三味線の音) パパン・パン・パン!(扇子を叩く音)
江戸の初め、天下の台所として日本一の賑わいを見せておりました大坂の話
敷津松之宮大国主(しきつまつのみやおおくにぬし)神社に建つ勘助さん
右手に設計図を持ち、木津川の方向に向いている。
関西人なら誰でも知っている放送作家・新野新さんの祖父が建てたが
戦時中に供出され、戦後、父嘉雄さんが再建された。
ええ男はんやから、色んな角度で撮らせて貰いました(*^_^*)

お墓詣りで墓石に風呂敷包みを忘れた淀屋十兵衛。それを届けた木津勘助。
天下の豪商淀屋がお礼を出すというのを、『金持ちは嫌いや』と勘助は拒否。淀屋も大物、勘助の人間性を見抜き、そこから豪邸とあばら家のご縁が始まります。

その内淀屋の娘・お直さんが毎日ため息混じりの恋患い…このお直さん、飛び切りの別嬪さん(美人)で頭も良し、庶民には高値の花のお姫様です…。
♪お医者様でも 草津の湯でも 〜ドッコイショ〜、治らぬ病に淀屋直々に勘助宅へプロポーズに行きます。

『何で大金持ちのお姫さんが俺みたいなもんを好きになるねん?』
『金持ちの家に生まれ金持ちの家に嫁いで一生送るよりも、あんたのよぉなお人の女房になって、無から一緒にやってみたい…娘がこぉ申しますんや。』
『よっしゃ、気に入った、もらいまひょ。』 
てな具合で、現・淀屋橋一帯を占める豪邸から木津(現・大国町)の4畳半一間の勘助家の新婚生活が始まります。
淀屋は百万石の大名を凌ぐ富裕で、諸大名への貸付金も1億両あった
自費で橋を架けたので淀屋橋と呼ばれる
しかし後年、商人の身分で贅沢だと、徳川幕府から家財全てを没収され潰される

元々頭も気立てもええお直さん、家事は何1つ出来なかったのに、貧乏暮らしを身につけていきました。
ある日の事、勘助が冴えない顔で帰ってきます。 『どないしやはったん?』
『うん、世話になってる六兵衛さんがなぁ、米相場ちゅうもんに手を出して、二百両の金がなかったら店たたんで夜逃げをせんならんやて。気の毒な…、金があったら助けたれるけど、金がないゆぅんは辛いもんやなぁ。』
『たったの二百両でございますか?』
『お前はアホか?!二百両言ぅたら、奉公人の百年もの給金やぞ!』
『うちがお嫁に参りました時、お父はんが「当座の小遣にせぇ」て、くれはりました』
『凄いもんやなぁ、金持ちは!当座の小遣に二百両も?!』
『いぃえ、三千両……。天王寺屋五兵衛さんに預けておます。』


江戸時代は貨幣価値がコロコロ変わりましたが、今の感覚で言うと一両が約十万円。
お直さんは3億円の持参金を持って来たのでございました。


さっそく三千両取り寄せ、二百両は六兵衛さんにあげ、あとの二千八百両は自分の家に。「こんなもん持ってても意味ないやろ、俺が使こぉてええか?」
当時は格差社会で豪商は大名達と派手な遊びに興じ、庶民は行き倒れが絶えぬ世でした。川を流れて来る土左衛門、又、徳川と豊臣の戦が終わったばかりで、大水が出るとこれらの遺体も木津川へ流れ込んで来る、が、これを拾い上げる者がいません。
勘助は小船を一艘もらい受け、ドザエモンたちを引き上げます。それを葬ってやる為にお寺を建立しお墓を立て、あちこちの土地をせっせと開墾いたしました。

しかし…、今度は大坂を大飢饉が襲います。
飢える民衆を助けたくとも、もうお直さんの持参金はありません。
『お直、かんにんやで。さいなら〜!』
意を決した勘助はお直と別れ、中之島の米蔵(筑前黒田五十余万石の蔵屋敷)を破り、民衆に米を配りました。
翌日、勘助は自首しますが、「勘助はんはわいらの恩人や」と、民衆が奉行所に駆け込みます。 結果、勘助の罰は島流しと決定。流される島は彼が開墾した「勘助島」。今の地図で言えば隣の区、歩いて行ける場所という、粋なお裁きでございました〜チャンチャン!
♪ 芸の 為ならぁ〜 女房も泣かすぅ〜 …おっと、違った…、
♪ 人の 為ならぁ〜 女房も泣かすぅ〜 それがどうした 文句があるか♪ 
男・木津勘助の滅私奉公!  これぞナニワの心意気や〜!

…と派手に言うたものの…お直さんの持参金といい…何処かで似たような話が?
…人の為に尽くして身上を潰しても…我が家から平成の勘助は生まれなかった…

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コメント


★ちゃんさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
夢ブログは注意していないと見落としますよね、STAGEのシステムが悪い?
でも、いつ来て下さっても大歓迎です〜
いつも温かいお気持ち、おおきに〜です。
お陰様で〜〜今日、明日くらいにはブログアップさせて頂こうと思っています。
Posted by:ルル  at 2007年11月09日(金) 23:25

ルルさん
矢張り夢便りは見落としてしまいます
今頃、のこのこと拝読しています。最後のこいはん・女房も泣かす、なにわ・大阪弁の代表でんな。
 よ〜く調べはるわ・・さすがでんな。
この調子でいておくなはれ。ファンはドーンといますよって。
 失言のとき、お気に触りました時は堪忍しておくやす。
Posted by:ちゃん  at 2007年11月08日(木) 22:25

★mikoさま
今晩は〜お久し振りです〜 
何度も読んで下さり、ありがとうございます
都はるみさんの唄〜「おおきに〜」、これは新舞踊でも出来ますね?
これからも よろしゅう おたの申します。
Posted by:ルル  at 2007年10月31日(水) 23:23

ルルさん〜今晩は〜
 大阪淀屋橋〜「よーく解りました」
何度も読みました〜
最後の都はるみさんの唄〜「文句はおまへん」

またのお出まし楽しみにしております
Posted by:miko  at 2007年10月31日(水) 21:47

★miss-sumichannさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
ヘルペスはその後如何でしょうか? 心配しております。

なにわは遠いですか?
こういう豪快さや義理人情の実話、大阪にはとても多いのですが、全国的にはあまり知られていないようですね。 ある意味自分を捨てる無鉄砲な土地柄です。
コミュに書かせて頂きました私の恥、どこか同じようでしょ?(笑)

この類のお話はこれからも書かせて頂く予定です。
稚拙なブログですが、今後共宜しくお願い申し上げます
Posted by:ルル  at 2007年10月15日(月) 02:59

★緑風士さま
こんばんは〜  再度のご足労ありがとうございます
まぁ〜、1年前とは惜しいですね…。
もしご来阪のチャンスがありましたら仰って下さいませね。
名所・旧跡の地図などをお知らせさせて頂きますよ、何でしたらガイドも〜(笑)
Posted by:ルル  at 2007年10月15日(月) 02:18

やっぱり浪花は遠いです。初めお芝居の話かと読んでいましたが、実話なんですね。淀屋橋は知ってても、淀屋は知らず、木津川は知ってても木津勘助知らずです。

このような豪快な話が元に大阪の義理人情のお芝居が生まれてくるのでしょうね。

皆さん、ルルさんのコメントを読みあらためて、又読ませてもらいました。こうゆう話又聞かせてください。
Posted by:miss-sumichann  at 2007年10月14日(日) 22:32

そうでしたか、淀屋橋で降りるといつも住友銀行の前を通るんです。1年前にリタイアしましたのでチャンスはあまりないでしょうが、今度通る時には
忘れず立寄るようインプットしておきます。
Posted by:緑風士(りょくふうし)  at 2007年10月14日(日) 10:57

★緑風士さま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
そうですか、淀屋橋に何度も来られていたのですね。
淀屋橋から肥後橋のほうも、あの一帯はすべて淀屋の屋敷でした。
こんど来られる機会がありましたら、是非ご覧下さい。
2枚目の写真の史跡は、淀屋橋の住友銀行の北側、土佐堀沿い南にあります。
あの辺りは、他にも史跡が沢山ありますよ。
Posted by:ルル  at 2007年10月14日(日) 00:47

私が40数年間勤めた会社の本社は淀屋橋にあるんですよ。新大阪からなら地下鉄の淀屋橋駅で降り、大阪からなら肥後橋で降りるんです。何度行ったか数え切れませんが、そんな史跡があったとはついぞ気が付かず残念なことをしました。
Posted by:緑風士(りょくふうし)  at 2007年10月14日(日) 00:32

★道祖神さま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
勘助さんは、大阪以外ではあまり有名ではないようですね。
江戸時代からの大坂は反骨精神が強く、こういう面白い人が沢山居ました。
おっしゃるように、何処にも1人か2人はおいででしたね。
本当〜!今の政治家の方にも見習って頂きたいです。
Posted by:ルル  at 2007年10月13日(土) 22:00

★チバックさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
昨夜はご足労をお掛けしましてすみません、いつも気遣って頂き感謝です。

>いつも通り、ネットを検索したところ、笑福亭鶴光の上方落語を発見。
私も参考までに幾つか見ました。でもアップするまでは見ないほうがいいですね。
自分で纏めた原稿と同じような物があると気になって…不本意ながら無理やり違う文に変えたり…又反対にそちらの文につられそうになったり…軌道修正に却って時間が掛かります。

勘助さんのお墓、仰せの通り、地図にある唯専寺で、一帯は勘助町と呼ばれていました。現在は表記が変わっていますが、木津という地名はまだありますね。
“蟻が10匹”、  こちらこそ、蟻が10匹、お猿が5匹です〜
関係会社が元町3丁目にあるのですか、
社員が地元の方なら良いですが…少し離れているとご存知無い方もいます。
どんな反応が返ってくるか…私は楽しみでもあり、心配でもあります(笑)

ア〜!今、アラビアのロレンスの部分を読み、鳥肌が立ちました〜!
私に取りましては、今でもbPで胸が痛くなるような映画であり、史実です。
ずっーと待っていた少年と抱き合う時に勢い余ってすれ違う場面、ガシムを助けた後、アリにそう言い、その場に倒れこむように眠る場面。それを見たアリが英兵の制服を焼き、次の日からアラブの衣装を着せて貰い、『サラーム』と言い合い、1人でウキウキして剣を鏡にはしゃいでいる場面…。
…書き出すとキリが無いですからもう止めます…(笑)
あ、エヴァンゲリオンが飛んじゃいましたね、ごめんなさい
Posted by:ルル  at 2007年10月13日(土) 20:56

ルル 様

 大坂にはたいした人物がいたのですね
この人は初めて知りました。
昔は、各地域には、必ず一人や二人は、このような
義侠心あふれた方がおいでのようです。
今の政治家の方にも見習って欲しいです。
Posted by:道祖神  at 2007年10月13日(土) 20:35

★のりさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
いえいえ、遅くはないですよ。
それにブログですから早い遅いは関係ありませんわ、いつでも大歓迎です

勘助さんは、大阪市以外ではあまり有名ではないかと思います。
ホント!今の政治家に聞かせたいですね!
そうそう、今、地球ジオグラTVを見ています、恐い話ばかりで考えさせられます。
Posted by:ルル  at 2007年10月13日(土) 19:42

★hamccoさま
ご丁寧にありがとうございます。
了解です〜、分っていましたから、大丈夫ですよ〜
Posted by:ルル  at 2007年10月13日(土) 19:34

★hamccoさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
まぁ、2回もお越し下さって、真面目に読んで下さったとは、嬉しいです
勘助さんの気風の良さ、会ったらきっと好きになっちゃうかも?

>恋煩い〜〜いい響きです。(笑)
うふっ、hamccoさまはモテルから、これからも色々起こるでしょうね〜
Posted by:ルル  at 2007年10月13日(土) 19:31

★黒めだかさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
2度もご足労下さったのですね、恐れ入ります。

>この話、じっくり読んでみると、お直さんとルルさまがダブって見えてきた。
書かれましたように、他の方にも言って頂き、勿体無い話ですが…
やる事がとても似ているように思い、自分でも他人とは思えない所があります(笑)

大阪弁、大体OKですよ〜
厳密に申しますと…『ほんまに、そういうこっちゃ』は、「ほんに、そういうこっちゃ」、か、「ほんまに、そういうことや」、のどちらかのほうが自然です〜
Posted by:ルル  at 2007年10月13日(土) 19:19

ルルさんのブログの冒頭に
>え〜、歌舞伎・講談・浪花節・他で有名な浪速の侠客、・・・。
こんな面白い話をまったく知りませんでした。
いつも通り、ネットを検索したところ、笑福亭鶴光の上方落語を発見。
結局、木津の勘助さんの題材で2回も楽しませて頂くことになりました。
勘助さんのお墓は敷津西2丁目の唯専寺にあり、この辺も勘助さんが開墾した地域で
十数年前までは勘助町と呼ばれていたとか。
ルルさんをはじめ、STAGEの皆様のお陰で私も随分、大阪に詳しくなりました。
“蟻が10匹”です。
勤務先の関係会社が元町3丁目にありますので、
今度、訪問した時に、勘助さんの話をしてみますよ。
どんな反応が返ってくるか楽しみです。

ところで勘助さんのお話の結末はまさに奇跡だと思いました。
今、TSUTAYAでエヴァンゲリオンの名セリフ人気投票をやっていましてね、
作戦部長であり、主人公碇シンジの世話役でもある葛城ミサトの名セリフ。
「奇跡ってのは、起こしてからこそ初めて価値がでるものよ」
また、映画『アラビアのロレンス』では、ロレンスが砂漠でガシムを助けた後、
出迎えたオマー・シャリフ演ずるアリ酋長に言います。
「運命は自ら作るものだ」。
勘助さんの奇跡も自ら作りだした奇跡。
心に残る奇跡です。
Posted by:チバック  at 2007年10月13日(土) 19:03

★タンゴさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
(お返事遅くなりごめんなさい、理由はブログをご参照下さいませ

浪花節は江戸末期に大阪で説経節・祭文から出たものだそうです。
東京に行って浪曲になりました、同じ物です。
私も詳しくはありませんが、歴史上の人物伝が多いですね。
活き々とした語り口で、『浪曲師、見てきたような嘘を言い』と言われる所以です。

おっしゃるように、今の格差はこの頃に比べると大した事ありませんね。
世界に目を向ければもっとひどい格差社会もありますもの。今の日本は、殆どが義務教育を受けられ、何とか食べられるだけ、まだマシかも知れませんね。

>それにしても、淀屋の全財産を没収してしまうなんて幕府も暴挙ですね。
>そんな権力の暴挙を誰も止められなかった時代なのか!
>それを思うと、今の政治の方が随分ましになったのかもしれません。
>素直でないコメントにて、ご容赦ください。
いえいえ、私もそう思います。下のお返事にも書きましたが…
当時は、「大名で淀屋に借金をしていない者はいない」と言われるほどで、
淀屋の各大名への貸付額は、現在の換算で何十兆円にもなると言われています。大名の家計事情が一商人に握られてしまい、大名側は屈辱この上ないもので、幕府としての面子を守るために淀屋を潰したのが真相です。勿論借金は全て放棄です。贅沢とは言え、自分の才覚で稼いだお金なのに、理不尽な事ですね。
士農工商の、ここに裏のカラクリがある訳です。
Posted by:ルル  at 2007年10月13日(土) 19:02

★山野泉歩さま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
(お返事遅くなりごめんなさい、理由はブログをご参照下さいませ

中学生の時に鉱石ラジオを作られたとは凄いです〜!
その頃に浪花節を聞かれていたとは、これまた凄いですね。
さすが〜、その頃から人情深い山野泉歩さまの片鱗が現れていたのですね
なにわ文化、いいですね。人物の宝庫ですから、今後も色々綴らせて頂きます。

マスメディアの情報伝達力とブログの相互通行、この2つのお蔭で、
遠地にいる私達も、旧知のお友達のように語れるのですもの、
その意味では素晴らしい発展ですね〜
Posted by:ルル  at 2007年10月13日(土) 18:35

★Takezoさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
遅くなった理由はもう見て頂いているようで…すみませんでした

講談を聴いているように感じて下さいました? 嬉しいです〜。
今度お会いした時は、一節うならせてもらいまっせ〜(笑)
小さな字、なるべく少なくします、お互いにそうですわね〜。
ご助言ありがとうございました
Posted by:ルル  at 2007年10月13日(土) 18:21

★ソニアさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
(お返事遅くなりごめんなさい、理由はブログをご参照下さいませ

何をおっしゃるうさぎさん〜、じゃなかった! ソニアさま。
ダンスと言い、お仕事と言い、周りに女性が一杯いらっしゃるではありませんか、
陰で、ソニアさまに恋煩いしている方がいるのでは?(^_-)-☆
Posted by:ルル  at 2007年10月13日(土) 18:15

★グランパさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
(お返事遅くなりごめんなさい、理由はブログをご参照下さいませ

木津勘助さん、大阪市内でも知らない人がいますから。
最近はこんなお金の使い方をする人が少なくなって来ましたね。
グランパさまも大儲けして堺の勘助になって下さい、期待しています
ホント、今のお役人に聞かせてあげたいですね。
Posted by:ルル  at 2007年10月13日(土) 18:09

ルルさん、たいへん遅くなりました。
木津勘助のこと、知りませんでした。
すごい人ですが、お直さんもいい人ですね。
今の政治家に聞かせたいです!!
いいお話しを、ありがとうございました。  
Posted by:のり  at 2007年10月13日(土) 08:59

ルル さん
おはようございます。 合う--が 会う--でした。 いつもの事で〜すみません。
Posted by:hamcco  at 2007年10月13日(土) 06:53

ルルさん
こんばんは。こんなによく書いたな〜〜って  朝はほとんど読まずに〜〜
そして今、まじめに読みました。木津勘助--わたしも合ってみたかった
恋煩い〜〜いい響きです。(笑)
Posted by:hamcco  at 2007年10月12日(金) 20:57

さっきのコメント、他の人も感じていたことを
今、みんな読んで分かりました。
↓は、他の方のコメントを
見ないで直感で書き込みましたこと、あえて申しあげ候!
Posted by:黒めだか  at 2007年10月12日(金) 19:33

この話、じっくり読んでみると、お直さんとルルさまがダブって
見えてきた。ほんまに、そういうこっちゃ!どないに感じます?
って変な大坂弁ですんません。

本当にそう思うな。
Posted by:黒めだか  at 2007年10月12日(金) 19:29

浪花節にこんな話しがあるんですか。面白い話ですね。
浪花節という名称からすると、発祥は難波(大阪)なんですね?
正直、浪花節はほとんど見聞きしたことがないので
どんな話しがあるのか、どんな役者(広澤虎造?ぐらい)が
いる(いた)のかも知りませんでした。
それにしても、画像の入れ方、色分けも文章も
なかなか凝ったブログで感心しました。

面白い人情話でもある一方、考えさせれますね。
豪商と庶民の格差!当時のGDPから想像すると
最近言われる格差をはるかに上回る格差ですね。
当時は累進課税制度がなかったのか、個々の所得の
補足が出来ていなかったのか・・・なんて考えさせられます。
勘助がお上に代わって所得の再分配をしたのでしょうね。

それにしても、淀屋の全財産を没収してしまうなんて
幕府も暴挙ですね。そんな権力の暴挙を誰も
止められなかった時代なのか!
それを思うと、今の政治の方が随分ましに
なったのかもしれません。
素直でないコメントにて、ご容赦ください。

タンゴ
Posted by:タンゴ  at 2007年10月12日(金) 11:29

浪花節は良く聞きました。中学生の時に鉱石ラジオキットを玩具やで買い組み立てレシーバー(今で言うイヤホーン)・・・耳にあて深夜に聞きましたネ。
人情話が多かったせいか当時からそういう感性があったのか?好んで聞きました。大阪の商人にまつわる逸話はとても人生の機微を伝えてくれたと思います。大阪文化と言うよりなにわ文化と言うほうが親近感があります。
東北に生まれながらもこうしたことを受け入れられる下地はマスメディアの情報伝達力の威力でしょう。
当時の娯楽と言えば観劇や映画でしたが日常的にはラジオドラマや浪曲に講談や漫談などでしたから。
いまや情報過多ですがこうしたブログサイトでのコミュニケーションは考えられなかったことです。情報の一方通行ではなく相互通行が良いですね。
Posted by:山野泉歩  at 2007年10月12日(金) 10:23

いい話を好い語り口で聴くと?、幸せな気分になりますね

フォントも、見出しは大きく、そして注目されると
中程で、小さくなって、聞き耳を立てさせる・・・
講談を聴いているような素敵な演出ですね

もっとも、中段の写真の後の文字の細かさに、
FireFox(ブラウザー)のCTRLと+キィをたたいて
拡大表示したのは内緒です、 てへっ

これからも、素敵な話、楽しみにしていますね
Posted by:Takezo  at 2007年10月12日(金) 02:28

ルルさん今晩は。

木津勘助さん良い男はんだったのか、
金持ちの別嬪さんにもてたりして、コチコチは
若いときからもてへんかったが、
うらやましい限りですな。
気をとりなおしてわが道を行きますか?
おやすみなさい。。。。。!!
Posted by:ソニア  at 2007年10月11日(木) 22:27

ルルさま、こんばんは〜

この「なにわつづり」、初めて知りました。最初の扇子の始まりは愉快、

こんなお金の使い方は気持ち良いでしょうね。若いころは自分にご褒美と
今となっては大金が入ると、「でっかく」寄付したいね〜これは無いから言えるかも。しかし、お金はこういう使い方であれば価値あると思います。

今は自分のフトコロに、ごまかしにといやなことばかり、
Posted by:グランパ  at 2007年10月11日(木) 21:59

★あきさま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
おっしゃるように、日本人好みの浪花節的な生き方ですね。
こういうお話は、モヤモヤしたものが取れるようにスカッとしますね。

>お話を聞いて、心が、晴れ晴れとしてきました。
何かお悩みがおありだったしょうか?
最近あまりブログを書かれないので少し心配しています…。
Posted by:ルル  at 2007年10月11日(木) 21:10

★きっちょむさま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
>大阪は人物の宝庫ですね。
将軍様や天子様のような偉い人が居ない、それでいていつも活発な町、
そういう所が、権利にこびず自由でおおらかな人種を作ったのでしょうね。

なにわ女は、男が遊ぶ事にも寛容です。男の我儘を通させる事を生き甲斐にし、
影での自分の苦労を笑い飛ばしています。しかしこれが吉と出るか凶と出るかは中々難しい処で…私もそういう性質ですので自戒を込めて申しました(笑)
Posted by:ルル  at 2007年10月11日(木) 21:01

★マイキャンさま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
>矢張り聞かせて貰った感じでした。
嬉しいです〜。
稚拙なブログから想像力を働かせて下さり、感謝いたします\(^o^)/
Posted by:ルル  at 2007年10月11日(木) 20:44

木津勘助さん、いいですね〜日本人好みの行きかたです。

自分の世界は、なんて小さいんだろうと思います。
おかげさまで、
お話を聞いて、心が、晴れ晴れとしてきました。
Posted by:あき  at 2007年10月11日(木) 18:41

大阪は人物の宝庫ですね。
男と女の意気がぴったり合っているのでしょうか。
男を上げるにはそれなりの女が居ないと無理でしょうから。
結局は女が良いのでしょうね。
Posted by:きっちょむ  at 2007年10月11日(木) 07:21

楽しく講談を聞かせて貰い「読ませて貰いでした」矢張り聞かせて貰った感じでした。
Posted by:マイキャン  at 2007年10月11日(木) 07:13

★ホワイトローズさま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
私も、ホワイトローズさまのご近所ではないかと思っていました。
勘助島、ドームの南のほう、三軒家の付近ですね。調べに行きました。
( 話はそれますが、三軒家東4丁目の幼稚園でも、時々朗読をしています。)
姫島という名は今も残っていますね。

第一次大戦の折の俘虜収容所跡などもあったのですか?
聞いたような気はしますが、詳しくは知りません。又教えて下さいね。
大阪市も歴史に力を入れだしましたね〜、嬉しい事です。
歌謡曲の木津勘助、未だ聴いた事はないのですが、どんな歌なのでしょう?
Posted by:ルル  at 2007年10月11日(木) 03:57

★やうちさま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
木津勘助の面構え、やうち兄ィも負けていないのと違いますか?(^_-)-☆
勘助のした事は中々出来ない事ですね。
それに、おっしゃるように、勘助も淀屋も、豪快な男同士です。
なにわの話でも、この時代からこそ出来た事でしょうね。
Posted by:ルル  at 2007年10月11日(木) 03:37

★和ちゃんさま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
彼岸花の群生、綺麗でしたね〜。
楽しく聞いて頂けましたか? おおきに〜!嬉しいです。
九州弁も味がありますよね〜。お互いに地元の言葉は大切にしたいですね。
秋の夜長、お時間がありましたら又お越し下さいね〜(*^_^*)
Posted by:ルル  at 2007年10月11日(木) 03:28

★出臍、さま
再度ありがとうございます
木津勘助、思い出されましたか?
お婆様が浄瑠璃、歌舞伎をお好きでいらしたのですね。
私も大好きです。叔父が日舞の家元で、6歳から日舞を習っていましたので、
浄瑠璃、歌舞伎は身近な世界でした。今も観に行っています。
淀屋辰五郎の事は前の幣コメントにも書いています。
Posted by:ルル  at 2007年10月11日(木) 03:19

★しあわせ地蔵さま
こんばんは〜  コメントありがとうございます
講習会、私は抽選で外れました。お目に掛かりたかったです〜
栗はどうされましたか?私は未だ能勢に行けてません、もう栗は終りかな?
浪速勘助のお話は演歌にもなっているそうですね、ご存知でしたか?
お勉強、なんて〜、お恥かしいです…
こんなので宜しければいつでもお越し下さいね、お待ちしています(*^_^*)
Posted by:ルル  at 2007年10月11日(木) 03:09

★どかみさま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
う〜ん、どかみちゃんも義侠心があるから、きっと心に響くのよね。
ほんと、今のご時勢は小さく纏まって面白くない人ばかりになってしまったわ〜。

>私もお直さんとルルちゃんが被っちゃいますぅ〜
勿体無い話ですが…私自身も被っているように感じます。
それに同じような事もやっているのだけど…こんなに上手くいかない…
Posted by:ルル  at 2007年10月11日(木) 02:33

★四季さま
はじめまして〜  早速のご訪問とコメントありがとうございます
わ〜、そんなに褒めて頂くとお恥かしい〜!恐縮します…
それに今迄の夢ブログやブログを見て下さったとは、大感激です!
こちらこそ、ありがとうございます。
拙いブログですが、宜しければこれからもいらして下さいね、お待ちしています
Posted by:ルル  at 2007年10月11日(木) 02:22

★chuuchichiさま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
淀屋は、浪速の豪商というよりも、天下の豪商でした。
はい、淀屋橋は淀屋が自費で架けたので、その名がつきました。

>諸大名へ1億両も融通してその結果が贅沢だからと取り潰す
>まさに封建制度のエゴイズムですね。
全くその通りです!
当時は、「大名で淀屋に借金をしていない者はいない」と言われるほどで、
淀屋の各大名への貸付額は、現在の換算で何十兆円にもなると言われています。大名の家計事情が一商人に握られてしまい、大名側は屈辱この上ないもので、幕府としての面子を守るために淀屋を潰したのが真相です。勿論借金は全て放棄です。贅沢とは言え、自分の才覚で稼いだお金なのに、理不尽な事ですね。
士農工商の、ここに裏のカラクリがある訳です。

そうそう、勘助さんの話でしたね、淀屋の事で忘れていました〜(笑)
ええ、今の時代には居ない素晴らしいお人です。
Posted by:ルル  at 2007年10月11日(木) 02:08

★出臍さま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
淀屋辰五郎は最後の淀屋です。江戸に出て遊郭に入り浸っていたそうですね。
彼の代に、徳川幕府から全財産を没収されてしまいました。
まだまだ謎のある人物で、大阪に淀屋研究会があり日々議論をしています。
Posted by:ルル  at 2007年10月11日(木) 01:48

★遊歩さま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
この類のお話がお好きとの事、とても嬉しいです。
町人文化の大阪にはこういう歴史が多いですので、今後もヒーロー達?を順にご紹介させて頂きますね。引き続き宜しくお願い申し上げます(*^_^*)

>「お直さん」はルルさんのご先祖様ではないか、と思うように重なってきますが、
>どうなのでしょうか?
残念ながら、我が家は天下の豪商・淀屋とは縁もゆかりもありませんが…
私自身も、同じ匂いを感じています。やっている事も似ていますし…。
Posted by:ルル  at 2007年10月11日(木) 01:30

★とっちゃんぼうやさま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
そうですね、元々大阪人は反骨精神がありますからね。
勘助は現・難波から北上して北浜へ、大塩平八郎は天満の北から橋を渡って南の北浜へ、責めて行きました。何しろ日本の富の半分は大坂にあり、その7割は北浜にあり、と言われた時代ですから…。
大塩さんの資料も沢山持ってますねん、いつか登場してもらいますね。

とっちゃんぼうやさまが丁稚に?!
元来の遊び人さんには、辛い丁稚奉公は勤まりまへんやろ〜(笑)
でも、大阪に来られていたら…運命の出会いがあったかも知れませんね?!
そんなにモテテはったら、もしなにわに居たら…
現代版の坂田藤十郎になれてますよ〜!羨ましい事やわ〜(^_-)-☆
Posted by:ルル  at 2007年10月11日(木) 01:17

木津勘助、、区の歴史を学びました折、見慣れた名前です。
多分、今私が住んでる所の近辺が勘助島であったかと。
区の学習をしましたガイドブックのはじめに
{区は昔、姫島とよばれていたが、この島に港などの整備を行った中村勘助にちなんで、豊臣家より「勘助島」という名が与えられました。}とあります。江戸時代に入りつぎつぎと新田開発がなされ土地が整備されていきます。
去年、一年かかって区の歴史の勉強を致しました。
第一次大戦の折の俘虜収容所あとなども、見つかり、そこからバルトの学園にもつながり、第九合唱団もできました。
今この区では、歴史が今につながり文化的な行事や学習の幅が広がっています。
ちなみに歌謡曲に木津勘助の歌がありますね。カラオケにありました。(歌えませんけど)
Posted by:ホワイトローズ  at 2007年10月11日(木) 01:14

★散輪坊さま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
メール見て下さいましたでしょうか?
おっしゃる通りですね。勘助さんに比べたら、今の政治家や経営者はスケールが小さいですね。それにこの時代はお奉行さまも粋だったのですね。
Posted by:ルル  at 2007年10月11日(木) 00:56

★なつさま
こんばんは〜  コメントありがとうございます
いきな話でしょ!
おっしゃるように、今は個人主義で自分の事ばかり考えている人が多いですね。
これからも大阪の歴史や人情を書いていきますので、
どうぞ宜しくお願い申し上げます(*^_^*)
Posted by:ルル  at 2007年10月10日(水) 23:56

★子鹿さま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
>落語?講談?のように楽しく、拝聴?いえ、いえ、拝読させて頂きました。
これが子鹿さまの感性ですね。拙い分からでも想像力が素晴らしいです。

>大阪人は、生きたお金を遣います。そして、粋にお金を遣うがモットウ。
さすが良くご存知ですね、
大阪人は、自分が節約して貯めたお金を人様の為にパッと派手に使います。
昔から民間人の寄付が一番多い町です。
そう言えば…うんうん、長谷川一夫(こちらの字ですね)さん似ですね、そりゃええ男や。
Posted by:ルル  at 2007年10月10日(水) 23:36

木津勘助・・・ほんにかっこいい面構えですね。
まさしく銅像の如く“男の中の男”とお見受けしました。
なさったことが凄い!、自分を捨てての人助けとは・・誰にも出来ないことですね。

一方、豪商淀屋、男心に男が惚れて〜・・愛娘を惜しげも無く、裸一貫の勘助に呉れてやるとは・・しかも大枚3000両の熨斗つけて・・・なにはならでのお話、興味深く聞き入っています。
Posted by:やうち  at 2007年10月10日(水) 23:12

★von Jagfeldさま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
鳴り物入り、楽しんで頂けましたか? 本当は一節唸りたいのですが〜(笑)

>こんなええ人たち大阪におったなんてしらなんだ。
それをお聞きして、益々やる気が出てきました(笑)
幕府に頼っていた江戸に対し、町民文化の大坂は、こういう町衆が沢山いて、色々な功績を残しています。適塾などもその一例ですよね。

はい、これからも楽しみにお待ちしています〜、
季節の変わり目、どうぞご自愛下さいませね
Posted by:ルル  at 2007年10月10日(水) 23:08

★熊五郎さま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
勘助さんのお話、初めてですか?
これを機に講談や落語も聴いてみて下さいね〜

>ルルさんとお直さんのイメージが重なります。
こんな偉い女性とは月とすっぽんではありますが…、
私自身も何故か他人とは思えません…(笑)
Posted by:ルル  at 2007年10月10日(水) 22:37

★キャベツさま
こんばんは〜  コメントありがとうございます
江戸小噺に上方大噺とは面白い表現ですね。

拙いブログを楽しんで下さり、こちらこそ感謝です!とても嬉しいです。
これからも チョクチョクお越しくださいませね〜(^^♪
Posted by:ルル  at 2007年10月10日(水) 22:30

楽しく講釈聞かせもらいました
難波言葉もなんとなくええなあ
ほんま大阪の人は話も上手で
最後まで、イヤ続きがまだあったりして
秋の夜長もいいですね
Posted by:和ちゃん  at 2007年10月10日(水) 22:15

★シップさま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
木津勘助、大阪市内では有名人ですが、全国には知れ渡っていないと思います。

>木津川の側で暮らしていたからその字(あざな)だったのかしら。
そうです、本名は中村勘助。木津の勘助からそう呼ばれました。
おっしゃるように、ほんまもんの男はんですね。
Posted by:ルル  at 2007年10月10日(水) 22:14

ルルさん。
こんばんは。木津勘助、祖母から聞いたような気がしています。祖母は浄瑠璃、歌舞伎が好きでした。中学の頃に、お女郎さんを身受けし奥さんにした?元禄時代の話で、淀屋辰五郎の話はよく覚えています。
Posted by:出臍、  at 2007年10月10日(水) 22:12

★MUSOUさま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
木津勘助、かっこいいでしょ!、こんな人は現代は中々見当たりませんね。

淀屋は元々は材木問屋さんですが、船舶も250隻持って諸国に貸し出していましたし、刀剣の売買や他にも色々手を出し、今の総合商社のような感じでしたが、
何よりも大きいのが、幕府の認可で創設した米の取引所でした。
日本全国の米の値はここで決まり、そこで初代・常安の考え出したのが、
先物取引の仕組みです。そこから今も使われている罫線が出来ました。
現在世界中で使われている株などのチャートは、実は日本の米相場が考え出した物だそうですよ。

江戸にもそういう方がいらしたのですね。
江戸時代は材木商が豪商になるケースがい多いですね。
ご子孫さまも太っ腹です。

淀屋にしても、紀伊国屋文左衛門にしても、最後は皆破産していますね、
どちらも未だ謎の部分があり…逸話や興味深いお話が多いです。
Posted by:ルル  at 2007年10月10日(水) 22:09

★極楽トンボさま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
木津勘助は、身近な講談や落語でもよくやっているのですが、
どうしても関西での上演が多い為、全国的にはメジャーではないですね。
罪人になりましたが、スカッとした気持ちの良いお話ですよね。
Posted by:ルル  at 2007年10月10日(水) 21:36

★ババドルさま
ご丁寧におおきに〜  はい!分りました〜!
Posted by:ルル  at 2007年10月10日(水) 21:30

★すなかけばばあさま
こんばんは〜  いつもありがとうございますルルさん
ええ話やろ〜、ほんんまに(´;ェ;`)ウゥ・・・やわ〜。
>旦那に怒られるから内緒やでぇ
旦那さまにお会いする機会があったら、大声で言うたろ〜(笑)
すなちゃんのナース、前から知っていますが、ご立派やと思っていますよ。
昔、長期入院しました、白衣の天使さんの笑顔にどれだけ救われたか…
Posted by:ルル  at 2007年10月10日(水) 21:28

ルル様
今晩は、先日は私のブログに訪問して下さって有り難う御座います。凄いですね木津勘助の話聞いたような気がしますがルルさまのブログを拝見してよく分かりました。色々お勉強されているのですね。又お邪魔させて頂きます
Posted by:しあわせ地蔵  at 2007年10月10日(水) 21:24

ルル様
今晩は、先日は私のブログに訪問して下さって有り難う御座います。凄いですね浪速勘助の話聞いたような気がしますがルルさまのブログを拝見してよく分かりました。色々お勉強されているのですね。又お邪魔させて頂きます。
Posted by:しあわせ地蔵  at 2007年10月10日(水) 21:22

う〜ん、いいなぁ〜〜
こういう浪速の小噺、とっても楽しくてスカッとしますねぇ〜
あ〜だのこ〜だの、、、小さく纏まってしまう今の時世には考えられへん!
私もお直さんとルルちゃんが被っちゃいますぅ〜
Posted by:どかみ  at 2007年10月10日(水) 21:18

★ieiesanさま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
カッコいい侠客でしょ?
講談で聴くと、セリフの感じがとてもいいですよ。
河内音頭や江州音頭でも木津勘助編はセリフ付きです、
是非聞いて頂きたいです
Posted by:ルル  at 2007年10月10日(水) 21:17

★いこチャンさま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
先程はおおきに〜。 お会いしたばかりだから不思議な感じですね。

>ひょっとして演劇に使う?大阪大好きが出ています
演劇には使いません。 皆様と一緒に、大好きな大阪のお話をしたい一心です。
Posted by:ルル  at 2007年10月10日(水) 21:10

初めてお邪魔します。
先日は、私のブログへ来て頂きコメント有り難うございました。
ルルさん すっご〜いです。引き込まれながら拝読いたしました。 カメラ 初心者練習中だなんてとんでもない!今までの夢ブログも拝見・拝読しましたが、とってもいいです。有り難うございました。
Posted by:四季  at 2007年10月10日(水) 21:06

★ババドルさま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
ほんまですね。
現代の大阪知事に、こんな人が立候補してくれはったらええのにね〜。

>1軒の家に勘時助は2人もいらんで〜ルルさんが勘助やよって
髪の毛の先にもなりませんが、少しでも近付くように頑張ります〜(^O^)/
Posted by:ルル  at 2007年10月10日(水) 21:06

★デコポンさま
こんばんは〜  いつもありがとうございます
ええお話でしょ、
ほんまに!今のお役人に爪の垢でも飲ませたいですね〜。

そうそう、今日、いこチャンの絵を見に行ったら、
ミルフィーユさまとhyoutanjimaさまにお会いして、
お3人にデコポンさまのお話をお聞きしましたよ(*^_^*)
Posted by:ルル  at 2007年10月10日(水) 20:58

木津勘助の名前は知りませんでしたが、淀屋十兵衛の名前浪速の豪商として聴いた事があります。淀屋橋はそこから名前がついたのですね。でも、諸大名へ1億両も融通してその結果が贅沢だからと取り潰すまさに封建制度のエゴイズムですね。
木津勘助は自分の損得ではなく庶民のために女房の持参金また、罪を犯してまで庶民のために尽くしたなんて今のわれわれには真似の出来ない事ですね。
Posted by:chuuchichi  at 2007年10月10日(水) 20:58

ルルさん。今晩は。木津勘介はしりませんでした。淀屋と言えば元禄の遊女を身受けした、淀屋辰五郎が有名ですね。浄瑠璃?歌舞伎?あった話を祖母から聞いた事を思い出しました。
Posted by:出臍、  at 2007年10月10日(水) 19:36

ルルさんへ
「木津勘助」という名前、始めて聞きました。
名前は知らなくてもこのような話、まるで小説を読んでいるようで好きですねぇ〜 また是非この類の話を聞かせてください。
所で「お直さん」はルルさんのご先祖様ではないか、と思うように重なってきますが、どうなのでしょうか?
Posted by:遊歩  at 2007年10月10日(水) 19:33


淀屋橋の名前の由来は知っていましたが、この勘助のことは初耳ですわ。
後の大塩平八郎の大先輩ですね。
逆に言えば大塩が登場する精神的な下地がもう江戸初期の大阪にあったとも言えそうですね。
ともかく私ももう少しで勘助になれるとこやったわ〜。
 と、言うのも、私は高校時代、親から「お前、たいした頭じゃないから、卒業したら大阪に丁稚にでも行ったほうがいいわ」と言われたのですが、一応進学校ゆえ、周囲のほとんどが進学するのに巻き込まれ、丁稚修行は思い留まりました。
 ある大学に進みましたが、その後の長年のあばらや人生を振り返るにつき、あのとき、大阪に奉公に出ていれば、船場のこいさん、ルルお嬢様との運命的な出会いで、いまと180°ちがった展開になったのでは・・・・・ と後悔の日々なのです。
 勉強はイマイチやったんですが、なにしろ顔はそれと反対にモテモテで、泣かせた女性は数しれず、でもみんな例外なく悦ばしたんですけどね。
 なんの話や(笑)
 いやいや、浪花のイケメンは船場のルル姫に惚れ抜かれてゴールイン・・・・・・
 またまた背後から「あ〜あ、あの顔で、その声で〜」と大阪の意地悪おばさんに囃し立てられてられないうちに、ベンベンベンベン よどや〜 
ベンベンベンベン 
 ルルさんの話、ためになったわ〜
Posted by:とっちゃんぼうや  at 2007年10月10日(水) 17:18

 スケールの大きな話をありがとうございます。
今の政治家、企業の社長どもに爪の垢を煎じて
飲ましてやりたいような話です。
 奉行も粋な計らいです。
Posted by:散輪坊  at 2007年10月10日(水) 17:13

いきな話ですね♪きっぷのよさ、一本筋の通った心意気。世のため人のためという気持ちを忘れたのは、いつの頃からか、わからなくなる現代ですが。大阪人の人情あふれた心、大事にしたいです。私も好きです。
Posted by:なつ  at 2007年10月10日(水) 16:13

落語?講談?のように楽しく、拝聴?いえ、いえ、拝読させて
頂きました。
「金持ちは嫌いや」と云った人物に同じ口から「金があったらなあ」と
云わせるところが、さすが大阪ですね。
大阪人は、生きたお金を遣います。そして、粋にお金を遣うがモットウ。
「野暮な事はやめなはれ、島?隣でよろしおまんがな〜」だったのですね。
ところで
銅像・・長谷川和夫さんそっくり。のぼせても?無理はありませんね。
Posted by:子鹿  at 2007年10月10日(水) 16:06

lulu様
ご無沙汰を!と言ってもあしがらたろうさんのブログを仮宿に密会していたのでしたよね。
今度もまたいいお話を鳴り物入りでお聞かせくださり有難うございます。 こんなええ人たち大阪におったなんてしらなんだ。
それに流された島が実は隣町とはすいなお裁きやなあ!
現代の3億円持参金付のルル様には(本当は30億円!)
近寄りがたいのですが、せめてブログ上でもしょっちゅう拝ませてください。 お元気で。


Posted by:von Jagfeld  at 2007年10月10日(水) 14:13

大阪に63年住んでいるのに初めて
この話を読ませて頂いてなぜか・・?

ルルさんとお直さんのイメージが重なります。

Posted by:熊五郎  at 2007年10月10日(水) 12:28

江戸小噺に上方大噺
さすが太閤さんのお膝元 スケールが大きいですね。
持参金三千両とは・・・
それより短い文章でイメージが浮んできてしまうくらい面白く表現してしまうルルさんの筆力に拍手!!
Posted by:キャベツ  at 2007年10月10日(水) 11:45

木津勘助、しりませんでした。
木津川の側で暮らしていたからその字(あざな)だったのかしら。
そう言う気風の良い話は結構有りますが、米蔵の打ち破りとは・・凄い。
ほんまもんや!
Posted by:シップ  at 2007年10月10日(水) 10:38

『木津勘助』浪速の侠客はかっこいいですね。豊臣秀吉時代も経て侠客ににったようです。この時代には今よりもこのような『いき』な人が多かったのでしょうね。

淀屋十兵衛さんは材木問屋さんだったように書いてありました。違っていたらごめんなさい。

江戸の神田にも当時材木商で大店だった遠藤さんと言われる方がおりまして、江戸城に材木を納めていたそうです。その方の何代目かの当主が神田明神(平将門を祭った有名な神社)の氏子総代で、八王子に贅尽くした日本の銘木を捜し集め、数奇屋造りのお屋敷を建ました。
その方が亡くなり、息子さんがその家をこのたび、千代田区に寄贈することになったそうです。数奇屋造りの家を取り外し、全部京都に持って行き京都で材料を修復してその費用が1億を越していたそうですがすべて自費にて行い、今、千代田区の受け入れを待っているそうです。

みかんで有名な紀伊国屋文左衛門も江戸では、材木商として巨万の富を得て
豪遊の逸話は残っておりますね。

材木商は豪気な人がおおいのですかね。話が横にそれてしまいました。
Posted by:MUSOU  at 2007年10月10日(水) 10:12

木津勘助 知りませんでした。
今時こんな人は居ませんね、奥さんも偉い人でしたね。
朝から楽しく良い気持ちにさせて貰いました。
Posted by:極楽トンボ  at 2007年10月10日(水) 10:01

訂正
私の書かさせて頂いたコメントで 下から2段目の 勘時助とあるのは勘助の誤りです
Posted by:ババドル  at 2007年10月10日(水) 09:53

ルルさん
☆お(^O^)☆は(^o^)☆よ(^0^)☆う(^ー^☆♪
ええ話やなぁ(´;ェ;`)ウゥ・・・
そやけど、持参金に3億て...そんなにあったら、わたしゃ
結婚してへんわ(笑)旦那に怒られるから内緒やでぇ
確かに、人の為に何かをするっちゅう事は大変な事やと思います
でも、私は、根っからの、出しゃばりなのか
今じゃ ナースと言う職に付いてます^^
人の役にたつと言う事は難しい事ですねぇ
見返りを求めてたら、な〜んも出来まへん
勘助はんは立派なお方や
Posted by:すなかけばばあ  at 2007年10月10日(水) 08:24

ふ〜ん そうなんだ〜
木津勘助知らなかったな〜
私財をなげうって庶民を助ける心意気。
講談で聴きたいな〜
Posted by:ieiesan  at 2007年10月10日(水) 08:20

ルルさん調べちゃってます〜〜ね!
ひょっとして演劇に使う?
大阪大好きが出ています
Posted by:いこチャン  at 2007年10月10日(水) 08:08

緋牡丹亭ルル嬢の囃子入りブログで楽しく学ばせて頂きました

浪速の誇る侠客や!
現代の大阪知事に推薦したいわ
トップ当選するやろな〜

…人の為に尽くして身上を潰しても…我が家からは 平成の勘助は生まれなっかた
1軒の家に勘時助は2人もいらんで〜
ルルさんが勘助やよって
Posted by:ババドル  at 2007年10月10日(水) 07:50

ルルさんおはようございます。
朝から面白いもん読ませてもらいました。
勘助さんも偉いお人やけど、お直さんも見上げた奥さんですね〜。
なかなかこんな夫婦おりません。
庶民のために私財を投げ打って・・・なんて
領収書のコピーとっている様な何処かのお役人に
爪の垢でも煎じて飲んでほしいわ。
Posted by:デコポン  at 2007年10月10日(水) 07:37