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★なにわ夢便り★

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(52)猪飼野[2008年03月13日(木) ]
御幸森神社から西は御幸通り商店街、
通称コリアンタウンとして賑わっています。

前回の「鶴の橋」史跡がある地の現住所は大阪市生野区桃谷3丁目ですが、
昭和48年(1973年)までは猪飼野中、猪飼野西などとなっていました。
猪飼野=在日の町という差別が横行していたため、
近くのJR「桃谷駅」の名を地名に変えたのです。
猪飼野(いかいの)…古代、百済の渡来人が猪(=豚)を飼育していた事から付いた名。

古事記から千何百年の時を挟んで同じ地に根をおろしたコリアン達は、
しかし、古代のようには尊敬されませんでした。
何年か振りに行き、その綺麗な変貌に驚く
猪飼野出身の俳優・芸人で劇作家の故・マルセ太郎氏(1933年 - 2001年)は、
 「子どもの頃、日本人の大人から「家はどこや」ときかれて、「猪飼野です」と返事したら、「チョーセンの多いとこやな」と言われた。そのチョーセンというのが侮辱的なイントネーションである。そんな風に"チョーセン"と言う日本人を、僕は憎んだ。やがては自らも、「チョーセンや」と自虐的に言うことを覚えた。大阪の多くの日本人にとって、「猪飼野」はチョーセン町である。だから1973年この町名を消し「中川」になった。中川になったからといっても、何も変わらない。」と書いています。
現・平野川 昔は川岸にバラック住宅が多かったらしい
猪飼野新橋の意匠には勾玉と古墳が使われ、仁徳記のプレートが付けられている。 
この先が北で今里・森之宮を通って第二寝屋川に合流する


大正・昭和を通して猪飼野は、
在日朝鮮・韓国の人々の家内工業がひしめき、
そこでは身体に悪い強い薬剤を使うサンダルの裏張りやキツイ仕事など
人の嫌がる事を請け負い、
日本経済の発展を底辺から支えてくれました。

子供の頃にも行った事がありますが、ニンニクの臭いが鼻につき…
汚い町・恐い町…と遠巻きに見ていたような気がします。
今考えると…とても恥ずかしい事です…。

サッカーや韓流ブームで、今でこそ偏見もなく、又街も綺麗になり、
御幸通りのコリアンタウンを楽しんで訪れる人が増えましたが、
つい十年数前までは暗い戦後の闇を引きずってきた背景がある町なのです。
(生野区在住の芥川賞作家・玄月(げんげつ、ヒョン・ウォル、1965年生)氏、
毎日出版文化賞や小熊秀雄賞等の作家で詩人の金時鐘(キム・シジョン、1929年生)氏、
その他…多くの作家がその事を書かれています。)


平野川沿いを北に行き、今里ロータリーを西に進んだ所に『松下幸之助起業の地』の碑があります(左の写真)。大正6年(22歳の時)、四畳半と二畳の小さな借家で、幸之助夫妻と義弟の井植歳男氏(後の三洋電機創業者)が、苦労して二股ソケットを考案・起業した地です(旧地名は大字猪飼野、現・玉津2丁目です)。

そこを西に3本程行くと、「月はどっちに出ている」、「夜を賭けて」、「血と骨」等で山本周五郎賞受賞の作家・ 梁石日(ヤン・ソギル、1936年生)氏の生家があります(右の写真)。袋小路の路地(関西弁ではろおじと発音)の3軒長屋。
「お母さんがこの軒下で天ぷらを揚げて売ったはったわ。そのマンションも前は古鉄屋やったんや。昔は板金や溶接やプレス、旋盤加工の小さな町工場が多かったとこなんですわ〜。」 路地をウロウロしていると親切に教えて下さった恰幅の良い男性は、韓国籍で梁石日の幼馴染みだとの事。
訪れる人の少ない路地裏でひっそりと佇む2つの場所を、愛しく思えた日でした。

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コメント


★サト夢さま
こんにちは〜 いつもありがとうございます
★なにわ夢便り★ をすべて見て下さったのですか、
お忙しい中を恐れ入ります…感謝・感激です!
こちらこそ、ありがとうございました〜

稚拙ですのに、「多角的にいろいろと教えられる点」などと書いて下さり、
却って恐縮いたします  …ちょっと恥しい〜(笑)
Posted by:ルル  at 2008年08月03日(日) 18:02

★なにわ夢便り★ をすべては意見しました。さすが歴史に興味をもたれているので、多角的にいろいろと教えられる点が多々ありました。
素晴らしいブログですね。有難うございました。
Posted by:サト夢(ム)  at 2008年08月03日(日) 10:42

★た-ぼ-さま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
富士山の麓にも春が来ましたか〜

>貴女の書く事は心に響くものがありますね〜。
そう感じて下さるお気持ちが、又、私の心に響きます。
コメントを拝読して…少し違うかも分かりませんが、五木寛之氏の『青春の門』の筑豊編を思い出しました。あの中にも、素晴らしい韓国のお方が出てきますね。多くの方のお話を聞きましても…あの過酷な環境の中にいて、在日の方々は暖かく立派なお方が多かったようですね。

>その土地を去るまでのあいだの思い出がぎっしりつまっています。
>今回のは見たくなかった、でも見てしまいましたね〜。
>此れを書きながらあの頃を思い出して目から熱いものが頬を伝わります。
貴重な思い出を書いて下さり、ありがとうございます。
変な言い方かも知れませんが…た-ぼ-さまの子供時代がとても羨ましいような気がしました。素晴らしいお話に、私の目頭も熱くなりました…。
Posted by:ルル  at 2008年03月19日(水) 00:19

★picoさま
こんばんは〜 再度ありがとうございます
地政学的にヨーロッパの田舎なのですか、それで差別を受けて…。
その辺りの事は知りませんでした。ご教示ありがとうございます。
姉妹都市・ミラノの食祭りも、毎年黒門市場でやっていますよ。
姉妹都市だからという訳でもありませんが、ミラノは好きです
Posted by:ルル  at 2008年03月18日(火) 23:44

ルルさん春がきましたよ〜。富士山の麓にも。

貴女の書く事は心に響くものがありますね〜。
私の故郷西国九州の博多、私達の年代にはコリアン等聞こえの良い言葉は有りませんでした。ズバリ朝鮮部落、最低の蔑称ですね。ルルさんの書いてあるようにニンニクの匂いとドブロクの匂いが立ち込めている一角でしたが、僕達子供には無縁の環境でした友達も沢山いましたし、彼らは年下の者にはとても優しくしてくれましたよ。ケンカをして負けた時などは彼らのとこに何度も逃げ込んだ事があります。彼らは僕を友達としてかばてくれましたよ。そして、僕を追いかけてきた物が言う言葉は皆口をそろえて、貴様もチョウセン人だと何度言われた事か、私は親兄弟に縁が薄いせいか彼らとは兄弟の様に感じていました。その土地を去るまでのあいだの思い出がぎっしりつまっています。
今回のは見たくなかった、でも見てしまいましたね〜。
此れを書きながらあの頃を思い出して目から熱いものが頬を伝わります。

罪な貴女だ。心の中をバラシテしまった。
Posted by:た-ぼ-  at 2008年03月18日(火) 21:08

仰る通りです。やっぱりお国柄、民族の違いではないでしょうか?。近代史ではイタリアは何度も侵略を受けています。地政学的にヨーロッパの田舎とも言われています。そういうところからイタリア人も他の欧州諸国から差別を受けているようです。大阪とミラノは姉妹都市です、似ていますね。
Posted by:pico  at 2008年03月18日(火) 10:29

★picoさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
日本人も差別されているのですね…
差別される側の気持ち、海外旅行の短い日程だけでは分からない事です。
やはり滞在されると多くの事を肌で感じられるでしょうね。
>住んでいたイタリアでは幸いそのような偏見は一切ありませんでした。
お国柄でしょうか?
イタリア人は陽気で細かい事を気にしないように感じます
大阪人とイタリア人が似てると言われるのも、その辺りの事でしょうかね
Posted by:ルル  at 2008年03月18日(火) 03:18

★メキシコのヒゲ親爺さま
>滞在は4月5日か6日ごろまでですので、今回も無理ですね
やはりそうでしたか…
でもお互いに生きている限りは又機会がありますから〜
時間が合えばメールさせて頂きますね こちらこそ、有難うございました。
Posted by:ルル  at 2008年03月18日(火) 03:05

★チバックさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
>冒頭からゾクゾクするようなブログ、おおきに!
>“ルルさん劇場”にしばし興奮した後、余韻を楽しませて頂きました。
場所に思い入れを持って頂き嬉しいです。
これらのお言葉で書き甲斐が出来、疲れが吹っ飛びます〜

さすがチバックさま、映画からも多くの知識を取り入れておられますね。
『ディア・ピョンヤン』という映画は知りませんでした。
コメントを拝見しますと…とても良い映画のようですね。観たいです
お時間がありましたら、是非この辺りにも足をお運び下さい。何か不思議な郷愁を感じドキドキする場所です。映画を観ていらっしゃるなら尚更と思います。
今夜も草の根活動の実行委員会で飲んでいて(笑)、そこには在日のお仲間もいて、歴史認識の為の大阪のコリアンツアーと勉強会を企画しました。

「日本最古の橋」ブログのお返事、あのような知識しかなく中途半端になりました。それをご丁寧に…こちらこそ、「蟻が10匹、猿が5匹」です。
次のブログもお時間のある時にどうぞ〜
1週間先でも2週間先でも…楽しみにお待ちしています
Posted by:ルル  at 2008年03月18日(火) 02:59

欧州駐在時代に日本人が差別されていることを肌で感じました。特に英国、フランスです。日本人としてではなく東南アジア人としてだと思うのですが、このとき初めて差別される側の人間の気持ちがわかるようなな気がしました。住んでいたイタリアでは幸いそのような偏見は一切ありませんでした。
Posted by:pico  at 2008年03月18日(火) 01:43

そうでしたね、造幣局の通り抜け、結構遅かったのでしたね。滞在は4月5日か6日ごろまでですので、今回も無理ですね
いろいろ有難うございました
Posted by:メキシコのヒゲ親爺  at 2008年03月17日(月) 15:49

★チョコミーさま
こんにちは〜 いつもありがとうございます
韓流ブーム、今はブームを通り本物の交流になっていますね〜
仰せのように、きっかけはミーハーでも…、
それで相手の国を好きになったり関心を持つのはとてもよい事だと思います。
世界でも国内でも地域でも…お互いを認め合い、思いやり、学び、
そこから新しい歴史や文化、認識が生まれるのは嬉しい事ですね〜
Posted by:ルル  at 2008年03月17日(月) 13:32

★ちゃんさま
こんにちは〜 いつもありがとうございます
お忙しい時は纏めてどうぞ〜、お互い様ですもの〜

仰せのように、日本の戦後歴史が忘れられようとしていますね。
実生活でも多くの在日のお友達がいますから、他人事ではありません。
「私以上でもなく、私以下でもない私」…いい言葉ですね、
熱い思いが伝わり、ちゃんさまのご感動のご様子がよく分かります。

>昨年のような取り違えたり、中傷がないことを願う1人でもあります。
お気持ちありがとうございます
違う意見との交換は、ブログでも日常生活でも、新しい発見とお互いを認め合う大事な事だと思っています。が、それでご立腹された方々は…心から謝罪したにも拘らず…いつの間にか一方的に友達登録を消されています、本当に難しく悲しい事です…。
Posted by:ルル  at 2008年03月17日(月) 13:21

★メキシコのヒゲ親爺さま
お気遣い、ありがとうございます
バタバタしていますが…時間が取れそうでしたらメールさせて頂きますね
何年振りかは存じ上げませんが、「鶴一」はかなり前に改装されましたよ。
「高橋」は、桃谷駅のほうが近いです。
造幣局の通り抜け、今年は4月16日〜4月22日までの7日間ですが、
その頃までご滞在でしょうか?
Posted by:ルル  at 2008年03月17日(月) 12:51

★Asukaさま
こんにちは〜 いつもありがとうございます
そうですよね…昔は殆どのお方が日本名を名乗っていましたね。
私の友人も、今は堂々と韓国名を名乗っています、当然の事ですよね
学校の教科書でも、現在は地名や人名を韓国読みで教えているようです。

「IKAINO」宛ての郵便物、日本よりも外国でのほうが有名だったようです。
松下幸之助氏の事は、関西人は親しみを感じてよく知っていますね、
その場所に行くと感慨もひとしおでした
Posted by:ルル  at 2008年03月17日(月) 12:41

ルルさま
冒頭からゾクゾクするようなブログ、おおきに!
人物、地名、エピソード、そして平野川が織り成す“ルルさん劇場”にしばし興奮した後、
余韻を楽しませて頂きました。

>サッカーや韓流ブームで、今でこそ偏見もなく、又街も綺麗になり、
>御幸通りのコリアンタウンを楽しんで訪れる人が増えましたが、
ちょうど時を同じくして、映画で大阪市生野区が登場することが多くなりました。
極めつけは朝鮮総聯の幹部を父に持つヤン・ヨンヒ監督の『ディア・ピョンヤン(06年)』かな。
>つい十数年前までは暗い戦後の闇を引きずってきた背景がある町。
の面影を、映画の中でうまく表現していました。
その頃から、いつかこの地域を訪れてみたいと思っていましたので、
この写真付きブログは尚更うれしいです。

ところで、前ルルさんブログ「日本最古の橋」では、
私の不躾な質問にご丁寧にお答え頂きまして誠に「蟻が10匹、猿が5匹」です。

*)次のルルさんブログが出たので、このコメントの今日付カキコを
 ちと躊躇いたしました。
 しかし、今日を逃すと1週間先になるので、カキコすることに。
 (最近、平日はSTAGEにアクセスしていません。)
 コメントバックは手が空いた時で結構です。
Posted by:チバック  at 2008年03月16日(日) 23:44

いつまで続くかと思っていた韓流ブームですが、できればず〜と続いて欲しいという気がしています。
韓国では日流ブーム、日本では韓流ブーム。
世界各地でお互いの文化(例え、それが単なるミーハーでもいいから)を好きになったり、関心を持ったりすることから始まることが多いんだということを実感させてくれたのが、今日の韓流ブームでした。
コリアンタウンは、言ってみれば「韓国流日本文化」あるいは「日本流韓国文化」の発祥の地だと思います。
それはこれからまた新しい歴史や文化が生まれる可能性のある場所ではないかという気もします。

Posted by:チョコミー  at 2008年03月16日(日) 23:00

  6日分と纏めまして失礼します。
  ルルさんが社会問題を果敢にUPされることに先ず敬意を・・。

  流石歴史的事実に基いた内容。
  日本の戦後歴史が忘れられようとしている現在。
  ルルさんファンの方の中には在日の方もおられると思います。
  また155人のお友だち以外の方も沢山、このUP記事を読まれて
  いること思います。

   私も過日、在日二世の、エッセイスト・作家でもある
   「朴 慶南(ぱく きょんなむ)」さん
   の最近の著書「私以上でもなく、私以下でもない私」
   のタイトルで約2時間・講演で熱くその想いを話をされ、
   感動と認識をあらためて持った1人です。
   昨年のような取り違えたり、中傷がないことを願う1人でもあります。
   
   「クミヨゆめよ」
Posted by:ちゃん  at 2008年03月16日(日) 20:51

ルルさん
お忙しいのに、面倒なお願いをして申して訳ありません
あまり無理しないでください。時間が取れたらで、結構です。
でも久しぶりに鶴橋に行ってみるつもりです。ルルさんご推奨の焼肉亭「高橋」か懐かしい「鶴一」、いいですね
またできれば造幣局の通り抜けも
Posted by:メキシコのヒゲ親爺  at 2008年03月16日(日) 19:10

私の高校時代の親友は韓国人です。
彼女は日本名を名乗っていたのと、その頃の私は私学に韓国人が通学しているとは思っても居ませんでしたが、彼女の家に遊びに行って初めて気がつきました。
卒業後ン十年経ちますが親友関係は変わりません。
彼女も今は堂々と韓国名を名乗っています。

その頃、「IKAINO」と書いただけで海外からの郵便物が届くとも
聞いたほど猪飼野はコリアンの街で通じたようですね。
松下幸之助の自伝を読み、新婚時代は猪飼野に住まれ、
そこからの出発と知り驚きましたが、却ってより一層親近感も感じました。
Posted by:Asuka  at 2008年03月16日(日) 07:34

★ラブリーさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
やはり昔は…何かタブーのような、少し恐い感じがしましたね…。
アメリカはさすがに自由の国ですね〜。
でも今は日本でも、本名を名乗り在日である事に誇りを持っておられる方々も増えています。私の友人もその1人です
松下ファミリーの方が、
原点を忘れていらっしゃらないとは素晴らしい!…私も感動します。

仰せのように、日本も少子高齢化の波をかぶっているのですから、
多民族国家へと脱皮していく日が近づいていると感じます。

こちらこそ、ラブリーさまの国際的な視点のお話をして下さり、
勉強になります。ありがとうございました
Posted by:ルル  at 2008年03月15日(土) 22:33

★遊歩さま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
東京の風景はあまり知りませんが…似ていますか?
下町風景というのは何処も似通ったものかも知れませんね
Posted by:ルル  at 2008年03月15日(土) 22:19

★けいみょうさま
あら、そうなんですか、
てっきりペラペラでいらっしゃるかと思いました
>英語と一緒です。
これ、説得力があります〜(笑)、
私も長年英会話に行っていますが…通っているだけで、話せませんもの
Posted by:ルル  at 2008年03月15日(土) 22:10

ルル様
在日コレアンのお話大変揺さぶられるものがありました。私は小さい頃西宮に住んでいましたが、当時はまだ偏見の激しい時で母達の年代は朝鮮部落、また同和は川向こうの部落と話していたのを覚えています。
何か子供心にタブーのような恐ろしい感じでした。
ロスにはたくさんの在日コレアンの人たちが住んでいます。アメリカのお国柄でしょうか、彼らもこちらへ来ると韓国名を名乗り、はっきりと在日だとおっしゃいます。私の5年前の記憶では日本ではまだまだおっしゃらない方も多かったのが記憶にあります。

松下電器の原点のお話ですが、今でもある松下ファミリーの方がそれを忘れていらっしゃらずに語られた事に大変感動した経験があります。

日本も多民族国家へと脱皮して行かなければ人口減少、労働力確保、消費力...等などの問題を解決できなくなる日が来るでしょう。

ルル様興味あふれるテーマをたくさん有難うございます。


Posted by:ラブリー  at 2008年03月15日(土) 10:13

ルルさんへ
2枚目の掘り割りの写真は東京の下町とよく似てますね。この様な掘り割りが規則正しく?・・・
流れているのかどうかは定かではありませんが。
Posted by:遊歩  at 2008年03月15日(土) 09:58

ルルさん
誤解を避けるために一言。
韓国語を習いに行ったけど韓国語はできません。
習ってもあまり頭に入らないし、残ってません。
英語と一緒です。
Posted by:けいみょう  at 2008年03月15日(土) 09:42

★けいみょうさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
>朝鮮人といって差別している人は鎖につながれた犬がうるさくほえている姿
>に見えますね。
同感です。
彼等のお陰で日本の文化・文明を、国を、作り上げてきましたのにね…。

韓国語がお出来になるのですか、わ〜いいですね〜
私は出来ませんが…在日のお友達は沢山います、皆さん良い方ですよね。
仰せのように、まだまだ日本の国では不当な扱いがありますね。
ずーっと日本に住み、日本語を話し、税金を納めているのに…全く日本人と同じ事をしておられますのに…行政の差こそ早くうめるべきですね。
Posted by:ルル  at 2008年03月15日(土) 02:26

★和ちゃんさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
>田舎では地区の事を何何部落と呼んでいました
そうですよね、
田舎の親戚に行けば、そういう言い方をしていましたもの。
今は何何地区と読んでいるのですか、差別と関係あるのかな?

私も、同和地区の事はあまり知らないのです。
本を読んでも納得できない事が多く、何故差別するか?が分かり難いです。
関係なくすんでいると、却って難しいという事もありますよね…。
Posted by:ルル  at 2008年03月15日(土) 01:35

★お福&美智子さま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
みっちゃんも、猪飼野に在日の同窓生がいたはるのですね
もしかしたら…そのお好み焼き屋さん、知ってるとこかも?
チマチョゴリは美しいですね〜!
娘のお友達で在日の子が卒業式にそれを着て出席しました、
一番人気がありましたよ
Posted by:ルル  at 2008年03月15日(土) 01:26

★メキシコのヒゲ親爺さま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
>在日の問題も同和の問題もなかなか厄介な問題ですね。
そうですね…『差別をしている人の姿、最も醜いものの一つ』…全く同感です。
メキヒゲさまもアメリカで差別されたのですか。
仰せのように、私達も、知らないうちに誰かを差別しているかも知れませんね。
障害者の活動に参加していました時に、同じ障害者の方同士で「あの人のほうが酷いわ」とか…お互いを差別しているのを見て驚いたものです。
全ての人間の心の奥底にこのような感情があるのかも知れません…。

在日の方々の困惑は色々なシーンでありますね、
私も多くの友人がいますのでそういう話をよく聞きます。
税金を払っているのに権利が認められないとか、日本でも韓国でも外人扱いで根無し草になっているとか…日本政府としての課題もまだまだありますね…。
そうそう〜、
来月のご来阪でも、美味しい鶴橋通いをされるのかな?
現在まだ予定が立ちませんが…オフ会が出来ればいいですね〜
Posted by:ルル  at 2008年03月15日(土) 01:16

★von Jagfeldさま
余計な口ではありませんよ、勉強になりますので大歓迎です〜 
被差別の人たちの事は今ひとつ分かっていませんが、そんな事があったのですか…。昔の映画を観ると時々声を消している部分がありますね、そういう言葉も含まれるのでしょうね。

>被差別されるどのグループも、汚い、貧しい、ガラが悪い、といったイメージ
>で(イメイジだけで現実ではありません)差別の対象とされていたのでした。
何となく分かります。
現代の貧困層やホームレスの人達も同じ理由で差別される事がありますね。
人間というのは何処かで優越感を感じたいようですね。
それが差別の起因なら…とても悲しく許せない事ですね。

強制連行の事もよく分かりました。
本を読んでも色々な意見があり…どれが本当か分かりませんでしたが、
お陰様で、これも何となく理解できたように思います。
>僕かてたまにはまじめな事言うことあるネンデ。!堪忍してや
vonさまの多面性と深さはよう知ってますデ〜、ホンマおおきに〜です
Posted by:ルル  at 2008年03月15日(土) 00:48

★とっちゃんぼうやさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
金田と張本の、その話は知りませんでした、
其々の育った環境による違いでしょうね。

在日コリアンと同和問題は、全く別のものです。どちらも長年被差別の立場にあった事は関連していても、結束も運動も別にしているはずです。
ただ、教師をしている友人から聞きますと、昔は、韓国人地域に就任する時にも開放同盟の事を勉強させられたそうです。意味は違っても、難しい場所への心構えと対策を学ぶものだったそうですよ。
私も、「部落」の事は身近ではなく、あまり知りません。
とっちゃんぼうやさまと同じで、藤村の「破戒」を読んでも…こんな事だけで何故今も差別されるか?の意味が分からず…随分悩みました。
仰せの通り、幕府が士農工商の下に勝手に最下層のエタ・非人を作り、「苦しくても彼等よりはましだろう」との逃げ口上を作っただけで、私達と何も変わりませんものね。
でも、色々見聞すると…部落出身だけで就職や結婚に悩んでいる方々がいます。反対にそれを逆手に取り、行政に迫ったり甘い汁を吸っている方々もいますね。どちらにしても、こんなお門違いの事が罷り通っているのが不思議です。

同和問題会議が開催されるのは関西が多いのかな?
部落開放で有名な水平社運動は京都で宣言され、大阪や奈良で大きく広がりました。有名な住井すゑさんの『橋のない川』も奈良が舞台ですね。
色々書きながらも…コリアン問題は、不当な事ではあっても、戦後の歴史背景や民族である程度分かりますが…部落の事はもうひとつ理解できません。
Posted by:ルル  at 2008年03月15日(土) 00:16

★mako116さま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
>このまま続くと私は神戸より大阪の方が詳しくなるんではないかと思うほどで
>す。大阪の案内人として知識を惜しみなくどんどんと公表して頂いて大阪が
>近くに感じられます。
ハハハ、、、そんな〜
でもそう言って下さると嬉しいです〜。
ご興味を持たれた場所がありましたら、いつでもご案内させて頂きますよ〜
仰るように、土地名が変わると名前の由来や歴史が消えてしまいますね。
こういう地名なども次世代に伝えていきたいと思います。
Posted by:ルル  at 2008年03月14日(金) 23:12

★きっちょむさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
>古からの意識空間がそのまま今に続いている。
本当に興味深いですよね、
古代の渡来人たちの霊が引き寄せたのでしょうか?

遺伝子のお話も興味深いです。
記紀の頃は、先進国の優秀な技術・学問集団という感じでしたものね。
もしかしたら…日本が領土になっていた可能性もあったかもしれません。
私達も、半島や大陸のDNAを持っているのでしょうね。
Posted by:ルル  at 2008年03月14日(金) 22:56

★どかみさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
どかみちゃんは近くを通る事が出来ないような経験をされたのですか、
戦後長い間…韓国人の町は特殊な感じがあったのは事実ですね。
私も、男性が路上でお酒を飲んで大声でわめいている場面に遭い、恐かった事を覚えていますが…今思うと…差別も含め生活もままならず、やり切れないお気持ちからそうなっていたのでしょうね…それを考えると辛いです。
今は差別もないですから、これからは国同士の真の理解が望まれますね
Posted by:ルル  at 2008年03月14日(金) 22:46

★静さま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
そうなんです、1973年ってついこの前ですよね。
「猪飼野」という歴史ある地名が、差別の原因になったのは寂しい事です。
重い「負の遺産」ではありますが…これも忘れてはなりませんね。
ここに書いた作家達は、私の私的感想ですが…独自の目線で社会を捉え、
純粋さとヴアイタリティーが溢れ、感動する作品を書いていますよ〜
Posted by:ルル  at 2008年03月14日(金) 22:27

★やうちさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
そうですね、
一昔前は、日本中でそういう事があったかと思います。
今は差別する人もなく、むしろ憧れる人も少なくありませんね。
嬉しい事です。それにしてもTVの影響は凄いです。
Posted by:ルル  at 2008年03月14日(金) 22:17

ずーっと昔から中国文化を朝鮮半島を経由して受け入れ、日本の文化を作り上げていたと言うのに、明治維新以来先に欧米先進国基準の先進国になったからといって何が偉いんでしょうね。
朝鮮人といって差別している人は鎖につながれた犬がうるさくほえている姿にしか見えません。

私が韓国語を習いに行ったのが韓国民団です。
そこでたくさんの在日の人たちに合いました。
在日韓国人の友達や韓国人の友達もいますが、立派な人たちです。
3世代4世代と日本に住み、日本語を話し、税金を納めているのにいまだに被選挙権はおろか選挙権さえない、一般の会社への就職も難しいと言うのが現実ですね。
なかなか現代の日本人と言うのは心が狭いですね。
古代は大量に百済から人を受け入れて国造りをしたというのに。
Posted by:けいみょう  at 2008年03月14日(金) 21:07

田舎では地区の事を何何部落と呼んでいました
今は何何地区と読んでいます
どこに行ってもこの呼ばれ方はあったのに今はどこもこの呼び方はしない
これは同和の部落と同じ意味だから
あまり関係なく育ってくると差別もしらないですんでいたのに
情報をどこかで得て差別を知るようになりました
だけどそのために同和問題や民族問題が起きているのかもわかりません
関係なくすんでいるからむつかしくもあります
Posted by:和ちゃん  at 2008年03月14日(金) 13:17

懐かしいなぁ〜
高校の同級生(在日)がここに住んでいました。
美味しいお好み焼きの店があって、みんなでよく行きました。
その頃、彼女の結婚のための衣装がもう準備してあって、
チョゴリの美しさに驚きと感動した事を思い出します。
Posted by:お福&美智子  at 2008年03月14日(金) 10:56

在日の問題も同和の問題もなかなか厄介な問題ですね。
ただ言えることは、差別をしている人の姿、最も醜いものの一つです。私もアメリカで謂れのない差別や無視を受けたことがありますが、私自身、知らないうちに誰かを差別しているかも知れません。ひょっとしたら人間の心の奥底にこの悪魔が潜んでいるのかも。でもこの悪魔、教育により充分飼いならすことが出来ると思いますが・・・

高校時代からの友人で在日朝鮮人の男がいます。今彼はアメリカの南カリフォルニア大学で教鞭をとっていますが、彼が悩んだのは国籍問題でした。彼は北朝鮮籍なのですが、親は何故か韓国籍。アメリカの出入国が結構面倒なので日本国籍を取ろうとしたのですが、国籍を取ったとき、戸籍に○新(○の中に新と表記される)と付されると聞き、取得を残念しました。今はどうか知りませんが。
何故日本はこんなつらないことをしたのでしょうか?全く理解に苦しみます。尤も、今でも日本で生まれた子供に日本国籍を与えない変な国ですから、何の不思議でもありませんが。
ところで彼の家に初めて行ったとき、カルビとユッケ(牛の生肉)を初めてご馳走になりました。世の中にこんな美味しい食べ物があるのかと感動したことをきのうのように覚えています。
お陰で大阪に行く度、鶴橋通いをする羽目に
Posted by:メキシコのヒゲ親爺  at 2008年03月14日(金) 09:52

また余計な口を挿ませてもらいます。
被差別の人たちの名称は、すでに戦前から、蔭ではそう呼んでいましても、そう呼ぶのがはばかるようになっておりました。現在はもちろんすべてのメディアでその名を呼んではいけないことになっていると思います。多田武彦さんという京都大学法学部卒業の大阪出身の作曲家がいますが、彼の数多くの男声合唱曲の中で特に「雨」という組曲がありますが、その中の古い詩の中で、「非人」という言葉、が歴史上の事象として出てきたのを、彼は後で、愧じて、そこまですることは無いと思うのですが、その組曲を構成する7曲からひとつを省いてしまいました。
いい曲だったのですがね。
被差別されるどのグループも、汚い、貧しい、ガラが悪い、といったイメージで(イメイジだけで現実ではありません)差別の対象とされていたのでした。もうこの差別が歴史上の記憶となっていくことを願っています。
それから当時の内地への強制連行というのは、これも安易な言い方で、
戦時中の日本では徴用令というのがあって、多くの人が軍需工場に故郷を離れて連れて来られていました。神戸にも東北の片田舎から引っ張ってこられて人々が大勢おり、朝鮮半島から内地に徴用された人も当時の日本国民として同じ事象でした。これを不正確に強制連行と呼ぶのは、当時の朝鮮の人々に対する事実の、厳しさの取り違いとなり、真実の問題点を隠すことにならないか心配しております。

ヘヘ。 ルルさま、僕かてたまにはまじめな事言うことあるネンデ。!
堪忍してや



Posted by:von Jagfeld  at 2008年03月14日(金) 09:49

★かおりょうこさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
>京都に引っ越したとき、大家のおばあさんから部落の話を聞き
>びっくりしたものです。
部落の事も、意味がないのに差別されてきましたね。
そういう方に触れる機会がありませんでしたので、もう1つ理解できませんが、
これも目をそらせる事の出来ない大事な問題ですね。
Posted by:ルル  at 2008年03月14日(金) 04:05

★ババドルさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
「三国人」、昔よくこの言葉を聞きました。最近も言うのでしょうか?
意味のない差別は、恥ずかしく悲しいものですね…。
もう5世になるのですか、介護でも歓迎されるでしょうね。
今は差別する人も居なくなっていますよね。私も在日のお友達が沢山いますし、娘は韓国の留学生の友人が多いです。
差別は昔の事で、現代は、世間でも拘りやわだかまりはないようですね
Posted by:ルル  at 2008年03月14日(金) 03:57

★Kenrobさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
はい、似通った状況は国内のあちこちにあると思います。
仰せのように、在日でなくても厳しい生活を強いられている人が多いですね。
大阪は、在日だけでなくホームレスの人数も日本一多いですので、色々と感じる事も多いです。日本と朝鮮半島の問題ではなく、1人1人の問題ですね。
それに、在日だから・ホームレスだから・部落だから・その他にも…○○だから・等と言っても…それら全ての人が苦労している訳でもなく、中にはそれを逆手に取って横暴な事をする人も居ますし、十把一絡げには出来ませんね。
ご指摘通り、私も、様々な事象を注意深く見つめることが大事だと思います。

そうそう、拙い弊ブログに、博識なKenrobさまが、足跡を残すのに躊躇される?なんて思うと書けなくなりますよ〜、どうぞ気軽にお越し下さいね〜
Posted by:ルル  at 2008年03月14日(金) 03:33

★夢さま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
今日の大阪も、コートがいらないくらいの暖かさでした♪
強制連行は悲しい歴史ですね、きちんとした謝罪が必要だと思います。
その反面、過去最高額の脱税も大阪の韓国人ですね、
在日でも其々・色々の人が居て、一口では言えない複雑さがありますね…。

天皇家も私達庶民も、百済・その他の渡来人の子孫かも分かりません。
平安京より古い、日本最古の四天王寺も、渡来人の技術なしには建ちませんでした。仰せのように、文化も学問も彼らによって伝えられたのですものね。
Posted by:ルル  at 2008年03月14日(金) 02:46

★子鹿さま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
>私の恩人に、在日韓国人の人がいます。
仰せのように韓国の方は『民族的義侠心、助け合い、義理のかたさ』を持っておられますね。儒教の精神でしょうか、目上の人も大事にしますね。
ホント、日本人って、欧米に寛容でアジアには厳しいですね、
どうしてなのでしょうね?戦争の影響でしょうか?
Posted by:ルル  at 2008年03月14日(金) 02:27

★von Jagfeldさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
(また口真似されてしもた〜笑) 感謝だなんてとんでもないです
仰せのように…大阪生まれの大統領誕生を機に、二つの国同士の差別、
敵対心が解消し、双方の融和が出来れば嬉しいですね。
>ものの見方には色々あって、…
私も、そこが大切な処だと思います。
終戦直後の韓国人の暴行は、神戸のみならず各地の闇市などにあったと聞いています。其々の立場で言い分も色々でしょうが、お互いに過去へのこだわりを解消していきたいですね。

え〜っ!奈良と京都に来はったのですか?!
はい、隣町の感覚で、どちらも大阪からは30分で行けますよ。
水臭い事言わんと(笑)、いつでもお声を掛けておくれやす〜
とは言うものの…昨今は予定が詰まってしもて…身動きが取れず…
ま、先に延ばすほうが楽しみも大きいし〜、いつの日かきっと!(*^_^*)
Posted by:ルル  at 2008年03月14日(金) 01:22

往年のプロ野球の大スターの金田正一は現役時代、「朝鮮人」と呼ばれるのを
極度に嫌い、逆に張本勲はむしろ喜んだとかの話を耳にしたのを記憶していますが、その真偽はともかく、いまルルさんの投稿と直接関係ないと思うのですが、この在日コリアンと同和問題は何か関連性があるんですか?
 多分起源は別のものだと思いますが、運動としてはいま現在軌を一にしているのでしょうか。
 学生時代、島崎藤村の「破戒」を読んだのですが、よきにつけ、悪しきにつけ、刺激の少ない地方育ちの身ゆえ、いまいち「部落民」を理解できませんでした。

歴史上、明治政府の四民平等政策のおり、最下層でもあったエタ・非人も所謂「解放令」により解放されたと聞いていますが、それは法制上だけのもののようで、人々の意識の中でも一件落着とはいかなかったようですね。
  私はそれらの社会問題を身近なものとして捉えることはありません。
同和問題 ? What‘s it ? 長い間「単なる異国の社会問題」としてのみ潜在意識に残っていたのでしょうか、いま貴女の投稿でこれらの疑問が蘇えったようです。

 と、申しますのも私の友人や知人に小・中・高校の教師が何人もいて、彼らからよく「同和問題全国大会に行ってきた」を耳にしてきました。
 開催されるのは関西が多いのですか?
 何度か京都や大阪開催を耳にしたんですが。
 それはともかく、「おたくさんたちは、こんな問題は余り関係ないみたいですから、結構ですね〜」と他府県の出席者たちから羨望と皮肉が入り混じった言葉を経験したそうです。

 つまり、私の住むエリアにおいて、私たち世代の親たち(現在進行形で死んでいってますが?)には、まだ言葉こそ違え、エタや非人が残っているのは事実ですが、その世代以下の大半の人たちにとって同和問題などは「戦後のマッカーサーの改革とともに消えた歴史的事実」に過ぎないようです。

 いや、そんなことが問題に「なっていた」、あるいは、「なっている」ことも知らない人たちさえ多数いるのです。

 「同和問題」という単語やその表層的な意味しか知らない私が偉そうなことは言えませんが、同和問題と在日コリアンの問題は、まったく別のものなのでしょうか、それとそれらが重なり合う部分を指すのでしょうか、それとも一体化したものなのでしょうか。
Posted by:とっちゃんぼうや  at 2008年03月14日(金) 01:08

こんばんわ〜
土地名が変わると若い人は特に解らなくなり名前の由来など教えてくれる人も少なくその点大阪の知恵袋と言えるのではないでしょうか。
私は神戸しか知らずだからといって灯台下暗しで神戸の事を知っているのかと言うと恥ずかしながら余り詳しくもないのです。
このまま続くと私は神戸より大阪の方が詳しくなるんではないかと思うほどです。大阪の案内人として知識を惜しみなくどんどんと公表して頂いて大阪が近くに感じられます。
猪飼野の事がわかり行った事はありませんが興味が湧いてきました。
Posted by:mako116  at 2008年03月14日(金) 01:00

★chuuchichiさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
はい。関西特に大阪にはこの様な町が多いです。
在日朝鮮・韓国人の数も日本一なら、ホームレスも日本一多く、
他府県に居たそういう人々が大阪に流れてくる数も多いです。
別の見方をすれば、彼等にも住み易い町・人情がある町とも言えますが…。
>現実はまだまだ差別の問題残っていますね。
そうですね…。
仰せの通り、良い人も悪い人もいて…一筋縄ではいかないと思います。

松下幸之助氏は、実家が貧乏で子供の時に丁稚奉公に出されたそうです。
そこで色々な事を学び考え、この地の借家で独立・起業しました。
一緒に苦労した義弟が三洋電機を創業したのも興味深いですね。
Posted by:ルル  at 2008年03月14日(金) 00:51

★らっこさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
九州も歴史が古いですから、百済の名残りがあるでしょうね。
唐・新羅連合の戦争に負けて攻め込まれるのを想定した物
が残っているのは貴重な遺跡でもありますね。
『大宰府さえ生き残ればいいと言う発想』は知りませんでした。

>当時何を指して朝鮮だ、日本だって言っていたんでしょうね
そうですね。
これも種々の論がありそうで…難しいでしょうね…。
Posted by:ルル  at 2008年03月14日(金) 00:32

★すなかけばばあさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
>桃谷駅近くには、従姉妹がお饅頭屋をやっているし、近くに病院もあるの
>で、たまに行くのですが、こんな場所があるなんて初めて知りました
そうなんです、
他府県から来られたお方はご存知ないかも知れませんね。
いつか、すなちゃんにディープな大阪案内をさせてもらいますわ〜
Posted by:ルル  at 2008年03月14日(金) 00:16

★菊さま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
やはり色々なご経験をされているのですね、
仰せのように、朝鮮問題も部落問題も、正否入り混じって難しいですね…。
井筒監督の『パッチギ』で京都の朝鮮高校の様子が描かれていますが、
当時は、何処でも日本人の高校生との喧嘩が絶えなかったそうです。
菊さまの複雑なご心境も分かるような気がします。
差別・被差別だけでは片付かない問題もありますものね。
Posted by:ルル  at 2008年03月14日(金) 00:09

★湘南ジョガーさま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
>どんなに特異でも、そこには人の暮らしがある。
そうですね、そこから理解しないといけないですね。
私も、人間同士、『その中で理解できないことはない』と信じています。
でも…現実はまだまだのようですね…。
Posted by:ルル  at 2008年03月13日(木) 23:57

★散輪坊さま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
朝鮮人民…韓国と朝鮮の問題も根深いですね。1つの国が分断され、
家族がバラバラになり…真の統一を望んでいる方々がたくさんいますね。

今度の韓国大統領は、この南隣にある平野区で生まれ育ちました。
李氏の父上が、昭和10年に仕事を求めて日本に来たそうですが、
戦後、一家は極貧の生活をしていたそうです。
ですから、「弱者に優しい政治」が出来る人として期待されているそうですね。
Posted by:ルル  at 2008年03月13日(木) 23:51

興味深いお話です。
古からの意識空間がそのまま今に続いている。
そんな感じがします。

今の時代は髪の毛一本からその人の遺伝子が殆どすべて分かる時代です。うろ覚えですが、日本人の遺伝子について記された本が、たしか十数年前にNHK出版から出た様に思います。
その本によれば、日本人の3分の1は朝鮮半島系の遺伝子を持ち、もう3分の1は中国大陸系の遺伝子を持っていると。
純日本人の遺伝子だけの人は10万人に1人しかいない、と載っていたのではなかったかと思います。
この事は何を意味しているでしょうか。記紀の頃、又それ以前に、朝鮮半島から、また中国大陸から多くの人たちがこの日本にやってきた、少なくとも差別される人達としてではなく、或る意味征服者としてやってきたことを意味していないでしょうか。
記紀の不可解さはそんなところにあるのかも知れません。
Posted by:きっちょむ  at 2008年03月13日(木) 23:22

生まれた国、場所が違うだけなのにね。と今では云えるけど・・・
暗い戦後を引きずった街を通るのが怖かった過去があります。
多くは語れませんがその時は近くを通ることが出来ませんでした。
もちろん今は「世界は一つ」ですよ〜〜
Posted by:どかみ  at 2008年03月13日(木) 23:19

★西行桜さま
こんばんは〜 いつもありがとうございます
時間を見ると5時半ですね〜
ご起床時間は私が寝る時間で、丁度すれ違いです(笑)
朝鮮・韓国問題では、宇治のウトロ地区も大変な事になっていますね。
同和問題も難しいですね…お互いの立場があり、中々解決しませんね。
負の遺産も歴史として大切で、消したり忘れてはいけない事ですね。

「山本富士子邸跡」ですか?!引越しする度に作るんかいな〜(苦笑)
山本富士子さんのお姉さんが、近所で耳鼻科を開業しています。
娘を可愛がって下さり、パーティにも連れ出されました。
お誘い、おおきに〜!行きたいけど…予定が詰まって時間がありません…
その内又京都で仕事があるかも?
Posted by:ルル  at 2008年03月13日(木) 23:15

こんばんは。

また大阪のことを色々勉強させていただきました。
ありがとうございます。
改名が1973年ということは まだ最近とも言えるのに 今まで「猪飼野」という地名があったことも知りませんでした。
単にその場所だけでなく、そこにあった色々な問題まで・・。
西行桜さまも書いておられましたが、重い「負の遺産」が長く存在していたのですね。
また そこ出身の作家名も目に入り、興味がわきました。
知らなかったことが多すぎて・・
しみじみ読ませて頂いてます。
Posted by:  at 2008年03月13日(木) 22:58

連日の“なにわ案内” ご苦労様です。

ご紹介の「猪飼野町」に限らず、悪しき時代の“朝鮮人”差別は全国各地にあったようですね。子供の頃、当地でもそれがありました。在日の大人達はあまりの差別に憤慨し、日本人に対し”朝鮮人・朝鮮人とパカ(馬鹿)にするな〜同じ飯食てドコ(何が)違う”〜と、日本人に噛み付いた事を思い起こしてています。
Posted by:やうち  at 2008年03月13日(木) 21:48

京都に引っ越したとき、大家のおばあさんから部落の話を聞きびっくりしたものです。
生まれ育った田舎はむしろ人と人が密接すぎて・・・・

でも目をそらせない事ですよね。
Posted by:かおりょうこ  at 2008年03月13日(木) 20:40

「三国人」と言う言葉が差別用語のようになっています
私も子供の頃には 大人達が朝鮮人を色メガネで見ている中で育ってきました
人が人を差別してはならない 恥ずかしい事です
在日朝鮮人は1910年代から始まって 今や5世になろうといています
高齢化社会が進み 生野は1人住まいの老人が多い所です
この5世の朝鮮人の若い人達に 1人住まいの日本人の老人達が介護をお願いする日が来るのではないでしょうか
Posted by:ババドル  at 2008年03月13日(木) 18:17

日本最古の橋は?と聞かれてとっさに 八つ橋かな? と思った程の歴史音痴ですので貴ブログに痕跡を残すには勇気がいります。
猪飼野が在日朝鮮・韓国の住む地域とは知りませんでしたが、似通った状況は国内のあちこちにあるようですね。人の嫌がる事を請け負い、日本経済の発展を底辺から支えてくれた彼らを遠巻きに見ていたような気がしてとても恥ずかしい、と仰るお気持ちは尊敬したく思います。
一方で在日でなくてもそういった厳しい生活を強いられている人達も少なくないのも事実でしょうし、我が国と朝鮮半島という関係に拘らず事象を注意深く見つめることが大事なようにも感じます。


Posted by:Kenrob  at 2008年03月13日(木) 17:28

ルル様
春めいてまいりましたね、大阪にまるで縁のない私でも解る様に、「日本最古の橋」などご紹介いただきましてありがとうございます。

 わが国は韓国、朝鮮とは縁が深く、でも日本が他国を併合するという暴挙を行い無理やり日本に連行した悲しい歴史の中でいまだに心に痛みを抱えているお方が多い中で、

 中には最近脱税で発覚した58億という巨額の遺産相続韓国籍の姉妹お二人〜〜〜〜

 平成13年天皇誕生日前に恒例となっている記者会見において今上天皇は、

 翌年のサッカーワールドカップ共催に際してのコメントの一部で、「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに韓国とのゆかりを感じています」との発言がありました。

 京都、平安京も桓武天皇の時代に土木治水、等を渡来人の技術によって誕生したことは周知のこと、両国の長い歴史からみればあちらは日本の文化の師匠であって不幸な時代はごく僅かな時間でしかないのですが〜〜〜〜、
Posted by:  at 2008年03月13日(木) 13:38

私の恩人に、在日韓国人の人がいます。
彼らの多くは就職もままならず、自力で成功を収めた人達でした。
日本名と韓国名を持ち、日本人として暮していますが、民族的
義侠心、助け合い、義理のかたさは、日本人が何処かに置いてきた?
かもしれない物が今も健在です。

今も白人には寛容な日本人、アジアには手厳しい発言や接し方、まだ
戦前のような人達は多くいます。これは、大人達の刷り込みによる
ものもあるでしょう。
国際化の波は避けられません。いつまでも「日本人である、ゆがんだ
優越感」は日本人が蔑みを受けますね。
Posted by:子鹿  at 2008年03月13日(木) 13:13

ルルさま
おはようございます!いつもありがとうございます。
また口真似してしもた!
我々、特に関東人からは少々タッチイなお話を開示してくださって
感謝しています。
差別の問題葉簡単には解消しないでしょうが、今度の韓国大統領が
大阪生まれということもあって、この二つの国同士の差別、敵対心
(日本側からは余りありませんが)が漸次解消していくことを
願っています。 ルルさまが実践されて双方の融和を考えてくださっていられることに深謝。
まあ昔から百済対新羅、慶尚道対全羅道、関東対関西、熊襲対いわゆる大和民族、etc.etc,、といろいろあっても、やがては
縄文人と弥生人とが融合して行ったようになることを期待しています。
ものの見方には色々あって、たとえば終戦直後の神戸での韓国人の暴行はあれ何や!という人もあり、日本側にもその他色々言い分があるのですが、(無論韓国朝鮮側にはもっと言い分がありましょう)過去へのこだわりをだんだん解消したいですね。
ところでまた余分な話を一席。
この日曜日から月曜日に掛けて、久しぶりに奈良と京都に行ってきました。ルルさまの感覚で言えば、何や隣町に散歩しただけや無いか!
でしょうが、貧しい僕にとっては月旅行どころか、火星に行った心地でした。 浄瑠璃寺、岩舟寺は初めてなので感銘を受け、あと
法華時と秋篠寺を経て二月堂のいわゆるお水取り、修二会で「よう火事にならへんなあ!と感心しながら松明の乱舞を見て、翌日は城南宮、梅宮神社、北野天神さんと梅の盛りを鑑賞して、
東の国に戻りました。本当はルルさまに敬意を表しに伺うべきだったのでしょうが、お邪魔であったでしょうしまたの機会にルルの宮にお詣りさせて貰いまっさ。
お元気で引き続き、大阪の異民族問題をもご紹介ください。
二千年前にさかのぼって!
Posted by:von Jagfeld  at 2008年03月13日(木) 11:16

関西特に大阪にはこの様な町が多いようですね。飛鳥などの時代に文化人として日本に新しい技術や文化を伝えてくれた人たちが当時動物の肉などを食べない日本人と区別をされ差別されて来たことは日本人として恥じなければいけないことですね。今は同和問題などで表立って口にする人はいませんが、現実はまだまだ差別の問題残っていますね。
私も仕事の関係でこの様な人たちとの付き合いもありましたがいい人は非常にいいのに悪いのはどうしようもないそういう格差がチョット大きいですね。
今では世界の松下・パナソニックと言われる企業が小さな借家から始まったというのも非常に興味深いことですね。
Posted by:chuuchichi  at 2008年03月13日(木) 10:16

大阪にも古くから百済の名残りがあるのですね。
ここには「水城」と言って長い土塁が残ってます。ところどころ国道や
JRに寸断されてますが。
百済・日本VS唐・新羅の戦争に負けて攻め込まれるのを想定して、築いたものです。
固い話を勝手に庶民風に解釈すると、今の博多・福岡は捨石、水城のあるここ春日や大野城市は生き残りたかったら死に物狂いで戦え、大宰府
さえ生き残ればいいと言う発想なのでしょう。今じゃ賑わいが反比例してますが、時代の移り変わりの無情なこと

それにしても当時何を指して朝鮮だ、日本だって言っていたんでしょうね今の国境概念は当時よりはるか後に思いついた気がします。
Posted by:らっこ  at 2008年03月13日(木) 08:01

ルルさん
おはようございます^^
桃谷に、こんな由来があったなんて..知らなかったぁ
桃谷駅近くには、従姉妹がお饅頭屋をやっているし、近くに病院もあるので、
たまに行くのですが、こんな場所があるなんて初めて知りました
私には、大阪に住んでいて住んでいない感覚が多々あります(笑)
Posted by:すなかけばばあ  at 2008年03月13日(木) 07:24

大人たちの侮蔑的な対応に感化していた子ども時代。
高校の頃には朝鮮高校(チョンコー)の学生からカツアゲされ、20歳頃の学び舎では対岸にあった朝鮮部落の生活を、2年間も教室の窓越しに眺め、社会人になってからは、同和との金銭問題でトラブル。
かっこ良く”差別なんかしていない”と言いたいのですが、憎しみは心に染み付いて消えていません。でも、彼等は自分よりもっと深く差別された心の傷が癒えていないと思います。お互いに似過ぎているのか、個人的には仲良しなんですが民族的には反発してしまいます。(すみません)
Posted by:  at 2008年03月13日(木) 06:37

大阪の裏路地には、表の装いにない気質と人情があることでしょう。
どんなに特異でも、そこには人の暮らしがある。
その中で理解できないことはない、と思うが単純すぎるか。
まだまだ長い時間との闘いが続くのであろう。
Posted by:湘南ジョガー  at 2008年03月13日(木) 06:24

 昔勤務した会社に韓国籍の同僚がいました。
現在は帰化してしまいました。あるとき何でも
聞いてくれと言うので、韓国人と言っていいのか
朝鮮人というべきなのかと聞きました。
朝鮮人民というのが本当かもしれないと言う答えでした。
 今度の韓国大統領は日本生まれと聞きますけど
そのあたりで生まれ育ったんでしょうか?
Posted by:散輪坊  at 2008年03月13日(木) 06:20

おはようさん。

寝たはるやろな。

京都にも地名を変えた(抹消した)ところがあります。

崇仁地区・・・今は七条河原町と表記されていますが、もともとは「内浜」。
いわゆる被差別部落の場所です。
昔は高瀬船の舟溜まりに由来する地名でしたが、今は七条河原町の角に「内浜診療所」があって、その名残をとどめています。付近には子供の頃には、靴屋、かばんやが何十件とあって、賑わっていましたが。

昨今の同和問題見直しで、立ち退きが始まり、区画整理が行われています。更地が増え、やがてはマンションが建ち並ぶのでしょう。


このように言わば負の遺産も姿を消し、町は近代化?が進むのでしょうが、差別と言う事実、差別された人々、差別を逆手に取った行為・・・。埋没していくのでしょうか。

「松下幸之助起業の地」と言う碑も大阪らしいですね。
京都の寺町に、歴史上の人物の碑に混ざり「女優・山本富士子邸跡」とあるのには驚きました、まだ存命中の人やろが!

もうすぐ京都の桜、咲きますえ。どうぞお越しやすな。
Posted by:西行桜  at 2008年03月13日(木) 05:30

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