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紀ノ川と子安地蔵寺 [2007年07月29日(日) ]
我が家の「朝顔」


紀ノ川の堰「青洲の里当たり」


子安地蔵寺の境内の掲示板


同境内の「ユリの花」


  昨日より暑さは和らいだ。二輪が開花した朝顔に水遣り、この朝顔は背丈が伸びず、青洲の里で買った。もう二週間になるか。

選挙に投票し、一路好きな和歌山へと向かう。ここ2・3日の晴天でベールにつつまれた山並み。もしや、黄砂?何時もの道路を走る。

桃山町界隈にきたら、堰を発見。この近辺に来ると川幅はぐ〜と広くなる。
この光景を眺めること数分。北海道の十勝川の「さけの遡上」を想像と
「鮎」が居ないか、望遠鏡で観るがその陰はない。釣り人もいない。

  丁度11時ごろ、青洲の里にテラスにと行った。食べること20分、
 暑くて、食を呼ばない胃袋、店内に移動、これから暑さでテラスでは
少し辛いか?12時ごろになると店内は満員。待つ人も沢山と

  一応、満腹、退散と外にでる。苗木に「ローズマリー」が目についた。
 スタッフに尋ねた「大きくなると」そうすると外の植え込みにその花を観たが写真を撮ってなく、残念。紫色した小さい花だった。早速購入、

 そして、帰路に。久しぶりに「歩絵夢」に。そうこうしてると「子安地蔵寺」
案内板が目に入る。「藤棚」以来かと自問。一度行ってみるか。
 境内に入ると、小さいお子さんを連れたおかあさんが「お百度」してる。
なにか?想像するも、掲示板が。。。「良いことば」と写真に。

 この地蔵寺は花地蔵の由来、季節問わず、花が咲いてる。「ゆり」
しかし、どんなユリかは不明。
 約1時間居た。ここは風通しよく気持ちよかった。隠れ家は次回にと
 帰宅した。苗木は明日植えよう!

Posted at 19:32 | この記事のURL
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紀ノ川 [2007年07月22日(日) ]
九度山の山里。

慈尊院の弥勒堂

我が家の玄関の下駄箱の「キリバラ」と「鉢植えのブルべりー」


 有吉佐和子さんの「紀ノ川」再度読み、慈尊院を再度訪れた。大阪は曇り空、しかし、紀ノ川界隈は晴れ間が、慈尊院は柿の有名な九度山にある。

この慈尊院は弘法大師の母親(御母公)をお招きして、弥勒堂を住居と
83歳でこの世を去る。

   こんなことばが、、
       母をなくして  子なし
        子なくして、  母なし
          大師も
       御母公あっての
          大師なり  
        境内の掲示板に。
  そこに「有吉佐和子さんの紀ノ川の紹介と」

 この本のプロローグは主人公「花」と「花」の祖母「豊乃」が花の縁談のことで慈尊院の階段を上がって行くことから。。。。。
  弥勒堂をお参り、本堂で「豊乃」「花」に話す。
    高野山にはの 女は入れえんがのう、この自尊院までは上がれるんやよしてよし。そやよってに ここは女人荒野と云うんやして、
     花知ってたわの
       以下は本で、、、

 この本は有吉先生の自伝に近い。花の長女(文緒)が有吉先生に?

一方、私の父は紀ノ川の砂利を運び、生計を、今の生活が出来てるのも
亡き親父と紀ノ川のお陰、また幼少の頃に紀ノ川で遊んだことが今も一番印象深い


 今日再度訪問、住職と話した。昭和40年に「紀ノ川」が映画化された。
この慈尊院でロケがあった。そのロケの写真を見せていただいた。
  その御礼とこの境内にある「多宝塔」の修築御志納金を。。91歳の母の気持ちを添えて。

そして、「花」の嫁ぎ先の六十谷に行った。「花」の嫁入りは紀ノ川を船で
下って、途中、粉川、岩出、で休憩。その距離は30キロ弱。
  5隻の船での嫁入りの様子はその界隈でも有名であったとか。
  
 六十谷に行ったが、真谷家は残念ながら、解らず、帰る。帰り道に
バラ園が、人がいないが、切りバラを置いてる。箱には300円と、
 300円を入れて、玄関に。花なと添えて、気分をと。

途中に「青洲の里」でランチ。今日は夏休みの最初の日曜日。子供連れが
多かったので、直ぐに退散。

Posted at 19:04 | この記事のURL
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紀ノ川 [2007年07月15日(日) ]
濁流の紀ノ川


青洲の里のレストラン内の絵画

昨日の台風で和歌山に上陸、その情報のやりとりがこのサイトの子鹿さんのアディアでチャット風で全国におられる方から情報をちくじ書き込みが、
私も参加、幸い私の住んでるところが被害もなく、しかし、沖縄・九州・四国
東海・千葉・栃木・福島と等々被害が拡大、被災者には気の毒であった。
今回の台風は7月として規模が史上最大とか。それは海水温度が普段より
高いことが原因らしい。所謂温暖化か。

さて、早起きの小生、5時ごろに起床、テレビの台風情報を紀伊半島沿いを
通過中とか、しかし、我が家の住んでるところは昨夜より風、雨もなく、青空を伺う感じする天候、すると、もう「クマゼミ」が鳴きだした。これも可笑しな現象だ!幼いころは「ミンミンゼミ」が鳴き出して、「アブラゼミ」がそして「クマゼミ」で「つくつくぼうし」で終わる。「ミンミンゼミ」と「アブラゼミ」が消滅した。新聞の記事で土地の乾燥化らしい。

そんなことで、昨夜から心配していた和歌山の紀ノ川沿いの「桃畑」それと
華岡青洲の里であった。出発時は曇り空、和歌山に到着したら、土砂ぶりの雨、紀ノ川は普段は「コバルト ブルー」のような清流でその眺めは心が和む、しかし、今日の「紀ノ川」を観た途端、その濁流に狂気を感じさせるほど怖い姿に戸惑う。10分ほど濁流を観察、材木やゴミ等々、勢いよく流れて行く。このゴミが海に行くのかって!そして川沿いを走ること、「桃畑」の桃は落ちていない。ハウスも被害なく、良かった。と安心した。

青洲の里へと走り出した。途中に「産地の直売店」が、車から降りて
桃が沢山置いている。おばさんがやってきて「ご主人如何」と。聞くと落ちる
前に昨日に収穫した。そこでこの空模様、お客が全然こない。桃を採っても
買う人がいない。値段を見ると、なんと30個が500円ではないか!しかし
いくら安いってこんなに食べられるわけないし、まあ「ええか」買うことにした。もしや「まずい」のでは?と思い車の中で1っ個食べたがめや甘い。

そうこうすると青洲の里に、スタッフの方に10個あげた。「何時も有難う」って!テラスにと、そしたら今日は強風で使用不可のチラシが、部屋でいただく。ここも被害なしとのこと、

そこに、責任者が、、何時も有難うございます。と「いいえ」ここが好きなんです。と  台風の影響が残ってることでお客さんも私と家族連れが3組
責任者が私の隣にお話してよろしいですか?とスタッフから色々聞いています。「いやいや」その内に、企画の仕事をしていた当時の癖が。維持管理のことが興味があり、色々と尋ねた。スタッフの数は40人、平成9年に開業
バブル崩壊後だったので、開業資金がこの地域の人も寄付も。

責任者が維持管理する費用を稼ぐこととこの「健康バイキング」を発案したらしい。しかし、まだ、まだ不十分だって!
私も好きな方で好いアイデアではないが、参考にと。「紀ノ川をキーワード」
メニューに旬を、今なら「鮎」「桃」を入れたら。値段と相談?「旬」の材料を

それと「有吉 佐和子」さんのツアーを全国的に募集、旅行会社と相談要
キーワードは「紀ノ川」「華岡 青洲の妻」の本から「慈尊院」「青洲の里」
この里でランチ、「加絵さんの実家」を見学し、海南にある「マリーナシティ」で宿泊のプラン。時間があれば、「根来寺」を見学、そんなことで
新規顧客の獲得とリピータ客をひきつける戦略が必要ではと。
華岡青洲とか、紀ノ川って差ほど知ってる人が少ないが「有吉 佐和子」さんの方がメジャーと。。。

そうこう談話して、レストラン内に掲示してある絵画を初めてきずいた。
「松岡 里美」さんって書かれて絵画、「日なる対地」ってタイトル、奇抜な
タッチな画像だ!人と生き物と優しい地球にと記していた。

沢山の桃は会社の友人に置いていった。残りは仏壇に供えた。

Posted at 22:10 | この記事のURL
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複合汚染 [2007年07月11日(水) ]


 青洲の里を訪れ、その土産物屋さんに「有吉 佐和子」先生の本が並んでいた。

私は「華岡青洲の妻」の本を若い頃に読んで、和歌山のファンでもあり、特に紀ノ川が好きなところである。そんなことで、一昨年に訪れた。当時は
青洲の展示室、春林軒、フラワーヒルミュージアム内から紀州山脈の里山の眺めが絶景から四季を通じて訪れた。

しかし、今年に入り、彼女の出版してる本をこの土産物屋さんで購入する
内に有吉文学の偉大に共感し、「紀ノ川」「恍惚の人」「華岡青洲の妻」を
「複合汚染」を読んでみた。

「紀ノ川」「華岡青洲の妻」は歴史小説でそれはそれなりに趣きや和歌山の
方言、当時のしきたり等々読み応えがあった。

一方、「恍惚の人」は当時はまだ高度成長時代の中で高齢者と同居してる
夫婦と息子さんが認知症の祖父との生活をリアルたっぷりなタッチで描写し、今我々の世代の課題であることを有吉先生は事前に予測してる点を
凄いと感じる。

次に「複合汚染」は我々が今までそう関心がなかったこと。ただ公害は関心があったが。しかし、食の安全は一部の人は関心があったとして、ほとんどの人は売ってる食品を安心し料理して食べていた。、
しかし、この本を読んで、考え方が変わった。それは医療の考え方である。
この本で登場する医師である「梁瀬 義亮先生」は有吉先生と友人関係である。その医師は今は他界したが、現役の頃は昭和の青洲と有吉先生は
絶賛するほど論理的な考え方と私は受け止めた。それは今の医学は悪い
部位を治すことに注力。例えば癌になるとその部位を切除、胃が悪くなると
薬を服用すると言った事後処置である。

ところがこの医師は「健康を維持するには」「また不健康になったとき」は
薬で治せず、食べ物で治す方法を用いてる。
前者は今もそう研究していない。それは人間の体質、生活スタイルが千差万別だし、検証するには凄い時間と労力が必要である。でもこれからは
以前と違い、革命と高度なシュミュレーションを駆使することで完璧でないが不可能を可能に出来るのではと思う。

後者は今は当時より豊かになり、健康維持やアンチエイジングと言って
あれが良いとか、あれが悪いとか、またサプリメントで補給して健康維持しようと
してるのが現状ではないでしょうか?
そこで、先生が推奨することは戦前の農業を推奨してる。即ち堆肥を元で
土壌を豊かにして、そこに発生する害虫駆除は使用しない栽培。所謂有機栽培を唱えています。その食材こそが健康の原点と。
戦後、多量の栽培を得る為に化学肥料や農薬を使用して害虫を駆除している、今もこの栽培がほとんど。
これらは人間にとってはそう短い時間で身体の変調が起こさないが
多量に摂取すると「水俣病」等の公害患者が今も辛い日々を送ってます。
これにはその人の体質、汚染された野菜と他の要素もあり身体の変調が確たる証拠がない。これを複合汚染と言ってます。しかし、戦前の農法は
理にかなっってるのも事実ではないでしょうか?

最後に今中国で食の不安全な商品が出回ってるし、国内でも食品の偽装や捏造が増えてます。やはり消費者は知識を高め、自分で健康を維持する為には身から商品を選択する視点を向上することでしょうね。

以上簡単にエッセンスで記しました。が、違ってる点もあるでしょう。私見なんでその点はあしからず。

Posted at 18:56 | この記事のURL
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青洲の妻の里、 [2007年07月08日(日) ]
屋敷と家屋

玄関

井戸と納屋


今日は青洲の里に行く前に有吉 佐和子著の本「複合汚染」で有吉先生がこの本で友人であった昭和の「青洲」と絶賛してる医師が和歌山と奈良の県境にある五条市で「梁瀬 医院」があるか、尋ねてみた。医師の名前は
義亮様である。この先生を有吉さんはこう唱えている。「病気を患うと薬でなく食べ物」で治す。薬は一時的な処置。野菜に例えると「害虫は農薬で駆除」と同じ考え。「土壌を肥やし、自然栽培」で化学肥料や農薬は一切使用しないことを推奨、凄く理にかなったことと興味があり尋ねてみた。が、数年前に亡くなったとか、その医院もなかった。先生はお寺の息子で育ち、京都大学の医学部を卒業、上記の唱えを瀬戸内の島民で検証してる。また五条市で
開業中は遠路はるばる患者が訪れたとか。また慈光会といって化学肥料や農薬を使用しない野菜、果物、花等々栽培、その会を無くなっていた。
丁度、車を停めて80歳代のおじいさんにこの先生のことを聞くと本の通りだった。引き継ぐ人はと?インターネットで検索「マザーアース・ネット」でこの先生の意思を引き継ぎネット販売してる。そんなことで少しは安心。

青洲の里に行く前に、青洲の妻(加絵)の産まれ育った里(名手宿 本陣)
訪れた。この本陣は紀州の殿様が伊勢に参拝される時に泊まる宿であった。加絵さんは9歳の頃にこの近くにあった青洲の母親(於継)を「マンダラゲ」を摘み取っていた姿を観て「なんと綺麗な人」と憧れる。これは「華岡青洲の妻」の本のプロローグで、事実の有無は不明、
しかし、この本陣は江戸時代に火災で消滅、殿様が再建し、茅葺屋根から
瓦に今に至ってるとのこと。約250年前。凄いと思った。長持ちするんで!

今日は暑さをそう感じさせることなく、レストラン「華」で家庭料理(健康バイキング)頂いた。帰りには例の土産物で、有吉先生の「出雲の阿国上」を購入、紀州から出雲に。まだ、和歌山にある「日高川」・「有田川」を読んでいないが。

帰りにスタッフさんから「美人の中年の人」がよろしくって!多分。。。。

Posted at 19:54 | この記事のURL
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完熟梅 [2007年07月04日(水) ]
黄色をおびた完熟梅

その1個です。


7月も早4日です。先月は梅雨らしくない天候、7月になっても。今日は少しは降ったが、今はやんで晴れ間が。。
先日は予報では朝から雨、しかし、午後から晴れて31℃の真夏日、天気予報もこの時期は難しいんでしょうか?

さて、我が家の梅の木は今は見事に完熟した梅が鈴なり、枝から身から
の重みと完熟で落花してる。その1個を木材の切り株の下の写真です
直径が3センチはあるでしょうか。

この完熟した梅の「香り」が実に良い香りだ。甘ずっぱくて。桃の香りに
似てる。

ところで、処置は以前、皆さんから「梅酒」とか、アドバイスを頂きました。
そう!青洲の里の「手作り教室」のおばさんに持って行って。不可能で
あれば、、仕方ない。もともと、捨てるつもり。もらいてもなし。部屋には
「あっちこち」に置いている。各部屋は梅の香りで漂ってます。そうか
風呂に入れてみよう。「梅風呂」聞いたことがないけど、試そう!

Posted at 18:57 | この記事のURL
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紀ノ川、界隈 [2007年07月01日(日) ]
街道からの紀ノ川。

青洲の里での夏コスモス。


今日から7月、半年を過ぎ、現役のころ仕事の達成度等々、悩むこと、しかしそれもなく、梅雨があるのか?無いのかはっきりしない空、昨日よりそう蒸し暑くなく、好きな和歌山にドライブ、今日は国道24号を走らず、紀ノ川の反対側(写真の山並みは和泉山脈)を眺め、眼下には紀ノ川、道路は空いている。待避場所があり車を駐車し、車窓よりカメラのシャッータを切る。
10分ほど休息をとり、走り出す、桃の産地で有名、街道で今日取り立ての「早生の桃」の販売していて降車、6個300円を2かご購入、この界隈で幼少のころに黙って拝借した。そんなことを出荷に忙しくしてる奥さんに話ながら、、「有難う」って!
橋を渡り、国道24号に、青洲の里へ。11時前ごろに到着、丁度、レストランのスッタフと偶然の会う。そのスッタフに「桃」の一袋を皆で食べて。
今日は団体の予約があり、20人ぐらいか待っていた。皆女性だ。11時に
オープン、私は何時ものテラスに。車のデスプレイの温度計は29℃、
蒸し暑く、皆、部屋で食べている。私は普段冷房の効いた部屋、暑さより
絶景と鳥のさえずり、眼下にはJR和歌山線の列車の車輪の音の響き、
もみの木には花が咲いてる。そこに責任者風の男性はテラスに散水をしたいと言ったので「どうぞ」って答え、談話して有吉佐和子さんにはまって。
と、この男性から娘さんも作家と聞いてびっくり、そう聞いたことはない
「有吉 玉青」たまおという。それと青洲の親族で札幌医大で麻酔科の部長とか。また知ることが出来た。1時間は居たか。今度はこの里の隣りに
その入り口に「夏コスモス」が、花より葉っぱが多いみたい。
そこには「手作り体験教室」を覗いてみた。予約制である。(コンニャク
みそ作り、ジャム作り)がある。コンニャク作りを予約した。ここでこの里に
出してるコンニャクとジャム(イチジク)味噌を購入し、そう「ひまわり」のきり花を購入、会社の友人の奥さんの土産、そして友人宅に、「いや久しぶり」
ですね。と。友人は夫婦と20年になる「ペルシャ猫」の3人暮らし。
隣りは夫婦と亡くなり、空家、その隣は奥さんを亡くし独り暮らし。その隣りはご主人が中国に単身赴任。皆過疎化している様子。10年後はここも空家にと奥さんは言う。息子さんは東京に、娘さんは九州に。皆独立、久しぶりで、食事を一緒にと。焼肉を頂いた。車でなければ呑むんだが、10年前なら呑んでいたでしょうね。ゴルフの話や昔の仕事ばなしや談笑が絶えず、
気さくな奥さんだ。質問された。何故同じ場所に行くのって?変化と有吉文学に魅了。嘘〜ゴルフにマージャンばかりしてた「グランパ」さんがって!
ほんと。遅咲きですわって!そう言って帰宅。「仏壇」に「ひまわり」を残りの一輪を、親父は変な花やなあ〜って!自分に想う。

Posted at 18:37 | この記事のURL
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