九度山の山里。
慈尊院の弥勒堂
我が家の玄関の下駄箱の「キリバラ」と「鉢植えのブルべりー」
有吉佐和子さんの「紀ノ川」再度読み、慈尊院を再度訪れた。大阪は曇り空、しかし、紀ノ川界隈は晴れ間が、慈尊院は柿の有名な九度山にある。
この慈尊院は弘法大師の母親(御母公)をお招きして、弥勒堂を住居と
83歳でこの世を去る。
こんなことばが、、
母をなくして 子なし
子なくして、 母なし
大師も
御母公あっての
大師なり
境内の掲示板に。
そこに「有吉佐和子さんの紀ノ川の紹介と」
この本のプロローグは主人公「花」と「花」の祖母「豊乃」が花の縁談のことで慈尊院の階段を上がって行くことから。。。。。
弥勒堂をお参り、本堂で「豊乃」「花」に話す。
高野山にはの 女は入れえんがのう、この自尊院までは上がれるんやよしてよし。そやよってに ここは女人荒野と云うんやして、
花知ってたわの
以下は本で、、、
この本は有吉先生の自伝に近い。花の長女(文緒)が有吉先生に?
一方、私の父は紀ノ川の砂利を運び、生計を、今の生活が出来てるのも
亡き親父と紀ノ川のお陰、また幼少の頃に紀ノ川で遊んだことが今も一番印象深い
今日再度訪問、住職と話した。昭和40年に「紀ノ川」が映画化された。
この慈尊院でロケがあった。そのロケの写真を見せていただいた。
その御礼とこの境内にある「多宝塔」の修築御志納金を。。91歳の母の気持ちを添えて。
そして、「花」の嫁ぎ先の六十谷に行った。「花」の嫁入りは紀ノ川を船で
下って、途中、粉川、岩出、で休憩。その距離は30キロ弱。
5隻の船での嫁入りの様子はその界隈でも有名であったとか。
六十谷に行ったが、真谷家は残念ながら、解らず、帰る。帰り道に
バラ園が、人がいないが、切りバラを置いてる。箱には300円と、
300円を入れて、玄関に。花なと添えて、気分をと。
途中に「青洲の里」でランチ。今日は夏休みの最初の日曜日。子供連れが
多かったので、直ぐに退散。
慈尊院の弥勒堂
我が家の玄関の下駄箱の「キリバラ」と「鉢植えのブルべりー」
有吉佐和子さんの「紀ノ川」再度読み、慈尊院を再度訪れた。大阪は曇り空、しかし、紀ノ川界隈は晴れ間が、慈尊院は柿の有名な九度山にある。
この慈尊院は弘法大師の母親(御母公)をお招きして、弥勒堂を住居と
83歳でこの世を去る。
こんなことばが、、
母をなくして 子なし
子なくして、 母なし
大師も
御母公あっての
大師なり
境内の掲示板に。
そこに「有吉佐和子さんの紀ノ川の紹介と」
この本のプロローグは主人公「花」と「花」の祖母「豊乃」が花の縁談のことで慈尊院の階段を上がって行くことから。。。。。
弥勒堂をお参り、本堂で「豊乃」「花」に話す。
高野山にはの 女は入れえんがのう、この自尊院までは上がれるんやよしてよし。そやよってに ここは女人荒野と云うんやして、
花知ってたわの
以下は本で、、、
この本は有吉先生の自伝に近い。花の長女(文緒)が有吉先生に?
一方、私の父は紀ノ川の砂利を運び、生計を、今の生活が出来てるのも
亡き親父と紀ノ川のお陰、また幼少の頃に紀ノ川で遊んだことが今も一番印象深い
今日再度訪問、住職と話した。昭和40年に「紀ノ川」が映画化された。
この慈尊院でロケがあった。そのロケの写真を見せていただいた。
その御礼とこの境内にある「多宝塔」の修築御志納金を。。91歳の母の気持ちを添えて。
そして、「花」の嫁ぎ先の六十谷に行った。「花」の嫁入りは紀ノ川を船で
下って、途中、粉川、岩出、で休憩。その距離は30キロ弱。
5隻の船での嫁入りの様子はその界隈でも有名であったとか。
六十谷に行ったが、真谷家は残念ながら、解らず、帰る。帰り道に
バラ園が、人がいないが、切りバラを置いてる。箱には300円と、
300円を入れて、玄関に。花なと添えて、気分をと。
途中に「青洲の里」でランチ。今日は夏休みの最初の日曜日。子供連れが
多かったので、直ぐに退散。
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at 19:04
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